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21.蛇は独り毒を蝕む

 ロベリアと別れたセーギはその後、彼女の勧めた宿屋へと向かった。

 貧民街(スラム)側とは違って活気に満ちた大通り。その通りに面した場所に建てられた高級宿。だが堅苦しさの無い落ち着きの有るその宿はセーギやマリーの気質に合っておりロベリアが彼等の好みを感じ取って選んだであろう事が分かる。


 受付に顔を出して名前を出すと既にロベリアから話しが通っており、セーギ達は滞在日数や宿泊料のやり取りも無いまま部屋へと案内された。流石に困惑したセーギは給仕に対して料金を尋ねたが……「既に頂いています」の一点張り。一体ロベリアは何日宿泊するかも分からない相手に幾ら金銭をつぎ込んだのか―――


「……手際が良すぎて怖い」


 案内された部屋のベッドに腰掛けたセーギは、完全に手玉に取られていると云える自らの状況に恐々としながら呟いた。完全に手玉に取られている。そんな彼の膝で寛ぐマリーが動物の鳴き真似では無いはっきりとした言葉で喋る。


『変な人だったね』

「……変って?」

『嘘吐いても陥れる気はない……そんな感じ』

「頭の中が混乱しそう……」


 頭痛を堪えるように頭を抱えるセーギ。


 ―――ロベリアは策を弄しようともセーギに不利益が出ないように立ち回っていた。

 ここでの『不利益』とはセーギの意に反するという意味である。それはつまり……彼女が()()を言動の裏に秘したのは全て、セーギという男の行動をコントロールする為の物。


 ロベリアからこの『子供を助ける』という話しを聞いてしまった時点でセーギに断る選択が潰された。強い力を持ちながらも()()を併せ持ち……人生経験に乏しい若造一人、ロベリアにとって狙い通り動かす事は造作も無かったであろう。


『怖い人、だけど……悪い人じゃない? ……うう~~? ??』

「……頭じゃ勝てないよー、俺達じゃ」


 疲れた様子でセーギはマリーを抱き上げて顎をそのモフモフとした毛皮に覆われた頭に乗せる。愛らしい動物との触れ合いで心が癒やされていく。


「組織を統べる立場だろうにフットワークが軽い……あの人自身が強いからか」


 敵対組織がその首を狙っているだろうに警戒した素振りをセーギ達に一切見せなかったロベリア。その姿を思い返しながらセーギは彼女が自分に頼んだ仕事を頭の中で確認する。


(俺がやるのは違法孤児院の解体、同時にその孤児院に息を掛けている暴力団(ギャング)のアジトへの襲撃……しかし会ったばかりの人に頼むような仕事じゃないな本当に)


 普通に考えて暴力団(ギャング)と正面から事を構えなど危険でしかない。

 それでもロベリアはその重要である筈のセーギに頼んだ。マリーの言を信じるなら騙されている心配も無い。


「……俺が出来るんだから他の人が出来ても当然なんだろうな」

『何が?』

「んー? あー、立ち姿を見たらその人の力量がだいたいだけどわかるんだよ。スキルとか使わずに」


 ロベリアはセーギを見て一目で強さを感じ取ったと言っていた。つまりそういう事である。


『見てわかる……ここからでも出来る?』

「出来るよ。大まかな推測になるけど」


 セーギはマリーの求めに応じて立ち上がり窓際へと近寄る。そうして彼は5階建ての宿、その最上階である窓からの景色へと目を落とす。

 この〈城塞都市クルルス〉は東西南北を十字に貫くように大通りが有り、その中でここは西の大通りとなっており、セーギはその街の景色を眺めながら通り行く人々を指差してマリーに伝える。


