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42.我が名は

 

 ◆◆◆


 城塞都市クルルスに住む民衆は可能な限り北の防壁から避難するように移動していた。その理由は北の先にある森からオークの軍勢が進攻してきたからに他ならない。彼らは派遣された衛兵や騎士に誘導されて道を進む。そして居なくなった民衆の代わって兵士達が北の防壁周辺に集っていく。


 そんな時である。彼らの目に『その存在』が映ったのは。

 城の方から進んでくる、戦いを生業にしていなくても感じられる圧倒的な気配。

 それを肌で感じた民衆は道を空ける。人で埋まっていた大通りに1本の道が出来る。


 月に照らされる中で、青く輝く鬼が現れた。


 ◆◆◆


 兵士達は戸惑っていた。何故か外に展開されることなく壁の内側で待機させられている自分達の状況に。敵は1万になる怪物の軍勢なのだ。こちら側も可能な限りそれを迎え撃つ準備を進めるべきである。

 しかし現実として彼らに命じられた指令は待機である。戦闘前の緊張感は否が応でも高まっていくが、それを向けるべき場所が無いまま時が過ぎていく。敵は既に容易に目視できる場所まで来ているのだ。


「いったい何時まで待機を」「オークの軍勢なんだろ?」「確か聖女様が前線に立つからって」「前の廃都奪還戦は兵が足手まといに」「でも今回は敵の数が」「いくら聖女様でも」


 あまりに足りない情報を他の者と会話することで補完しようとする。しかし誰も彼も事情を深く知る者がいない現状でそれは有意義とは言えなかった。

 そうしたざわめきの中で兵を統率する立場の指揮官達は待機を命令し続ける。彼らでさえこれから戦いが始まった時に取る行動を制限されているのだ。今も一部部だけ隊を率いて壁の上で弓兵や魔法使いなどの遠距離で敵を迎え撃つ戦力を用意するだけに留まっている。


 壁を越えた場所に居るのはたった2人だけ。

 片やこの都市で住む者なら知らぬ者はいないとさえ言われる暴力団(ギャング)の首領。

 片や正体不明なれど夜の中でもはっきりとわかる程に輝く暁の髪を持つ森人(エルフ)


 聖光教会が擁する最高戦力であり最上の“英雄”に至った“聖女”の2人が協力を仰いだ2人。そのどちらも腕に覚えのある者ならば一目でその圧倒的な強さを感じることが出来る。

 “剣聖”は単身で“勇者”を食い殺した『鋼獅子の悪魔』を仕留め、“聖壁”は数千の民衆を守りながら上位悪魔を拘束し続けた逸話を持つ英雄である。そんな彼女達が肩を並べるに足ると判断した2人。つまり彼女達も英雄級の存在であると指揮官達は思い至っている。


