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36.山羊頭の魔王

 邪竜が支配していた……その邪竜も今はもう既に死した主無き廃都。

 この廃都の中で在って最も高き場所、王城。青き鬼の一撃によって斬り崩された後も奇跡的に残った尖塔が天を向く。

 その塔の先端に座す者が一人。


「……よーくこれだけ集結させたものよ」


 塔の上で地上を睥睨する少女……魔人(ダーク)アフラ。この地で血液を媒介にした魔王召喚を執り行った人外の存在。

 アフラは白い翼を我が身を包むようにして畳み膝を抱えて小さな体を尖塔に預けている。そんな彼女の顔に浮かぶ感情は無。黒い眼球に金の虹彩がただジッと廃都に広がる光景を映す。何を見ているのか? それは―――


「……我が物顔で、忌々しいものよ」


 豚鬼(オーク)、その大群であった。


 数千を優に超え万に届くおそるべき大群。

 豚を思わせるが似ても似つかない醜悪な面をした巨体の怪物がこの廃都にひしめいている。しかもそれはただの大群では無く、オーク共は簡素なれど鎧や武器で武装し一定の秩序で統制された……正しく()()であった。

 万の軍勢を統制する為に部隊規模で管理する一際強力な個体も多く見受けられ、それらは一様に黒の角を備えている。その事実からこのオークの軍勢は悪魔(デーモン)の支配下に在る群れだと示していた。それをアフラは冷たい目で見詰める。


「―――元々は邪竜の指示で城塞都市を攻める手筈になってましたからね。事実、我が物顔でしょう。彼等にとっては」


 アフラの背後から現れ言葉を発した一人の女。アフラを成長させたような容姿に執事服を着た麗人スプンタ。彼女はアフラの側へ控えるように尖塔の僅かな(へり)に立つ。

 スプンタがオークと悪魔を見る目もまたアフラ同様氷のように冷たかった。


「殺すのが好きなら内々でヤりあっておれば良いものを……」

「悪魔が好むのは心ある者を踏み躙ること。ですから人間を襲うのが一番愉悦を感じられるのですよ」

「かーっ、趣味が悪いのー……」

「……趣味が悪い?」


 スプンタの目が鋭くなる。


「……思い付きで“召喚”なんて事を執り行ったアフラ様が言えたことでは無いでしょう?」


 アフラは背筋を震わせ冷や汗を掻く。


「そ、そそそ、それはもう良いではないか? 済んだことじゃし? な? う、うむ! 済んだこと済んだことッ!」

「……そうですね。聖女様達が……そしてもう一方、素性は不明の()のお陰で早々にアフラ様の不始末を片付けて貰えましたからね」


 スプンタの棘だらけの言葉と視線から逃げるようにアフラは顔を背ける。


「そうじゃろそうじゃろ!? これなら後々に出てくる“魔王”も彼奴らの手で何とか―――」

「…………」


 この期に及んで残った後始末全て丸投げするつもりのアフラにスプンタはぷっつんした。


「ぬああっ!? そこは止め……ッ……ぁああああああ!!?」


 アフラの額から生えた真ん中の角を掴んだスプンタはそのまま頭ごとぐりぐり動かす。無理矢理頭部をシェイクされるアフラは悲鳴を上げた。


「……なーにを現実逃避しているのですか? アフラ様。あの都市に顕れた怪物は確かに『大した物ではありませんでした』。あれなら今代の聖女、その上位に名を連ねる方々であれば一人でも対処可能だったでしょう。現に5人掛かりでほぼ完封出来ましたし」

「ぁああああ!?」


 ぐーりぐーり……アフラの頭が揺らされ回される。


「ですがしかし。馬鹿(アフラ様)が行った儀式で顕れる魔王の数は()()。つまりあの強さでも前座だった可能性は十分……これがどれだけの脅威であるか貴女には理解(わか)りますか?」


 万が一を考えて廃都に居たアフラとスプンタ。その万が一とは()()()()()()


「いたっ!? いたたたたばばばばっ!? ギブギブ! ギブじゃ!?」


 アフラとスプンタは城塞都市で発生した異変を感知するやいなや、セーギ達とアバドンの戦いを観察可能な限界の距離まで近付いた。そうして彼女達はやらかし(アフラの所為)によって出現した魔王の強さと厄介さ、そしてそれを見事討伐したセーギ達の力量も大まかにであるが量った。


