38.ざんねんなともだち
光速の如きシータに攫われたルミーは物陰へと連れ込まれ詰め寄られていた。
「な、な、なななな何を言っちゃってるのルミーはっ!?」
「落ち着いてシータちゃん」
がくがくと肩を掴まれ揺さぶられるルミーは友人……顔を真っ赤にして表情を引き攣らせて涙目になっているシータへ優しく微笑み掛ける。
「どうしたんですか? 何か困ったことでも有りましたか?」
「あッ……!? 貴女がセーギさんに変なことを言ってたからでしょ!?」
シータにとっては恥ずかしい事ばかり伝えられていたのだ、怒るのも無理は無い。しかしそれを暴露した当の本人は知りませんねとでも言うように何処吹く風。
ルミー懐の中で杖を光らせる。そうして周囲へ展開されるのは全ての音を遮る防音結界。これで二人の会話が外へ漏れる事は無くなった。
そうしてルミーは先程セーギに伝えていたよりもシータの内心に深く踏み入った話題を出す。
「私はセーギ様の気持ちを確かめていたのです」
「……き、気持ち?」
「そうです」
祈りを捧げるように胸の前で手を組み、ルミーはまるで聖母の如き慈愛溢れた表情でシータを見詰める。
「セーギ様がシータちゃんのことを好ましいと思っているかどうかを―――」
「だからどうしてそうなるのーッ!?」
更に強く肩をガクガクと揺すられルミーの頭は前後に激しく動かされるが……しかしその顔に笑顔は絶えず。
「大丈夫。大丈夫ですシータちゃん」
「やめて!? その『全部わかってますから』みたいな顔はやめて!?」
シータは遂にルミーから手を放してその場に蹲ってしまった。羞恥が限界に達してしまったのだ。
「ぅうう~……ああぁ~……」
「シータちゃん」
「違う、違うの違うのよこれはそういうのじゃないのよホントよ」
「……違うんですか?」
ルミーは腰を屈めると幼子でもあやすようにシータの頭を撫でながらそう尋ねた。
シータは小さく、か細く、風が吹けば消えてしまいそうな声で答える。
「そうなの、これは決してルミーが思っているようなことじゃないの。ええ、そうよ。きっとそうよ。そんな筈がないわ」
「…………」
感情を持て余している。ルミーにはそれが直ぐに分かった。誰よりも強い剣士である筈の彼女がどうして……そう思ってからはルミーの行動は早かった。だからこうして直接確かめようと二人きりになったこの状況を活用しているのだ。
蹲って震える姿はまるで怯える小動物。らしくないと言えばらしくない姿……だがシータの人柄をよく知っているルミーは同時に然もありなんとも思っている。
(もしかしたら)
友人の不調を心配する気持ち、単純に興味が湧いたという好奇心、そして―――期待。
ルミーは真剣に、慎重に、優しく、少々胸躍らせながら追究する。
「……シータちゃんは最初(今もですが)……セーギ様から距離を取っていますが、何故です」
「……目」
「め?」
「……目を合わせたら胸が苦しくなったの」
「つまり、動悸が激しくなったと?」
「そうなの。とっても早くなって、頭が回らなくなるの」
「……そして?」
「気温は涼しいのに、どうしてか全身が熱くって」
「お顔も真っ赤でしたね」
「まるで茹だったみたいよ」
「そうですか」
顔を隠して蹲っているシータには分からないルミーの表情。その目には確かに好奇の色が輝いていた。シータの真っ赤になった耳など愛おしそうに見ている。
「戦闘中は問題ありませんでしたよね?」
「剣を抜けば、こう……意識を切り替えられるから……」
「確かに。会話、という程にはしていませんが受け答え自体はしっかり出来ていました」
「悪魔と戦う時なんかに私情が入って剣が鈍るといけないから」
「戦いが終わるやいなやまた赤くなってましたね」
「そ、それでも最初より話せたわ。自己紹介も出来たもの」
「……でもその後直ぐ逃げてましたよね?」
「…………」
一段とシータの頭が下がる。耳の赤みも増す。ルミーの笑顔がもっと優しくなる。
「一度教会に戻っていたみたいですが、どうしてまた?」
「……あれだけ目立つ戦いがあったから、司教様には報告をしておこうと……」
「セーギ様のことは?」
「せっ!? ……ど、どうしてそこでセーギさんの名前がっ?」
「え? だってセーギ様は“勇者様”だったじゃないですか。報告するのは当然ですよね?」
「…………」
勇者と聖女は対面すれば自ずと相手がそれである事に気付く。その身に秘めた聖なる力が共鳴するように感じ取れるのだ。
