33.Abaddon
純白の法衣を纏った少女が空に立つ。
仰ぎ見る空に開く大穴、そして眼下に広がる王城と尖塔。
「“聖なる守護よ。穢れを退け身を邪悪を焦がす守護よ”」
力在る言葉を唱える少女、ルミーが手に握る聖杖を高く掲げる。
黄光。空中に立つ足場となる結界から燐光が発生し天へと昇りながら白い光と変わる。その白い光はルミーの持つ聖杖の先端へと吸い込まれて収束していく。
「“地より生まれ育まれし我らにその大いなる慈愛と加護を―――”」
“大地の芳魂”により土の属性へと変換し増幅されるルミーの魔力。それが聖杖の力によって極限まで高められる。
聖獣の牙をもって創造された“聖杖デメテル”。扱いを僅かにでも誤れば肉体を四散させる程の力能を所有者に与える聖具の一つ。その聖杖の歴代継承者の中で在って最も愛されし少女はその力を余す所無く扱い切る。
術が、発動する。
「【大地母神の守護】!」
頭上遙か高くへと展開される結界。
大地から命が芽生えるように花開いた白く輝く結界は見る見ると広がり、遂には王城の上空を全て覆う程の巨大な境界となった。
「……ふぅ。これなら街に被害を出さずにアバドンという怪物と戦えますね」
結界を見上げながら一息吐く。能力と聖杖によって最大限まで強化したルミーの聖壁。その聖壁は術者が力尽きるまで破壊される事は無い絶対の盾となる。
「では私はここで皆様をお待ちしていましょうか」
この結界は戦場。ルミーは自らが形成した即席のそれが睥睨する下で一人、他の者達の合流を待つのであった。
◆◆◆
燃え盛る両手が黒い穴目掛けて振り下ろされる。
「燃え、尽きろぉおおおおおッ!!」
怒声と共にディアンサスは“地獄の窓”へと掌を突き込む。迸る業火は邪悪なる魔法陣をその内部から焼却していく。
「ッ! 見つけたーッ!!」
荒れ狂う炎の中、ディアンサスは見つけ出した宝玉を自らの炎を鞭状に変質させて絡み取る。ルミーによって防護膜が張られたそれらは万が一にも壊れるような事は無く、ディアンサスは回収した全ての宝玉を引き摺り出す。
炎に巻き付かれた宝玉が外へと飛び出した。
「こっちは任せたわ! 私はこれを完全に壊す!」
ディアンサスは炎で抜き出した宝玉をそのまま背後へ放り、魔法陣へ放出していた炎を更に強めた。
弧を描いて宙を舞う宝玉。それに迎えるのは―――
「了解よ」
「任されました」
貫き手を構えたロベリアと聖剣を上段に構えたシータ。二人は目の前へと投げられた宝玉に向かって渾身の攻撃を叩き込む。
ロベリアが打ち出した毒手が“怨嗟の宝玉”を貫き、その内側に毒と浄化の光が破裂しそうな程一気に溢れる。それは宝玉に封じられた忌まわしい邪悪の全てを消し去っていく。
シータが振り下ろした聖剣が“封魂の宝玉”を両断する。瞬く間に全てを斬り裂いた刃には泡沫の光が帯び、その泡沫は宝玉に封じられていた人々の魂を包み込む。聖なる泡沫によって保護された彼等の魂はゆらりゆらりと宙へ浮かんで何処かを目指して飛んでいく。
「よしっ、魔法陣は灰になったわ!」
「宝玉の処理も終わったわよ」
「囚われていた魂も帰るべき方々の下へ戻りました」
黒い穴が炎を噴き出して消えていく。後に残ったのは焦げ付いた床板のみ。
憎悪が詰まった漆黒の宝玉は透明な硝子玉のになって砕け散り、解放された魂は泡沫に守られ本来の肉体へと飛び立つ。
各々が目的を果たした事を確認すると彼女達は速やかに行動を次へと移す。
「じゃあセーギの坊やと合流しましょうか」
『キュー』
ロベリアは後ろに降ろしていたマリーを再び抱き上げて歩き出し……その後ろをディアンサスが慌てて追い掛ける。
「ちょっとロベリア!? あんたさっきから狡いわよ!?」
「何が、かしら?」
「私にもその子を。だっ、だ、だだだだだ……抱っこさせなさいよ!」
「これから戦闘よ? マリーちゃんは私の部下に預かって貰うから後にしなさい」
「くぅ……っ!」
「なんて顔をしてるのよ……」
心底悔しげに表情を歪ませて呻くディアンサスをロベリアは呆れたように見る。そうして外に待機していた部下へマリーを預からせると『上』へと向かう。
「…………」
