124.白日
学園に張られた結界は定められた基点で繋がり合い、相互に影響を与えて強固な守りとしている。 要地である中央の主塔を中心に星の巡りと地脈の流れに沿い建築された基点施設。これで展開された結界によってこの学園に通う生徒達は安全な環境下で高度な教育を受けられている。
「―――ふぅ」
主塔、その心臓部。台座に収められた核に手を当てて魔力を流していたルミーは自身が施していた作業が無事に終了した事を確認すると手を離すと共に魔力を切って一息吐く。
ルミーが行っていたのは結界術式の書き換え。
既に書き換えが終わっていた各所基点と連動してコアが再構築された術式に従い新たな結界を張り巡らす。より強固に、少ない負荷で最大の効果を、結界を隙の無い難攻不落な障壁へと生まれ変わらせた。
「これで外から大悪魔級の脅威が攻めてきても易々と突破される事は無いでしょう。有事の際には避難や対策を採る時間を稼ぐには十分だと思います」
「いやはや……流石は守護に関しては右に出る者が居ないとまで称えられるエショルディア様。見事な腕前でございます」
それら一部始終を見学していた学園長は感嘆と共にルミーを称賛する。しかしルミーは首を横に振った。
「いえ、これは私一人の力ではありません。皆さんの、ここに居る聖女達の協力が在って初めて可能だった事。私は彼女達の力を借りて為しただけに過ぎません」
ルミーはこの場に同行した仲間達こそが称賛されて然るべきだと伝える。
「そうでございますか。……なれば今一度皆様に感謝の意を」
学園長は端で控えていたシータ達へ向き直り頭を下げて礼をすると、それに対して彼女達もそれぞれ謙遜するように返事をする。
そうしていると……ゴーン……ゴーン……と、授業の終わり知らせる鐘が鳴り響いてくる。主塔の最上階に設置された鐘が魔法によって指定された時刻に鳴らしているのだ。
腹の底に響く振動が主塔に居る者達を震わせる。
「……ふむ。皆様、この後少し時間を頂けますかな?」
「ええ。今の私達には急ぐ用事は有りませんが……何か御用でも?」
「会ってもらいたい方が居るのです」
学園長は学び舎へ目を向けると言う。
「生徒会に籍を置き名実共に生徒の頂点に立つ彼女……ボレアス嬢へ」
口にした名はよく知る物、シータやルミー達がこの学園で接触を図ろうと考えていた相手。
「それはもしや、アネモネ様?」
アネモネ・ダラニ・ボレアス。この学園に通いながら“聖天戦乙女”へと列席、“嵐轟浄翅”の二つ名を冠されたこの世界での最高戦力が一人。
学園長はそのアネモネと会って欲しいと彼女達に願う。
「こちらとしても彼女と会いたいと考えていましたが……」
「それは良かった。皆様から連絡が有った時から話しを聞いていたボレアス嬢は会える時を心待ちにしていましたから」
「そうだったのですね」
ルミーは相槌を打ちつつ、シータから以前聞いたアネモネとの話しを思い出す。
(シータちゃんに会いたいのでしょうか? 話しを聞いた限りでは仲良くしたそうに感じましたし……)
シータにアプローチを掛けていたらしいアネモネ。だが如何せんシータ本人がそういう友人関係を築くのが不得手な者であった為に空振りに終わっていた。
そんな事など露知らず、シータはのほほんとしている。
「アネモネさんも会いたがってるなら話しが早そう。これでこっちのお願いを聞いてくれれば嬉しいんだけど」
「…………」
「……ルミー? どうしたのそんな目で見て」
「いえ、別に」
アネモネが最も会いたいと思っている張本人がこの調子。ルミーは内心で「まあシータちゃんだし」て済ませる。会ったら会ったでその時に間を取り持てば良いと結論付けたのだ。
「では今彼女が居る場所へ案内します。どうぞ此方へ」
学園長がそう言って先導する。
「じゃあ行きましょうか」
シータはやる気満々と云った様子でルミーに呼び掛ける。
「そうですね。行きましょう」