あの戦いの場に居た全員が新たな聖女と勇者の存在を確認している。少年と少女。そして―――
「そ、それは……」
「もしかして……言ってない?」
「ううぅ……は、はい」
その後、ルミーはシータに対して司教様にどんな内容の報告を上げたのかと問えば、以下の答えが返ってきた。
『悪魔契約を行使しようとしていた“赤獅子”を壊滅、その構成員や囚われていた子供達は“翡翠蛇”に回収・保護された。
これらの最中で発生した獣以下の知能しか有さない悪魔の出現。これを殲滅。その後に上空の大穴から出現した“悪神の使徒”……それ以上の脅威たる【醜穢なる邪霊】級の敵性存在を自身を含む4人の聖女、そして来歴不明である謎の男性の助力によって大きな被害を被る事も無く討伐を果たした。
事後処理については自分達で目下交渉中―――』
そのような内容の話しを聞いたルミーは流石に苦笑いする。
「……わからなくはないです。ええ、ええ。私達にとってもあれらの出来事は埒の外でしたから……
ですが“謎の男性”って……他に言い方は無かったんですか?」
「だ、だってぇ……」
司教からは当然の如くその謎の男性について詳しい説明を求められたが……シータは「任務の途中ですからっ!」と言って逃げるようにその場から早々と立ち去った。
そんな自分の行いを今更ながら振り返ったシータは自己嫌悪で意気消沈させる。これが大勢の人々から憧れと希望を向けられる人類最高戦力の一人なのかと頭を抱える。先程までの羞恥や紅潮は吹き飛んでしまった。
そんな落ち込む友人の頭をルミーはよしよしと慰めるように撫でる。
―――聖女であり更には剣聖と云う偉大な称号を持つシータ。残虐非道なる悪魔の脅威に晒される民衆にとって彼女は正に光の象徴。故にシータこそが「真の勇者」と称す者も少なくない。
悪を挫き、弱きを助ける。脆薄なる聖剣をまるで剛剣の如く振るう苛烈で、だが美しく嫋やかな姿から主神が人の世の為にに使わした戦天使とも言われ……“聖天戦乙女”の名に最も相応しき聖女であるとも言われている。
そんなシータが―――
「……あぅあぅ……あぁ……」
羞恥に悶えて言葉にならぬ呻き声を漏らしていた。これが誰もが羨望の目を向ける聖女なのかと言われそうな情けない姿。
しかしながら、友人のルミーや義父のジャナカなど親交の深い者はシータが民衆が想像するような完璧な人物では無いとよく理解している。人並みに出会いに憧れ、人並み?に人見知りで、人並みに負けず嫌いな一面を持つ。そんな決して天使などでは無い普通の女の子なシータの本質をしっかりと見てくれている。
(こんなシータちゃんを見られる日が来るなんて……)
ルミーはシータの『普通』な姿を見て楽しんでいたが……それ以上に嬉しかったのだ。
シータは何処かで諦めている節が在ったのだ。自分が女としての幸せを掴むという事に。憧れや期待は抱いていても、それを本気で叶えようともしていなかった。
強くなるのは人の為、祈るのは世界の為―――ならば、女性らしい能力を身に付けるのは……何の為? 誰の為?
ルミーは幼い頃にシータと出会い、彼女が自分に感化され日毎に女性らしい振る舞いや能力を身に付けていく姿に喜びを感じつつも……同時に痛ましくも思っていた。
(これを知れば司教様もきっと喜んでくれるでしょう。シータちゃんに代わって私がきちんと司報告しないといけませんね。そう、きちんと)
ルミーは待ち望んでいた。それこそ己が運命の人に出会える事よりも、シータにそんな誰かが現れるその日を。
(長かった。とても)
そうして遂に現れた。シータが強い想いを寄せる相手が。絶対強者であった彼女に並び立てる青年が。 セーギという名の彼にシータが抱いた想い、それをルミーは大事にしたいと思った。
ルミーはようやくシータに対して理想の殿方を語っていた日々が実ったのだと、少々恥ずかしかったが幼子のような夢や甘い願望を曝け出し続けた甲斐が有ったのだと思った。故に彼女はかなり気合いが入っていた。もし彼女と長い付き合いの在る者がこの内面を見る事が出来たなら「……え? 誰?」みたいな反応が返ってきそうなぐらいに燃えていた。儚げで繊細そうな麗しい見目からは推し量れない熱意。
そもそもがルミーもまた一角の強者、魂の位階が500を超すまでに心身を鍛え抜いた超越者である。心の強さも常人を容易く越えている。
(つまりこれはシータちゃんの為! ええ、そうですとも!)
