41.青く輝く
◆◆◆
陽が沈み、城塞都市クルルスは夜の闇に覆われた。
そんな都市へ静かに、しかし確実に迫ってきている物がある。それは地を震わせ腹の奥を揺らすような振動を伝えてくる。
それに気付いていた者達は話し合いを終えて、既にそれぞれの持ち場に着いている。
「流石にちょっと問題が起きすぎじゃない? どうなってんのこの国」
「私に聞かれても困るわね」
2人だけ。ディアンサスとロベリアは城塞都市クルルスの北門の外、その壁に背を預けるように立っている。
ディアンサスは何時もの旅装に、髪と同じ暁色の羽衣を纏っている。その羽衣には透かしで『雷火を纏う聖獣』が描かれている。それが彼女の魔力に呼応して淡く輝く。
ロベリアは旗袍は変わらず、両手には金属繊維で編まれた肘まである手袋のようなアームガード、両足には同素材の物で作られたレッグガードを装着している。黒色のその両腕両脚装備には、毒が巡るように血管のように紫色の筋が刻まれている。
完全武装した2人が地平を眺める。ディアンサスは現状に愚痴を吐き、ロベリアも内心ではそれに同意しつつ、それでも仕方ないと割り切っている。
「詳しく聞いてないけどあいつは何をするつもりなのよ」
「確か、『これからのことがあるから、可能な限り『派手』に行動する』とだけ聞いてるわ」
「意味わかんないんだけど? 派手だか何だか知らないけど、本気でアレを1人でどうにかする気?」
「……坊やは『やる』と言ってたわ」
「本当に馬鹿じゃないの?」
ディアンサスとロベリアの見つめる先、それは平原の地平。距離にして1㎞以上は離れているであろう場所。
その視線の先に展開されていたのはオークの軍勢であった。
1万に及ぶオークの大軍勢がこの城塞都市へと向かって進軍している。その行進に伴う地鳴りは腹の奥に響くように城塞都市まで届いている。
「昼頃に湧いてた悪魔もどきなんかよりよっぽど面倒よあれ」
「統率が取れているわ。それに1体1体がかなり強化されているようね」
月が輝く夜天の下、黒いオーラを放つ尋常では無いオークの軍勢。その中には部隊規模で統制を取る為か10体ものオーク・デーモンが居る。
そしてその全てを掌握するオーク・ロードが最後尾を歩いている。姿ははっきり見えなくても、その圧倒的な威圧は隠しようもない。その1体だけで1万の軍勢と何一つ見劣りしない力を発している。
「まああいつがヘマしたら私が燃やせば良いだけね」
そんな大群を目にしてもディアンサスに怯む様子は無い。しかし楽観視しているわけでは無い。もし戦闘になれば多少は厳しい戦いになるのは目に見えている。
それでも彼女は静かに敵を見据える。それは隣りに居るロベリアも同様であった。
「そうね。でも坊やにも考えがあるだろうし、問題が出るまでは私達は頼まれたように『都市防衛』に努めましょう」
「わかってるわよ。……あー、お腹空いた。料理したーい」
「貴方、さっき私のとこで食べたじゃない」
「力を使ったらお腹が空くのよ」
2人はその時が来るのを待つ。
そしてその時が来るのを待つ者は彼女達だけではなかった。
剣聖と呼ばれる少女は城の天辺へと向かっていた。
◆◆◆
セーギは都市の中央に存在する王城に居た。正確にはその中でも一番高い尖塔の屋根の上に居る。そこから彼は遠くに見えるオークの軍勢を視界に収める。マリーはナーダとサクラに預かってもらい、宿で待っていてもらっている。
(……バフォメット。あれもアバドンと同じで搭載されているAIは汎用型の【MCF】だったと思うけど)
怪物に掛けられている呪術系の能力上昇を見て、この軍勢に関わっている魔王の正体を断定する。
〈NSO〉の2度目の大規模アップデートで追加された2体目の【九獄天魔王】。直接戦闘ではなく、大量の友軍に対して強化を施してプレイヤーと戦う“戦争遊戯”形式のボス【闇祭祀の魔王バフォメット】。
オークの軍勢が進軍してきたとロベリアから情報を伝えられた。
邪竜が居なくなった廃都を開発する計画でも立てていたのか、国から派遣されていた兵士達がそこに集っていたオークの軍勢を確認。踵を返してこのクルルスへ戻って来た。
その兵士達に繋がりのあった者から情報を手に入れたロベリアはこれをセーギ達に届け、それを聞いた彼らは最初はこちらから打って出て殲滅する気でいた。
しかし思い直した。セーギはこれを利用することにした。
セーギは望む物の為に我儘を通すことにした。
細かい説明はしていない。だから誰かはここへ来るだろうとセーギは考えていた。
「―――本当に1人で戦う気なの?」
「シータさん」
シータが居た。
本来なら下でルミーと共に待機してくれている筈のシータが声を掛けてきた。彼女は屋根の縁に立つようにしてセーギを見上げている。纏う雰囲気はこれから始まる戦いに向けて研ぎ澄まされており、セーギと話していた時に見せていた挙動不審さは見受けられない。
そこに立つのは少女ではなく1人の戦士。
剣聖シータがセーギを見上げながら口を開く。
