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31.剣聖の不調とセーギの知っていること

 彼女はとある暴力団(ギャング)の首領と対話する為に。

 彼女は運命の相手という名の人捜しの為に。

 彼女は自分以外の勢力の壊滅させる為に。

 彼女は自らの出生に縁の在る聖獣と出会う為に。

 そして、邪悪な者達に翻弄された少年少女。


 各々が違う目的と事情を持ちながらも集った彼等。

 悪魔の群れは根絶し後は魔法陣をどうにかすれば赤獅子が発端のこの問題は片付き、本来の目的に戻れる―――あの上空に発生した謎の“大穴”さえ無ければ。


「ぁぁあああッ!! 面・倒・臭いッ! さっさと魔法陣とあの“大穴”をどうにかするわよ!」


 そう吠えたのはディアンサスだった。彼女はセーギが既に踏み入っている隣室に向かって歩を進め、その際に友人であるロベリアがその胸に抱いているマリーを見る。偽装による外見の変化が為されているマリーだがディアンサスのような強者にこの程度の魔法は何の意味も無い。


「…………」


 ディアンサスはマリーに対して強い感情を秘めた視線を向けていたが……何かを堪えるように眉根を寄せると隣室へ踏み込んでいった。

 ロベリアはそんなディアンサスを見送りながら駆け付けてきた部下へナーダとサクラの保護を命じ、傍に居たルミーへ微笑んで言う。


「近くに私の部下が来ているからこの子達は任せておいて」

「ありがとうございますシールパルナ様」


 礼を伝えたルミーは足早にディアンサスの後を追い掛けるように隣室へ向かった。ロベリアも部下がナーダとサクラを救助したのを見届けると自分も付いて行こうとしたが―――


 シータが謎の行動をしている事に気付いて首を傾げる。


「…………」


 隣室へ向かおうと足を前に出している。だが何故か出足を戻して立ち竦み、再び足を前に出そうとしてまた躊躇……その繰り返し。


「……? あれ? ……?」


 シータ自分自身、自らの行動に戸惑っており落ち着き無く視線を彷徨わせる。


「どうしたの剣聖さん?」


 見るからに普通じゃないシータへロベリアは声を掛ける。怪我でもしたのかと思ったがどうやらそういう訳でも無いらしく、ロベリアの見立てでは戦闘力に陰りは無い……だが様子は明らかにおかしい。

 何故かおどおどしている。視線も落ち着きが無く頻りに髪型など気にしている。


「……本当に何をしているの?」


 ロベリアが怪訝そうに言ったのも当然、見るからに挙動不審なのだから。

 しかし当の本人も理解出来ていなかった。


「わ……わからない」


 シータは困った顔でそう答えた。

 二人の間で妙な空気が流れる。下手をすれば緊張感が削がれてしまう気の抜けた雰囲気に、ロベリアは切り替えるようにシータへ告げる。


「……まあこっちは大丈夫だから、剣聖さんは空にある“大穴”でも観察していてくれないかしら? 正直あれは放置して良い類いの物では無さそうだし」

「は、はい……ごめんなさい」


 シータは頭を下げると大穴を監視する為に外へと出て行った。頭の中で彼女は『どうして自分は皆が居る隣室へ行けなかったのか?』と悩み首を傾げた。




 ◆◆◆




「『出現(スポーン)地点』だよね、やっぱり」


 セーギはあの悪魔が溢れ出ていた魔法陣を観察していた。

 魔法陣は機能を停止しているようで黙ったように黒い穴だけを晒している。この機能停止が一時的な物か恒常的な物かは判断が難しいが……どちらにせよ放置は有り得ない。

 セーギはこの変質した魔法陣が上空の“大穴”と類似する物であると確かめ、()()()()の在る現象だと感じる。


(何でこれがこの世界に?)