「あぁーたまぁーが、取ーれーるーッ!?」

「……はぁ……」


 スプンタは溜息を吐くと角を掴んだ状態でアフラの視線をある方向へ固定させる。聞こえてくる悲鳴は全て無視。


「あの虫じみた魔王は始まりでしかなかった……それが正しかったと―――()()が証明しています」


 スプンタがアフラへ見せ付けた、その場所に居た一つの存在。

 群れるオークの軍勢の中で唯一、オークとは違う異形の()()




 ――――――




 それが放つ妖気は凄まじく、見る者を畏怖させる。


『……時は来た』


 オークの軍勢。その中心で声を上げる怪物。オークの手で急拵えではあるが建造された舞台の上で、その怪物は周囲へと言葉を発する。

 一見すれば普通の人間の姿にも見える大きさ。しかしその肉体に備えた異形は人間とは相容れない物。


 黒々とした烏を思わせる翼を広げ、そこから物理法則を無視して舞い散らされる羽はまるでオーク共を祝福するかのように頭上へと降り注ぐ……艶めく汚泥の雨を浴びた悪しき者共へ『黒い加護』を授けていく。


『汝達には神が付いている。ならば怖れることなど何一つ無い』


 身に纏った黒い法衣を翻しながらそれはオーク共へと語り掛ける。悟りを与えるように。

 そして手を伸ばす、黒く長い爪を生やした指先をオークへと向ける。


 ―――ォ、ォオオ……!


 額に浮き上がる六芒星の聖痕(スティグマ)……ならぬ邪痕。その血肉を引き裂いて刻まれ印は黒い羽と呼応して他のオークにも伝播して急速に広がる。

 オーク共の禍々しさが膨れ上がる。


『汝達の行い、その全ては神の御心……神の望みと同義』


 手に持つ長大な杖を掲げる、両端で光る半月を象った白と黒の刃を持つ杖を。その杖に反射した光を浴びたオークは目を血走らせて真っ赤に染める。


―――ォオオオ゛オ゛オ゛ッ!


 オーク共から僅かに残っていた理性が剥奪され、本能が剥き出しにされる。


『祈りを捧げよ。その身に授けられた幸福を一時も忘れるなかれ』


 その祝詞は悪魔(デーモン)にさえ影響を及ぼす。額の角を中心に六芒星が刻まれると同時に……全身からドス黒いオーラを立ち上らせた。


『この世に満ちる享楽を思うがまま貪り、甘受せよ。汝達は選ばれし使徒……神の愛し子達である』


 甘言を吐き連ねる口、それを持つ存在の頭部は()()()。オークよりも人語に適さないように見えるその口で怪物は続ける。邪なる句を詠む事を。それを受けたオーク共は感動に打ち震えながら莫大な力をその身に宿していく。


『聖戦の時、来たれり』


 人間の体、黒い翼、大きな角を生やした山羊の頭部。 とある世界では悪魔の代名詞とも言える姿。

異界から来訪した“魔王”がその力を振るってオーク共を強化……狂化していく。




 そしてその魔王の側に歩み寄る一体の悪魔。その悪魔は見上げるような、身の丈3mに届く巨体。地に立ちながら舞台に立つ魔王と肩を並べられる威容を持つ悪魔は口を開く。


「……これは悪神(アンラ・マンユ)様が与えて下さった祝福だ」


 その悪魔もまたオーク・デーモン。だがその力は外見同様他のオーク・デーモンとは一線を画する。

 魔王の隣りに並び立つオーク・デーモンは“支配者(ロード)”の名を冠する上位者。今は亡き邪竜と同等の存在。


「我等の力となるべく使わされたアンラ・マンユ様の奇跡、その体現である!!」


 オークロードは地を揺らす咆吼を轟かせると共に巨大な戦斧を魔王と同じように掲げる。それを浴びたオーク共や悪魔は各々が持つ武器や鎧をぶつけて打ち鳴らす。楽団の演奏ように響き渡る怪物達の狂音。雄叫びすら混じり始めた冒涜的な合奏は廃都を埋め尽くす。


