16.鬼子
セーギとマリーは騒ぎが起きた方向、列の最後尾へ顔を向けた。
大人が4人と子供が1人の一団。全員が装備を身に纏い荒事慣れした雰囲気を発している。セーギは彼らを傭兵又は危険な仕事で生計を立てる“冒険者”の類いだと判断した。
『……キュゥー』
「ん、マリーも気になるか」
マリーが普通の動物のような鳴き声を上げてセーギを見上げる。言葉を介する動物は珍しく周囲の注目を浴びる、それを考慮しての喋れない振りで。それでも言いたい事が感覚や雰囲気で伝わるのだから“言霊”と云うスキルの特殊性が見て取れる。……それと無関係にセーギは『鹿の鳴き声ってもっと変な感じだよな?』と思ってる辺り微妙に天然である。
(しかし……妙なパーティだな)
セーギは見極めるように男達の一団へ目を向ける。
20歳前半の男が3人にリーダーであろう30手前の男が1人。その4人が面倒臭そうな態度……侮蔑や嘲りを混ぜた嫌な視線を一団唯一の子供である少年に向けている。
「ふざけんなよ約束が違う!!」
その子供は小柄な体で大人達に食って掛かっていた。
背は140㎝程の褐色肌、赤みがかった黒髪を肩辺りでばっさり切揃え、紺色のバンダナを鉢巻きのように額に巻いている。そして装備には硬革の防具で急所の守りを固めた簡素な物を身に付け、左手には小さな丸盾、腰には短剣を差している。
バンダナの少年は蛇皮の腕輪を巻いた右手をつよく握り締め、大炎のような赤い瞳を宿す目を吊り上げ怒鳴る。
「言われた通りの仕事はやっただろうがッ! 嘘吐いたのか!?」
怒りの声を上げる少年に対して男達は白々しい様子で返す。
「おーおー怖え怖え」
「ガキはすぐ熱くなりやがる」
「あー面倒臭えな、言い掛かりってのは」
「すいませんねー皆さん。うちの奴が聞き分け無いもんで」
「―――っ!? このくそったれっ……」
聞こえてくる会話から少年と男達は何かしらの契約関係に在ったらしい事が窺えた。セーギはそれで事前の契約に齟齬が在ったか……或いは少年が悪い大人の食い物にされているのかと考えた。
(事情を知らない俺が首を突っ込む……褒められた事じゃないけど、あんまり度が過ぎるようなら―――)
部外者であるセーギは耳をそばだてながら少年をどう助けるべきか考えていた時だった。
マリーの“言霊”が触れ合う肉体を通じて直接セーギへ言葉を伝える。
『(欺瞞)』
「……マリー?」
マリーの視線は男達に向けられている。……セーギはそう思ったが少し違った。
『(騙そうと……ううん、騙してる)』
マリーの視線はあの一団全員に向けられていた。
「…………」
マリーの持つ“言霊”には他者が発する言葉からそこに秘められた感情を汲み取る事が出来るとセーギは知っている。
(……欺瞞、か)
セーギは周囲の人を見る。その誰もが面倒事を避ける為に我関せずといった態度で顔を逸らしている。より正確に云えば、騒ぎを起こしている彼等は武装しているので下手に関わると自らの身を危険に晒す事になる……それで誰もが少年を憐れそうに思いながらも関われずにいると云うのが正しい。
「……列を抜けるので先にどうぞ」
自分の後ろに並んでいた人にそう言うとセーギは列から抜ける。
見るからに目立った装備を持たない丸腰な青年、ただドが付く程に派手な動物と大角だけを手にした彼が毅然とした面立ちで真っ直ぐ歩む様は周囲の視線を集める、
そんなセーギが向かう先は当然、騒ぎの中心。
「―――足止めっ、追い込みっ、荷物持ちっ、それで金を払ってくれる約束だったろ!!」
少年はリーダーである男の腕に掴み掛かり吠え立てる。
「それに関しちゃ俺達もよく話し合ったんだぜ?」
「それでな、俺達の方が危険な橋を渡ったのに取り分が少ないと思ったんだよ」
「お前は追い掛けて逃げてただけだろ?」
「じゃあもっと分け前を俺達に回してくれても良いだろ?」
