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27.見えなくとも

 赤獅子のボスである獅子の獣人のレグルスは笑っていた。後少しで悲願の悪魔転生に手が届くのだから。そんなレグルスに付き従う3人の幹部もまた悪魔へ生まれ変わる事を望む異端の徒であった。


 狂気に心を染めたレグルス達は貧民街(スラム)にある拠点の一つで儀式の最終段階を行おうとしていた。


「レグルス様、収集した魂」「そして生贄となる清き子」「全ての準備が完了しました」


 レグルスは彼らの言葉を聞き満足げに頷く。

 赤髪の鬣に見上げるような巨体のレグルスは立つだけで相手を威圧する雰囲気を放っている。そしてその鍛えられた肉体の内側には威圧感以上の悍ましい精神が宿っている。


「……遂にこの時が来た」


 レグルスは自分達が居る室内、その床を見下ろす―――床一面には埋め尽くすように書き殴られた魔法陣が在った。それこそが悪魔召喚の魔法陣。集めた魂と憎悪……そして生贄の血を捧げ発動される。


「憎悪を集めるのだけは時間が掛かったが……それも完了した」

「どうぞ」

「ああ」


 部下から差し出された拳大の漆黒の宝玉……人々の憎悪が込められた“怨嗟の宝玉”をレグルスは受け取ると魔法陣へ配置する。複数有った宝玉を置き終えると次にそれらとは別の宝玉を差し出される。


「……生贄の確認……儀式に相応しい命を選ぼうか」


 ()()()()が込められた“封魂の宝珠”。それもまた先程の宝珠と同様に配置しながらレグルスは別室に集められた子供達へ壁越しに目を向ける。


「マシな孤児院を選んで運ばせましたが……」「神聖な子が居れば良いですが」


 部下の心配もレグルスは一笑に付す。


「ふっ……構わん。最低でも()()をていない初物であれば最低限清らかさは保証されている。めぼしい者が居なければ赤子を儀式に足るまで潰せば良い」


 寛大なように吐く言葉はしかし聞くも悍ましい内容。だがそれに対して嫌悪感を示す者などこの場に一人として居ない。ただただ儀式達成を目前にして喜びに浮き足立っているだけ。



「では生け贄になる1人を選びましょう」「少し手間は掛かりますが」「ここまで来れば有って無いような手間」

「ふん。では行くぞ」


 レグルスが先頭に立って歩き出す。彼が統べる赤獅子、その組織が行ってきた人々を苦しめ憎悪を駆り立てる悪事……その全てが今日この日の為に積み重ねられた物。


 堪えきれない笑みを顔に貼り付けてレグルス達は部屋を移動する。

 隣室……比較的『普通の生活』を送らせていた孤児院の子供達が手足を縛られて放り込まれている部屋。


 孤児院に睡眠薬をバラ撒き揮発したガスを吸わせて眠らせた子供達。運び出す時も部屋に押し込んだ今も、彼等は深く眠ったまま。外部から何かした強い刺激が与えられない限り今すぐに目を覚ます事は―――


「…………」


 その筈であった。

 部屋の扉を開き室内を見渡していたレグルスは違和感を覚え……直ぐにそれの正体を知る。


「ほう。もう目が覚めたのか?」

「……あ……」


 感心したようなレグルス。そんな彼が目を向けるのは上体を起こして周囲へ顔を向けていた少女。戸惑いが隠せない様子、だが他の眠っている子供達とは違って彼女の意識は完全に覚醒していた。


「あの……ここは……?」


 少女は震えた声で此処は何処なのかと尋ねる。レグルスはその声に少女が自分の置かれた状況を理解出来ずに怯えているのだろうと思い、同時に何故彼女だけ目覚めたのか答えを得る。


()()か、成る程。当たりだなこの娘は」

「貴方、は……その……ごめんなさい。私、私達はどうしてここに? なんで……」

「……ふぅむ?」


 “浄化”の力によって肉体の変調を回復させた少女。しかしそれは無自覚だったようで彼女は自身に降り掛かっている事態を理解出来ていない様子をレグルスに見せる。そうしながら少女は拘束された状態のまま周りを手探りで調べる。そうして自分以外にも何人もの子供が同じ拘束された状態で転がされている事を知る。


「……ど、うして……」


 より震えが増した声を漏らす少女……その姿を見てレグルスは気付いた。少女が何故周囲を確認するのに自分へ尋ね、そして周囲を調べるのにわざわざ手探りだったのかを。


「お前、目が見えないのか?」

「え? ……は、はい。物心が付いた時から」

「成る程」


 レグルスは少女の何も映さない虚ろな黒い目を見て笑う。少女がどうして“浄化”という神聖な加護を身に宿せるようになったのか、その理由の一端を知れたから。貧民街の孤児院などという劣悪な環境に身を置きながら真摯に神へ祈りを捧げ続けられたのかを。


