123.学園到着
あらすじ「恋人が現時点で3人も居るセーギは新たな相手を口説く為、仲間達と共に空路で学園へと向かうのであった」
お待たせしました。本当にお待たせしました。およそ一年振りとなる更新です。
過去の情景。いつか在った穏やかな日々。
『お前はよくアバンチュールがどうたらと口にしているが……』
『ん?』
『それはいったいどんな意味だ』
『あばんちゅ~るの意味?』
『ああ』
黒い甲殻と赤い複眼を持つ怪人……魔王。生理的嫌悪と機能美を同居させた蟲人の王、ハヤテは同胞である人魚の少女へ質問をした。
人魚の少女カレン。彼女はキャッサバ粉を混ぜてもちもち食感にしたドーナツを頬張りながら答えてやる。
『ふっふーん。じゃあこの自慢の妹であるカレンちゃんがドーンと教えてあげましょう!』
『…………』
ハヤテの表情が一気に胡散臭い物を見る目になる。それに気付いていないのかカレンは意気揚々と続ける。
『あばんちゅ~るはね……夏を満喫することなのだよ!!』
『…………』
『青い空に青い海! 白い太陽に白い砂浜! 交わりつつも交わらない2つ! それらが織り成すこんとらすと! 水平線に描く真夏の思い出……それがあばんちゅ~る!!』
『……それって本当に意味合ってるか?』
巨大ドーナツを浮き輪に空中を泳ぐカレンは尾鰭を振って弧を描く。
『もっっちろん! 南極州の凍土さえ溶かす熱情こそがあばんちゅ~るの醍醐味だよ!』
『……調べたら男女の恋愛に関係するって出てきたが?』
インターネットを通じて自力でアバンチュールの意味を知ったハヤテは溜息を吐く。
『おおん? 今カレンちゃんのことバカにした? 裸一貫でマリアナ海溝送りにしちゃうよー』
『AIの俺達に裸もクソも無いだろ。……ええい、ウザい』
ハヤテは背中におでこをぐりぐり押し付けてくるカレンを鬱陶しがるように押し退ける。「むぎゅ」と顔面を鷲掴みにされて押された彼女は両腕をぐるぐると振り回す。
『もーっ! 折角教えてあげたのにちょっと扱いが酷いんじゃない!? 妹への愛が足りてないんじゃない!?』
『愛が欲しいならペオルを当たれ』
『ヤっ! ペオルってば変態だもん!』
『彼奴が変態ならお前は変人だ。……じゃあな。飛んでけ』
ハヤテは翅によって突風を巻き起こすとカレンを空へ向かって吹き飛ばす。
『おそらっ―――』
ドーナツと一緒に上空へと放り出されたカレン。その風は凄まじく彼女の小さな肉体はあっと言う間に高高度へと浚っていく。
『ふぅ……』
ハヤテは青空の果てへ飛んでいき豆粒より小さくなった妹を見送ると、一人夕暮れに沈んでいく〈NSO〉の世界を眺める。
『……アバンチュール。……燃えるような男女の恋愛、か』
情報の海から大量の知識がなだれ込んでくる。
『……恋愛……付き合う……結婚……人生の墓場』
ハヤテは最後に出た言葉に意識が引かれた。
『同じ墓で眠れるのは、きっと幸せな事なのだろう』
墓に入れる肉体を持たないAIは思考する。叶う筈のない夢想を。
『“死が二人を別つまで”。……偽りの永遠に何の価値が在る?』
ハヤテは秘密にしている事が在る。それは同胞であり魂を分けた家族である【NoAS】に対しても例外では無く、その無機質な殻の奥に潜む胸中に抱かれた想い。
収納空間からアイテムデータを呼び出す。それは―――
『正義』
写真。現実での乱麻正義を映した一枚の写真。
一度は異形へと身を堕とし、そして人へと回帰した時に映した一枚の写真。医療用カプセルの内部で眠るように揺蕩う幼い少年の姿。……今では見る影も無くなった過去であり、失われた未来。
ハヤテはその二度と戻る事の無い『希望』を手に地平を見る。
『……俺は……お前と―――……―――』
蟲人の魔王は願い事を声に出す。……だがそれは風に掻き消される程に小さく微かな呟き。誰も知る事の出来ない秘めた想い。
ハヤテは願いを言い切り、手にした写真をデータへ還す。
『いつか、いつの日か……俺がお前と肩を並べる日が来れば……この願いは叶うのかな?』
AIに構築される一つの情景。現実には存在しない物。
