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25.未来ある子供達

 セーギは小学生にもならないような大勢の幼子がマリーという不思議で可愛い生き物へ集まっている光景を離れた場所から眺めていた。


「ぴかぴかー」「ふわふわなのー!」「頭に何か刺さってるよ?」「ばーか。これ角だよ」「変な生き物」「可愛いー」「はっぱ食べうー?」

『……キュー……』


 四方八方から子供の手で揉みくちゃにされるマリー。大変そうな光景であるが幸いなのは幼子達の非力さではどう頑張ってもマリーを害する事は出来ない点か。快不快は考えない物とする。

 セーギは体を張って幼子達を楽しませている小さな友人(マリー)を見ながらぽつりと呟く。


「……流石マリー。子供に大人気だ」


 ―――セーギ達が今居るのは、彼の手によって解放されたとある違法孤児院。

 その孤児院にはいずれ国外へと売り払われる手筈になっていた幼い子供達が居たのだ。


 襲撃を掛けて押し入ったセーギ。当初は突然現れた彼に警戒して脅えていた幼児達であったが―――しかしそれも彼が怖い大人達……自分達を常日頃から虐げていた暴力団(ギャング)を瞬く間に鎮圧した事で印象が変わった。そして僅かに残っていた警戒もセーギが一緒に居たマリーを子供達の輪に放り込んだ事で無くなった。


「可愛いは正義。マリーが居てくれて本当に助かった」


 子供と小動物の触れ合いを傍にセーギは倉庫から引っ張り出したロープで暴力団(ギャング)の構成員をふん縛ってまとめて別室に投げ込んだ。そして建物の外で様子を見ていた“翡翠蛇”の男を捕まえて仕事が終わったと報告、後始末の為の人員が送られるのを待っているのが今の状況である。


 ―――そうして台所に場所を移したセーギは唸っていた。


「んー、碌な物が無い……そもそもかまどの使い方なんて知らない……」


 昼が近い。迎えが来るまで子供達の為に軽食でも作ってあげようかと考えたセーギ。だが始まる前に躓いてしまった。

 セーギに生活能力は皆無。料理など本や映像でしか見た事がない典型的料理素人。そんな彼に粗末な食材や時代錯誤な台所設備でまともな煮炊きなど期待出来る筈も無く……


「俺は……なんて無力なんだ……」


 自身の無力さに打ち拉がれる。17年も生きてきて料理の一つも作れないのかと。


「ごはん作るのー?」

「―――え?」


 いつの間にか……というより来ていたのはセーギは気付いていた。

 入り口付近に立ってセーギに声を掛けてきたのはマリーを抱えた幼子達の中では年長らしい女の子。彼女を筆頭に他の幼子達も全員来ていた。


「えっとねー」「ぼくたちご飯作れるよ!」「ロロは包丁触ったらダメー!」「いっつもしてるもんねー」「お芋ぜーんぶ使って良いの?」「お外ではっぱとれたー」「おさとうあまーい」「舐めちゃメーっよ」

「み、みんな……」


 セーギが想像していたよりも幼児達は逞しかった。勝手知ったるように彼らは台所の中を所狭しと駆け回る……一部年相応で危なっかしい子が居たのでそんな子達は離れさせていた。

 そんな子達の姿を見てセーギは自らの頬を叩いて気を入れ直す。これ以上情けない姿を晒せないと思ったのだ。


「よしっ! 俺も手伝うよ!」

「じゃあお兄ちゃんはこれ洗ってー」「これ切ってー」「あそこのお鍋とってー」「遊んでー」「お塩どこー?」「もふもふ食べるの?」『きゅっ!?』

「ちょ、一度は流石に……出来る!! やる!! ……あとマリーは食べないであげて。俺の友達だから」


 セーギは雪崩のように振られた仕事をその無駄に高いステータスを駆使して受け取る。技術不足は能力でカバー。料理の経験は皆無だがそこは自分よりも馴れている子供達の指示の下、セーギは慎重にこなしていく。


