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19.聖女は何を思う

 昼から夕刻まで近付きつつある時、邪竜を討伐した軍が凱旋した。


 大掛かりな台車で運ばれたそれを目にした民衆は大いに湧いた。

 巨大。巨大な赤い竜の骸がやって来た。

 首を叩き落とされ仕留められた憎き邪竜の亡骸。その断たれた首以外に外傷が殆ど存在しない完全な状態。そこから穫れるであろう素材は膨大な恵みをもたらす事が約束されている。そして何より……邪竜によって支配されていた“廃都”を解放出来た事こそが何より重要だった。


 今まで邪竜によって阻まれていた人間の領域圏拡大。これを推し進める事が出来るようになった。その立役者であり栄光を浴びる事となった大勢の兵、そして―――彼等以上の歓声を受ける者が2人。


 “光翼剣聖”シータ・トゥイーディア

 “守護聖壁”ルクミニー・エショルディア


 彼女達は民衆の歓声に対しフードの下で笑顔を浮かべて応えるも早々に教会へと立ち去る。

 表向きの理由は邪竜討伐による疲労や傷を癒やす為、彼女達は細かな後始末は任せられる者に任せて部屋の扉を潜る。


 そうして2人は同室へと姿を消した。そこで交わされる会話の内容は誰にも知る事は無い―――




 ◆◆◆




 〈円天世界ニルヴァーナ〉に於ける絶対神を奉る“聖光教会”。この城塞都市クルルス内に建てられたその教会に聖女達の部屋は設けられ、ここだけでなく各国に存在する教会に赴いても一等級の部屋を用意される。その事を考えれば教会で聖女がどれだけ特別な存在として扱われているかが分かる。


 そんな聖女の為の部屋、ルクミニーの為に用意された質素でありながら快適に過ごせるようにと贅をこらされた部屋に彼女はシータと共に居た。

 先の邪竜との戦いで一時的に力を使い果たしたルクミニーを安静にさせる為にベッドで横になるようシータは勧めた。そうしてシータ自身は見舞いの体でベッドの傍らに椅子を置き腰掛けていたのだが―――


 現在シータは困っていた。


「つまりっ! あの方こそ私の“勇者様”なのです! きっとそうです!」

「そ、そう……」


 休んでほしいのだが横にならずベッドで座る少女ルクミニーにシータは捲し立てられるように想い溢れる言葉を掛けられていた。シータが苦笑いを浮かべている事にも気が付かない様子でルクミニーは言葉を重ねる度に熱くなっていく。

 金の長髪をふわりと緩く一本にまとめた三つ編みにしたルクミニーは頬を紅潮させ親友へ熱く語る。その勢いにシータは圧倒されながらも話しに付き合う。


「私の力及ばず、全てを燃やし尽くされそうになったあの時……あの方は顕れました」


 女性として平均か少し小柄な背丈はシータよりも幼そうに見える。

 白く儚げで繊細そうな肌に深く吸い込まれそうな青い瞳。見る者を魅了してやまない美しき少女。金の刺繍が施された純白の清廉なローブに包まれたその身は起伏こそ乏しいがそこに不足などは一切感じさせない。ある種の完成された美がそこには在った。


「一撃で邪竜を私達から遠ざけ……そしてこれまで邪竜が積み上げた因果を応報させるかの如くあの方は裁きの一刀を降したのです!」


 その美しさが()()()の事を語るにつれて輝きを増しているように見える。起きたばかりの時は疲労困憊だったのに何処からこんな元気が湧いてくるのか。


「……今も目を瞑ればあの方の姿が目に浮かびます。ああ、あの方はいったい何処へ行ってしまわれたのか……」


 夢見る乙女。そう形容するに相応しい熱を帯びた目をするルクミニー……ちなみに部屋の入ってから3回目である。この話題で似たような内容の話しをするのは。


 無論、ルクミニーがあの方と呼ぶ者とは―――


「……青い鬼」

「その通りです!」


 シータの出した言葉にルクミニーは力強く肯定を返した。

 そう、あの方とは青き鬼……魔王の事であった。


 魔王の事を嬉々として語るルクミニー。余人に聞かせるには宜しくない内容、シータは話したがる彼女を何とか宥めつつ森からこの部屋に帰ってきた。その我慢の反動か今のルクミニーはかなり()()になって心を許した相手に思いの丈を解き放っている。……ちなみに、他の兵士達は魔王の威圧の影響か影響か、魔王が出現した辺りで前後の記憶がごっそり抜け落ち邪竜を討伐したのはシータであると勘違いしている。


