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18.翡翠色の毒蛇

 視線を一身に受けながらセーギは裏路地に足を踏み入れると少しばかり奥まった場所へ向かって立ち止まる。


「――――――」


 余人の目に映らない場所に移ったと見るやセーギの逃げ道を塞ぐように幾人かのむくつけき男達が姿を現わした。


「こんにちは」


 そんな男達に対してセーギは先ず挨拶から入った。危機感の欠けた様子に幾人かの男が表情を険しくするが、それだけ。その全員が首元に『蛇の刺青』を刻んだ男達は()()からの指示を待つようにセーギを取り囲んで待機している。


(結構大きな集団なのかな? 最初の人達も回収されてたし……それに……あいつらよりも随分行儀が良い)


 破落戸(チンピラ)同然だった門前で会った男達とは違う。只ならぬ雰囲気を漂わせる彼等に対しセーギは自分から話しを切り出す事にした。


「……用件があるなら早い方が良いんだけど? ほら、俺の友達がお腹空かせてるから」

『キュッ!』


 炸裂するセーギの顎狙って放たれたマリーの頭突き。


「おおう、全然痛くない」


 マリーの抗議を含んで放たれた頭突き……しかし如何せんマリーの体は体毛でモフモフで更に軽量、当然セーギへのダメージはゼロだった。例え何千回頭突いたところで無意味、悲しき能力格差がここには在った。


 そんな余裕綽々なセーギ達の様子に男達の雰囲気が更に悪くなる。馬鹿にした態度と取られても不思議ではないとセーギ自身も思っていたので別段驚く事は無い。


(……あいつらをノしたのって、やっぱりギャングの面子を潰した事になるのかな)


 セーギはこの蛇の刺青を刻む集団……翡翠蛇に対してのスタンスを決めかねていた。

 ナーダと云う年端もいかない子供にあんな事を強いているのを見過ごせる程セーギは厭世的でも無力でもない。

 かと云ってセーギは問答無用で翡翠蛇に攻撃する気も無かった。


(考え無しに動いて犠牲が増えれば本末転倒だし……)


 無闇に喧嘩を売って敵を増やす事はナーダに似た立場の子供達にも累が及ぶ可能性が高い。セーギ自身がどれだけ襲撃を返り討ちに出来る力を有していようとも……目と手の届かない場所で傷付けられる者を助けられる程万能では無い。

 穏便に済ませられるならそれで良し。払った火の粉が火事に繋がるなど在ってはならないのだ。故にセーギは翡翠蛇の出方を見てからでも自身の方針を決めても遅くはないと考えた。


「……翡翠蛇さんで良かったんですよね? 話し合いに来たんでしょ?」


 そうした思考の上で出されたセーギの呼び掛け。

 路地の奥へと反響しながら通っていく声に―――


「その通りよ。聖獣連れの坊や」


 答えが返された。


「先ずは挨拶でも返しておこうかしら」


 セーギを取り囲む男達の緊張が目に見えて増す。彼等は一心同体にでもなったような動きで礼を払う。

 それだけの力を持った人物。彼らを束ねる立場の者が路地の奥……まるで蛇が這いずり出てくるかのような冷たさを纏って影の中から姿を見せた。


「初めまして、こんにちは。私はロベリア・シールパルナ……よろしくね」


 姿を見せた女は片目を瞑ってセーギに挨拶をした。

 少し癖のある栗色の短髪、しかし襟足だけは長く伸ばしたそれを白い薄布で一本の尾のように細長く包んで纏めた髪型にしている。

 身長は高く170㎝代。旗袍(チャイナドレス)に似た民族衣装を着たその体は正に妖艶。窮屈そうな胸元は豊満で臀部もまた丸みを帯びて肉付きを見せ付ける、だがくびれはそんな胸尻と反して驚く程すらりと細い。そんな女性的魅力を秘めた肢体が肌に張り付くような袖なしの赤い旗袍によって更に強められている。


(この人……)


 そんな女の姿で特にセーギの目を引いたのが……スリットから大胆に覗く長く伸びた脚。それは美しく艶やかで―――しかし内に秘めた恐ろしさが隠しきれていない。彼女の脚には凄まじき破壊の力が秘められている事を空気を介して重く伝えてくる。


(強いな)