そうして全員が移動を始める―――その先で遭遇する驚愕の出来事など想像する事も無く。
◆◆◆
授業を終えて寮へと向かう途中でナーダはサクラへ言う。
「そういえば兄ちゃん達が来てんだよな?」
「うん、先生として居るみたい。……噂になってたし」
「あー……メスラも耳にしたその噂、嬉々として伝えに来たなぁ」
王女の専属侍女であるメスラの名を出したナーダは表情を苦くする。それを感じ取ったサクラは「……あはは」と乾いた笑いを漏らす。
「あれもセレネ様の作戦らしいから……頑張ってねナーダ」
「……作戦達成前に俺の精神が参る」
肩を落としてどんよりした空気をまとうナーダの背中をサクラは慰めるように撫でてやる。
「大丈夫だよ。私が傍に居るから、ね?」
「……サクラ」
和やかで花の蜜のように柔らかな甘さが2人の間で流れる―――そんな時だった。
「こんにちは御二方! 皆のナーダちゃんが来ましたよ~!」
件の『ナーダちゃん』が現れた。
ナーダの目が据わりサクラの頬が引き攣る。
「……周りに人が居なくてもそれで通す気か?」
「いやん、お兄ちゃんったら可愛い妹が会いに来たのに連れな~い。ナーダちゃん怒っちゃうぞ、ぷんぷん☆」
「俺と同じ顔で止めろやッ!」
ナーダは顔を青褪めさせ鳥肌を立てて怒鳴る。しかし怒鳴られた『ナーダちゃん』は一切堪えた様子も無くけろっとしている。
「もー。お兄ちゃんもこうして可愛く振る舞えば一気に人気者になれるのにー」
「俺に死ねと?」
「他人から愛される事が世の中上手に生きるコツですから。我が君もそう仰っていますよ」
「……否定はしねーけどさぁ」
生まれ持った特徴の所為で他者から排斥された経験の有るナーダは複雑な気持ちで同意を口にする。生きていく上で愛され慕われると云うのは大事な要素なのである。
満足げに微笑んだ『ナーダちゃん』は踊るようにくるりと背を向ける。
「良いですね、お兄ちゃんは御利口です。……では私は引き続き注目を集めますので、時が来た時はお願いしますね」
「……わかってるよ。その時は任せとけ」
「素晴らしい。……その調子でセレネ様の御期待にも答えてくれる事を祈っております」
―――そう言うと『ナーダちゃん』は軽やかな足取りで2人の前から姿を消したのだった。
「……はぁ……」
そう大した時間では無かったがナーダは疲れたように息を吐く。
「……このまま帰っても暇を持て余すし兄ちゃん達に会いに行くか?」
「そうだね。行こっか」
気を取り直した2人はセーギが居るかもしれない教員棟へ足を向ける。もし居なくても所在を聞ければ良いと考えての行動である。
教員棟へと辿り着いた2人は、セーギが生徒会室へ向かった事を他の教員に教えて貰うとそこへ向けて進む―――とんでもない状況に遭遇するとも知らずに。
◆◆◆
生徒会室の中で客人を待つ人物、付き人である犬獣人のキオネを侍らせたアネモネがそこには居た。
「あうぅ……緊張してきました」
「何でお前が緊張する?」
「だ、だってぇ……これから来る方って聖女様、しかも“聖天戦乙女”に選ばれた方々なんですよね? わ、私、畏れ多くて小屋に籠もって居たい気分です」
「俺も一応同じ聖女だが?」
「アネモネお嬢様は聖女様で在る前に私のお嬢様ですから!」
「……わからん。それなら気負う必要も無いだろうに。その聖女様方やらは私と同格なんだから」
「えー……わかってくださいよこの機微を……」
キオネはしょんぼりしながらアネモネの髪型を弄くる。
椅子に座ったアネモネの後ろに立つキオネは横髪を編み込んで後頭部で纏める。手慣れたヘアメイクはそう時間も掛からず終わり、灰金と新緑の二色に染まる髪は綺麗に整えられた。
「お前はうじうじ悩んでいる時の方が手際が良いな」
「……え? それって褒めてます?」
「わざと困らせてやる程度には」
「わざ、と? ―――もしかしてわざと私を振り回してたんですか!?」
「ああ」