「……犬耳の男の人、見える?」

『うん』

「彼を基準に―――」


 そうしてセーギはスキルに依らない純粋な眼力で目に映る人々の力量を量っていく。


 ―――彼は強い……あの人は普通……彼女はひ弱……あの老人は衰え始めているが技量は大した物……性別不詳のあの子は強い―――


「ざっとこんな感じかな?」


 そうしてセーギは大雑把に強い人弱い人を指し示していった。そうした後にスキル【浄泪眼(ディヴァマツヤ)】で確認すれば自分の見立てがそう間違っていない事が確認出来た。

 マリーは「へぇー」と感心しながらセーギに疑問を述べる。


『何でそんな事が見ただけでわかるの?』

「……経験、かな? 体格での筋量は当然これまでの鍛え方を予測、歩き方で重心の安定さ、周囲への注意の仕方で認識力の高さ……そんな色んな要素を合わせて見て……人それぞれに有る()()()()()()された動作が体に馴染んでるって言えば良いのかな? ……うん、不自然さが自然になってる人ほど強い……って感じ」


 武術の骨子……それは自らの肉体と所作を武の器と化すこと。人と云う存在を鍛え上げて凶器と成す。

 自然な状態から逸脱すればする程、研ぎ澄まされ強くなる。研ぎ澄ます……つまりその逸脱した状態こそが普通に成れば『不自然が自然』と云う境地へと辿り着く。

 スキルや魔法が存在するこの世界であるなら尚更、この側面は強く表れるであろう。


『……へー』

「うん。わかってないね」


 マリーの気の無い返事を聞いて脱力するセーギ。

 これも仕方が無い。セーギが語る感覚に共感出来るのは過酷な鍛錬を乗り越えた達人か、はたまた―――


(俺が居た世界で『精神が肉体を凌駕した人』ぐらいか……)


 思い出す。脳髄の奥底に隠された可能性を開いた者達を。

 社会に数多の影響を与えた彼等を災厄と希望が封じられた器に例え“電脳量子の申し子(パンドラ・ボックス)”と呼称された者達。〈NSO〉のトッププレイヤーにも紛れるようにして存在する超越者達。


「まあ、真面目に自分を鍛えてる人は他人を見たらその人がどれだけ鍛えてるか理解出来るって思えば良いよ」

『あ。それならわかりやすい』


 何となくだがマリーにも意味が通じた事にセーギは達成感を覚える。


(……あの邪竜に偽装がすんなり通ったのは慢心も有るだろうけど……一番は自分の才能に胡座をかいて鍛錬を怠っていた所為かもな)


 故に邪竜は偽装を解いたセーギに対してあれ程動揺した。

 経験・鍛錬の不足。そして対象のステータスを閲覧可能な“竜眼”と云うスキルの存在が邪竜の慢心をより助長させていた。相手が己よりも弱者と分かった上での圧倒的上位から振るう暴力しか経験してこなかったのだ。

 そんな邪竜の末路が己よりも更に圧倒的な強者に蹂躙される最期とはとんだ皮肉であろう。



 そうしてセーギとマリーは適当に雑談をしながらのんびりとした時間を過ごす。食後の休憩を兼ねた余暇。

 その後、幾何か時間が経ち……セーギはマリーに言う。


「よし。買い物するか」

『買い物?』

「うん。ずっとディアンサスさんの形見を裸で持っとくわけにはいかないし」


 セーギは白銀の大角を手に持ってマリーの目の前に掲げる。


『……うん』


 マリーは家族の形見であるそれに額を擦り付ける。それはまるで子が親に甘えるような仕草。


「決まりだな。それじゃあ……行こうか!」


 セーギは努めて明るい声で告げるとマリーを抱える。死者を悼む気持ちは大事だがそれに囚われてはいけない。だからセーギはマリーの気持ちを晴れさせようと意気揚々とした足取りで宿の部屋を後にした。




 ◆◆◆




 ロベリアは悩ましげに煙管(キセル)を唇ではむ。

 妖しき蛇の吐息が薫る居城。翡翠蛇の本拠地……とは別に建てられたロベリア個人の住居、その私室。そこは来客を招く事は考慮せずに設計された部屋であり、数少ないロベリアの趣味が反映された憩いの場でもあった。