そんな二人の背を見詰めるシータ。追うようにし自らも上を目指す彼女の目にはしかし……映っている者とは違う人物を映し出していた。
「……セーギ。あの人の名前は、セーギ……」
シータはたった今知った名を呟き、呆っとしていた表情切り替えて意識を正す。
その瞳は怜悧さを取り戻したシータは確かな足取りで真っ直ぐ上へと、あの“大穴”の下へと向かうのであった。
◆◆◆
城の上空に張られた白く輝く結界。セーギはルミーが下で維持に努めているその上に立ち“地獄穴”を見上げる。
「スポーン壊して直ぐ出現ってわけじゃなくて良かった……のかな?」
今まで変化の無かった地獄穴。それが水面に波紋を打つように揺らぎ始め……その揺らぎは時間が経つ毎にどんどんと大きくなっていく。
セーギは地獄穴が揺らぎ以外の変化を起こした時がアバドンが顕れる時であると予想し、彼は油断無くじっとその時を待つ。
「……あの」
そうしてセーギは背後から声を掛けられその方へ顔を向ける。
そこに居たのはシータであった。結界を素通りしてこの場へとへと降り立った彼女は後ろにロベリアとディアンサスも伴っていた。
ロベリアとディアンサスは先までのセーギと同じように地獄穴を見上げている。状態が変化しているそれに注意を払っているのだろう。それは共感出来る振る舞い……そんな中で在ってシータだけはセーギを見詰めていた。
セーギはシータの様子から自分に何か用が有るのではないかと思った。
「……シータさん、で良かったですか?」
そう言いながらセーギは自らの発言の白々しさに自嘲しそうになる。彼女の名前など疾うに知っているのだから。
セーギのそんな内心など分かる筈も無くシータは緊張した様子で首肯する。
「は、はい。そうです」
「今回はありがとうございます。皆さんのお陰で都市への被害を最小限に抑えられそうです」
「い、いえっ。私は聖女だから! 当然のことをしただけ、ですっ!」
下に居た時よりは真面に会話が出来るようになったシータ……それでもやはり距離感が在る。怜悧な瞳もセーギと目が合えば何だか頼りなく伏せられる。
(調子でも悪いんだろうか……あれ?)
そこでセーギは気付く。シータの顔が薄らとであるが赤みを帯びている事に。
「……シータさん、もしかして体調が優れないんですか?」
「ど、どうして?」
「いや、顔がちょっと赤いので―――」
「大丈夫ですっ! 問題ありませんっ!」
食い気味に答えるシータにセーギは気圧される。
「そ、そうですか?」
「はいっ! すっごく元気ですから!?」
「……わ、わかりました」
そこまで強く言われれば頷かない訳にはいかない。色々と腑に落ちないが納得する事にしたセーギは、しかし次に話題にすべき言葉を思い付かず黙り込んでしまう。
(……急に話し掛けてちょっと馴れ馴れしかったかな? いやでも話し掛けて来たのはシータさんの方からだし……うーん)
悩むセーギ。しかし明確な答えが出る事も無く、微妙に気不味い時間が二人の間で流れる。
何か話すべきだろう、特にセーギ側には隠し事も多くそれに後ろめたい行為も存在する。しかしどれもこの場で話題に出す物として不適切だろうと思い結局胸の内に収まってしまう。
「…………」
このまま無為に時間だけが過ぎていくのか……そんな事をセーギは考えて、何でも良いから取り敢えずもう一度シータに話し掛けてみようと決めた時だった。
「―――来た」
その変化が起きたのは。
――――――
それは硝子を割るような音と共に姿を顕わした。
黒い大穴から這いずり出る、何時かの邪竜を彷彿とさせる巨大な影。
落ちる。巨大な影はその全容を大穴から這い出させるとゆっくり地表へと向かって落下してくる。 落下に伴う風切り音が、まるで数百億の羽虫が一斉に羽ばたいたような不快な音が都市に降り注ぐ。
その姿を見た時に始め連想されるであろう生き物は『飛蝗』……しかし理解が進むにつれて見る者に怖気を覚えさせる。
その怪物は自然の生命を冒涜するかの如き異様を備えていた。
頭部から首にかけては馬のようであり、胴体は飛蝗、背中には蝙蝠のような翼手が生え、蠍のような尻尾を持ち、馬脚のような二足でその身体を支え立つ。