長年仕えてきて初めて知った驚愕の事実にキオネは目を剥く。逆にアネモネは悪戯が成功した悪ガキのようにニマニマと笑みを浮かべる。
「お前は可愛いな。ほら、骨をやろう」
アネモネは何処から取り出したのか鳥の骨をキオネに渡す。
「わーい。ガジガジ……って何やらしてんですか!?」
初めは喜んで骨を囓っていたキオネだが我に返るとアネモネに向かって怒る。
「こんなので機嫌が直ると……じゅるっ……思わないでください!」
「どの口で言ってる」
涎を垂らしそうになっている従者を心底面白そうにからかうアネモネ。
「涎を拭いたら茶でも用意してこい」
「うぅ……わかりました。そうします」
主の指示に釈然としない気持ちを抱えたまま垂れた涎をハンカチで拭ったキオネは来客用のお茶を煎れる準備を始める。薬缶に水を溜めて加熱機具に置き魔力を通して熱湯を作っていく。
「……そう言えば風の噂で面白い教師が来たと耳にしたな」
「教師、ですか?」
新たな話題がアネモネの口から出た事でキオネの手が一旦止まる。
「臨時らしいが……かなり手練れのようだな」
「手練れですか? 臨時教師と云えば以前一度来てくれたラクーシュマ先生も強かったですよね。冒険者でエルフの。格好良いですよねー。恋人とか居るんでしょうか? 私もああいう素敵な人と付き合ってみたいです」
「…………」
アネモネはキオネの語りを聞き流すと主題を戻す。
「……その手練れの男だが、どうやらシータと面識が在るだけで無く……親しい間柄のようだ」
「――――――」
キオネは今までの比で無い程に驚愕を顔に貼り付ける。
「し、親しいって……あの“光翼剣聖”シータ・トゥイーディア様と!?」
「ああ」
「“守護聖壁”ルクミニー・エショルディア様と仲が良すぎて実は2人は恋愛関係なのではと巷で噂に成ってたシータ様と!?」
「ああ……?」
「実は恋愛に興味が無くて剣の道を究めようとしているだけと噂のシータ様と!?」
「……お前はいったい何処からそんな変な噂を拾ってくるんだ」
アネモネは少しばかり市井に流れているシータの人物像がどうなっているのか気になったが……話しが逸れるので深く聞くのは止める事にした。
「まあいい。それでその教師なんだが、個人的にどれだけ強いのか興味が有る」
「え? はぁ……?」
「なのでシータと話しをした後、喧嘩でも売りに行こうかと考えている」
アネモネが何気無く言った言葉、キオネはそれを理解するのに時間を要した。
そしてキオネは今日何度目か分からなくなってきた驚愕に陥る。
「……ぅえええええええッ!? 先生に喧嘩売るって何言ってるんですか!?」
「言葉通りだ。相互理解には殴り合いが一番だろ」
「女の子の発言じゃないッ」
物騒極まりない。
有事の際はこれ以上無い程頼りになるアネモネであるが平時で在っては問題の種でしかない。しかもそんな時に限ってアネモネはとても良い顔をする。普段から傍に控えているキオネですら見惚れる程。だからこそこの従者は嘆く。
「アネモネお嬢様はどれだけ外見詐欺を積み重ねれば気が済むんですかぁ……」
「ふん。別に好きで女に生まれた訳では無い。何だったら男に生まれていた方が都合が良かったかもな。……TSでも真剣に考えてみるか?」
「てぃーえす?が何かは知りませんが……碌でも無い考えだと云うのは確信出来ます」
キオネは胡乱げな眼差しをアネモネに向けるが本人は素知らぬ顔。しかも内心で「TSと言えばウスユキが居るな。……あれが心身共に男だったら及第点だったんだが……」などとウスユキがもしこの場に居て聞いていたなら表情を顰めそうな事を考えていた。
「ふっ。今年の学園祭も退屈だと思っていたが……これだけ役者が揃えば存外愉快な事になりそうだ」
「……毎年つまらなそうな顔してましたもんね、アネモネお嬢様」
「祭りと言うが所詮学生の児戯。俺を楽しませるならせめて碧鋼クラスの冒険者でも呼んで戦うぐらいでなければ」
「……ぐらいはって、実際にやりましたよね」