 ―――そうして和気藹々としながら台所に元々有った食材やセーギが魔法の鞄に仕舞っていた食材の一部も使ってご飯を作り、それを皆で食べたのであった。




 ◆◆◆




「―――じゃあ俺は次に行ってくるので」

「はい。後の事はお任せを」


 丁度食事を終えた頃だった。

 セーギは翡翠蛇から人員へ引き継ぎを頼んでいた。ちなみにマリーは疲労困憊な様子でセーギの腕の中で揺られ、その首には再び首輪が巻かれ偽装が掛けられている。


「お兄ちゃん行っちゃうの?」「ばいばーい!」「もふもふ置いてけ―!」「マリーちゃんまた遊びに来てねー」「はっぱー……にがーい」「はっぱ生で食べたらおいしくないよロロ?」

「うん。またね皆」

『……キュー』


 セーギよりもマリーが居なくなる事を惜しむ幼子達にセーギは苦笑する。

 そうして別れの挨拶を済ませたセーギとマリーは孤児院に背を向け後にする。


 ―――保護された子供達はこれから翡翠蛇の伝手によって他の真っ当な孤児院、もしくは新しく建てられた保護施設に預けられる事が決まっている。


 別れに名残惜しさも感じながらセーギ達は次の場所へと向かう。その際にマリーは何度か後ろを振り返って遠ざかる幼子達を見る。元気そうに手を振るただでさえ小さな姿が遠く遠く小さくなっていく。通りの一つでも曲がれば直ぐに視界から消えてしまうだろう……それでもマリーは、だからこそと云うべきか、そんな彼等の姿を見続けていた。


『…………』


 セーギはそんなマリーの頭を優しく撫でる。


「子供は凄いなー。マリーもそう思うだろ?」

『……辛い事、きっと沢山あった』

「ああ、そうだな」


 子供達の服の下には暴力によって作られたと思わしき痛々しい痣や擦り傷が見受けられた。それは彼らの日常が悪意と隣り合わせであった事を意味している。

 不衛生で、粗末な食事で、暴力を振るわれ……劣悪で。そんな環境で暮らす子供達の姿は皆一様に痩せ衰え、見る者の胸が詰まりそうな悲壮さを身に帯びていた。


 ―――それでも子供達がああして笑顔を作れたのはきっと……孤独では無かったから。

 助け合い、支え合う。

 一番上の子が強かったのだろう。子供同士の絆はしっかりと結ばれていた。

 劣悪な場所だったが……きっと彼等にとっては最悪では無かったのだろう。


「大丈夫さ……きっと。あの子達は強く生きられる」

『……うん』

「それに何かあったら俺達でまた助ければ良い。そうだろ?」

『ッ! ……うん! ボクも頑張る!』


 力強く頷くマリーにセーギは微笑む。

 前を向いて歩く。幼気(いたいけ)だが掛け替えのない尊さを背に受けて、彼等から貰った元気を胸に抱いて。


「よしっ! じゃあ次も―――」




 道を曲がり幾何か進んだ……そんな時である。

 セーギは高速で近付いてくる反応を察知した。


「……これは……」


 立ち止まりそれが到着するのを待つ。


『どうしたの?』


 マリーは突然立ち止まったようにしか見えないセーギに訝しげな目を向ける。セーギはこちらへ向かってくる者が誰かマリーに教えようか考え、しかしその人物が姿を見せる方が早いと判断した。直後にその判断が正しかったと分かる。

 建物の屋上を疾走する影。力強く、だが滑らかなその動きはまるで蛇の如し。体幹や足捌きが常人のそれでは無い。

 栗色の髪がたなびき翡翠色の鱗が日差しを受けて輝く。


 そうして影は建物から飛び降り、セーギの前へと降り立つ……その際に着ている旗袍(チーパオ)の裾が揺れて太股の際どい部分まで見えそうになる。それでセーギは努めて下の方は見ないようにして()()の顔を見る。


「……どうしたんですか? ロベリアさん」


 セーギ達の前に姿を現わしたのは翡翠蛇の頭、妖艶さを纏う美女。ロベリアであった。


「セーギの坊や」


 ロベリアは身形を手早く直すとセーギに呼び掛ける。その顔には以前のような底知れない笑みは無く……鋭く研ぎ澄まされたい気配だけが在った。

 余裕が無い。ともすれば攻撃的な圧力さえ滲ませながらロベリアは真剣な表情で告げる。


「少し問題が発生したの」

「問題?」


 セーギは眉を顰める。シータのような一部の強者以外に遅れを取る姿など想像出来ないロベリアがこうも()()()()()。そんな様子にセーギは急を要する事態が発生したのだと感じたのだ。