腕は二対、人のような下段の腕と獅子のような上段の腕。それを怪物は翼と共に大きく広げる。
『――――――』
怪物は睥睨する。その金色の仮面の奥に潜む複眼が妖しく輝き、目の前の矮小な生き物達を見下す。人の顔を模した仮面は上半分だけの物であり、その剥き出しにされた下部からは悍ましい口腔が晒される。蝗虫のそれに獅子の牙を備えて涎を流している。
『……ギ、ギギ……ギシュシュシュゥウ―――』
蝗のような顎と獅子に似た牙。有り得ない組み合わせに嫌悪感を覚える怪物の口元からは泡を含んだ唾液を垂れ流し、存在するかどうかすら知らない肺に息を吸い込んでいく。
「……これはこれは、何ともまぁ」
セーギは怪物を見上げ、感嘆したような呆れたような声で呟く。
「……明るい場所で見るときっついなー」
『ギシャァアアアアアアアッ!!』
響き渡る咆吼。
節足動物と脊椎動物が歪に混ざり合った怪物、魔王アバドンの姿にセーギは「はは」と乾いた笑いを漏らした。
―――自然との触れ合いが減った現代人。彼らは羽虫に対して忌避感と拒否感を持つ。徹底された清潔利便性を追求した環境は奇しくも人間と云う生き物から自然性を乖離させた
そんな現代人に対して〈NSO〉の運営が嫌がらせの如く満を持して導入した最初の魔王がこれである。
当然反響は大きかった。
リアリティが現実のそれと遜色の無い〈NSO〉でこんな魔王が眼前に出された時のプレイヤー達の反応と云ったら―――『きめぇ』『これ暗いステージじゃなかったらヤバくね?』『これはナガノ住みの俺も苦笑い』『いやこれイナゴじゃなくてバッタだし』『え、違うの?』『アバドンさんはバッタ』『情弱乙』『うっせぇ佃煮にして食うぞ』―――等と……本当に大反響であった。
流石のセーギも陽の下でアバドンの姿をはっきり見てしまえばけっこう来る物が在った。平気と言えば平気ではあるが見ていて気分の良い物では無い。女性陣は大丈夫かと少し心配になったが……当の彼女達は逞しかった。
「不味そうな虫ね。これは燃やし甲斐があるわ!」
「毒持ちかしら? なら私の毒とどっちが強いか確かめましょうか」
「……斬り捨てる」
臨戦態勢へと即座に入った女性陣。殺る気に満ち溢れている。落ち着きの無かったシータでさえ敵を前にした瞬間に浮つきが消え去り真剣と称すに相応しい気配を身に纏った。
セーギはそんな頼もしい彼女達に倣って自らも剣を構える。
(……同郷って言えば同郷になるのかな? 心のあるAI……【NoAS】や【SA】だったらどうしようと思ったけど)
仮面の奥のギラついた赤い目がセーギ達を睨む。そして口の端から泡が溢れ、喉からは唸り声が漏れる。獅子型の手からは太く鋭い爪が伸び、人型の手には何処から取り出したのか巨体に見合う黒い大鎌を一本ずつ握る。そうして踏み締められた脚部には次の瞬間にでも襲い掛かってきそうな張り詰められた力が込められていく。
純然たる敵意と害意。そこに理性や意志の介在する余地は見受けられなかった。
(アレに心は無い。昔ながらの単純なAI)
セーギに宿るスキルが脈動する。討ち取れ、目の前の敵を打倒しろ……まるでセーギにそう訴え掛けるかのようにスキルが力を発し始める。
「……お前がただの怪物なら容赦する必要も無い」
『ジシャァアアアアアアアアッ!!!』
本能のまま、破壊衝動に突き動かされ、アバドンは白い結界の上で再び咆吼する。
森で出会ったオーク・デーモンの方が何倍も理性的であったと思える振る舞い……セーギ達の目の前に居るのはただのM・O・Bでしかなかった。
少し、ほんの少しだけ。セーギは表情に落胆の色を混じらせアバドンを見る。
「さあ、地獄穴の魔王狩りだ」
戦いの火蓋を切って落とす。機械仕掛けでしかない魔王を倒す為に。
――――――
名:地獄穴の魔王アバドン(AI.Type:MCF)
種族:キメラ・デーモン
性別:―――
年齢:―――
レベル:1000
スキル:奈落の金飛蝗、生体装甲、百五十夜の苦毒、魔王覇気、生者を喰らう群れ(無効中)
称号:異界の魔王、地獄の門を開く者
――――――
特殊AI :『NoAS』
準特殊AI:『SA』
汎用AI :『MCF』