 4人の英雄がモンスターの軍勢を打ち破る。

 それが今回の筋書きであると今回集まった兵を統括する司令官は考えていた。

 この世界は1人の圧倒的な強者の力によって戦況がひっくり返るなど容易に起きる。個人の武力で千以上の命を奪うなど空想でもなんでもなく現実に起きている事実である。

 それでもこのような、まるで兵など不要……いや、まさに足手まとい以外の何者でもないと告げているこの扱いに不満を感じている。

 用意した戦力は一部だけしか動かせず、通常なら遠距離攻撃で敵を崩したら開門して兵を打って出すところをあくまで予備兵としての立場にしか運用を許されていない。


「我々も護国の兵なのだぞ」


 司令官の言葉に側近の騎士は静かに頭を下げて同意を示す。

 北門から少しだけ距離を置いた場所に設営された簡易司令部。そこから各部隊指揮官へと連絡を取るようにしている。

 その司令部の中では国軍である自分達が蔑ろにされている現状に歯噛みしている。しかし彼らはその気持ちを抱いても命令を反故にすることな無い。


「だが……前回の失態もまた事実、か」


 『守護聖壁』ルクミニー・エショルディアを伴っての邪竜討伐。


 結果は動員された兵の誰もが知る通りである。

 あれは軍としては完全なる敗北であった。

 必要とされる英雄級の人員を欠いたままでの強行、それによる無様極まりない『お荷物』であったという結果。それが彼らに重くのし掛かった。

 司令官は立ち上がって歩き、垂れ幕を手で動かして外の風景へ目を向ける。その視線の先には魔力灯で照らされた壁、自分達とモンスターを隔てる壁が聳え立っている。


「兵の在り方を見直さねばならん」


 側近や司令部の者達も似た思いを持っていたのかその言葉を神妙に受け止める。


 そんな静寂があったからこそ、彼らは気付けた。

 大通りの向こう、都市部の中央から何かが近付いて来ることに。


 ―――――


「……何だ? ―――」


 雰囲気が一変した。

 司令部はおろか、周辺で待機させられていた多くの兵達も、先程までの空気を霧散させる。持て余していた所為で浮ついていた空気が凍り付いた。


「―――あれは、……何だ」


 兵達は道を空ける。その動きは本能から来る物であり、彼らはそれに逆らうことが出来ずにやって来る者の為に道を空けていく。

 不測の事態が起きた場合に直ぐに打って出られるように、大通りから北門までに待機させていた兵の全てが脇に避ける。そうして出来たのは兵が立ち並ぶ門まで真っ直ぐに貫く1本の道である。


 そして来る。焚かれた明かりに照らされて、それは歩いて来る。


 ――――――


 誰もが息を呑む。その者の偉容と異様さに。

 この場に居る誰よりも大きな巨躯を一歩一歩と進ませてくる『青い鬼』。夜の中でより強くその存在を周囲へと見せ付ける鬼。

 兜が割れるように裂けた真っ赤な口からは堅固な歯が覗き、周囲を見る銅色の目は爛爛と輝く。甲冑のような青く染まった身体は生命が通っている証拠に僅かに脈動し、それが一部のモンスターが持つ生体装甲と同様の物であると如実に語っている。

 巨躯に相応しき手脚を動かして歩いて来る異形の鬼。その黄金の角はそれ自体が発光するように妖しく月光に照らされ輝いている。


 明らかに尋常な者では無い。その姿は『鬼』であると物語っているのに、それは鬼人(ヤクシー)とはまた違う種であるとわかる。


 人の目から隠れるように生きる鬼人。そんな中で唯一この城塞都市クルルスで生きる鬼人の少年。黒い角を持つが故に周囲から疎まれ嫌悪の目を向けられてきた鬼人の忌み子。


 突然現れたこの青い鬼はそんな少年へ向けていた差別の目が霞む程に、圧倒的な『異形』と『魔』をその身に纏って道を進んでくる。

 その姿を周囲に喧伝するように、その青い鬼は堂々とした足取りで北門を目指す。


 怪物モンスターと呼ぶことに一切の抵抗が無い姿。


 この場に集まっているのは国を守る為の兵士である。

 青い鬼の角は黄金であり、『漆黒』では無い。しかしこれほどの異形、悪魔(デーモン)の疑いがあるこの異形の鬼を止めるべく動くのが当然である。

 しかし兵は道を空けるばかりでそれ以外の行動を取ることは無い。ただ通り過ぎていく青い鬼を見送っていくばかり。進んでいく鬼に対しても兵は例え背中を晒されていても何の行動も見せることはない。

 何もかもが異常な光景。

 そしてその異常の一つである物も、彼らの目にはしっかりと入っている。


 鬼の後ろに、付き従うように歩く2人の聖女。

 この世の物とは思えない美貌を持つ、人類を守護する聖なる『剣』と『盾』が異形の後ろを付いて共に歩いていた。

 光翼剣聖シータ・トゥイーディアと守護聖壁ルクミニー・エショルディア。


 怪物と聖女が共に歩むという異常な光景。

 それは神への冒涜のようにも見え、これ以上無いほどに神聖にも見える。だからこそ誰もが目を奪われ息を呑む。

 この時、周囲に響く音は壁の向こうの先から響くモンスターの軍勢の地鳴り、そして道を歩く鬼の地を踏む進む音のみ。


 だからこそ、鬼が発した言葉はこの場に居る全ての者に届いた。

 その声に乗せられた鬼の力と共に、その言葉は兵達へ走る。


『―――邪悪は滅ぼす』


 その姿と声は兵士だけでは無く、この場に鬼が辿り着くまでにこれを垣間見た民衆達にも届いている。彼らはこの正体不明である青い鬼を少しでも見届けるかのように、建物の二階の窓やベランダから身を乗り出してその後ろ姿を見ている。