「貴方は強い。それでも何故こんな無理をするような真似を?」
「…………」
「それに貴方に頼まれたことも不可解よ」
「……自分でもおかしいことを言ったのはわかってるんだけどね」
今回セーギが彼女達に頼んだのは都市の防衛。それはシータやルミーなどの人類の守護者の側面を持つ彼女達には当然の責務である。
しかしセーギが頼んだ『防衛』はもっと限定的なことである。
「セーギさんが力尽きない限り、私達はモンスターに対して積極的な攻撃をしない」
普通の人が聞けば頭の異常を疑われる頼み事。
「そしてモンスターを迎え撃つ為に集められた兵士達やこの都市を守ることを最優先に動く」
聖女達は攻勢に入らずルミーの結界を軸に置いた防衛戦を行う。
その為に国や軍、それに対して影響力のある貴族などに圧力を掛けてこ怪物の軍勢が来ているのに迎え撃つ兵を召集しているだけで展開していないという異常な状態を作ってもらった。
シータはセーギから頼まれたことを最大限叶えるように動いた。
シータ自身の考えにしても、下手な兵に動かれるより偶然集まった自分を含む超越者の聖女4人を動員した方が最小限の被害で倒せると考えていた。
それでもセーギはこれを無理な願いとは自覚しつつも、彼女達に頼んだ。
それに『最後の願い』を添えて。
月明かりの下、シータとセーギは見つめ合う。
「……セーギさんは何者なの?」
「俺?」
「そう。いくら見ても、私は貴方のことが見通せない」
紺碧の瞳が輝く。その目には出会ってからこれまで、セーギの能力が偽装されていることを見抜いている。その見えている魂の位階が彼の実力と大きく掛け離れているのも当然知っている。
「それに貴方はもう一つ、私に頼み事をした」
シータはこの探りきれない感覚に覚えがある。
「……戦場に向かう貴方が『どんな姿に成っても』、信じてほしい。……そんな頼み事」
「うん」
彼女はその感覚を廃都で出会った『青い鬼』にも感じた。
だから何か、予感めいた物を持っていたのかもしれない。
セーギはシータから視線を外す。夜空に浮かぶ月を見上げる。
「……本当は俺、シータさんやルミーに謝らないといけないんだ」
セーギにはシータがどんな表情をしているかわからない。本当は目を見て話さなくてはいけないのに、セーギはその目を見続けるのが怖くなって視線を外したのだ。
「シータさん達に凄く迷惑を掛けた。俺の不注意だった」
「……記憶に無いわ」
隠していたことを他者に晒すのは勇気がいる。それが迷惑を掛けた相手なら尚更である。
「それは……、俺が君から逃げたから」
「逃げ、た」
月光を浴びたセーギの青い服が夜風にたなびく。シータは彼の発言とこれまで感じていた感覚、そして『青を纏う姿』に既視感を覚える。
「ごめんなさい。俺の所為であの時の兵は全員倒れた」
セーギの瞳に映る白い月の輝きが『銅色』に変化する。
「ごめんなさい。俺の所為でシータさんに余計な心配を与えた」
セーギの言葉、それは慚愧だった。
「ごめんなさい。……俺は後の事を全部シータさんに押し付けて逃げ出した」
月を見上げた青年の懺悔。それにシータの記憶が繋がる。
彼女の発した声は途切れ途切れになる。
「貴方は、まさか、……あの時の」
「…………」
セーギは偽装を解く。それに伴いシータの“慧眼”が魂の位階が急激に上昇をするのを確認する。それは1000を超えてまだ上昇し続け、彼女にその頂きを見ることが出来なくなった。
あの日出会った鬼のように。
「世界を変えるには、戦わないといけない」
月光と宵闇がセーギの身に纏わり付く。青年の輪郭が闇夜に溶けて曖昧になる。
月を見上げていたセーギは視線を下げ、シータへ顔を向ける。その表情は少し困ったように眉を八の字に寄せられている。
しかしセーギの瞳の奥には揺るがない光がある。シータ紺碧の瞳がその銅色に輝く瞳を捉える。
「だから俺は戦う」
青年の輪郭がうねるようにしながら原型を失う。
青年だった者の姿が大きく膨らんでいく。それは2,5mはある巨躯にまで大きくなり、腕脚は太く、その身はまるで甲冑を着けたように変形していく。
「そしてその戦いは出来るだけ大勢の人に見て貰いたい」
磨いたレンズのような一対の目、その中には左右合わせて20の光源が存在する。そして額には月光を反射する天を衝くような大きな角が生える。
その姿をシータは見上げる。青年だった面影が一切無くなった異形の姿を。
「――――――」
青い巨躯。銅色の瞳。黄金の角。
その全てがシータには忘れようも無かった。それはあの日出会った存在と全く同じだった。
それも当然である。青年と青い鬼は同一人物なのだから。
『俺は世界を変える』
月光が照らす城の上。そこで剣聖へ告げる言葉。それは“勇者”と“魔王”を身に宿す乱麻正義がこの〈円天世界ニルヴァーナ〉で何を為すか、その為の一歩目を踏み出した宣言。
『我は世界へ己が存在を知らしめる』
青年は“魔王”へと姿を変えた。