言い合う両者。そこでマリーが言っていた『騙す』という言葉が本当であると察せられる話題が飛び交う。
「何で今になってっ……それにオレ抜きで話し合いって何だよ!?」
「まーまー落ち着けよ」
「そうだぜ、別に払わねえって話しじゃねえんだ」
「ただ終わってみたらお前はあんまり貢献してねえな、と思っただけなんだよ」
「こういうのはコーヘイでなきゃいけねえよなー」
「―――っ!!」
少年の瞳に危険な色が灯り、短剣の柄に手が触れる。その行動が我慢の限界が来た少年が白刃を抜こうとした証である事は誰の目にも明らか。だが少年は踏みとどまって歯を食いしばる。
一時は堪えた。しかしそれがいつまで保つか分からない。一触即発の空気に周囲は緊張を強いられ、そして―――
「すいませーん」
その場にそぐわない声が割り込んだ。
「ああーん?」
「何だお前……って」
「うわっ、凄ー」
「金ぴかじゃん」
突如として怒りに歯を食いしばる少年と自分達の間に現れた青年、セーギに男達は訝しみ……そして直ぐ彼が所持する見るからに稀少そうな物に目を引かれる。
「だ、誰だ!?」
急な第三者の介入に呆気に取られていた少年は怒鳴るように誰何する。同じ一団だった男達の興味は既にセーギの持つ金色の生物と白銀の大角に移っている。
「いえ、俺はただの通りすがりです。……何か問題ごとがあったようなので少し話しでも聞こうかと」
「……あんたには関係ねえな」
リーダーが突っぱねるような言葉を吐くがその目にはもう欲の光が小さく灯っている。それは仲間も同様。
「やべーなこれ」
「どんな値が……」
「…………」
セーギは抱いているマリーが男達の視線から逃れるように自分の胸に顔を埋めたのを一瞥する。そして次に少年へ目をやる。少年は訝しげに見返し、そこで初めて黄金と白銀の存在に気付いたのか目を剥く。
そうして少年が呆気に取られている間にセーギは男達へ言葉を投げ掛ける。
「無関係でも、無視するにはあまりに……どうも貴方方がこの子に酷い事をしているようなので」
リーダーの男は目を細めてセーギを睨む。
「……いきなり首を突っ込んで来たと思ったら随分な物言いだな? ボウズ」
「ええ。子供相手に随分大人げ無かったですね」
「…………」
男達の空気が剣呑な物になる。それにセーギは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「それにこんな公共の場で騒ぐのは、周りの人達もあんまり良い気分にはならないでしょう?」
「そいつは悪かったな。……それで?」
「それで、とは?」
「お前は俺達に何が言いたい」
「それは―――」
セーギは他人と会話するのが不得手である。これまでの人生で身内同然の親しい者としか交流がなかったから。それを自覚している彼は端的に言う。
「この子にきちんと報いてあげてください」
セーギのその言葉は少年に対しての物。少年は赤い瞳を丸くし「な……ッ!?」と驚きの声を漏らす。それはまるで自分に味方してくれると考えていなかったような反応だった。
そうしてセーギは男達に対して言葉を続ける。
「頑張っている子に酷い仕打ちだと思います」
「……ボウズにそのガキの何がわかるってんだ?」
「何も。初対面なので」
「……はっ。じゃあ教えてやろうか?」
嫌な笑みを浮かべるリーダー。どうやら少年に対してこんな不当な扱いをしても問題無い理由を持っているらしいとセーギはその表情から予想する。
そしてセーギの予想は別に彼等の会話や態度から推測しただけでは無い。セーギには瞳の『スキル』が宿っている。
万能では無い、しかしその瞳は本来ならば知り得なかった情報をセーギに与える。
セーギは既に少年を視ている。
「このガキはなぁ、薄汚え“悪魔の子”なんだよ!」
「あっ!? やめ、やめろっ!?」
