32.栄えある最初の魔王
〈Nirvana Story Online〉には2種類の大規模アップデートが存在する。
4ヶ月に一度の頻度で行われる中型アップデート。そして1年に一度行われる大型アップデート。この二つがゲームのストーリーや追加要素に深く関わる事になる。
“地獄穴の魔王アバドン”はその大規模アップデート……4ヶ月目を迎えた際のアップデートによって導入された『始まりの魔王』である。
主物語の幕開けとなる魔王として登場したアバドン。
この魔王が導入された時〈NSO〉の空に“地獄穴”と呼ばれる大穴を形成され、それと同時に地獄穴周辺の攻勢物体出現地点はアバドンの管理下に置かれた。そうしてアバドンによって掌握されたスポーン地点からはその魔王の配下であるモンスター、“地獄の生命体”が出現する。
こうして発生した地獄の生命体を一定数以上討伐する事がプレイヤー達に課せられた最初のクエストとなる。そしてモンスターの討伐数が設定された値を超えて閉鎖状態となったそのスポーン地点がアバドンとの戦場へ続く道となり、その道を通過出来る事がアバドンへの挑戦権を手にした証でもある。そうしてプレイヤー達は待ち受けるアバドンを討伐する。
個人・集団・軍団のどれでも参加可能。
推奨レベルは150以上(アップデート時点でのレベル上限は225)。
クリア時間の目安は2時間前後。
頻度は一週間に一度で開催される曜日は月曜から順に変えて繰り返し行われ、その日の内でなら何度でも挑戦可能。
初心者でも気軽に参加出来るのがこの『地獄穴の魔王アバドン討伐』である―――
だがこれらはあくまでもゲーム的仕様の話。
プレイヤー全員が平等にゲームを楽しめる事を前提としたゲームメイクの上で成り立つ物。
……つまり何が言いたいか?
それは―――〈NSO〉での現実、『背景設定』に記載されている設定とは違うと云う事。
〈NSO〉に生きるプレイヤー達に届けられた文言は以下の物であった
――――――
地獄の使者が世界に穴を空ける
虚空を穿つ奈落への回廊、それは地獄の窓
産み落とされた尖兵は欲望を抱え窓から這い出る
祈り子よ戦え、尖兵を駆逐し地獄の窓を破壊せよ
鎖された回廊は地獄の使者を我らの元へ引き摺り落とす
降臨する元凶を……地獄穴の魔王を討ち滅ぼせ
――――――
スポーン地点は“地獄の窓”。スポーン地点の閉鎖状態とはそれを破壊した事を意味する。ここまではゲームシステムと設定は乖離していない。
よってここからが重要な相違点である。
スポーン地点が出入り口になるのはあくまで複数のプレイヤーが別々の場所から同時にアバドンと戦闘出来るようにする為に措置であり……つまりアバドンの存在が挑戦者の数に合わせて複数に分裂している事になる。
この点が地獄穴からアバドンが“降臨”する設定に沿っていない。
『ゲームだから』
確かに〈NSO〉での話しならそれで済んだだろう―――だが今は違う。
実在と化した魔王は現世へ生まれ落ちる。遊戯の理を越えて彼等は侵略する。
後に続く事になる強大なる魔王達。アバドンはその先駆け……アバドン自身さえも尖兵でしかない
これがアバドン導入で端を発する長編コンテンツ―――『天獄不還インフェルノ』の序章であり、強力無比なる九体の魔王【九獄天魔王】が本格的に〈NSO〉へ存在を示し始めたのであった。
◆◆◆
これらのアバドンに関連する魔王周りの設定をセーギは友人……サタナエルという名のAIから聞いていて覚えていた。
これらの記憶は今でもセーギの楽しかった日々の思い出として鮮明に―――
『……それはそうと僕が華々しくデビューするのが二年以上も後って嘘でしょう? 暇で死んじゃよ?』
『まあ決まりだから仕方ないんじゃない? 我慢しなよ』
『……暗躍でもしようか、魔王らしく』
『ルール守れよ。プレイヤーの皆が困惑するだろうが』
暴走しそうなサタナエルに頭が痛くなったセーギはその後、〈NSO〉管理AIに頼んで彼が余計な事をしてゲームが台無しにならないよう監視を強化してもらったのも今は昔の話しである。
(……懐かしい……って、その後別に大人しくしてなかったから懐かしむ程でも無かったな。嫌だよ〈始まりの街〉で諜報活動してるラスボスとか。プレイヤーはMMORPGしてんだぞ、何でゲーム内でリアルな戦争になりかけるんだよクソゲーじゃねえか)
―――ちなみにサタナエルの悪ふざけで勃発しかけた“NSO世界大戦”は管理AIを筆頭に【九獄天魔王】所属の4名とその他有志の助力が在って未然に防がれた。最悪〈NSO〉が初年度で終わってしまう可能性が在った事を考えればファインプレーだったと言える。