「“地獄の扉”より()でた『魔王バフォメット』殿へ血を捧げよ!! 同胞(はらから)にして我が友であった邪竜バルリュース殿への(はなむけ)とし、彼の地を怨嗟と狂気で染め上げよ!!」


 額に邪星の輝きを宿したオークロードはその瞳を血より深い赫で輝かせ、戦斧の石突きを大地に叩き付ける。その衝撃と轟音は万に及ぶオークが作り出す騒音を打ち消して余り在る。

 余波が散り、静寂が場を支配した時……オークロードはその巨腕で魔王バフォメットを示すと吼える。


「戦士達よ!! 戦いの時が来た!! 新たな同胞となったバフォメット殿へ愚かで下等な人間の死骸を山と積んだ光景を贈るのだ!!」


 その言葉を受け、バフォメットは鷹揚に頷く。


『神と共に』


 ―――オーク達が吠える。

 先の咆吼を越える大きさで轟く声は大地を、廃都を揺らす。

 強大な力と加護を授けてくれた新たな仲間に対し、最大級の賛辞と敬意を込めて、世界を震わせて捧げる。


『――――――』


 魔王バフォメット。

 それは予め定められた計算処理(プログラム)によって動く機械(ロボット)……仮初めの動物性を与えられた存在に過ぎない。言葉は喋れども本質は“地獄穴の魔王アバドン”と変わらない。


 バフォメットの赤い目に映るのは、戦うべき人間(プレイヤー)か力を授けるモンスター(M・O・B)のみである。




 ――――――




「……あれはどうするつもりですか? 明らかに都市で出現した物より数段厄介ですよ?」

「もげる!? これはもげる!? 脳みそでちゃうぅう~~ッ!?」


 スプンタによって真ん中の角だけでなく側頭部から生える角の一本も掴まれたアフラ。音を立てて2本の角へ圧力が加えられていき、それに連動してアフラの頭蓋もミシミシと危険な音を立てる。


「私達は決していたずらに人を傷付けたいわけでは無いのです……本当にわかっているのですかこの軽い頭は」

「ごめんなさいっ!? 本当にごめんなさいっ!? 二度と! 二度と勝手なことはせぬから!!」

「……ふぅ」


 無様な命乞いで多少溜飲は下がったのかスプンタはアフラ苛めを止める。解放されたアフラは頭を抱え「変形しとらんよな?」などとぶつくさ言いながら角の根元や頭を撫で擦る。それを尻目にスプンタは眼下で咆吼を上げているオークの集団を憂鬱そうに眺める。


「……あれ、私達に匹敵してませんか?」


 彼女の目に映るのは異形の悪魔バフォメット。スプンタの言葉でアフラもその魔王を視界に収め……難しい表情をする。


「むー……確かに。エネルギー量は目を見張る物はある、が」


言葉を区切ったアフラは軍勢の本質を見抜いて断ずる。


「まあ、あれは集団()()()の存在じゃろう。殺せる殺せないかで言えば……ワシらなら十分に殺し尽くせる程度よ」


 それを聞いたスプンタは次にバフォメットの周りで吠えるオークの軍勢を見る。


「……しかし、あれだけの集団を強化されるのは面倒かと」

「うむ。しかし支配者(ロード)級さえもあれほど強化出来るとは……あのバフォメットとかいう魔王、強化・加護に関しては悪神並みよの」


 スプンタは心底嫌そうにアフラへ半目を向ける。


「どうするんですか? これで趨勢が悪魔に傾きでもしたら」

「…………」


 アフラは瞑想するように目を閉じる。そして少しの間、己の思考に沈み込む。

 そうして答えを出したアフラは目を見開いて悪魔が率いる軍勢を見る。


「……聖女達が何とかする! きっと! 多分! おそらく!」

「――――――」


 完全なる他力本願。スプンタは呆れから魂が抜けて仏のように穏やかな顔になった。


 オーク達の進軍が開始される。それは濁流のように廃都を進み、森へと足を踏み入れる。細かい木々を押し倒して突き進む狂気の軍勢。

 向かうは南。怪物達が目指す先は近隣で最も発展した都市。数多の人が暮らす場所……〈城塞都市クルルス〉。


 異界の魔王を擁したオークの軍勢は進撃する。その邪悪さで無辜の民を蹂躙する為に。

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