(何てことは無い。汚いものを()()()()()からだな)


 レグルスは内心で嘲笑する。哀れで愚かな少女だと。


(だが僥倖。これも悪神様のお導きか)


 選別の手間が省けた。本来選別の為には魔法陣の上に子供を置いて一々反応を確かめなければならなかった、そうして一番神聖さを強く宿した子を選別して生贄にする……そんな工程を飛ばせた事にレグルスは喜んだのである。


 それに……残った子供は悪魔に転生した後の()()にできる。悪魔にとって無垢な者を踏み躙るのは悪徳を高めると同時にこれ以上無い娯楽なのだ。


「お嬢さん。名を聞こうか」

「え、名前……ですか?」

「ああ。おじさんはね、君を助けに来たのさ。君達は悪い人に誘拐されたんだよ」

「そうだったんですかっ……ああ……ありがとうございます」


 安堵から少女は胸に手を当て祈りの所作を見せる。声の震えは収まったがその手は未だ震えている。それを見てレグルスは少女はまだ不安拭い切れていないのだろうと考えた。

 少女は目が見えないまでも周囲の音からある程度状況を認識出来ているらしくレグルスに対して真っ直ぐ顔を向け、そして不自由な身のまま出来るだけ丁寧にお辞儀をした。


「私はサクラと申します。おじ様、何か私に手伝えることはありませんか?」

「ふむ……なら君から事情を聞こうかな。安心して欲しい、他の子は俺の仲間が責任を持って保護しておく」

「…………」

「おや? どうしたかね?」

「いえ。隣の部屋に移動すれば良いでしょうか?」

「ああ。俺が案内しよう」


 レグルスは白々しく優しい言葉を吐くと少女の傍に寄って手足を縛る縄を素手で引き裂いた。そうして自由になったサクラの手を取るとまるで紳士が淑女をエスコートでもするかのように歩き出す。その後ろをレグルスの部下が全員付いて行く。

 他の子供に手を出す事も無く部屋の扉が閉められる。それは生贄に使うサクラ以外の子供は今直ぐにどうこうする気が無い現れ。


「……私一人で大丈夫ですか?」

「ああ。今はサクラ君だけで大丈夫だ」

「そうですか……」


 サクラは片手をレグルスに引かれて歩く。空いているもう片方の手、それが彼女の胸の前で強く握り締められる―――その手は今も震え……サクラは静かに「良かった」と、そう呟いた。




 ◆◆◆




「正直に教えないと、燃やすわよ?」


 燃え盛る炎を纏う少女がシータとルミーを睨みながら恫喝染みた……いやそれは恫喝なのだろう。熱風が暁の髪をなびかせながら発する圧力(プレッシャー)は強烈で、もしシータとルミーが意に沿わぬ発言をすればその強大な炎が牙を剥くのは想像に難くなかった。


「……貴女は……森人(エルフ)?」



 臨戦態勢になったシータとルミーは油断無く相手を観察する。

 ―――シータは少女を森林(エルフ)と判断したが……実の所これに自信は無かった。何故か? それはエルフという種族は産まれながら“世界樹”からの加護を授かり心身を変質……目立つ要素として頭髪が輝く若草色になっている。正に森の人と呼ぶべき容姿、それがエルフなのである。


 それなのに少女の髪色は夜明けの太陽の如き緋金。


 見目の麗しさに白磁の肌と長く尖った耳、そんなエルフの共通点を持ちながらもその印象を全て塗り潰すような鮮やかなる暁……そして異常な量の力能(エネルギー)。元々魔力量に優れたエルフである事を差し引いても強大過ぎる。ルミーですらエルフの数倍は魔力量を保有しているのだが、彼女は更にその倍以上も宿していた。


 だがそれ以上に……シータとルミーは少女から感じる物が在った。


「この力は……」


 それは少女が自分達と()()存在であると云う事。彼女が同様に感じ取り実際に口にした―――“聖女”と。


「……申し訳無いけど、私達は聖獣様を見てないわ」

「どのような聖獣様でしょう?」


 問答無用で殴りに来た訳では無さそうだと判断した2人は素直に答えた……だが警戒は完全に解いていない。例え同じ聖女であろうと思想や立場が違えば争う事も無いでは無い。

 炎を纏う少女がこの答えに満足して引き下がってくれるとは限らな―――


「ふーん……そう? なーんだ」


 それは呆気なく、余りにも簡単に……少女の身から炎が消え去った。


「――――――」


 何かの冗談だったかのように霧散した少女の威圧。彼女は「あーあー、知ってると思ったんだけど」と残念そうに言いながら呆然としているシータとルミーを歩きざまに追い抜かして行った。

