39.宣告
「ごめんなさいセーギ様。うちのシータちゃんが」
「い、いえ。大丈夫です」
「…………」
セーギ、シータ、ルミーそしてマリーの4人で貧民街を並んで歩いている。
「あの……シータさんがさっきの方が話しやすいなら俺は気にしませんけど」
「駄目に決まってるじゃないですか。あんなの女の子としてどうかしてます」
「ふっぐっ」
ナイフを片付けさせられたシータ。戦闘態勢で無くなった彼女は精神安定の為にセーギから距離を取りたがったが、ルミーは彼女の腕を組んで歩くことでそれを阻止してセーギの隣りに来るようにしている。
セーギの先の土下座と謝罪は特に言及されることなく流された。セーギという男は訳ありだと理解してくれているので深くは聞かない姿勢を取ってもらっている。そんな彼女達の優しさがセーギの心には痛かったので、今ある問題が片付いたら絶対に謝罪しようと決めた。
気まずそうなセーギ、挙動不審なシータ、困りながらも微笑みを浮かべるルミー、そんな彼らを見て人というのはよくわからないことで悩むのだと学ぶマリー。
そんな彼らは遂に目的の場所に着くことになった。
――――――
セーギ達は少し悩んだ。このまま入室しても大丈夫かと。
その部屋はナーダとサクラの為に用意された場所だった。
悪魔との戦いで消耗の激しかった2人は保護された直後に意識を手放した。その後はロベリアの指示の元、他の子供達とは別に一室を用意して安静にさせていたのだ。
安静にしているのだから静かにするのは当たり前。セーギ達ならスキルなど無くてもある程度の気配や音は消して行動出来る。ならどうして入室を躊躇うのか? それは扉の向こうから聞こえる慌ただしい会話が原因であった。
『私が包帯を変えるから』
『いらねぇよ!? 自分で出来る!』
『何だか私、周りが見える? 物の形が聞こえる? ……よくわからないけどわかるようになったの。だから包帯を巻いてあげられるよ』
『見えようが見えなかろうが今まで碌に手当をしたことが無い奴に任せるわけないだろ!』
『まあナーダったら酷いことを言うわね』
『うるせえ! 俺の服を返せお前は!!』
『だって服を脱がさないと出来ないじゃない』
『ズボンまで脱がす必要は無いだろ!? 俺が寝てる隙に全部取ってんじゃねえよっ!?』
『大丈夫よ私、見えてないもの。だから見てないわ』
『……お前さっき周りがわかるって言ったよな』
『…………』
『…………』
『……さあ包帯を巻きましょう』
『おいコラ』
「「「…………」」」
扉の前に立つセーギ達は顔を見合わせる。出直した方が良いのか、又は少女の凶行(?)によって辱めを受けている少年を助ける為に入った方が良いのか。彼らには難しい選択であった。
「……俺が先に入って服とか色々済ませて終わったら呼ぶ。そうした方が良いかな?」
セーギの言葉に2人は頷き、扉が開いても室内が視界に入らない場所まで移動する。ナーダはどうも全裸になっているらしいので女性陣は遠慮した方が良いだろうという判断である。実際のところシータやルミーは孤児院などに顔を出す機会があるので子供の裸は治療や何やらで見慣れていたりする。だからこの時に気を使った相手はナーダである。
マリーはシータに預けた。その際にセーギとかなり接近したのでシータは相変わらずの挙動不審振りだった。
『……ナーダってやっぱり』
『何だよっ』
『今度私の服とか着てみない?』
『|張っ倒すぞ』
『リボンとか似合うと思うの』
『着るわけねえだろ!? 馬鹿じゃねえの!?』
『私っ、私も同じの着るからっ』
『それで了承すると思ってんのか!?』
(わー……入りづらい)
セーギはそう思ったが、あんまり放置していたらナーダの尊厳やら貞操やらが危険な気がしたので入室することにした。扉をノックする。
「ナーダ? セーギだけど―――」
『セーギって……兄ちゃん!? 良い所に! 助けてくれ!?』
『……兄ちゃん?』
「―――わ、わかった」
助けまで求められては入らない訳にはいかない。セーギは扉を押して入室する。
「やあナーダ。体の調子は……」
セーギはナーダの体の具合を聞きながら部屋へ入り、……そして微妙な顔になる。