なまじ戦闘力と権力を兼ね備えているのが厄介である。同格に近いのはエショルディア家に属するルミーだが彼女は貴族としての地位を半ば放棄している。血縁というしがらみに繋がったままの彼女を思えばアネモネはかなり好き勝手に振る舞っている。これは本人の気質的な問題であろう。
「悪くは無かったが……やはり勇者と同じで今一つだった。やはり勝つと分かりきっていたからだろうな」
「……あの方々相手にそう言えるのは本当に、本っ当ーにっ、極めて限られた特殊なお嬢様みたいな人だけですからね? あれ以降露骨にお嬢様へ色目を使っていた人が減ったんですよ?」
「情けない。私より強くなろうという気概を持った男が居ないとは」
「…………」
キオネは心の中で「理想が高過ぎて婚期を逃す人みたい」と思ったが失礼なので口に出す事は無かった。どうせ時が来れば聖女の務めとして勇者の誰かと番わなければならないのだ。
「……まだ猶予は有りますけど、実際問題そろそろ良い人を見付けた方が絶対良いですよぉ?」
「だからこうして俺なりに殴り合いを吹っかけて男を捜しているんだが?」
「い、異文化交流……」
アネモネの言い分にキオネは気が遠くなる。
最低でも自分より強い男が良いから喧嘩を売って確かめる。一体何処の蛮族出身なのかと言いたくなる発言。
(神様、どうかアネモネお嬢様に良い人を見繕ってください。強くて出来れば落ち着きの有る優しい殿方を。……居るわけ無いじゃないですかそんな人ぉ)
自分で思いながら自分に否定を入れるキオネ。悩みの種から芽が出てしまいそうな気持ちを覚えつつ―――キオネは戸が叩かれる音を耳にする。
生徒会室の戸、その向こうから来訪者の声が響いてくる。
「アネモネさん、居る? シータだけど」
「 ! 」
その声を聞いたアネモネは待ってましたと言わんばかりに表情を輝かせる。
「ああ居るぞ! 今扉を開ける! ……キオネ、開けてやれ」
「は、はいっ」
今日一番の笑顔……男性相手では決して見せた事の無い嬉しそうな表情を浮かべる主に若干引きつつもキオネは言う通り来客を招く為に扉を開ける。
「ようこそ―――」
戸を開けた瞬間、キオネの意識は飛びそうになった。
「ありがとう。……確かキオネさん、だったっけ? 久し振り、で良かったかしら」
「――――――」
礼と共に挨拶をしたシータ。その傍には無論、ルミーやウスユキ、ロベリアにディアンサスも居た。
最上位聖女の集団を間近で垣間見てしまったキオネ。彼女はその神聖を帯びる美貌によって脳髄を殴られたような衝撃を受けてしまい意識を白く染め―――
「キオネ」
「っ!!」
しかしその白痴化も後方から投げ掛けられた主の言葉で解除される。
「あ、あ……ど、どうぞ。皆様を歓迎致します」
「ありがとう。よろしくね」
ガチガチに緊張しながらも職務を再開したキオネに招かれて、シータは微笑んで生徒会室へ足を踏み入れる。
「失礼します」
「どもども。よろしくっす」
「こんにちは」
「……どうもー」
シータに続いて入る聖女達の姿を扉の傍で見送るキオネ。彼女は笑顔を浮かべつつも内心のその動揺は収まる事無く荒れ続けていた。
(……女神。女神様が御降臨なされた)
普段からアネモネの美貌で慣らされていた筈のキオネでさえこの有様。耐性が有るか精神力の強い者で無ければ立ったまま失神してしまったかもしれない。キオネの場合は前者よりの後者である。
「ボレアス嬢」
「ああ、ご苦労だ学園長。もう下がって良い」
ここまでの道案内を任されていた学園長をアネモネは簡単に労うと帰させる。傲岸不遜な態度であるがそれで学園長が気分を害した様子は無く早々にこの場から立ち去る。
扉がキオネの手で閉められ……シータは早速とばかりにアネモネへ言葉を掛ける。
「久し振りねアネモネさん。悪魔討滅以来。御壮健なようで何より」
「其方こそ。こうして又シータに会えた事を喜ばしく思う。……まあ好きな椅子に掛けてくれ」
