14.聖母の黄金
血や死体が転がる場所から草木を掻き分け移動するセーギ。ラーヴァナから人間体であるセーギの姿になった彼は聖獣が導くに従い歩き、その腕の中には子鹿が抱きかかえられている。そうして目指すのは聖獣の親子が住処としていた場所。
色々と会話を交えながら歩いていた筈だが、セーギの印象に強く残ったのは……目指していた場所が近付いてきた時の足が重くなるような沈黙であった―――
草木を編んだように重ねられた寝床。頭上を覆う木々が屋根のように日差しや雨風から下に居る者を守る。聖獣の体格が体格なので規模はかなりの物であり人の家屋並の大きさがある。
セーギは感心しながら聖獣の住処を見渡す。気の所為でも何でも無く、聖獣の縄張りでもあるこの周囲一帯には聖なる力が遍在している。その効果かこの場に居るだけで心安らかになる。
ゆっくり。ゆっくりと……聖獣は寝床へと足を踏み入れるとセーギと顔を合わす。
『……貴方には何とお礼を言えば』
「いえ。俺は自分のしたいことをしただけですから。だからディアンサスさんは気にしないでください」
『……ありがとう』
生気の欠けた虚な目をする聖獣ディアンサス。そんな彼の存在をセーギは憐憫を押し隠した瞳で見詰める。
――――――
名:ディアンサス
種族:フォーチュンムース
性別:双成り
年齢:97
レベル:198(485)
スキル:破邪、言霊、仁瞳、雷撃疾走、劫火咆吼、原初魔法、解呪
称号:玉錦の霊獣、聖獣、森人の友、不運、虚弱、薄命
――――――
力の入らなくなった脚をたたんで横たわるように寝床へ身を沈めるディアンサス。セーギはそんな彼の存在の目の前、手を伸ばせば鼻先に指が届くか届かないかの位置で草むらに腰を下ろす。
「……俺に何か、出来ることは?」
『構いません。これも運命です』
駄目元で尋ねたセーギだったが、やはり手の施しようが無い事を知らされ目を伏せ「わかりました」と頭を下げる。彼は聖獣ディアンサスが辿る末路を粛々と受け入れる。
『ディア……』
しかし幼い子が納得するには、あまりにも時間が足りない。
『坊、そんな声を出さないで。……もう伝えたことでしょう』
『……でも』
『かなり早いですが……時が来たのです』
「…………」
もう、どうにもならない。
聖獣の“天寿”が直ぐそこまで来ている。
『さあ坊。巣立ちの時です』
『……うん……』
元々、聖獣ディアンサスは病に伏せっていた。病こそ治りはしたが……削られた命が回復する事は無く、穏やかに過ごせたとしてもそう長くは生きられなかった。
そんな時に悪魔に襲撃された。聖獣ディアンサスは残り少ない命を燃やす事を決め、逃れられぬ自らの死を受け入れ我が子を逃がした。
本当なら親子共々悪魔に殺されていた筈。それをセーギの存在が救った。
この時間は、きっと奇蹟なのだ。セーギは最後になるであろう親子の語らいに水を差さぬよう黙して座す。
『我の魂に刻まれた約定に従い、坊に『名』を授けたいと思います』
『…………』
成長したフォーチュンムースが巣立つ時、子は親から名を与えられる。それは重要な意味を持ち、彼らは代々それを掟として“命”を後世に繋いできた。―――一子相伝の契り。
聖獣の身体が光る。
それは魔力や能力によって発せられる光ではなく……肉体が光その物へと転じている。
『―――セーギ様。先の発言を翻すようで申し訳ないのですが……お願いがあるのです』
「はい。何ですか?」
早過ぎる別離にみまわれた親子、そんな彼等の力になれるなら……セーギはそんな思いで応える。
聖獣ディアンサスはセーギの思いを感じたのか、穏やかな声で願いを言葉にする。
『この子に名を、付けては頂けないでしょうか?』
「名前……俺が、ですか?」