この仮初めの平穏から2年後。A.D.2041に乱麻正義が死んでも叶う事の無かった夢の一幕。それをハヤテはAIに映し描き、そして―――〈NSO〉で実装された新フィールドで出現するモンスター『魔人六腕のラーヴァナ』。それを暴風で大量虐殺を行った。
その半年後……ハヤテは自己消去によってこの世界から完全に姿を消した。
◆◆◆
飛行船“雲龍”を用いての空の旅は快適の一言であった。
魔法技術の粋を集めて建造されただけあり離着陸以外での揺れは無いに等しく、飛行中の安定性で見れば二十一世紀初頭の飛行機を凌駕している。……それでも“悲劇兵装”やその技術を転用した車両船舶には流石に目劣りするが。
地球科学は隕石から採取された【Xs】により飛躍という言葉すら生温い進化を遂げたのだから比較するのは間違っているのかもしれない。
四機の“悲劇兵装”を連結させて運用した時の戦闘力は〈円天世界ニルヴァーナ〉へ転生した当初の魔王より高いのだから。
―――そうして空を飛んで四半日。セーギ達は帝国の首都〈グンター〉に有る前世での空港に当たる“降り地”へ無事に到着。そこから更に竜車などを乗り継ぎ、彼等は目的地である〈ドラウプニル帝立学園〉へ辿り着いた。
◆◆◆
その一団は人目を引いた。
それも当然。その中に居る5名の女性達の美しさと云えばまるで天上から舞い降りた女神の如し。その容姿の破壊力を事前に知っていた筈の教師陣や遠巻きに見ていた学生達でさえ息を吞む程。
「短い間ですが宜しく御願いします。結界の再構成と近隣の浄化処置が終わればこの学園に通う皆様も安心して過ごせるでしょう」
「……あ、はいっ。此方こそっ……宜しく御願いします! 昨今では低位ですが悪魔の目撃例も増え……此度の事、非常に感謝しています!」
案内役に選ばれた教師は恐縮した様子でルミーに礼を言う。それに対して彼女は小さく首を横に振る。
「いえ。これも私達の責務であり本望。……感謝なら我らが主に」
ルミーは実家での経験や聖光教会から派遣されて各地で人と話す事が多く、相手方のこうした状態も慣れた物である。ルミーは急かす事も軽んじる事も無くただ柔らかに微笑み相手の緊張を解きほぐす。“傾城傾国”と云う神気を帯びた力は所持者の気質と合わされば他者の心情を誘導する事も出来るのだ。
「では行きましょうか」
「は、はい!」
そうしてルミーは案内されて結界の制御式が置かれた施設へと向かう。その傍らには凜とした気を纏ったシータが控えている。一番気心が知れて連携も得意な2人が伴って歩くのは自然な流れ。そんな2人の後を同じく修道服に身を包んだウスユキが続く。聖光教会に所属する者達で固まった形だ。
そんな3人の後ろを少し距離を置いて歩くのがディアンサスとロベリアである。
「制服の着心地も慣れれば悪くないわね」
「……ロベリア、あんた……目が死んでるわよ」
ロベリアは遠目に見える年若い少年少女の制服姿を自身と照らし合わせ、そして瞳から光を消す。そんな不憫な友人の姿にディアンサスは頬を引き攣らせながら慮る。
一応、この学園に生徒として通う者の中には成人した者も居るには居る。だがしかしロベリアの常識では制服は若人が袖を通す物であると云う認識が強いらしく中々受け入れられないで居る。それでも飛行船での移動中に全員から褒められ励まされた事で若干慣れた(諦めたとも言う)事でこうして表面上は取り繕えるようになった。
前を歩いていたウスユキは顔を後ろに向けると笑顔でロベリアを見る。
「大丈夫っすよロベリア様。お化粧と髪型をちょいちょい弄れば女なんて大概化けられるっすから」
「妖術で骨格から体を弄くってる子に言われても困るのだけど?」
ウスユキは狐耳を手で押さえて寝かせる。都合の悪い事は聞いていないアピールである。
「違いますー。これが私の真の姿なんっすー。当方には虚偽など一切存在しないっすー」
「……時々、貴女が大胆なのか繊細なのかわからなくなるわ……」
先天的性別は男だが才能・妖術・情熱・根性により女体に変化しているウスユキをロベリアは呆れたように見る。
そんな2人の会話にディアンサスは肩を竦めて呆れ気味に言う。
「何でこう“聖天戦乙女”に選ばれるような奴って癖が強いのかしら? 真面なのなんて一人も居ないんじゃない?」
「あら、それって自虐?」