 多種多様な草花が所狭しと枝葉を伸ばすその部屋の様はまるで植物園。

 足の踏み場よりも鉢植えや花壇、そして水場や空調・排水設備に重点を置いた場所は人が到底普段使いするに適していない。

 それでもロベリアにとっては心安らぐ場所となっている。天井に設置された太陽光を再現した照明が光る。普通のヒューマンには汗ばむ程の暑さであるが蛇人(スネーカー)であるロベリアにとっては丁度良い。


 そうした室内でロベリアはその植物群を一望出来るよう床板を高く設計された場所に椅子と机を置いて腰を落ち着けていた。


「聖獣連れ、オマケに強いときた……」


 背もたれに体を預けて目を閉じ、緑の香りを肺の奥まで感じながら思い出す……あの優しげな風貌をした青年と聖獣の幼体。 


「こういうのも運命かしら?」


 机の直ぐ傍に置かれた植木、陽光を浴びて輝くタイヨウの花をロベリアは指先で優しく撫でると視線を机上に置いてある()()へ向ける。

 一面が筆記帳(ノート)程度の大きさをした箱型の“通信機”。ロベリアは厚みが掌程もあるそれを掴むと軽々と持ち上げる。特殊な水晶を核に組み上げられ通信以外の魔法による干渉を阻害する為に稀少な重金属で覆われたそれは中々の重量であるがロベリアは意に介さない。

 この通信機は対として登録された物としか連絡が出来ないが、少量の魔力で長距離通話が可能な点で考えればこの世界では十分に高性能な代物である。


「……さーて、出てくれるかしら?」


 通信機を手元に置いて魔力を通す。起動を知らせるように核の水晶が淡い白光を放つ。


『――――――』


 大気に遍在する魔力が雑音(ノイズ)として出力機から流れ出る。対応機との同期が進むにつれて雑音は減っていき……そうして完全に同期が成された。


『―――ロベリア?』


 応答。淡く光る水晶に通信相手である少女の姿……その影が浮かぶ。姿が影となっているのは彼女の背後に周囲を白く染め上げる眩い光源が在る所為であり、それによって少女の容姿が判然としない。だがそれでもロベリアにはその影が、声が、よく見知った相手の物であるのが分かっていた。


「はーい、ディアンサス」

『どうしたの急に? こっちの殴り込みはもうすぐ終わるけど……』


 ロベリアに()()()()()()と呼ばれた少女は大気が唸るような音を背にしながら会話を始める。唸りを上げる大気の裏では大勢の悲鳴と何かが崩れ落ちるような音が紛れ込む。


 ―――燃えていた。


 大気の唸りは逆巻く炎が周囲一帯を燃やす事によって発生した音。そして少女の姿を影に落とし込む光とは火炎が発する輝きに他ならない。

 尋常ではない状況に置かれている少女……しかしロベリアは気にした様子も無く会話を続ける。


「実はこっちでちょっと問題が起きたの」

『……何かあったの? 大丈夫? 面倒なのは全部燃やすわよ?』


 水晶に映し出される少女の影、その中で在っても暁の如き色彩の髪ははっきりと存在を示す。そんな暁を纏う少女はロベリアに対して心配するような声を掛ける。その物騒な発言にロベリアは苦笑するがそれは自分を慮っての物であると理解しており直に苦笑も自然な微笑みへと変わる。