この後サタナエル以下、協力していた【九獄天魔王】所属の2名を含む主犯達は禁固刑に架せられた。当たり前である。
(あれ、おかしいな……楽しかった日々より友達の奇行の方が思い出される……)
思い出の日々を鮮明に思い出した結果、微妙にげんなりしてしまったセーギは人知れず遠い目をした。
――――――
この世界の住人であるシータ達にこんな〈NSO〉の設定を伝えた所で理解が難しいのは目に見えている。よってセーギは〈NSO〉の世界観をゲーム的にでは無く現実の物として説明する事にした。
頑張った。セーギは何とか〈NSO〉の知識を噛み砕いてシータ達に理解してもらえるよう説明した。
セーギの話しを聞いた彼女達の反応はそれぞれ違っていた。ロベリアは魔法陣を見ながら考え込み、ディアンサスは胡乱気な表情でセーギを見て、ルクミニーは素直に信じている。
「……地獄の窓、魔界とは違うのかしら? でも出て来たのは悪魔……」
「何よその悪魔。見たことも聞いたことも無いわよ。適当言ってるんじゃないでしょうね?」
「まさかそんな存在が……なら放置していればその地獄の怪物が私達の世界に蔓延ると?」
ちなみにシータは相変わらず穴の陰からセーギ達を覗き込んでいる。離れていても彼女の優秀な聴覚は彼らの会話を余す事無く拾っているが……流石に盗み聞きのような状態は不自然極まりなかった。
「…………」
「……!」
しかもセーギが視線を向けるとシータは身を隠す始末。
(シータさんは本当にどうしたんだろう……まさか、ばれてる? 俺が魔王だってこと。スキルの中には【魔王化】があるし……)
シータの観察してくるような視線にセーギは居心地の悪さを覚える。目を離せば再びシータは顔を覗かせて見てくる。
超越者級の使い手ならば視覚以外での感覚で周囲を把握する事はそう難しくない。それはシータ自身もよく理解している筈なのに何故か直接姿を晒す事を避けていた。
(……気になる……でも今はアバドンの方が優先度が高い。俺の個人的なあれやこれやは後回しにしないと)
色々と思う所は在ったが、セーギは取り敢えずシータの事は後回しにした。
「……それで説明の結論ですが、この入り口になっていた魔法陣を破壊した瞬間にあそこから強大な怪物が顕れるってことなんです」
確認の意味を込めてセーギは自分が説明した事を大まかに纏めて再度伝える。それを聞いた他の者は各々気になる部分やするべき事を言葉にする。
「……する気は無いけど、これを放置した場合はどうなるのかしら?」
「俺も断定は出来ないですが、時間が経てばまた活動を始めると思います。これはあくまで外側から俺とシ……あちらの聖騎士さんが浄化の光による衝撃を与えた結果一時的に止まっているだけかと」
「じゃあ話しは簡単ね。これも処理してあの大穴から出てくるっていう怪物も倒せば一件落着でしょ? ならさっさと燃やしましょう」
「あ、あの待って下さいディアンサス様。彼の説明ではそのアバドンという怪物が城の真上に落ちるのでは?」
「……それも問題だしね……」
最後にセーギが悩んでいたのは最後にルクミニーが言った『アバドンの出現位置』の事である。この城塞都市クルルス、その中央にある王城。その真上に口を開ける暗黒の“大穴”から顕れると予想される魔王。
(アバドンのAIは一般M・O・Bとそこまで変わりない……はず。ならさっきまで湧いてた悪魔とほぼ同じ行動を取ると考えていい)
アバドンは〈NSO〉に導入された最初の魔王とあってそこまで強くない。搭載されたAIも最先端の自立思考を可能とする物では無く機械的なプログラム。トッププレイヤーであれば一対一でも十分に勝利を目指せる相手である。
(3体目の魔王からはプレイヤーの上限に合わせて強化補正が入ってたりしてたけど……アバドンは逆に弱体化補正が入れられてたからなー。新規を取り入れる意味も有ったとはいえある意味不遇枠だったな)
セーギはゲーム内でのアバドンの立ち位置を思い出しながらこの場に集った彼女達へ目を向ける。
(ゲームでの尺度で見れば皆の強さは申し分無し、むしろ過剰なくらい)
シータのレベルは600に近く他の面々も500中盤前後という、〈NSO〉基準で考えればアバドン討伐は余裕と言うしかない。
(だが)
しかしセーギには懸念している事が在る。
(こっちに来てパワーアップしてないとも言い切れない……俺みたいに)