「は? 何? 喧嘩売ってんの? そもそも私は“聖天戦乙女”じゃ無いし」
「でもそれって肩書きでしか無いから結局私も貴女も同じ様な物でしょう? ……それに私達は一応生徒って立場は取ってるけど同時にその“聖天戦乙女”見習いって体で学園に在籍するんだから、どうせ周囲からは一緒くたに見られるわよ」
「…………」
特異な出生により同胞から壁を作られていたディアンサス。彼女はそんな状況を打破するべく森人全体に喧嘩を売って勝利した女。癖が強いと言うならディアンサスも良い勝負、人の事を言えた物では無い。
そもそも本当は学生でも見習いでも収まらない実力を有しているのだから、本当にこの格好は形だけの意味しか無い。……飛行船で移動中にオーズが「……こすぷれ……」と呟いたのを隣りに居たセーギが素早く口を塞いで言わせなかった事も在ったが……幸か不幸か彼女達にはコスプレの意味が通じる事は無かった。
「セーギさんも大変ね」
「……何でそこであいつの名前が出てくんのよ?」
ディアンサスはロベリアに怪訝そうな目を向ける。
「だって私達みたいに癖が強いのを7人も娶らないといけないなんて……大変でしょう?」
「だから私は嫁がないって言ってんでしょ。燃やすわよ」
「……素直じゃ無いんだから」
意地を張るディアンサスにロベリアは溜息を吐く。
……実際の所、ディアンサスはこんな頑なな態度を取っているが近くにセーギが居れば自然と見詰めていたり自分を放って他の人とだけ話をしていれば不機嫌になったり褒められたり好意を伝えられたりした時は微妙にニヤけたり……非常に分かり易い反応を周囲に見せている。
セーギが時間を見付けてはディアンサスを口説いていたのは着実に効果が出ていた。
気付いていないのはセーギとディアンサス本人だけ。寧ろ、見ようによっては「恋人遊び」しているように見えるぐらいである。
―――そうした話題の張本人であるセーギと云えば……この場に居なかったりする。
「……セーギ君、大丈夫かな」
シータは学園の校舎、自分達が向かっている物とは別の棟へ目を向けて想い人の名を呼んだ。
◆◆◆
学園内に建てられている教員棟。その中にセーギは居た。
教師として学園に招かれたセーギは早速この場所で教鞭を執る先達から自身が受け持つ授業の説明を受けていた。
「―――ですので、ラーマ先生には体育……戦闘教練での『監督』をお願い致します」
「わかりました。任せてください」
セーギは微笑みを浮かべて了承する。自信に満ちた態度に見えるが……内心は違う。
(……ヤバい……緊張してきた……)
セーギが誰かに何かを教えた経験などナーダ一人ぐらい。それでこの世界最高峰である学園で先生をやると云うのだから……彼の緊張も生半可な物では無い。
―――セーギが教師として、ロベリアやディアンサスが生徒としてこの学園に来たのには理由が在る。
(この学園には今……悪魔が潜んでいる)
先達の同僚から顔合わせも兼ねて今日にでも担当する生徒を紹介したいと言われ、セーギはそれに従い案内を受ける。
(想定される悪魔は【醜穢なる邪霊】の一体……『渇きのザリチュ』。俺達はこの学園に通う聖女アネモネ・ダラニ・ボレアスと連携してその悪魔を討つ。それがここへ来たもう一つの目的)
その悪魔討伐と同時に行われるのが当初の目的である『アネモネと親しくなる』と云う物である。
(シータと面識が有るらしいから紹介してもらう形で話しを始めるのが良さそうだ。……仲良くなれるかな? 拒絶されるパターンの方が想像しやすいのがなぁ……どれだけ誠実に向き合おうとも複数人と同時に付き合ってる事に違いは無いんだし)
ある意味では最も重要な最上位聖女と親交を深める、その目的に対してセーギは何度目か分からない不安を抱く。
だが悩んでも仕方が無い。当たって砕ける……訳にはいかないが、それでもセーギは誠心誠意を持って事に当たらなければならないのだ。足踏みしている暇は無い。
(オーズは『知り合いが居るっぽい』って言って何処か行っちゃったし……しかもマリーを連れて。……知り合いってもしかししなくても【NoAS】の誰か? 何となくだけど感じるような気がする。心身が十全に成ればもっとはっきり感覚を掴めるようになるのかな?)