アネモネは生徒会長の席からソファへ座り直しながらそう伝える。それを受けてシータ達も各々好きなように腰掛けていく。ただディアンサスだけ立ったまま壁に背を預けると指先で髪の毛をくるくると弄くりだす。同じように立ったまま控えていたキオネは泣きそうな顔で主に助けを求める。
「本人が立っていたいならそれで良いだろう。だから貴様も気にするな。……客人に茶を」
「は、はいぃ……」
丁度湯が沸いたようで薬缶から蒸気が吹き上がり始める。そうしてキオネは用意していた道具でてきぱきとお茶を煎れていく。
匂い立つ芳香が室内を流れる。それに合わせるようにアネモネは向かいに座るシータと話しをする。
「あの時は大した礼も出来ず悪かったな。……して、急いで帰還した甲斐は有ったか?」
「ええ。紙一重だったけどちゃんと救われてた。……私こそアネモネさんに後始末を押し付けるようにしてごめんなさい」
「構わん。悪魔の骸など人を動かして処理させるつもりだった。便りにも謝罪が書かれていたが気にする事など何も無い」
細かい事は気にしない。そんなアネモネの言動にシータは笑顔を向けて礼をする。
「ありがとう」
「…………」
「……? アネモネさん?」
目を細めてじっと見詰めてくるアネモネにシータは首を傾げる。何か在ったのかと疑問を覚えた時……アネモネはシータに言う。
「……シータ、貴様……少し見ない間に綺麗になったか?」
「え?」
アネモネは自分の顔を指差しながらシータの変化を指摘する。
「肌艶や表情の違いか、それとも別の理由か……今の貴様は以前よりも美しくなっている」
「そう、なの?」
シータは隣りに座るルミーへ顔を向けて尋ね、それに対して彼女はにっこりと笑顔を浮かべて答える。
「そうですね。私から見ても綺麗になったと思います」
「そ、そうかな?」
自覚が薄いのかシータは両手で自分の頬を揉むように触る。
「そうとも。エショルディア公爵令嬢……いや伯爵令嬢と呼ぶべきか? この慣習は使いづらい事この上無いな。……ともかく、エショルディア伯爵令嬢の言う通り俺はそう思っている」
「お好きなように呼んで戴いて結構ですよ。私は表向き家から離れた身ですから……それに帝国では広く国を統べる為に爵位の呼称を本質に沿わせているんですよね? だからお気になさらず」
「なら有り難くルクミニーと呼ばせて貰おう。良いか?」
「はい」
そうしているとお茶の用意が終えたキオネがティーカップに注いだそれを全員へ運んでいく。
「お茶でございます。熱くなっておりますのでお気を付けて」
「何だ。煮えた油でも持ってきたのか? ここに居る者がこの程度の温度で火傷する筈無いだろう」
「えぇ……」
アネモネが超人理論持ち出してきてキオネは困惑を露わにする。困った顔をする従者にアネモネはニマニマと笑みを向け、それで又からかわれたのだと気付いたキオネは「むぅ」と唸る。
「仲が良いのね」
シータは主従のそのやり取りを見てそう言う。以前に一度会った時はこうした穏やかな時間を過ごす暇も無く別れたので2人の関係性を知らなかったのだ。
「俗に言う幼馴染みだからな。この俺に最後まで付き合える従者はこいつだけだと思っているし実際にそう扱っている」
「お、お嬢様……」
アネモネから気に入られているとは感じていたが、こうして言葉にされると嬉し恥ずかしな気分になるキオネ。その犬尻尾がパタパタと振られる。
和やかな空気が流れ―――
「それはそれとして」
それが吹き抜ける一陣の風によって掻き消されるように、切り替わる。
「貴様とは以前会ったきりだったが……その時よりも随分、強くなったようだな」
狂気的な笑みで表情を歪ませたアネモネはシータを挑発する。
「…………」
カップに入ったお茶が波紋を作る。制止していた筈のカップの中身を波立たせるのはアネモネから発せられる圧力。
張り詰めた空気が物理的に周囲へ影響を及ぼす。
「俺はな、シータ。……常々思っていた、対等の友人が欲しいと」
「対等?」