『その子は数奇な運命を宿して産まれてきました。だから……貴方との出会いもきっと、運命だったのでしょう。……勝手な願いだとは理解しています。ですが―――』
聖獣が肉体が昇華されていく。結び目が解かれるように、存在その物が世界へと還元されていく黄金の輝き。セーギは瞼が熱くなるような輝きを赤い目で見詰め、そして―――
「わかりました」
セーギは承諾し、そして腕の中に居る子鹿へ目を向ける。俯いたままのその子に。
「……君もそれで良いか?」
『うん……セーギが付けてくれるなら』
「わかった。じゃあ、そうだな……―――」
セーギは聖獣ディアンサスを見る。その姿は天地へ溶けるように、花弁が舞うような黄金の光で世界を彩る。
名が決まる。
「聖母の黄金」
子の為に病を乗り越え、命を賭して戦ったその尊き姿。そこにセーギは“母の愛”を見た。
「貴方の生き様、そこから故郷にあった花の名からとって『マリーゴールド』」
『……成る程』
「……駄目、ですか?」
『いいえ』
聖獣ディアンサスはセーギの自信なさげな言葉に首を横に振って答える。そうして聖獣は我が子へ黒く澄んだ目を向ける。
『良き名。マリーゴールド。その名が今から坊の名です』
『……ディア』
泣きそうな顔で聖獣ディアンサスを見る子鹿……マリーゴールド。
セーギは腕の中からマリーゴールドを地面へと降ろしてやる。そうすると怪我で動かしづらい後ろ脚を引き摺るようにしながらも懸命にディアンサスの元へと近付いて行く。
健気な我が子へ聖獣は顔を寄せる。
『私は精霊と成って貴方を見守り続けます。マリーゴールド』
『うん』
マリーゴールドも俯いていた顔を上げ、しっかりと目と目を合せた。
『次に私が貴方と会えるのは、貴方が精霊と成る時です』
『……うん』
『貴方のもたらす縁が光で満たされんことを』
『……っ……うんっ』
母の口付けが額に落ちる。黄金が一際強く輝き、マリーゴールドの頭部に白銀の光が宿るように輝く―――それが契機となり、聖獣ディアンサスの肉体が足下から砕けるように散っていく。
『セーギ様。この度は本当にありがとうございました』
「……いえ。俺も……ディアンサスさんに会えて良かった」
舞い上がる命の花に包まれながら、優しい目をしたディアンサスにセーギは微笑みを返す。
セーギは孝行する事も無く両親と死別した。だからこそ、この親子の為に少しでも力になれた事が彼にとって自身さえも救われたように感じられた。
『ディア。ボク、頑張るから』
マリーゴールドは消えゆくディアンサスを見上げる。その額には小さな芽生え……銀の角の兆しが生まれていた。
その角こそが代々継承されてきた力の象徴であり……そして親から子へ伝えられた愛の証。
『……ええ。精一杯、強く、生きるのです』
黄金が視界を埋めるように舞い上がる。
光が天へと昇っていく。それは木々を越え、空に光の道を標すように煌めいてく。そしてディアンサスの身体が完全に散る。
『―――さようなら……私の愛しいマリーゴールド』
最後の言葉が風に溶けるように流れる。
黄金の輝きが消えたそこには―――1本の白銀に輝く大角だけが残された。
『――――――』
マリーはその角に寄り添い蹲る。セーギは目を閉じ黙祷を捧げる……耳に届く嗚咽を静かに受け止めるように。
静かに、静かに、セーギは祈りを捧げた。
この小さな子の未来に幸せが溢れますようにと。
――――――
『……ねえセーギ』
「どうした?」
マリーゴールドはセーギへ声を掛ける。涙はもう止まり、見上げるその黒い目は真っ直ぐ彼の姿を映す。
『ボクも連れて行って欲しい』
「……それって」
『うん。セーギと一緒に居たい』
「…………」
『……だめ?』
突然の申し出にセーギは考え込む。