 しかし既知であるからこそ理解出来ない。何故それがこの世界に現れたのか。


「モンスターを吐き出す穴、それにスポーンした悪魔の性質……“アバドン”のレイドクエストか? やっぱり。でもスポーンはここ以外無さそうだったし……ならこれ一つ破壊すれば次の段階に―――」


 セーギは記憶を確認しながら目の前の問題に向き合う。

 そんな時であった。


「何時までタラタラしてるのよ! そこをどきなさい!」


 熱。


「わっと」


 セーギは背後から迫ってきた炎の腕を飛び退いて回避する。殺気も害意も無かった攻撃はその所為で反応が遅れてしまい少し慌てる事になった。


(当たってたら痛かったぞあれ……)


 避けなければ直撃してた。

 この場に人が集まりつつあるのは知っていたが、まさか暴力を振るわれそうになるとは思わずセーギは(おのの)いた。そして後ろに退いた自分の代わりに前へと出て来た少女を見て驚く。


「……ぅお」


 暁の髪を高い位置で二つ結びにした少女。長く尖った耳と息を飲む程に整った容姿はエルフのイメージそのままの姿。

 次に現れたのは外套を着込んだ少女。そのフードが外されると目の覚めるような麗しい顔が露わになり、緩く纏められた三つ編み(フィッシュボーン)の金髪が黄金に輝く小麦畑のように揺れた。


 どちらも途轍もない美少女。美しさが極まる容姿は見る者の現実感を失せさせるようで……だがそれ以上に、セーギは【浄泪眼《|ディヴァマツヤ》】で視てしまった二人の情報(ステータス)に衝撃を受ける。



 ――――――


 名:ルクミニー・エショルディア

 種族:ヒューマン

 性別:女

 年齢:16

 レベル:520

 スキル:魔力操作、浄化、上級魔法、神聖魔法、思考加速、大地の芳魂、無垢なる祈り

 称号:聖女、英雄、傾城傾国、献身者、人類守護の盾、神聖なる乙女


 ――――――



 ――――――


 名:ディアンサス・ラーダ

 種族:エルフ

 性別:女

 年齢:15

 レベル:553

 スキル:料理、上級魔法、浄化、神聖魔法、精霊魔法、思考加速、炎と成りし魂、無垢なる祈り

 称号:聖女、英雄、傾城傾国、火炙りの執行人、神聖なる乙女


 ――――――



 そのステータスがセーギに呻き声を上げさせた原因だった。この世界で出会う“聖女”や“英雄”と称される存在が(ことごと)く〈NSO〉のトッププレイヤー以上の実力を備えている状況に空恐ろしい物を感じる。そしてセーギはディアンサスとルクミニーの後から来たロベリアへ目を向ける。彼女の腕の中には托していたマリーが抱かれている。


(シータさんは……来てない。どうしたんだろう? きちんと話しをしたかったんだけど)


 セーギはこちら側に来る事の無かったシータを気に掛ける。先程まではナーダとサクラが気掛かりであったが翡翠蛇の構成員が保護してくれたので安心した……それ故に今はシータの事に意識が割かれている。

 そんな風にセーギが考えていた時、怪訝そうな目をしたディアンサスが声を掛けてくる。


「つーかあんた誰よ? さっき剣聖と一緒にここへ突っ込んでたわよね?」


 セーギを上から下までジロジロと睨め付けるディアンサス―――そう、『ディアンサス』である。

 脳裏を過ぎる、目の前の少女では無い別のディアンサスの名を持つ存在。


(同じ名前。何か関係が? 確かディアンサスさんには“森人の友”って称号が有ったけど……)