「心配しないでディアンサス。ただ……貴女の探しもの関連の事なんだけど」

『……なに?』

「もしかしたら見付けたかも。会ったのは都市の中だけど」

『――――――』


 通信機の向こう側で息を吞む音が鳴り―――そして一気に動揺が露わとなる。


『本当っ!? 何処っ!? クルルスでッ!?』

「……落ち着いてディアンサス」

『だってっ……街の中で見掛けたなんて……ッ』


 取り乱す少女へロベリアは優しく話し掛ける。


「大丈夫、大丈夫だから……別に檻の中で見世物になってたわけじゃないの。そうね……人の良さそうな坊やと一緒だったわ」

『……人と一緒? 都市の中まで?』

「私もびっくりしたわー」

『……人の良いって……そいつ信用できるの?』


 ロベリアは笑う。


「孤児院のこと。教えたら二つ返事で仕事の手伝いを了承してくれたわ」

『……手伝いって……お人好しには危ないんじゃ―――』


 蛇が目を細める。

 今から伝える事がどれだけ驚くべき事なのか、それで友人がどれだけ衝撃を受けるのか想像して。笑う。


「強いわ。私達より……ね」

『――――――』


 少女が絶句した事が影の中でも見て取れた。期待通りの表情に満足したロベリアは笑みを深め、ディアンサスに他の情報も開示していく。


「教会の聖女さん達もなーんか隠してるっぽいのよ? 〈魔の森〉の邪竜を討伐した話し……貴女の耳にも届いてたでしょ?」

『……“守護聖壁”の聖女を同行させた国軍の()()()()でしょ? 邪竜なんて強大な部類の敵に烏合の衆をぶつけるなんて……阿呆よ阿呆。阿呆の所業』

「同感」

『兵の子守をさせられた聖女さまには心底同情するわ』

「そうねぇ……特に、教会に所属するなんてお人好しの聖女が足手まといを見捨てられる筈も無いのに」

『剣聖は後から合流でしょ? よく聖壁のは死なずに済んだわね。どうせずっと戦力にならない兵士を律儀に守ってたんでしょ、身を削って』

「元々は剣聖抜きでの作戦……殆ど自殺と変わらないわね」

『……で? この話しがいったい何なの?』


 そろそろ焦れてきたのかディアンサスはロベリアが勿体ぶっている本題を催促する。


「その坊やねぇ……どうも廃都のある森から来た可能性があるの」

『……それで?』

「勘だけど……邪竜討伐には坊やも関わってる気がするのよねー」

『剣聖が殺したって聞いたけど?』

「死体がね、綺麗すぎたのよ」


 炎が熱風を吹かせ、暁色の髪を踊らせる。


「剣聖の強さは疑ってない。彼女なら邪竜も単身で殺せる。……それでも足手まといが居る状況であれは無理よ。よっぽどの力の差がない限りはね」


 通信機から聞こえる火勢の音が強まる。


『……ふーん。そう』


 興味が無い。そんな反応を返すディアンサス……しかしその裏側に秘めた感情を表わすように炎は荒れ狂う。


『こっちはもう終わるから直ぐに行く』

「ん、気を付けてね」


 影が通信機に手をかざす。


『私が―――見極めてやる』


 水晶から光が消える。通信が途絶えた。


「ふぅ……」


 ロベリアは通信機に流していた魔力を止めると、脚を組んで椅子へ深くもたれ掛かる。そうして彼女は思い出す……自分ともあろう者が『勝ち』を想像出来なかった怪物の姿を。

 想像絶する怪物。それはしかし……強さとは不釣り合いな幼い心を持った坊や(こども)でもあった。


「……さて。最後の仕上げをしましょうか。手抜かりがあって坊やを怒らせたら怖いわ」


 紫煙が漂う。それを浴びた植物がざわざわと震え―――開花した。

 小さな蕾が、その固い表面を解すように伸び広がり……開く。咲き誇るのは深い色合いを帯びた青紫の花弁。


「ふふ。男の子が気になるなんて……普通の女の子みたい。私も、あの子も……」


 伸ばした指先で花を摘み、顔を上げて舌の上へ落とすように乗せる。栗色の髪がさらりと揺れる……くすんで枯れた色の髪を視界の端に映しながら、ロベリアは毒を持つ花を噛み締める。

 味わうようにゆっくり噛み締め、毒を嚥下した。

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