マリーの運を当てにオーズは知己を探しに散策を始めた。セーギの魂の欠片たる“心核”から生み出された同胞を。
セーギは低下した知覚によって正確に把握する事は出来ないが、それでもこの帝国領に入ってから何かを常に感じている。その発生源を彼は自身の“心核”から生み出された『家族』であると予想している。
(……別口で学園に入ったセレネやナーダ達とも何処かで合流するだろうし……俺達の方も独自に学園を調査してみようか。情報は色んな面から収集した方が良いだろうし)
セーギは臨時の教師として。シータ、ルミー、ウスユキは教会から来訪した客人として。ロベリア、ディアンサスは生徒として。既に学園内で調査を勧めている王女一行と合流すれば事態は否が応でも進むであろう。
セーギはそんな風に考えながら教員棟の窓から外を眺め―――
「ん?」
変な物を見た。
「……あれは……」
正確には変な者……有り得ない光景。
窓越し。更には距離が離れていようと、今のセーギの低下した能力でも十分目に映せて耳で聞く事が出来る場所で。
『やっほー! 今日もナーダちゃんと一緒に遊ぼう~!』
女物の制服に袖を通し、溌剌とした笑顔を浮かべ、人の輪の中心に居る……ナーダらしき人物をセーギは見た。かなり人気が在るようでかなりの人数を侍らせている。おそらくクラスメイトなのだろう。
「…………」
セーギは黙って目元を擦る。見間違いか幻覚かと考えたのだ。
あの可憐な容姿と反して男らしい少年がまさかこんな……ノリノリで女装して学生の人気者になっているなどと……そんな異常事態など起きている筈が無いとセーギは思った。
『も~。ナーダちゃんは一人なんだからそんなに沢山誘われても困っちゃう☆ 皆仲良くね☆』
「……見間違いじゃ、無い……?」
無駄にキラキラした仕草で媚びを売るナーダの姿にセーギは戦慄する。
少し見ない間に弟子が“男の娘”になっていた。セーギはそんな光景に奇妙な恐怖の片鱗を味わう。
「あー。あれはナーダさんですね」
「……御存知なんですか先生」
案内をしてくれていた教師がセーギに教えてくれる。
「セレネ王女様と一緒に御入学された生徒でして、とても優秀ですよ彼女は」
「…………」
「授業も実技も高い成績を出してますし、短い期間でクラスメイトからの信頼を勝ち取っていますし」
「…………」
「ああして皆の中心で楽しませてくれています。既に何人かの男子から交際を申し込まれている、なんて話しも聞きますよ?」
「…………」
セーギはうんうんと頷き……
「そうですか! やっぱりどんな所にも人の中心になるような子は居るもんですね!」
疑問を投げ捨てた。
ちょっと別の意味で心的衝撃が強かった。見てはいけない物を見てしまった気分だった。この後で合流するのが気まずいぐらいの衝撃。
(……ナーダ。君は何だか遠い所へ行ってしまったんだね……)
師であり保護者の立場も持つセーギは変わってしまった弟子の姿に複雑な思いを抱く。寧ろアレが彼の本当の姿だったのかと考え始め―――
「いやー、あの双子はどちらも優秀で学園としても鼻が高いですね」
「……ん?」
聞き慣れぬ単語が出た事でセーギは明後日の方向へ行っていた思考を引き戻す。
「……双子?」
「はい。……ああ居ました。ほら、あちらの方に。双子のお兄さんのナーダ君が居ますよ」
「…………」
教師が指差す方、ナーダちゃんの衝撃が強すぎて視界から外れていた所へセーギは目を向けた。人の輪から若干離れた、全体を見られる位置で立つのは……男物の学生服に身を包んだナーダ。
セーギがよく見知った弟子の姿はそこには在った。
「……よ、良かった」
「え?」
「あ、いえ。こちらの話しです。お気になさらず」
セーギは安堵した。そこに居たナーダは顰めっ面で『ナーダちゃん』を見ていた。彼の傍には苦笑いしているサクラの姿も在った。
(……良かった。女装に目覚めたとかじゃ無くて。……あれが本物のナーダだな)
そうして胸をなで下ろし……
(いや本物のナーダって何だよ。あのナーダちゃんは何者だ?)
