17.無事?に都市へ入れた!
男達が唾を飛ばすようにセーギへ言葉をぶつける。
「身の程知らずのガキがよお! そのイイ顔もっと叩き直されてえようだな!」
「それに良いモン持ってんじゃねえか」
「迷惑料に貰ってやるよクソガキ!」
取り囲むが武器は未だ抜いていない。だが剣呑とした雰囲気に空気は重くなっていく。
だがそんな相手の様子にセーギは鼻で笑う。思い出すからだ。こうして殺気立った者達に囲まれると、〈NSO〉で魔王ラーヴァナとしてプレイヤーと鎬を削っていた日々を。
(……まあ感じる圧は比ぶべくもないが)
都市に入る前に要らぬ厄介事に首を突っ込むべきではない。セーギはそう考えていたが事ここに至れば致し方ないと割り切る。
今のセーギにとって自分を囲み敵意を向けてくる彼等は路傍の石ならず、致傷目的で足下に撒かれた撒菱である。もし放置して誰かが傷を負うかもしれないのなら―――
セーギはそれを蹴散らし踏み砕く。
「口だけじゃなく来たらどうだ。それとも若造一人に臆してるのか?」
「ッ!」
分かり易い挑発。それに男達のリーダーは不愉快そうに眉間に皺を寄せ言う。
「俺達を、“翡翠蛇”と知って喧嘩を売ったと理解しているか?」
「……翡翠蛇?」
知らない単語を聞いてセーギは男達を再び観察する。そうすると彼らはこれ見よがしに自らの首元を見せてくる。
晒されたそこには翡翠色の蛇を象った小さな刺青が有った。それを確認したセーギはスキルで再度男達を観察したが……その刺青に関連する称号やスキルなどは特に無かった。
(共通の印。暴力団とかその辺りか?)
セーギの瞳は職業まで読み取れる能力ではない。だから彼らがあんな風に所属している組織を語っても響く物は欠片も無く。
「それって……今関係ある? 刺青彫れて偉いねーって褒めて欲しいのか?」
「っ!?」
天然で相手の神経を逆撫でする。
「……舐めやがって」
「こりゃあフクロだな」
「こんな馬鹿は痛い目にあった方が良い」
空気が張り詰める。まさに一触即発といった雰囲気に包まれ、遠巻きにしている人達は巻き込まれないよう更に距離を取るようにして動く。
ここまで事態が進んでも衛兵はまだ動くつもりが無いらしく静観の構え。しかし武器に手を掛けたら即座に行動する準備だけは見えない所で進めているのを察知したセーギは「プロってわけか」と内心で評する。皮肉では無く素直な感想である。
「翡翠蛇に楯突いたことを後悔させてやれ!」
リーダーの一言が撃鉄のように張り詰めていた空気を弾けさせる。そうして囲んでいた男達がセーギへ一斉に襲い掛かる。
「ぅおらああああッ!」
「くたばれぇえ!」
三方向から男達は跳び掛かり―――セーギの白銀の大角を握る腕が一瞬ブレた。
「「「かぺっ」」」
同時だった。
「は?」
リーダーの目の前で仲間の三人が膝から崩れ落ちたのは。
「……え?」
ガガナーダは突然倒れた男達に目を向ける。男三人、全員が白目を剥いて気を失っていた。
「お、おおおお前!? 何しやがっ……ぺぁ」
そして直後にリーダーも崩れ落ちる。その際もセーギの動きは片腕がほんの僅かにぶれただけだった。
「え? え? ……え?」
ガガナーダはその目で見たことを信じられないでいた。
倒れた男達、その中心で立つセーギ。その両方をガガナーダは交互に何度も見る。
遠巻きにしていた周囲の人々は何が起こったのか何一つ理解出来ず、突然の決着に呆然としている。
「……ふう」
そんな困惑が広がる中でセーギは白々しく肩を竦める。
「どうやら彼らはお疲れだったようだ。急に寝るなんて」
「ええーーーっ!!?」
セーギのその発言を聞いたガガナーダの驚きの声が響く。
びっくりするほど嘘が下手。本気で今の発言でいけると考えているのか? 少年はそんな風に思いながらセーギを丸くした目で見る。
―――ガガナーダには少しだが見えていた。
地に伏している男達全員、セーギが白銀の大角を手放した一瞬の間に相手を叩きのめした事を。その速過ぎる早業によって腕が一瞬ブレた事しか満足に観測出来なかった事を。
ジャブ。威力より速度に重点を置いた拳打。セーギが行ったのはそれであった。
「じゃあ君の取り分を貰って門をくぐろうか」
「に、兄ちゃん?」
セーギは素知らぬ顔で男達の持ち物をまさぐり始める。ガガナーダは戸惑いがちに声を掛ける。
男達は決して弱くはなかった。セーギがスキルによって確認した彼らのレベルは50前後。リーダーだけは60有った……それがこの有様。
間近に居たガガナーダでさえ見切れなかった。周囲の人々や遠くに居る衛兵では腕がブレた事さえ確認出来たか怪しい。そんな飛んでもない事をやってのけたセーギは事は済んだとばかりにマイペースで行動する。
「……あれ? でもこれって泥棒になる、のか? ……あ、でもこいつらこの子の仲間なんだし預かり物を返して貰うだけって事に……よし、これでいこう」
「兄ちゃんっ?」
「衛兵さーん!! これって大丈夫ですかー!!」
「兄ちゃんっ!?」
セーギ、ガガナーダの呼び掛けをスルー。公共の場で暴力行為を働いたのは事実なのであんまり深く追求されると都合が悪いが故のスルー。
そしてセーギに声を掛けられた衛兵はと云えば……知らぬ存ぜぬな態度。翡翠蛇を名乗る男達の振る舞いやガガナーダの黒い角に忌避感は在る、されど基本的に中立であり国の意向に従う彼等衛兵はこの事態を見なかった事にした。
(目こぼししてくれた? じゃあ安心……か?)