「突然で申し訳無いのだけど……私に付いて来てくれないかしら?」

「わかりました」

「ありがとう。こっちよ」


 短いやり取り、だが2人にはそれで十分。

 礼を言うやいなやロベリアは矢のように駆け出す。り常人の目では追えない速度で彼女は跳び上が一息で建物の屋上へと身を躍り出す。そうしてセーギの元へ来た時と同様に屋根伝いを高速移動する。

 そんなロベリアの背を見送ったセーギはマリーへ伝える。


「……ちょっと早く動くけど我慢してくれるか?」

『ん。大丈夫』

「よし」


 確認を取るとセーギも走り出す。一歩で宙へ跳び上がり、屋上さえ越えて、既に数十m前方を走るまで距離を離しているロベリアを視界に収める。


 セーギの足指が空を掴み―――蹴り抜いた。


 (たわ)み、潰れ、弾ける大気。弾丸の如く撃ち出されるセーギの肉体。巻き起こる突風。ロベリアとの距離が急速に縮まる。

 飛翔して屋根の上へと着地するまでにセーギは勢いを周囲へと拡散する事で殺し減速、何も破壊する事無くロベリアの隣りへと着地した。

 ロベリアはそうして何食わぬ顔で自らと併走を始めたーギを見て苦笑いする。


「……追いつくとは考えてたけど……」

「どうしました?」


 体術では剣聖以外に遅れを取る事は無いと考えていたロベリア。そんな彼女に対して苦も無く動きを()()()()セーギ。


「いいえ……ただ、本当に頼もしいと考えていただけ」

「そうですか?」

「それよりマリーちゃんが力尽きてるけど大丈夫?」

「…………」


 セーギの目が腕の中のマリーに向けられる


「あ」

『……ホー……ホー……』


 あまりの速度に意識を飛ばしたマリーはもはや獣ですらない声を漏らしていた。完全にグロッキー。

 一応、セーギは衝撃や風圧の悪影響がマリーに掛からないよう弾いていたが……それでも孤児の相手で削られていた残り少ない体力が尽きてしまうのは自然の流れであった。


「…………」

「…………」

「……大丈夫です! 俺の友達はこれぐらいへっちゃらです!」

「そ、そう……?」


 ロベリアはセーギのよくわからない理論に気圧され頷くしか出来なかった。


 何はともあれ……凄まじい速さで移動を続ける2人。そんな移動中にロベリアはようやくセーギの元へ急遽現れ同行を頼んだのか、その事情に触れる。


「―――赤獅子がやってくれたわ」

「赤獅子って……」


 ロベリアが口にしたのは赤獅子の名。それは彼女が統べる翡翠蛇を含んでこの都市に存在する3つの主な暴力団の中の一つであり、セーギがその一つを壊滅させた事で残された最後の一つ。そんな情報をセーギは頭の中で思い描く。

 そんなセーギの内心を見通すかのようにロベリアは頷くと更に速度を上げる。残像が尾を引く速度で掛けるその姿は大蛇が空中を這いずるよう。


 翡翠色の瞳孔が鋭く細まり紅を差した口元からは紫煙が溢れる。

 それは隠しきれない……隠す気の無い()()の発露であった。


「そこがね、集めた情報が確かなら―――“悪魔契約”をしようとしてるらしいの」

「契約?」

「あそこまで愚かなんて……よくもまあ私の想像を下回ってくれるわ」


 悪魔契約。それがどういった物なのかセーギには分からない。しかし悪魔(デーモン)の名から連想される邪竜やオーク・デーモンの存在から善良な期待など持ちようも無い。そしてロベリアが顔に浮かべるこれまで見せた事の無い冷徹な表情……事態はかなり拙い方向へ向かっているのだけは理解出来る。