「そうだ。俺と対等に戦える、そんな強者を」
アネモネの眦から黒いオーラが立ち昇り、眼球は赤い光を帯びる。身体の周囲を流れる風が圧縮され放電を始める。
「俺は貴様と出会うまで自分こそが最強だと思っていた。……だが貴様を初めて見た時にその考えが間違えていた事を知った。最強は他に居た……貴様だ」
最強を追い求める少女は目の前の最強を眼に映す。
「俺はあの日から更に強くなった。新たな力を得た事でより高みへと。それは貴様も同じ……いやそれ以上の……」
シータが最強であると思い、それを越える為に更に強くなったアネモネ。だがこうして再開して垣間見たシータは想像していた領域へと昇華されていた。
アネモネはそれに憤った―――訳では無い。
「俺と戦え」
喜悦。
「この俺と全力で戦え」
心の奥底で求めていた何か。影も形も掴めなかったそれに一番近い位置に居たのがシータであり、アネモネはその何かを彼女であると見定めた。
目の前のこの最強を降せば……己は真に最強へと至れると。アネモネはその機会が訪れた事に対して脳髄が焼けそうな程の喜悦を感じていた。
「ルクミニーも、ウスユキも、そこの2人も。……強いだろうが俺程では無い。だからシータ。貴様でなくてはいけない」
傲慢とも取れる言葉。だがそれを思い上がりと断ずるにはアネモネが内に秘めた力能はあまりに膨大で強烈。―――それこそセーギと出会う前のシータを遙かに越える力をその小柄な身に漲らせていた。
「……私と戦いたい。それは本気で?」
昂る戦意を真っ正面から受け止めたシータはまるで剣を抜いた時のような怜悧な目を向ける。その態度は不躾に喧嘩を売ってきた相手に怒りを見せたようにも思えるが……実は違う。
シータの口元にはアネモネと同じように笑みが浮かんでいるのだから。
「当然。互いに全力を尽くし、血を滾らせてこその戦い。勝ち負けの決まらない勝負に何の価値が在る? 俺が望むのは最強である貴様を打ち破った先に在る最強のみ」
「……面白い。良いわね」
シータは腰に差した聖剣の柄を撫でる。
「アネモネさん。私、勝ちを譲ってあげる程優しくないけど……構わないわよね?」
「はっ」
挑発に好戦的に返してきたシータにアネモネの笑みは更に深まり―――両腕に黒い魔力武装を展開した彼女は立ち上がる。
「闘争だッ!! 貴様との闘争を礎に俺は最強へ至るッ!!」
最強を追い求める女王は吼える。その威圧はこの部屋はおろか建物さえも震わせ―――
「何が遭った!?」
偶然、このタイミングで生徒会室へ辿り着いたセーギが扉を開け放ち姿を現わした。
◆◆◆
生徒会室へ向かっていたセーギは突如として周辺に発せられ始めた戦意を感じ取り、おっとりと歩かせていた足を疾走へと移す。
(何か問題でも起きたのか?)
尋常では無い闘気に危機感を覚えたセーギは急いで発生源たる生徒会室へと向かう。
「あれって兄ちゃんか?」
「た、多分」
「追うぞ! 掴まれ!」
「うんっ」
そんなセーギの後ろ姿を遠目から見付けたナーダとサクラは、その慌ただしい様子に異常を察知したのか同じように走り出して追い掛ける。速度優先でナーダはサクラを横抱きにして全速力で駆ける。
―――そうしてセーギが生徒会室の扉を押し開け中へと入った。
「何が遭った!?」
部屋の中へ踏み入り戦意の発生源は武装を展開した少女……アネモネとシータだと知ったセーギは「すわ喧嘩か?」と思い両者の様子を伺う。もし仲違いからの争いであるなら身を挺して止めようと考え慎重に状況を見定めようとする。そうしている間にナーダ達も到着したようで開けっ放しの出入り口から覗き込むように顔を出す。
そんな時だった。
「―――ぁ」
セーギの姿を見たアネモネ。
「ぁあ……」
彼女が起こした行動はこの場に居る誰にとっても予想外で驚愕な出来事。そして何よりも―――
「好きいッ!!!♡ 結婚してえッ!!!♡」
頭が沸いていた。そうとしか形容出来ない物だった。