当然の疑問にぶち当たる。
輪の外に居るのが正真正銘ガガナーダと云う鬼族の少年であるならば……あの瓜二つの少女はつまり別人。双子が居るなど聞いた事が無いので赤の他人に間違い無い。
(……セレネが同行させたメンバーの内の誰かが変装している? 何の為に?ってか外見は本当にナーダそのまんまだな。……目の前で女装した自分がきゃぴきゃぴしてるのってどんな気分だろう)
王女一行の誰かがナーダの容姿を真似ていると推測したセーギ。それと同時に弟子の心境を思うと無性に憐れにも感じる。ちょっとした地獄だ。
(……何かわかんないけど……頑張れナーダ)
絶妙に不憫さと愉快さの境界を反復横跳びしているナーダの現状にエールを送りつつ、セーギは先輩教師の案内を受けて再び歩き出した。
◆◆◆
「―――そういう訳で今日から彼、セーギ・ラーマさんは皆さんに徒手格闘と武器術を中心に手解きしてくれます。お若いですが実力はあの“聖天戦乙女”の方々が保証してくれる程の実力者です。くれぐれも失礼の無いように」
運動場の一角に集まった30名前後の生徒達。この学園で特に戦闘力を重視した学科に属するクラスである。そんな彼等に先輩教師は連れて来た臨時教師を紹介し、続けてその臨時教師であるセーギが直接挨拶する。
「初めまして、ご紹介に与りましたセーギ・ラーマです。若輩ではありますが……自分が培った武術が皆さんの将来へ実りを齎す事を願い、その一助に成れるよう努めたいと思っています。皆さんどうか宜しくお願いします」
そうしてセーギは優しく微笑んで小さく頭を下げると、生徒からも「宜しくお願いします!」と元気の良い挨拶が返ってきた。
生徒達の年齢は14~16歳程で高等舎に属している集団であるのが分かる。つまりセーギと然程歳の離れていない少年少女。……そんな若い彼等の興味は直ぐにセーギの見目や素性に移る。
「若ーい」「生徒じゃなくて教師?」「でも“聖天戦乙女”の方々も若いし……そう不思議じゃない?」「ちょっと格好良くない?」「イケメンだよイケメン」「強くてイケメンとか……人生楽勝かよ」「……てか聖女様が実力を保証って、もしかして勇者?」「でも最近発表が有った勇者ってナーダ君だけじゃない?」「あれ? 王国で悪魔殺した勇者って名前出てたっけ?」「でも本当に勇者だったら玉の輿狙える?」「いや“聖天戦乙女”の人が目を掛けてるらしいから無謀じゃない?」「……あー……あの人達と比べられるのは嫌だなぁ」
瞬く間に騒がしくなる生徒達。小声で会話しているとは云えこれが集団ともなれば相応に賑やか。セーギは話しの内容に苦笑を浮かべ先輩教師は溜息を吐く。
「ほらほら。栄えあるこの帝立学園に通う者として相応しい振る舞いをしなさい」
『は~い!』
教師の注意に生徒は返事をすると無駄口を叩くのを止めた。
「……まあ悪い子達では無いので。ラーマ先生、早速お願い出来ますか?」
「はい。俺ならいつでも」
セーギは一歩前に出て生徒達と向き合う。
授業の始まりである。
「……えーっと。皆には事前にこのバッジを配って付けて貰っていたと思います」
そう言いながらセーギは自分の胸にも付けている小さなバッジを指で突く。それと同様の物が生徒達の胸にも付けられており、ピンでは無く糊やテープのような物で貼り付けられたそれは手で強めに引っ張ると簡単に剥がせる。
「早速ですが。……これから君達には自分のバッジを保持しつつ俺のこのバッジを奪って貰いたいと思います」
セーギはバッジを一度手で剥がして頭上に掲げる。
「これの意義は皆の実力を確認する側面が有ります。なので手段は問いません。制限時間は設けていますが何をしても良いです。武器も魔法も全て許可します」
再びバッジを身に付けたセーギは先輩教師に目を向ける。彼の手には制限時間を計る小さな砂時計が有る。
それを生徒達に確認させて、セーギは本題に入る。