 この場から立ち去ろうとする少女……それを見送りそうになったシータとルミーは慌てて呼び止める。


「ちょ……待ってっ!?」

「少し待ってもらっても宜しいでしょうかッ?」


 その言葉に少女は足を止め、顔をだけ後ろに向けると面倒臭そうな表情を見せた。


「何よ? ……ああ、ごめんね。仕事中だった? 邪魔したのは謝るわよ」


 適当に流して立ち去ろうとする。そんな少女の態度からシータ達と話すよりも優先したい何かが有るのが見て取れた。

 だがそれで「はいそうですか」とは行かないのがシータとルミーである。ルミーは少女が立ち止まってくれている間に恐る恐る尋ねる。


「貴女も聖女、なのですよね?」

「……一応そうらしいわね。興味無いけど」


 気のない返答だが肯定は肯定。だがその直後に否定するように手を振った。


「ああ、でも教会に勧誘とか止めてよね。私そういうの苦手だから」

「……理由をお尋ねしても?」

「私には私の事情が有るのよ。人助けに抵抗は無いけど……教会(あんたら)みたいにそれに人生を捧げる気はそれ以上に無いわ」


 答えるべき事は答えたとでも言うように少女は歩き出す―――だがシータとルミーは直ぐに自分達も歩き出して少女を追い掛けた。


「…………」


 暁色の髪を揺らしてぐんぐんと歩き進む少女。そして彼女と肩を並べて歩く2人。それを見て思う所があったのか黙っていた少女は口を開く。


「……名前、何て言うの?」

「私はシータ・トゥイーディア」

「ルクミニー・エショルディアです」

「ふーん……“剣聖”様に“聖壁”様ねぇ。私はディアンサス・ラーダよ」


 聞いた名前から2人が既知の聖女だと分かったエルフの少女ディアンサス……だが彼女はさして興味も持たず自分の名を告げた。

 ディアンサスが自己紹介を返してくれた事に礼をしたシータとルミー。そのまま彼女達3人は歩き続ける。しばし沈黙が続き……初めに焦れたのはディアンサスだった。


「……で? いつまで私に付いてくる気? もう用は無いんだけど」

「私達もこっちに用が有るの」

「とある方からお話を伺う為にこうして向かっている所なんです」

「……へぇ~……」


 歩く歩く。

 同じ角で曲がる。

 また同じ角で曲がる。

 同じ道を進む3人。


「「「…………」」」


 示し合わせたかのように立ち止まって顔を見合わせる3人。直感で自分達の目的地が被っている可能性に思い至ったのだ。

 ディアンサスは結んだ髪の先を指で抓むと弄る。


「―――で? お忙しいはずの聖女様がいったい何処の誰から話しを聞く為にわざわざご足労を?」


 嫌味にも聞こえそうな問い、それを受けてシータとルミーは目配せをし……隠しても無意味だと判断して正直に伝える。


「私達は翡翠蛇の首領に用があってここまで来たの」

「ロベリア様です」


 2人の答えを聞いたディアンサスは溜息を吐き「……私も同じよ」と言ってやれやれと首を振る。


「聖女が4人、たまたま揃う? しかも()()()()()()()()()が? おかしくない?」

「そう言われると……」

「否定出来ませんね」

「あ~やだやだ。こんな時って何か変なことに巻き込まれるもんなのよ」


 彼女のそんな言葉にシータも内心で同意を返す。そしてルミーもきっと同じであろうと顔を見―――何故か笑顔になってる事に気付く。


「……ルミー?」

「これはもしかしたら……運命が……」

「……ああ」

「何? どうしたのその娘? ニヤけてて不気味なんですけど」


 シータはルミーのもう一つの目的を思い出して納得する。事情を知らないディアンサスは訝しげな表情である。別に教える必要は無いのだが同じ聖女、全くの無関係では無いと考えたシータは教える事にする。