当たらずも遠からず。突然現われて男達を歯牙にも掛けなかった謎の人物であるセーギと下手に関わるのは得策ではないと判断した結果である。倫理的に悪事を行った訳でもない強者に対して事を荒立てるのは利口ではない。
衛兵とは時に黒でも白でもない灰色な対応も求められるプロなのである。
「うっし。大丈夫そうだしやっちゃおっか」
『キュー』
「わっ!? 鳴いた!?」
「いや生きてるし鳴くでしょ?」
ガガナーダはと云えば混乱しっぱなし。この短時間に起きた出来事は彼の許容量を超えてしまっていた。予定と違う。
そんな少年を放置してセーギは男達が狩りか何かで入手したらしき物品を荷物袋から取り出して物色する。
「5分の1で良い?」
「え、うん……って違うっ!?」
「もっと貰う?」
「違うっ、そうじゃない!?」
流れと勢いで押し通そうとしたセーギ。しかし失敗、現実はそう甘くはなかったと諦める。セーギが考えていたよりガガナーダと云う少年の根は真面目だった。
「……えーと……な、何か聞きたいことでも?」
「何かって、何もかもだよ!? いったい何者だよ兄ちゃんは!?」
「……と、とりあえず門くぐってからにしない? 詳しい話しは」
「え、あ……ううう……。わ、わかったよ」
それでもセーギはガガナーダを何とか宥め賺す。その後適当に男達から取り分を巻き上げてから共に列へと並ぶのであった。
◆◆◆
セーギ達が現在居るこの〈アヨーディ王国〉の王都でもある〈城塞都市クルルス〉。その門を無事に通過する事を許されたセーギはしかし……肩を落としていた。
「…………」
穴が有ったら入りたい。そんな顔で石畳で舗装された地面を見詰めるセーギにガガナーダは何とも言えない表情を向け……そしてセーギがここまで落ち込む事になった経緯の発端を口に出す。
「兄ちゃん……無一文って……」
「ごめん。本当にごめんガガナーダ君」
「いや、いいよ。俺だって助けられたんだし」
「絶対に返すから」
『キューイ』
「……兄ちゃん強いのに変な奴だな」
門の通行料を子供に立て替えてもらうという『大人として恥ずかしい事』を早速しでかしてしまったセーギ。その落ち込みようは半端では無い。入る穴が無ければ自分で掘って地核まで潜りたい程の羞恥。実は手持ちの物で担保する事も可能であったがそれはガガナーダは止めて、セーギに現金を貸す事で通行料を払うに至ったのであった。
「……兄ちゃんってこの都市は初めて?」
「え、うん。そうだけど……やっぱりわかる?」
「そこまでキョロキョロしてたら誰でもわかるだろ」
「……恥ずかしながら知らないことが多くて」
『キュー……』
門を越えた街並みにセーギは純粋に感動を覚えた。
しっかりと整備された石畳の大通りが南門から伸び、その道を挟むように多くの建物が軒を連ねている。その建物は三角屋根が主流の2~3階建てが多く、オレンジ系の暖色の壁材が鮮やかで温かな印象を与える。そんな街の雰囲気に良く合ったガス灯のような街灯も所々に設置され、それら異国情緒溢れる光景にセーギは目を輝かせて見渡す。
「綺麗な街だなぁ」
「……王都だからな。ここらじゃ一番金のある場所だよ」
「へえ~」
「あ、西の端は貧民街になってるから……行く時は気を付けろよ」
「気を付けるだけで良いの?」
「兄ちゃんなら大丈夫だろ」
「ん~~……、まあ機会があれば?」
「無い方が良いけどな、あんなところ」
そして適当にガガナーダがセーギに街のことを教えていると、綺麗な街並みよりも一際目を引く存在があった。
「なあガガナーダ君」
「……ナーダで良いよ。どうした?」
中性的な容姿を持つ褐色肌の少年、“鬼人”のガガナーダ……ナーダにセーギは尋ねる。
「この都市ってどれぐらいの種族が生活してるの?」
セーギは目に映る景色の中から行き交う人々へと視点を移した。
男女や老若の違いは当然、そこから更に様々な“種族”が存在していた。普通の人の方が多いが彼等は決して少数ではない。