リーダーの言葉に示し合わせるように、他の男が少年からバンダナを剥ぎ取った。赤みがかった髪が取り上げられたバンダナに撫でられふわりと揺れる。そして露わにバンダナの下に在った物。
悪魔の子と呼ぶ物が日の下に晒される。
「どうだボウズ? これでもガキが真っ当な奴だと思うのか?」
「…………」
リーダーが少年を侮蔑する目で見下しながら指差す。セーギは黙って男が指し示す先へ目を向ける。少年は片手でそれを隠すようにして奪われたバンダナを取り返そうともう片手を振り回すが……その手は空を切るばかり。
セーギの目には隠しきれずその姿を覗かせる少年の額の物が映っている。
「あんな物が生えてるんだ、腹の中で何を考えてるかわかったもんじゃねえ」
「…………」
「むしろ俺達に感謝して欲しいね、こんな碌でもねえ悪魔の面倒を見てやってんだからよお」
そんな言葉の裏で少年がやっとの思いでバンダナを奪い返していた。そしてそのバンダナを使い額に在る物を再び隠した。
額に生える一本の“黒い角”を、少年は隠した。
「――――――」
周囲から小さなざわめきが起こる。少年の額に生えていた黒い角を見た人達は程度の差こそ在れど一様に嫌な物でも見た表情を浮かべる。
憎悪と恐怖がない交ぜになった、普通なら幼い少年に向けられる筈も無い感情の火が周囲に燻る……そしてそれは少年の味方に立とうとするセーギにも向けられていた。
「くっくっく」
リーダーの男はまるで鬼の首を取ったような顔で笑みを溢す。本人の心境としては正にその通りで、罪人を衆目に晒して悦に入っていると云ったところ。
悪魔に生える黒い角、それが人に存在する意味。悪魔が明確に人間に対して害を振り撒く存在なのを考えればどのような目を向けられるか推して知るべし。
「どうだボウズ。あれを見たら―――」
だがそんなこの世界での事情も。
「その角に何か問題が?」
セーギにとってはそれこそ無関係。
「はぁ?」
「……え?」
一団の男達も、そして少年でさえも、セーギの言葉に目を丸くする。そうしてセーギはそんな彼等にはっきりとした言葉で自分の考えを口にする。
「結局は皆さんがしてるのは、ただの意地悪じゃ無いですか」
「……お前バカか? このガキは悪魔の仲間だぞ?」
セーギはその男の言葉に首を横に振って否定を返す。
「悪魔じゃない。この子は鬼人。俺達と同じ……一人の人間だ」
漆黒の角は悪魔の証。それに似た黒い角を持って生まれた鬼人の子供。
―――隠密―――
名:ガガナーダ
種族:鬼人
性別:男
年齢:12
レベル:48(●●●)
スキル:隠密、捕縛、忍び足、逃げ足、火刃、耐毒
称号:忌み子、天涯孤独
――――――
瞳が伝えてくる少年の情報。それを知ったセーギは少年が迫害の対象になっていると把握していた。
悪魔じゃない。真実である筈のそれは時に感情によって否定される。今この場に居る者達のように、憎悪や恐怖を向ける。ただ悪魔の角に似た漆黒の角を持って生まれたばかりに。
だから。だからこそ。セーギだけは少年を、ガガナーダと云う一人の人間を真っ直ぐに見る。
この場に悪魔など存在しないと、セーギは声を大にしてこの場で言い切った。
無知からの間違いは誰しも在る。だからこそ知るべきなのだ、本当の事を、正しい在り方を。……それでも知っていながら悪意で塗り替えるような者に対してセーギは―――
「いい大人が恥ずかしいことすんなよ」
容赦などする筈は無い。
「……この糞ガキ」
今までの丁寧さをかなぐり捨てたセーギに男達の堪忍袋の緒が切れる。リーダー以外の男達がセーギを取り囲むように動き出す。
「に、兄ちゃんっ」
ガガナーダはセーギが自分の為に動いてくれていると気付き、信じ切れないままでも彼の身を案じて呼び掛ける。
セーギは男達に向ける険しい視線から一転、ガガナーダに対して優しい微笑みを見せて断言をする。
「大丈夫だ。俺に任せろ」