「兄ちゃんっ!」
「ナーダの……お友達、ですか? 初めましてサクラと申します」
部屋の隅ではナーダがベッドシーツを服代わりに胸の辺りで腕を使って押さえている。
サクラは部屋にあった救急箱と包帯を持ってナーダに迫るように躙り寄っている。
そしてセーギが微妙な顔になった原因はナーダである。
長めの赤みがかった髪は乱れ、褐色の肌は騒いでいたことで紅潮し、赤い目は怒りと羞恥で若干潤んでいる。そしてセーギが来たことで事態が好転したと感じたナーダは花が咲いたような笑顔を浮かべ―――
「―――あー……、サクラちゃんで良いのかな?」
「はい。あ、私もナーダと同じで呼び捨てで大丈夫です」
「わかった。それでサクラ」
「はい何でしょうか?」
セーギはサクラに向けていた視線をもう一度ナーダに向ける。そして少し言いにくそうにしながら、それでも伝えるべきことは伝えるべきだと口を開く。
「そのね、いくら似合いそうだからって男の子に女の子の服はちょっと可哀想だと思うんだ。……一応ナーダだって男の子だしね」
「……そうですか。すいません」
セーギの注意を受けてサクラは少し落ち込みながら、しかし否は自分にあると理解しているのできちんと頭を下げる。それにナーダは一安心して……微妙に引っ掛かる物言いがあったのに気付く。
「……おい兄ちゃん」
「何かな?」
「さっきの『似合いそう』とか『ちょっと』可哀想とか『一応』俺は男の子って、……どういう意味だよ」
「…………」
「…………」
沈黙を挟み、セーギは笑顔になる。
「無事で良かったナーダ!」
「うるせえ馬鹿野郎!?」
ナーダはベッドあった枕をセーギの顔面に向けて全力で投げ付けた。セーギはそれを甘んじて受けた。枕投げで出て良い音じゃ無い衝突音を立てる。ぼふ、じゃない、どばんっという音が室内に響いた。枕が一つ駄目になった。
◆◆◆
包帯をセーギに巻いてもらって何とか普通の服を着られたナーダは不機嫌丸出しでベッドに腰掛けている。その対面には同じようにセーギとサクラがベッドに並んで腰掛けている。
「……次に同じことしたらグーで殴るからな」
「「ごめんなさい」」
それでさっきの件は水に流すことになった。ちなみにマリーを抱いたシータやルミーはナーダが服を着込んだタイミングで入室して部屋の端に立っている。
ナーダは一つ溜息を零し、そしてその顔を真剣な物にしてセーギ達を見る。サクラはセーギの隣からナーダの隣へ移動する。
「……兄ちゃん、それにそっちの黒髪に姉ちゃん。あの時は助けてくれてありがとう」
「私からも、ありがとうございました」
ナーダとサクラは自分達の命の恩人へ礼を言った。彼らはあの悪魔の一件で命を救ってくれたセーギ達に礼を言いたかったのだ。
その感謝を受け入れたセーギ達。それをナーダは顔を上げて確認し、次に鋭い目を向ける。
「それで? 教会の姉ちゃん達は俺に用があるんだろ」
その質問は確信を持った物であった。
「どうしてそう思ったの?」
シータが尋ねる。怜悧な紺碧の瞳が少年の姿を映す。
「こんな貧民街まで来た理由。……俺が教会の奴と事を構えたからだろ」
額にある『黒い角』を親指で突きながらナーダは言う。
ナーダは祓魔騎士と遭遇してやむを得ず戦闘に入り、そして逃走した。その時に黒い角を見られ、自身のことが教会に伝わると容易に考えられた。
人を襲う悪魔が居る。教会が動くのには十分な理由であり、ナーダの予想は当たっている。
「そう。私達は聖光教会の要請でここへ来た」
シータの放つ刃のような空気がに室内に満ちていく。
シータは抱えたマリーを隣り居たルミーに預けて歩き、ナーダが腰掛けるベッドまで近付く。
「貴族の邸宅を含む複数の場所での侵入、脅迫、強盗、暴行、傷害」
「…………」
冷たい目が鬼人の少年を見下ろす。
シータの放つ威圧を受けて顔色を悪くするナーダ。それでも彼は目を逸らすことなく彼女を見上げる。
「……今言った全てが貴方に科せられた罪」
シータは首に掛けた聖印を見せ、教会からの勅命であるとして宣告する。
「ガガナーダさん。貴方の身柄は聖光教会で預かることなります」