獣の耳と尾を持つ男の戦士。小柄だが子供には無い落ち着きを持った店主。豊かな髭を持ったずんぐりむっくりな職人然とした男。若草色が乗せられた金の髪の美しい耳長の女性。その他にも多種多様な種族が確認出来た。
「まあ、10以上は確実かな」
「そんなに?」
「そんなって、セルリアンとかの部族とか、エルフの民とか混じったらもっと細かくなるよ」
「……凄いな」
〈NSO〉ではプレイヤーが選択可能な種族は課金による特殊系統を除外しても膨大。その中には異形種なども存在したが……それはあくまでゲームだったからであり中身は同じ人間。
現実でこれだけの他種族が一所で共存している事実にセーギは驚きを隠せない。
「まあ目立った種族なら―――獣の特徴を身に宿す生粋の戦士“獣人”。小柄だけどスタミナがあって手先が器用な“小人”。酒と鍛冶仕事を愛する豪快な種族“鉱人”。精霊と共に生きる生粋の魔法使い“森人”。そんで兄ちゃんと同じ“普人”―――それが主な種族かな」
ナーダが指差しながら説明するのをセーギは感心しながら聞く。会って間もないがセーギはナーダには少なからず教養が備わっている事を感じた。分かり易くまるで誰かから読み聞かせを受けた経験が有るような説明であった。それに元々セーギが居た世界でも有名所な種族だった事も理解の早さに繋がったのかもしれない、そんな事を思いながらセーギは頷く。
「へぇー。やっぱり色々な人が住んでるんだな……ああ、そういえば―――」
そうしてセーギは気になっていた事を聞く。それは彼のもう一つの姿に関係する物でありナーダにとっても同等の質問。
「鬼人って居ないの?」
「…………」
その質問をされたナーダは口を噤む。
「……ナーダ?」
「知らねっ」
すると突然ナーダは手に握った物をセーギに押し付けた。
「え? ちょ、これはっ?」
両腕が塞がるセーギに対してナーダは無理矢理ズボンのポケットへとそれを突っ込む。そうして路地裏の方へぱっと駆け出す。
「兄ちゃんはそれで冒険者登録でもしたらどうだ! 身分証の代わりになるから担保にした奴も戻ってくるよ!」
「これっ……お金!? ちょっ、さっきのもまだ返してないのに!」
「やる! 助けられた礼だよ! じゃあな兄ちゃん、お人好しもほどほどにしろよ!」
礼であると言ってセーギに金銭を渡したナーダはその言葉を最後に街の西方へと消えていった。
「…………」
取り残されたセーギは困ったような顔で周囲を見る。
周囲の人々の距離が会話をしても聞き取れない物であると確認したセーギはマリーに視線を落として口を開く。
「……『知らない』か」
『嘘は言ってないよ』
「そっか……」
ナーダの『鬼人を知らない』と云った言葉と、そして称号の“忌み子”と“天涯孤独”がセーギの心に痼りを残していた。
セーギは大角を小脇に抱えると空いた手でポケットの中を抜き出す。広げた掌その上にはナーダがくれた銅貨が数枚。それをセーギはしっかりと握り締める。
「借りた物は返さないと、だな」
『……追い掛ける?』
「そうしたいんだけど―――」
ポケットへ銅貨を戻したセーギは視線を正面へ向ける。
「先ずは自分のことを片付けるか」
見張られている。人混みや建物の陰から複数の気配が自分を監視しているとセーギは感じ取っていた。
薔薇色の瞳に映る首に刺青を刻んだ男達。セーギは何気無い仕草でそれらを確認すると歩きだした。
◆◆◆
「―――仕事は邪魔されるし……あいつらは回収されたし。散々だ」
黒い角をバンダナで覆った少年は暗がりに身を置く。上を見上げれば青空は見える。しかし太陽は建物の陰になって見えず、そんな光が照らしきれない影の中を少年は歩く。
「本当お人好し。調子が狂う……」
少年は元々の取り分である金が入った袋を揺らす。それは『お人好し』に幾分か渡した事で少しばかり目減りしているが……不思議と減る前より重く感じた。
「……馬鹿だ……本当に……」
静かな歩み、常日頃から息を潜めて行動する事に慣れた者の振る舞い。少年は影を背負うように裏路地の奥へと進む。
王都の影、暗い暗い場所へと。