そんな強精神力をルミーはこの瞬間……乙女方向に全振りしていた。彼女自身も恋する者とあってとてもイイ笑顔をしている。
(シータちゃんの幸せを願っているのは本心ですが……これまで無縁だった分、たーーっくさんお話ししなくては)
ルミーは恋愛方面でシータをからかう……手助けするに当たって正当性を身に付けたからか気分はノリノリ。これが若さである。
「……ねえルミー」
「はい、どうしたの? シータちゃん」
―――しかし、ルミーは見誤っていたと言うしかない。
「ごめんなさい、……私、貴女にさっき『違う』だなんて嘘を言ったわ」
シータは立ち上がると顔を覆っていた手を外す。赤みの引いた彼女の美しい相貌が露わになる。心を決めたような、何処か吹っ切れたような表情でシータはルミーに言う。
「私、正直になる。私……―――」
ここまでは期待に満ちていたルミーの内情……それも次のシータが口に出した言葉で引っ繰り返される事となる。
「―――人見知りを直すわ!」
「…………」
ルミーは首を傾げる。
「……ん?」
何でしょうか、聞き間違い? ルミーはそう思った。そしてこの所為で反応が遅れてしまいシータが語り出すのを止められなかった。
「実は私ね、人見知りが悪化したと思ったの。ほら、あっちこっち走り回って悪魔を斬ってたから人と関わる頻度が減っちゃってたし。でもね? さっき教会に行った時にそこの皆から挨拶されても平気だったわ。普通に返事ができたもの」
「……ん、うん?」
「初対面の人と話す時、私はある程度距離を置いていたわ。そんな時、セーギさんと会った時はかなり近くまで踏み込んでしまったのよ」
「……う、ん」
「だから何時も以上にびっくりして緊張したのよ」
「…………」
シータが強く確信を持って言い切る姿にルミーの目は遠くを見るような色になった。
「そして今、ルミーと話したことで秘策を思い付いたの」
「はぁ、秘策ですか?」
「そうよ! これならセーギさんと普通に話しが出来る筈よ!」
「――――――」
嫌な予感しかしない。それと同時にルミーはシータが変な方向へ行ってしまったのは自分の責任なのでは?と考えた。
ただシータがルミーの想像を越えてアレなだけだったのに。
◆◆◆
「う」
突然走った悪寒にセーギは背中を震わせる。
彼女達が二人だけの話しを終えて此方に向かって来ているのは知っている。しかしその空気というか雰囲気が何か異質でセーギは戸惑う。
(……え? 何かすっごい逃げたいんだけど……)
セーギはそんな事を思ったが、共に戦った仲でもある彼女達から逃げるのはおかしいと考えて立ち止まる。二人を待つ為に。
『セーギ大丈夫? 変な汗かいてるよ?』
「あ、え? そ、そそそ……そんなことないヨ?」
『目がすっごい泳いでるっ』
セーギのように鋭敏な感覚を備えてないマリーは状況が分からず、ただ調子が悪そうなセーギを心配そうに見上げる。一目で分かるぐらい挙動不審だった。
セーギは感じていたのだ。肌をピリピリと刺すような、緊張感を孕んだ殺気立つ気配を。
……ゴクリ……そんな音を立ててセーギは唾を呑む。
彼女が来る。
セーギは足音が聞こえてきた曲がり角の向こう側へ目を向ける。
言葉に出来ないような威圧。
彼女が発する気配の重さが一体の空間を軋ませる。
一歩一歩、それらは徐々にセーギ達が居る場所へ近付いてくる。只ならぬ気配……しかしそれを感じ取れるのはセーギや他の聖女達のような強者だけであり、それに該当しないマリーはやはり状況が理解出来ず首を傾げている。知らぬが幸せとは言った物である。
―――そうして遂に、その時は訪れた。
「セーギさん。お待たせしたようですね」
黒い長髪をなびかせた美しい女が怜悧な瞳を輝かせながら姿を現す。
「先は何度も逃げるような真似をして申し訳ありませんでした」
彼女からは先程まであった妙な余所余所しさが消えている。しかしそのシータの姿に、セーギはどうしても見過ごせない物が有るのを見た。
「では―――」
シータは胸の前に大事そうに両手で握る“それ”を輝かせる。
「お話しを……しましょうか」
シータが手に持つのは大振りの短剣。その白刃の煌めきがセーギの顔を照らした。彼女の放つ気配は完全に戦いを想定した物で―――
「ごめんなさい!! 俺が悪かったんです!!」
セーギが行ったそれは……とてもとても美しい土下座だった。
心の片隅で常にシータ達への謝罪を考えていたセーギだからこそ可能だった刹那の、軌跡さえ目で追えない神速の土下座であった。
「……あれ? え? え?」
突然地に頭を伏して謝ってきたセーギに混乱するシータ。そして彼女は後ろで様子を見ていたルミーへ顔を向けて助けを求めるような表情を浮かべる。
「……シータちゃん……」
ルミーはそんなシータに対して可哀想な生き物を見るような視線を返した。その表情からは「どうしてこうなった」と云う感情がありありと見て取れる。
『……?』
マリーは突然土下座したセーギやおろおろするシータに遠い目をするルミー達を見上げて不思議そうにする。
貧民街の片隅で、何とも言えない妙な空気が漂った。