 そうしてルクミニーの溜めに溜められた魔王の話題を一身に浴びる事になったシータは半ば諦めながら聞き役に徹し―――


「ルミー……そろそろ良いかな?」


 それも今この時に止めた。

 今の今まで聞き役に徹してくれていた親友からの言葉にルクミニー、ルミーは「はっ」と正気に返るように申し訳無さそうに目を伏せる。


「ああっ、ごめんなさい私ばっかり話してしまって……」

「良いのよ。私はルミーが元気で嬉しいから」

「シータちゃん……あぁ、私は本当に素晴らしい友人を持ったわ。とても幸福です」

「こっちもルミーと友人になれたのは人生の宝物だと思ってる」


 血よりも濃い絆で繋がるシータとルミー。幼い頃から交流が在った彼女達は互いに互いと出会えた幸運を感謝している。だからこそ。この生涯の友が惑い窮する時が在れば彼女達はその身を献げて助ける。ルミーの危地に駆け付けようとしたシータ然り、そして―――


「シータちゃんはあの方とお話したのよね?」

「……話しと言うより……剣を交えた」

「そうなの? 私、邪竜が息絶えた時に気を失ってしまったから……あの後、何があったの?」


 先程まで魔王のこと嬉々として語っていたルミーが、熱狂するような様子を見せていた彼女が……その意中の相手に刃を向けたとシータから聞かされても落ち着き払っていた。気を悪くした様子の欠片も無い。


「聞かせて? シータちゃん」

「……うん」


 ルミーは慈母のような表情でシータの言葉を求める。怒りも不満も無い。何故なら信頼しているから、自分自身よりも。


 ルミーは自分の命の恩人である魔王に対してシータが剣を向けるに足る理由が在ったのだと確信している。


「あの、鬼は……」


 言い淀むシータ。これから告げる()()をルミーに伝えて良いのか迷いが生じる……だが一点の曇りも無く自分の言葉を待つルミーに嘘や誤魔化しはしたくなかった。だからシータは心を決めて続く言葉を口にする。


「あの鬼は、羅刹(ラクシャーサ)で……魔王だった……」

「…………」

「魔王だったの」


 伝えられた事実にルミーは頬に手を当てて目を伏せる。


「そう……そうなの……」

「…………」


 そうして幾何かして……次に顔を上げた時のルミーは微笑みを浮かべていた。そうして彼女はシータへ穏やかな声で話し掛ける。


「それで……シータちゃんはその時の事を振り返ってどう感じたのですか?」

「それは……」


 優しく尋ねられたシータは表情を僅かに陰らせる。その感情の機微を察せられるルミーは言葉を重ねてシータの心に寄り添う。


「後悔してるのですか?」

「…………」

「魔王だったのでしょう? 人を食う悪鬼……世界の敵だったのでしょう?」

「…………」

「どうしてシータちゃんは剣を向けたことを後悔しているの?」


 ルミーの言葉に導かれてシータは自らの心の奥へと潜っていく。

 そうしてシータは思い出していく。魔王と戦った時の事。ルミーから聞いた自分が居なかった時の出来事。


「…………」


 思い出す―――魔王が自分達へ向けた言葉と態度を。


「……魔王は……とても……強かったわ」

「……そうね。シータちゃんの目から見ても?」

「うん……見切れなかった」

「……そんなに?」


 シータの()を知っているルミーは驚きを露わにする。


「底が……いや、上が見えなかった。あの魔王はそれだけ規格外だった」

「まあ……」

「危険だと思った。魔王は悪神と関係が深い存在だったから。だからそんな存在がさらに凶悪な存在と化して私達に……私の大切な人達に牙を剥くと考えたら―――」


 シータは手をきつく握り締める。近くに立て掛けられた彼女の剣が鞘の中でぼんやりと光を発する。聖光教会が古来より受け継ぎし7つの聖具の一つである“聖剣パドマー”が担い手の心に、()()に呼応して力を溜める。

 指先が白くなる程力が込められたシータの手、そこにルミーが手を重ねる。


「だから、シータちゃんは本気で戦った?」

「……うん」

「それでも倒せなかった?」

「…………」


 ルミーの問いにシータは答え頷く。

 倒すべき敵を倒せなかった。全身全霊を込めた筈の一撃だったのに。

 シータの放った決死の一撃は自らの能力(スキル)に存在する“光華の泡沫”を過剰発動(オーバーロード)させた物。それは聖剣パドマーを刃の(くびき)から解放して対象を浄化の光によって微塵も残さず消し去る強力無比な一撃……【神域(ネームド)】に手を掛けた技。


 我が身を捨てる行為。それでも為せねばならぬとシータは決意して敵へと向かった。だが―――


「じゃあ……その方を“悪神の使徒”に認定するのですか?」


 “悪神の使徒”。それは悪魔(デーモン)へと堕転したモンスターよりも更に強大・凶悪であると確認された時、聖光教会が特級滅魔指定対象として位置づけた存在に架せられる名称。