「私だけだと手が余りそうだったの。敵のアジトへ踏み込んだら手分けして制圧……いえ、そうね……セーギの坊やは子供の救助をしてくれるかしら?」

「わかりました」

「私の友人が間に合うと思ってたんだけど……連絡が無いのよ。何処に居るんだか……」


 ロベリアは視界に入った目的地を視線でセーギに伝える。セーギもその場所を視界に捉えた。


「……ボスと幹部がそこに居る。そして生贄にされる子供達も」

「…………」


 生贄と云う言葉にセーギの空気が変わる。それは彼が引いた一線を()が無遠慮に踏み穢した証。


「こちらの落ち度よ。この先でどんな光景があっても……それは私があいつらを見誤った責任」


 ロベリアはセーギにそう言う。それは()()()()()を想定しての言葉。


 ―――今回の件でロベリアは楽観などしていない。少なくとも常識の範囲では全力を尽くして行動、敵を包囲して殲滅していた。 追い詰めた者が危険な行動を取る事も十分念頭に置いての作戦、故に相手側に最低限の逃げ道も用意していた。

 だが蓋を開けてしまえば……赤獅子が取った行動はこの世界でも最悪の一手。国ごと焦土に変える危険を孕んだ忌むべき外法。


 悪魔契約。


 これは昨日今日で行えるような儀式では無い。入念な下準備と外道に染まった精神が無ければ不可能。

 つまりこの悪魔契約が今日行われるのは相手方の予定通りだった可能性が在り、外部から攻撃を受けている最中で実行すると云う事は……既に赤獅子の組織存続の有無すら如何でも良いと考えられる。

 そう……悪魔と契約さえ出来れば良いと


「無事に終わったら報酬は弾むわ。だからセーギの坊やは―――」


 ロベリアは内心で自らの憤怒を抑えつつ、あくまでもセーギを慮るように言葉を掛ける。恐ろしく強いがどうしてもお人好しさが目立つセーギ。そんな彼がこの状況で冷静さを欠くのは悪手と思っての行動であった。


 しかし当のセーギは赤獅子のアジトとは違う方向へ目を向けていた。


「……どうしたの?」


 先程まで自分と同等、いやそれ以上の怒りを宿した目を目的地へと向けていた筈。それが急に一体どうしたと云うのか。ロベリアは不思議に思って問い掛け―――


「あれは」

「……え?」


 セーギが目を向けた先、そこへロベリアも目を向け……その先に在ったものを見て驚愕した。


「な、何よ……あれ……」


 ()()が発生していたのは都市の中心部―――その上空。

 〈城塞都市クルルス〉の中心には王族が住まう城が存在する。その城の中で最も高い尖塔が指し示す遙か上空で……その異変は見下ろすかのように在った。


「穴……なの?」


 それはーーー端的に言えば『穴』であった。


 初めは小さな点のようであった。そしてそれはまるで口を開くかの如く大きく大きく穴を広げていき、僅かな間に城を上空から呑み込める程の大きさにまで広がった。

 深淵。夜の闇よりも深い黒が都市の空に横たわる。


(まさか)


 それはこの世界に於いて誰も知る由もない現象。悪魔も例外ではない。全くの未知―――


「まさか」


 ただ一人を除いて。


 セーギは瞠目して空に空いた大穴を見る。それは正体不明の現象に対しての驚愕……では無い。彼が驚いているのはその光景が()()であったから。


「あれは―――」


 それはもう3年近く前の事。

 〈Nirvana(ニルヴァーナ) Story(ストーリー) Online(オンライン)〉には4ヶ月に一度の中型アップデートと1年に一度の大型アップデートが存在する。その両方でストーリーと深く関わる事象が更新されていた。


 そんなアップデートによって導入された最たる存在とは―――“魔王(レイド・ボス)”。


 大規模クエストの果てに待ち構えるプレイヤーに対しての最大の試煉。以降のアップデート全てに名を連ねる事となる強大なる()()()

 そしてセーギが()()を目にしたのは最初の中型アップデートの時。その際に出現した魔王は後に顕れる事となる他の魔王達が出現する足掛かりとしての役割(せってい)を課せられた『地獄の入り口を開く者』であり……全ての始まりでもある。


 その魔王の名は―――


「―――地獄穴の魔王(アバドン)?」


 穴が……地獄へと続く穴がこの世界に開かれたのであった。

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