セーギのその懸念は自身に由来する物。彼はこの世界に来てレベルの最大値である『999』を超えたステータスを得た。それに伴いスキルが変化し能力の上昇も確認出来ている。
セーギはその現象が自分だけに起こり得る物だとは考えていない。何の因果かこの世界に姿を見せようとしているアバドンもまた自分のようにに強化されているかもしれないと考えている。
「魔法陣が変化した黒穴を放置して、もしここ以外にも地獄の窓が出現する確率は0では無い。ならここは万全を期して皆でアバドンを討伐するのが良いと思います」
ゲームではただのイベント。しかしこの〈円天世界ニルヴァーナ〉は違う。アバドンと云う存在が現実の物となった場合の危険性は未知数。彼の魔王の設定ではもしこれを討伐出来なかった時―――アバドンが産み出した眷属が地表を覆い、世界はその全てを喰らい尽くされ荒廃する―――と、記述されている。
故にセーギはこれ程の戦力が揃っている今こそアバドンを仕留めるのが正解だと判断したのだ。
手を抜く気は毛頭無い。相手がこの世界に危害を加えると云うならば持てる力で以て排除する気でいる。
それを為す上での仲間達はと云えば―――
「それで坊や、そのアバドンはどんな怪物なのかしら?」
「あの大穴から現れるということはとても大きな怪物だと思うのですが……」
「何にせよ私が燃やせば解決よ」
ある種の余裕が感じられた。自分達が居て敗北など有り得ないと振る舞いから見て取れる。それはシータも同様だったが……セーギが目を向けるとやはり身を隠す。
「…………」
相変わらずセーギにはシータが何を考えているのか分からなかった。
「……頼もしいのは嬉しいんですけど、皆さんけっこう余裕そうですね」
それを指摘されて彼女達は不意を打たれて驚いたような顔になる。
「あら本当ね? どうしてかしら?」
「未知の敵なのに……」
「……どうでもいいわよ。私が燃やすのは決まってるんだし」
自分でも理由が判然としていないらしき彼女達。セーギに言われて初めて意識をしたのか不思議そうに考える。
そんな中、答えを持っている人物が一人だけ居た。
「……貴方が」
「え?」
セーギは声の聞こえた方……シータが居る方へ顔を向けた。それに彼女はびっくりしたように肩を竦ませるが、しかし隠れる事はしなかった。
シータは落ち着き無く視線を彷徨わせるが何とかセーギに目を合わせると自分が感じた事を口に出す。
「貴方が、その……何て言ったら良いのか……まるで『猟に出る』っていうぐらいの気楽な感じで言ってる……から?」
「…………」
シータが言った例えにピンと来なかったセーギは「んん?」と首を捻る。しかし他の者は違ったようで「あー」「確かに」「そうねぇ」などと腑に落ちたらしくセーギに目を向けている。
「……え?」
「坊や、そんなに切羽詰まってないのよね」
「慣れている? と、言えばいいんでしょうか?」
「余裕云々はあんたが一番でしょーが。一番肩から力抜けてるじゃない」
「うん。そんな雰囲気なの」
「……本当に?」
セーギ自身自覚していなかった。この場で彼が一番余裕を持っていた事を。
あの不可解な現象に対する知識を持つ人物が終始そこまで危機感を覚えているような素振りを見せていないのだ。その空気に当てられシータ達もそこまで深刻には感じていなかったのである。
(俺の所為だったのか……)
セーギは自分の気持ちを思い返す。そうすると確かにそこまでアバドンを脅威だとは感じていなかったのだと知る。寧ろ逆に危険だ危険だと自らに言い聞かせていた節が在る。一体何がそこまで不安だったのか……その理由も直ぐに見付かった。
セーギの不安、その根底に在ったのは『住人への被害』である。
もしアバドンが強化されており妙に抵抗されてしまえば周辺への被害が増えると、それをセーギは心配していたのだ。
セーギは自分がアバドンに負けるなど一切考えていなかった。
「……そっか」
最悪ばかり考えていた。それが悪いとは云わない、だが虚像ばかり肥大しては実像が曇る。セーギは〈NSO〉の掲示板で書き込みされていたアバドンへの評価を思い出す。
―――『アバドンは魔王の中でも最弱』『魔王の面汚しよ』『後半ステージのネームドより弱い魔王(笑)』『草生えますね』『草生えすぎてアバドンさん食い切れてないっすよ』『もうね、あれだよ、彼は佃煮的存在なんだよ』『アバドン狩りは金策』
空が青い。なんて酷い評価だ。
「―――うん」
異世界に現れる事での変化は未知数、だがセーギの本能に危機感は無く。
負ける気が一切しない。
「俺達の力なら勝てる!」
セーギは皆へ力強くそう言った。