 聖光教会はこの悪神の使徒を完全に滅ぼす事を目指し、強力な力を持つ勇者や聖女を積極的に保護している。


 そうしてルミーは聞いた。あの青き鬼を、魔王を……その命を賭してでも討ち滅ぼすべき存在であると断ずるのかと。

 シータの力む手、それをほぐすようにルミーの手が包み込む。

 温もりが伝わる。聖剣から発せられる微かな光がシータの背をまるで押すように照らしてくる。


「―――私は」


 親友と相棒に見守られて、シータは己が想いを吐露する。


「私は……剣聖で、聖女よ」

「……ええ。それはとても凄いことです。誰もがシータちゃんを称賛しています。貴女こそが最強の剣聖であると」

「……強い私はだから、皆の為に戦わなくちゃいけない」

「私も、勿論一緒に戦います」

「……うん。だから、でも……わ、私……魔王なんて……悪鬼なんて……殺さないと、いけないのに……」


 後悔の理由を吐き出す。


「あの魔王は……邪悪じゃなかった、かもしれない……」


 ―――それは聖女にあるまじき言葉だった。

 悪魔を目の当たりにしながら、それを悪では無いと言う。

 それは裏切りである。悪魔がいったいどれだけ世界に絶望と怨嗟を振り撒いてきたか。相容れる事など永久に来ない不倶戴天の仇敵。既に死した邪竜一体でさえ国一つ滅ぼした。


「悪鬼は……羅刹は……ッ! ……あの悪魔と同じ……最悪の()()()の系譜なのにッ」


 血を吐きそうな思いでシータは告白する。


「慈悲を掛けられたッ! 私は、私達は……あの魔王の優しさで……生か、された……」


 ―――シータと魔王の戦い。それが本来在るべき聖女と悪魔の戦いであったなら……シータの末路は()

 あれだけの力量差、赤子の手を捻るより容易かったであろう。


 それなのにシータは死んでいない。殺されていない。それだけでなくあの場には他にも聖女であるルミーが居た。悪魔が放っておく筈が無い。貶め、穢し、辱め……そうして殺す。その絶好の機会を逃す筈が無い。

 悪魔とは、悪神の使徒とはそう云った存在である。それでも―――


「見えることだけが真実じゃない……ルミーがそれを私に教えてくれたのに……」


 聖女は己が常識を否定する。


「私、もしかしたら……とても酷い勘違いをしたのかもしれない……」


 シータの心を苛む後悔。

 聖女とは他者の心に寄り添う者。それを蔑ろにしてしまった事が、鋭い爪となってシータの胸中を掻き毟っていた。


「……そうだったんですね」


 ルミーはシータの告白を受け止め、触れていた彼女の手をその両手で包み込む。微笑みを浮かべ、抱き締めるように。


「ではもし、その魔王と再会できたのなら、シータちゃんはどうするつもりですか?」


 二人きりの告解。

 ゆるしの秘蹟。ルミーはそれをシータの為だけに執り行う。

 答えはもう既に在る。だから後は優しく見守るだけで良い。


「……私……謝りたい」


 その言葉がシータの口から出た時、ルミーはとても嬉しそうに笑顔を見せる。


「ではその時は、私も一緒です。私もあの方に会って御礼がしたいですから」

「……ありがとうルミー」


 罪の意識を吐き出し、受け止めてもらい、道を指し示されたシータ。ここで初めて彼女は心に安らぎが生まれたのかもしれない。魔王と邂逅してから今まで、ずっと心の奥底で蟠っていた澱み。シータはそれが雪がれた気がした。

 そうして、無意識に体を強張らせていたシータはここでようやく本当の意味で気を抜く事が出来たのであった。


 そんなシータへルミーはどこか確信を抱いた様子で告げる。


「近く、会えそうな気がするのです」

「……それって?」


 抽象的。しかしその会えそうな『誰か』は聞かずとも分かる。


「シータちゃんは聞いていませんか? あの方から、何かを」


 そのルミーの言葉で思い出す、去り際にシータが聞いた言葉。


「……『違う形で出会おう』って……そう言ってた」

「探しましょう!」

「わっ!?」


 急にベッドから飛び出してシータの直ぐ傍に降り立ったルミー。目を輝かせて顔を寄せてくる彼女にシータはその勢いに圧されるように仰け反る。


「きっとこれは天命! そう天命です! 私達の勇者様を探せと!」

「え、は?」


 ルミーのその発言が信じられず一瞬だけ呆然とするシータ。しかしルミーの真っ直ぐな瞳からそれが聞き間違いでは無かったのだと理解したシータは戸惑いながら言葉を返す。


「え、えぇー……? 相手は一応魔王よ? 勇者だなんてそんな―――……ってあれ? 私()って……私も含んでる?」

「運命の前では些細なことです!」

「些細じゃない、絶対に些細じゃないわ……ッ」


 もし魔王と出会える事が在れば無礼を詫び、そして礼を尽くす。シータとルミーは今後の方針をそう定めた……までは良かった。

 この後、変な方向へハッスルし始めたルミーを宥めるのにシータはかなり苦労する事になったのであった。

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