特殊な事情を持つセーギ、彼がこれから歩む道は普通とは掛け離れるだろう事は想像に難くない。そしてそれは聖獣であるマリーゴールドも同様。
“奇縁”、それが互いを巡り合わせたのか。
「……俺は人が住む場所へ行くつもりだ」
『うん』
「マリーは目立つ。それは避けられない」
『……うん』
「優しい人ばっかりじゃない。それで嫌な思いをするかもしれない」
『…………』
悪意はとても身近で、それは誰の心にも宿りうる。マリーゴールドの特異性はそれを刺激する可能性が高く、狙う者が現れるのは自然。それをセーギはこの幼い聖獣に告げる。産まれて1年も経っていないのに高い知性を備えるマリーゴールドなら理解してくれると考えた上で伝えた。
「……どうする? マリー」
辛い事が待っているかもしれない。それを暗に示した上でセーギは差し出した手を取るかどうかを委ねる。
『ボクは……』
「俺に否は無いよ。だから……君自身の答えが聞きたい」
セーギは静かに問い掛ける。本当にそれで良いのかと。人の中で生活できるのかと。
その問いにマリーゴールドは―――
『ボクは……一緒が良い』
向き合い、答えを出す。
「……うん。わかった」
答えを聞いたセーギはその気持ちを尊重する。自分の気持ちも大事にして。
セーギはマリーゴールドの幼く小さな体を抱き上げる。
「じゃあ一緒に行こうか。……マリー」
『マリー?』
「ああ。愛称って言えば良いかな……もしかして嫌だった?」
『ううん。マリーゴールドのマリー。良いと思う』
「そうか。なら良かった」
腕の中で見上げてくる黒い瞳と薔薇色の瞳が交わる。
「俺もさ、一人より誰かと一緒に居る方が嬉しい」
『そうなの?』
「うん。だからさ……俺と“友達”になってくれないか?」
『……とも、だち』
「そう友達。それに……一緒に旅をする仲間にもなってほしい」
『……友達で、仲間』
腕の中の温もり。それに目を細めてマリーは頷く。
『なる。セーギの友達になる』
「本当に? 良かった……」
セーギは微笑む。
「一人は寂しいから、マリーが一緒に居てくれると嬉しいよ」
『うん。これから一緒』
「ああ。よろしくな、マリー」
『うん』
友達で仲間。お互いにこの世界で初めての関係を築いたセーギとマリー。種族も在り方も何もかも違うが……それでも結ばれたこの関係は本物だった。
『―――そうだ』
マリーは自らの鼻先で白銀の大角を指し示す。それは聖獣ディアンサスが遺した形見とも云える物。
『セーギ。あれを受け取って』
「……良いのか? 俺が貰っても」
『うん。セーギが貰ってくれたらボクもディアも喜ぶ』
セーギは片腕でマリーを抱え直すと空いた手でその美しい大角を掴み取る。
「ありがとうマリー。大事にするよ」
しっかりと握る。離さないように。
『うん。それはセーギの思った通りに使って』
「……難しいな。ゆっくり考えるよ」
『売っても良いよ?』
「……いや……それはちょっと」
流石に売るのはどうかとセーギは頬を引き攣らせた。……何気にマリーは人間社会と云う物を理解しているとその言葉から察せられた。
(―――さて。これから先、どんな事が待ってるのか)
そうして歩き出す青年とその腕に抱かれた聖獣の子。
空高く昇る太陽は草木を透かして二人の姿を照らす。その道行きを遠く遠く、遙か先まで照らし出すように。
白銀の大角が陽光を浴びて美しく輝いた。
――――――
名:マリーゴールド・ディアンサス
種族:フォーチュンムース
性別:―――
年齢:0.5
レベル:15
スキル:破邪、言霊、放電、発火、吉兆の天秤、奇縁、原初魔法(未熟)
称号:玉錦の霊獣、聖獣、【―――】の友
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