 対峙するセーギと女。不敵に微笑み女の情報(ステータス)がセーギの瞳から脳裏に流れ込む。そうして知り得た情報からセーギは自身の感覚が正解だったと知る。



 ――――――


 名:ロベリア・シールパルナ

 種族:蛇人

 性別:女

 年齢:22

 レベル:575

 スキル:六合覇勁、柔法、剛鱗柔骨、浄化、英雄覇気、思考加速、千紫万紅の毒血

 称号:聖女、英雄、傾城傾国、女傑、神聖なる乙女


 ――――――



 翡翠色の瞳が嵌め込まれた切れ長の目が笑みの形に細められてセーギを見つめる。歳はセーギよりも5つ程上であるがその美貌と魅力は年齢以上に濃密な妖しさ宿らせている。

 そして女……ロベリアの美貌と並んで目立つのが彼女の()()としての特徴である。


「……どうも。セーギ・ラーマです」

「どうもセーギの坊や。私は見ての通り“蛇人(スネーカー)”。そして―――」


 蛇人(スネーカー)

 膝から脛、肘から手の甲、そして背中から(うなじ)へと続いて頬。その部位には瞳と同じ翡翠色に輝く美しい鱗が生えていた。

 人の身に蛇の要素を備えた種族、それが蛇人。

 ロベリアは縦割れの瞳孔でセーギを見詰め、蛇を想起させる笑みを顔に貼り付け自らの地位を伝える。


「翡翠蛇。その首領(ボス)でもあるの」

「…………」


 予想はしていた。セーギはロベリアの姿を見た瞬間に男達が刺青で刻む蛇のイメージそのままの印象感じていた。あの刺青は正に彼女を象徴する物だったのだと。


「……それはまた、組織のトップだなんて忙しいでしょうに……ご足労を」

「ふふ。たまたま近くに居ただけよ?」

「たまたま……その割には大勢の人が居るみたいですけど」

「坊やと話しがしたくてね。皆には貴方の動向を代わりに見ていてもらっていたのよ」


 笑顔で会話する両者……しかしセーギは内心冷や汗物だった。


(レベル575って……こっちじゃこのレベルの強者ってありふれているのか?) 


 〈NSO〉には居ない領域に立つ強者。シータや名前の知らない守護者に続く三人目の存在に邂逅したセーギはそんな事を考え……だが直ぐにそれは無いかと思い直す。


(他の人ととのレベル差が酷い。やっぱり彼女達が特別なだけって考える方が自然だ)


 スキルや称号を見ても“英雄”や“聖女”なる名を持つ物が在る事からセーギはそれが彼女達の特異性に由来するのだと考えた。


「ふふ」


 薄く笑むロベリア。彼女は妖艶な輝きを灯す翡翠色の瞳でセーギを舐めるように見る。その視線は彼が持つ黄金聖獣と白銀の大角にも当然向けられる。しかし根本的な興味はセーギに集中していた。

 それはロベリアが口にした「セーギと話しがしたい」と云う言葉が本心である証。


「俺と話し、ですか」

「そうね。仕事のお誘い、と言うのが正確かしら?」

「……仕事?」


 それは突然の申し出であった。流石のセーギも困惑する。


「仕事って何のですか? 俺に借金の取り立てでもしろと?」

「ふふ……気が早い子。まあ当たらずも遠からず、ね」


 ロベリアは軽く手を振る。それが合図になったのか周りの男達は引き下がっていく。その顔にはボス一人置いていくことへの不満が見えたがそれでも文句も言わずに引き下がる。それは彼等がロベリアの強さを何よりも信頼しているからに他ならない。


 ―――そうして路地裏にはセーギ達とロベリアだけが残される。

 ロベリアは露出している胸の谷間から見せ付けるかのように煙管(キセル)を抜き出すと、煙草も火も入れる事無くそのまま口に咥えた。


「じゃあ本題に入る……その前に聞きたいことは無いかしら? 何分(なにぶん)急なことでしょう?」


 悠々とした仕草でロベリアはセーギに疑問は無いか尋ねる。


「……外で寝ている翡翠蛇の構成員。それに関してはどういう扱いになったんですか?」


 セーギが聞いたのは外で気絶させた4人の男の処遇。こうしてロベリア達がセーギを囲んできたのもそれに端を発している筈。自らの組織に喧嘩を売ったと捉えられる自分に誘いを掛けてくる理由が分からずセーギはその真意を聞きたくなったのだ。