「実はルミー……ルクミニーは運命の相手であるまおっ……勇者様と近々出会えると考えているの」

「勇者ぁ~~~?」


 聞くなり嫌そうな顔をするディアンサス。そして頻りに周囲を気にし出す。それは話しに聞いた勇者が近くに現れてないか探すような素振り。


「ちょっと止めてよ。あんな頓痴気(とんちき)共が居るかもしれないなんて……虫唾が走るわ」

「……嫌いなの? 勇者様のこと」

「別に。勇者の存在そのものに文句は無いわ……問題が有るとすれば選ばれた個々人かしら」


 ディアンサスは「あーやだやだ」と言いながら振り切るように肩を怒らせて歩き出す。


「馬鹿馬鹿しい。能力や称号に勇者(それ)があるからって勇者(そう)成れるかは別問題なのよ。それなのに調子にくれちゃって」

「会ったことが?」

「他の国でね。行きずりの女とよろしくやってたわ」


 不機嫌さを隠しもしないディアンサスにシータは恐る恐る発言する。


「……それも勇者の務めと言えなくは、無いけど……」

「はぁ~~? そんな高尚な気持ちでやってるわけ無いでしょ。務めを果たすってんなら布団の中じゃなくて悪魔の中に突っ込んで行きなさいよ。それにねえ!」


 ―――その後愚痴が出るわ出るわ。

 やれ高圧的だ。生意気。偉そう。軟派。勘違い野郎。きもい。うざい。弱い。軟弱。話し掛けられると鳥肌が立つ―――似たような意味の悪態が形を変えて怒濤に吐き出される。シータ、それに()()()()の事を考えていたルミーまでディアンサスの勢いに目を見張る。

 2人はディアンサスが教会に所属したがらない理由をほんの少しだけ理解出来た。


(義務が生まれるからね)


 ―――教会に所属した聖女は時機が訪れれば勇者と『見合い』をする。ディアンサスはそれを嫌ったようだ。

 シータとルミーは苦笑いする。ディアンサスのその気持ちは確かに共感出来るが……しかし2人は教会に所属するに当たり折り合いを付け覚悟もしている。

 ただシータは決められた範囲で眼鏡にかなう相手を見繕うつもりであるしルミーなどは本気で運命を信じている節がある。丁度良い勇者が見繕えなかった場合は自分の手で鍛え直そうかと考えているシータも大概だがルミーのそれは別ベクトルに飛んでいる。よりにもよって運命の相手であると選んだのは羅刹の魔王……顔付きが違う。

 実際、彼女達は三者三様で面倒な性質を持った聖女である。なまじい選ばれた勇者よりも飛び抜けて強いのがそれに拍車を掛けた。普通から外れている事を異常と呼ぶのなら間違いでは無い……それでも彼女達がこの世界に於いて最高峰に位置した武力を備えている事に嘘は無い。


「ッ!!」


 ―――だからこそ、自分達の感覚に障る()()()()に対しては身を任せる。

 3人が邂逅した瞬間よりも更に厳戒な戦闘態勢に移行すると彼女達は予感の発生源に向かって走り出す。


「向こうッ!」

「わかってるわよ!」

「これは……悪魔の気配? でも……」


 今までの進行方向から外れて移動を開始する3人。目指す方向は同じ。道は入り組んで移動し辛い、故に彼女達は屋上まで跳び上がるとその上を走る―――そんな彼女達の視界に待ち受けていた異変の姿。


 城の上空に発生する“黒い大穴”。


 シータとディアンサスはそれに向かって真っ直ぐ移動しながらも呆然とした様子で見る。


「は? ……な、何よあれ……」

「何が起こってるの?」

「……ッ! 皆さんあちらをッ!」


 2人とは別にルミーは他の場所で発生していた異変も感じ取り指し示す。それはあの正体不明の大穴とは違い、彼女達にとってある意味慣れ親しんだ物。

 ディアンサスが苦み走った顔で怒鳴る。


「こっちはこっちで悪魔!? 何が起こってんのよここで!?」


 超人的な視覚で捉えた遠くに映る影……それは悪魔の物だった。

 とある建物の内部から(かめ)の水を引っ繰り返した湧いて出る悪魔の群れ。その影は貧民街(スラム)にじわじわと広がっていこうとしていた。


「……悪魔は無視できない、でも」

「あの大穴も放っておくのは、不安があります」

「それもそうだけどッ! 兎にも角にも先ずは悪魔でしょ!!」


 彼女達の感覚で把握した悪魔の群れ、その強さは取るに足らないような木っ端が殆ど。だがそれらに時折混ざる一際強力な個体が全体の危険度を上げる。聖騎士(パラディン)祓魔騎士(エクソシスト)のような強力な戦士でなければ手が余るのは明白。それを訴えるようなディアンサスの言葉にシータとルミーは頷く。


「……そうね。先ずは悪魔を討つ」

「わかりました……ですがあれはいったい……」


 3人はあの異様な大穴へ注意を引かれながらも一旦頭の片隅に置き、優先すべき悪魔討伐に向けて走った。

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