 美しき聖獣ディアンサス。残り僅かな命を我が子の為に燃やし尽くして戦った愛深き者。

 セーギは敬意を抱く聖獣と同じ名を持つこの少女に何か(ゆかり)を感じつつ、彼女がしてきた質問に答える。


「俺は、ロベリアさんから仕事を頼まれてたセーギ・ラーマって言います」

「へー……あんたが、ね」


 ディアンサスはセーギとそしてロベリアが胸に抱くマリーを交互に見ると何かを言いたげに口を開くが……それを止めて口を噤み、魔法陣へ目を向けると改めて口を開いた。


「……これが終わったら話しがあるから……どっかに行ったら燃やすわよ?」


 物騒な物言い。だが内容はただ話し合いがしたいと云う物。

 それでディアンサスは気持ちを切り替えたのか右腕に炎を纏って魔法陣へと向き合う。


「ほらルクミニー。さっさと“宝珠”を保護しなさいよ。この気持ち悪い魔法陣は私が燃やし尽くしてあげる」

「わかりました、少しお待ちください」


 ディアンサスに言われてルクミニーは魔法陣解体へと取り掛かろうとする。そうすれば先の騒動に決着が付く―――


「ちょっと待って欲しい」


 だがセーギはそんな二人へ待ったを掛けた。

 この場に居る全員がセーギを見る……壁の穴の陰から覗き見していたシータもセーギに目を向けていた、と云うよりシータはセーギばかり見ている。


 突然手鼻を挫くようなセーギの発言に気を悪くしたディアンサス。そんな彼女が吠えるのを制するようにロベリアが先んじてセーギに尋ねる。


「どうしたの坊や? 確かにこの魔法陣は異常だけど……この二人なら問題無く処理してくれるわよ?」

「安心してください。私が必ず大勢の魂が囚われている“封魂の宝珠”は守り抜きます」

「……ちっ」


 ロベリアの後にルミーも自分に任せるように言う。そしてディアンサスは舌打ちし足先で床を何度も叩いて苛立ちをアピールする。マリーに至ってはセーギが何故彼女達の行動を止めたのか分からず不思議そうに見上げている。


「…………」


 そんな彼女達に見られながらセーギは少しだけ考える。これから自分が言うことを信じてくれるのかどうかと。

 だが言わない訳にはいかない。セーギはこの魔法陣を処理した後に何が起きるのか伝える。


「……この魔法陣を破壊すると……あの空にある“大穴”から1体の怪物が顕れる。それはさっきまで溢れていた悪魔の群れとは比較にならない強力な個体です」


 全員の意識があの空にある“大穴”に向き、そして再びセーギの方へ向く。


「あの……私が見た限り、この魔法陣は確かに『何か』と繋がっている感覚はします」


 ルミーの発言を皮切りに他の者達も口を開いていく。


「それって“魔界”と違うの? さっきあれだけ悪魔を吐き出してたんだし、普通なら魔界でしょ?」

「……初めての感覚です。魔界に似ている気はします……でも全く違うとも言えます」

「あの悪魔達、異様に知能が低かったわ。言葉も話せないなんてらしくないと言えばらしくなかったわ」

「じゃあ何よ? 私が燃やしたのは悪魔じゃなかったっての?」

「気配は確実に悪魔だったわ」

「はい、気配は間違い無く。ただ……外側だけの存在に思えました。まるで、そう……操り人形のような」

「…………」


 セーギは彼女達全員が少なからず違和感を覚えていた事を会話から聞き取ると道具袋からある物を取り出す。

 セーギが取り出した物、それはオーク・デーモンから折り取った“悪魔の角”であった。回収していたがその後の扱いを決めかねてたそれをセーギは全員に見えるよう晒す。


「あれは悪魔を元に作り出されたモンスター……攻勢物体(M・O・B)です」

「……モブ?」


 セーギが言った聞き慣れない単語に疑問の声が上がる。それも当然、M・O・B(モブ)とはゲーム用語……この世界では存在しない言葉なのだから。それをセーギは知っているからこそ〈円天世界ニルヴァーナ〉での尺度に合わせて説明する。


「はい。あの悪魔の群れは大穴に潜む(ぬし)が進攻する為に創造した尖兵、環境に応じて最も凶暴で貪欲なモンスターを基にして産み落とした自我を持たない群体……生物と人形の中間のような存在です」


 セーギは“アバドン”を思い出す。〈NSO〉の、ゲームの存在でしかなかったボスモンスターとそれに付随するクエストの事を。


「これについて俺が知っていること、皆さんに伝えます」

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