 それに対し、ロベリアは意外にも眦を下げて困ったような笑みをセーギに見せる。


「あれは私達の不手際ね。むしろ礼を言っておくわ」

「……? どういうこと何ですか?」


 意味が分からず首を傾げるセーギにロベリアは肩を竦める。


「坊やはこの都市は初めてでしょ? 案外ややこしいことになってるの、この都市は」

「……普通に活気があるように見えるんですが」

「表はね。裏の方はとっても面倒よ」


 ロベリアは煙管を唇から放すと空を見上げて紫煙を吐く。火も煙草も入ってない筈なのに何故か吐き出された煙をセーギは不思議そうに目で追う。


「ん? ああ、気になる? これは私の能力。毒には()()()()から警戒はいらないわよ」

「……毒にも出来るんですか?」

「そうね……例えば―――」


 ロベリアは自身の真っ赤な唇を蛇のような先割れの舌で舐める。口の端から赤紫の蒸気が立ち昇り甘ったるい臭いが周囲に広がる。そして彼女は自分の口元を指先でつつくと微笑む。


「口付けした相手に吹き込む……なぁんて使い方も出来るのだけど」

「あの……こっちに届いてるんですけど……」

「あら、怖がらないで大丈夫よ。これは気化したら殆ど無毒になる種類だから」


 逃げるように上体を僅かに反らすセーギにロベリアは楽しそうに目を細めた。―――“千紫万紅の毒血”。それは体内で千を超え万に至る毒を生成・調合可能な恐ろしいスキル。

 ロベリアは自らが所有する毒の一端を見せびらかすと再び煙管を咥えた。彼女のそんな人を食ったような振る舞いや年上の余裕を感じてセーギは戦々恐々する。


(……戦い以外での要素で勝てる気がしないな)


 世渡りと云う一点のみで考えても圧倒的に負けていると考えたセーギは心の中で気を引き締め直す。


「―――さあ本題ね」


 そう言ったロベリアは左手を上げるとセーギの目によく見えるように指を3本立てる。


「ややこしいと言ったけど別に小難しい話しをするつもりは無いわ。現在この都市の裏で鎬を削っている組織は私の所を含めて3つ」


 立てた指を一本にする。


「自慢するわけじゃ無いけどそして私の翡翠蛇(ところ)が実質一強。……そこで幾つか問題が出たの」


 ロベリアはその指に煙を吐きかける。濃霧の如き紫煙に包まれた彼女の手は立てた指の本数を不確かな物にする。


「うちの名前を勝手に騙る手合いが増えてきたの」


 煙にぼやけた向こう側からロベリアはそう言った。


「……もしかして、俺が関わった人達は?」

「十中八九余所の破落戸(ごろつき)。翡翠蛇以外の他2つの組織のね」


 セーギはそれを聞き確かに面倒そうな事になってるなと思った。


「短期間で勢力を広げすぎた弊害かしらねぇ。手の届かない所が出てきてしまったの。恥ずかしながら純粋に私の不手際ね」


 煙がロベリアの手により握り潰されるようにして散らされる。


「そこで、坊やの勧誘に繋がるの」

「……どうして俺を? 会ったばかりの氏素性も知れない男だけど……」


 この都市に来たばかり。知られているのは黄金の聖獣と白銀の大角を持ち、やった事と云えば外でいざこざを起こした程度。その他は何一つ情報の無い謎の人物。

 セーギはそんな自分を勧誘してくるロベリアの思惑が計れないでいた。


「ふふふ……良いのよ別に。信用云々は私の気持ち一つ。それに―――」


 揺蕩う紫煙の向こう側でロベリアは妖しく言葉を紡ぐ。


「坊やは()()にこの話しを受ける」


 煙管の火皿がセーギに突き付けられる。

 ロベリアは笑う。それは裏の世界で生きる者に相応しい笑み……蛇が毒牙を剥いて(おど)すような悪性の笑み。


「ねぇ、セーギさん?」


 毒蛇はじわじわと追い詰める。執念深く、執拗に。狙った獲物を締め上げ絡み付き―――


「悪ぅい大人の食い物にされている子供達を……救いたくはないかしら?」


 逃がさない。

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