『悪魔は殺す』


 鬼は門の前に辿り着く。

 その門はしかし、モンスターの脅威から中に居る民衆を守る為に固く閉ざされている。

 魔法で防護と錠を掛けられたそれは邪悪なる悪魔を一切通さない。


 立ち止まった鬼の代わりに2人の聖女が前へ進み出る。

 シータとルミーは二手に分かれて門の開閉を操作する場所まで行き、そこで待機していた兵士の前で立ち止まる。


「開門を」


 呆然としていた兵士。そんな兵士達に2人は同じ言葉を投げ掛けた。異常な光景で事態を飲み込み切れていなかった彼らに、その脳を直接揺らされるような美貌と声はある種の強制力を持って指示に従わせる。


 “傾城傾国”


 彼女達はその容姿の美しさとは『別の力』で国を堕とせる宿命を背負った理外の存在、『●●の血脈』である。強靱な意志も特別な運命も持たぬ常人がそれを目の当たりにして抗える筈もない。

 兵士達にしてみれば、気が付けば既に開門する為の操作を終わらせていたことになる。錠は外され、防護は消え、鎖の巻き取りによって門が左右に開かれていく。


「ありがとう」

「ありがとうございました」


 聖女達は兵士に礼を言うとその場から離れる。

 そうしてシータとルミーは門の左右に控えるように立つ。

 開かれた門の向こう、平原が広がるその先には地鳴りの元凶がその姿を見せている。


 兵士達は視界に入った怪物の軍勢に恐怖を覚えた。

 オークというモンスターはそこまで強力な部類ではなかった。兵士5人で掛かれば危うげなく倒せる程度である。遠距離を交えればより容易く仕留められる存在であった。―――しかし彼らの見たオーク達はそんな『普通』とは掛け離れていた。


 目を血走らせ、額に赤く光る五芒星を刻み、身体から黒いオーラを立ち上らせて進軍してくる怪物の群れ。悪魔(デーモン)ではない普通のオークがまるで悪魔のような妖気を放ち、オーク・デーモンはより強い邪悪さをその身に帯びて歩んでくる。

 異常に強化された怪物の群れに兵士達は本能的に恐怖を感じる。あれとぶつかれば被害は途方も無い数になると彼らに思わせるには十分な妖気であった。


 しかし、兵士達は逃げ腰になることは無かった。

 まるで背を支えられているかの如く、彼らは敵を見据え続けることが出来ている。恐怖と威圧に呑まれそうになった時、先程聞いた『言葉』を思い出す。

 それと共に感じた力が彼らの鼓動を早くする。その鼓動が一つ打つ度に身体が熱くなる。

 そして兵士達の視線は敵である怪物の軍勢から、自分達が恐怖に屈しない『熱』を与えた存在に目を向ける。


 青い鬼は開かれた門を越えていく。

 月光が輝きを増す。


『【百死羅刹ノ荒神(ラークシャサラージャ)】』


 青い鬼の背後、背中を中心に月輪を描くように青く輝く十八の光球が召喚される。

 光球が弾ける。

 その一つ一つが宙に浮く『腕』へと姿を変えた。


『邪悪は滅ぼす。悪魔は殺す』


 その言葉は兵士達に『熱』を与えた言葉。

 兵士達は進み往く青い鬼に恐怖以外の感情を抱く。その感情は『偉大な者』に対して抱く物である。彼らはそれをこの鬼から感じた。


 宙に浮く九対の腕。元の腕と合わせて二十の青き剛腕を持つ鬼は進んでいく。


 異形の鬼人。人の枠組みから大きく外れた人外。その姿は『黒い角が生えただけの鬼人』の存在などよりも強い衝撃となって人々の心に刺さる。

 この鬼の姿をその目で見ることが出来る者達は(すべから)く、この鬼がこれから行う『偉業』を記憶に刻み付け、目に焼き付けることになる。


 人々の目を一身に受け、鬼はこの世界に己が存在を打ち立てる。


『我が名はラーヴァナ。羅刹の王であり、そして―――』


 その名を忘れることは誰にも出来なくなる。


『―――【真の魔王】である』


 その名乗りはあまりに劇的。

 青い鬼ラーヴァナは、己を古来より人類の敵であった魔王であると高らかに宣言した。


 しかしその魔王には周囲へ向ける敵意も悪意も一切存在しない。寧ろ彼らは魔王が放つ“覇気”に心を惹き付けられてやまない。

 この場に居る全ての者がラーヴァナから目を離せなくなった。


『邪悪なる神を滅ぼし、悪魔の脅威からこの世を守り救う(まこと)の魔王である』


 この日、後に『最も偉大なる人類の守護者』と成る“王”が世界の表舞台へと躍り出た。

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