「自分のバッジを身に付けたまま俺のバッジを奪う事が出来れば……俺の裁量の範囲で君達の願いを聞いて叶えます」
「……願い、ですか?」
「はい。こう見えて先生は結構顔が広いです。先に説明してもらった通り“聖天戦乙女”の方々……今この学園に来てくれている“剣聖”を筆頭とする彼女と親交がありますし、今現在この学園の生徒として籍を置いている〈アヨーディ王国〉のセレネ王女様やその王家の方々にも顔が利きます。更に〈エリニア連邦国家〉では将来的に重要な地位に付く事も半ば確定しています」
「 !? 」
セーギの説明を聞いて生徒達の目の色が変わる。
嘘か本当かこの時点で判断は出来ないが、それでも今説明した内容の範囲で『願いを叶える』となればその価値は決して安くはならない。
降って湧いた垂涎の果実。それをセーギは生徒達の眼前にぶら下げて語る。
「君達がこの学園を卒業する時、きっと多くの選択肢が用意されているでしょう。……この課題を熟す事はきっとその一助になります」
セーギは砂時計を受け取るとそれを生徒に投げ渡す。それを慌てて掴み取った生徒へセーギは告げる。
「……好きなタイミングで結構。陣形を組むのも魔法の準備も許可する。誰か一人でも自らのバッジを保持した状態で俺のバッジを奪えば……約束を果たそう」
セーギは自然体で立つ。
「用意が出来次第、その砂時計で時間を始めろ」
「……あ、あの……ラーマ先生? ラーマ先生は装備や魔法は?」
「要らない。ハンデだ。俺は素手のみで応戦する」
きっぱり答えるとセーギは手招きで挑発する。
「心配は不要だ。……君達では俺に傷一つも付けられないんだから」
「ッ!」
その発言は生徒達の怒りに触れた。
「……先生。俺達はこれでも一流を目指して日々調練してます。それは侮りが過ぎるのでは?」
「なら証明してみせろ」
セーギは生徒達からの怒りなど何処吹く風。小揺るぎもせず立つ。
「貴様達のその自負が張子では無い事を……俺に示せ」
「……わかりました。覚悟しておいて下さい」
生徒達は迅速に行動して準備を進める。手にした武器類が全て殺傷力の低い訓練用の物なのはやはり躊躇いが在るからか。それでも彼等は今の自分達が行える最善を尽くす。
セーギの周囲に展開する生徒達。相手が一人と云う事もあって囲んで攻める事にしたのだ。魔法使いや中・遠距離武器を使う者はいつでも放てるように待機状態に入っている。
近距離主体の生徒は一息で飛び掛かれる距離で武器を構えて集中していく。魔力や氣力で強化された身体能力は数mの距離など無いに等しくし、故に彼等の控える位置は魔法使い達と並ぶ場所。
段取りとしては魔法を含む遠距離攻撃で畳み掛けてから前衛で一気に勝負を決めるつもりである。
準備を完了させていく生徒達の様子をセーギは満足げに眺め……そしてその時は来る。
「―――行きます!」
砂時計の砂が落ち始める。わざわざ開始の合図を知らせるとは真面目だなとセーギは思う。奇襲・奇策も無しときた。
「ん」
手始めに飛来した矢をセーギは全て掴み取る。
数本の矢は全て片手で握り込められて生徒達の視界に晒される。前後左右から同時に来たのなどお構いなしな振る舞いに生徒達は驚愕する。
「は? え?」「全部掴んだ!?」「狼狽えるな! 次は魔法だ!」
僅かな動揺を叱咤で押さえ込むと、次は待機していた魔法を続け様に発動させる。
火炎。衝撃波。水弾。風刃。雷撃。
様々な属性と性質を帯びた魔法がセーギに降り掛かる。
「ぬるい」
だがそれら全てセーギは徒手空拳で叩き落としていく。
炎は散り、波は掻き消え、水は吹き飛び、風は砕け、雷はねじ伏せられる。そうして拳や蹴りをぶつけられた魔法は消滅した。
「―――ッ!!」
魔力光が舞い散る向こう側から……剣や槍を手にした生徒達が飛び込んでくる。その顔には素手で魔法を無力化したセーギに対しての畏怖が見えたが、それでも彼等は覚悟を決めて攻撃を仕掛けてきた。
「その意気や良しッ!」
セーギは賞賛を叫び―――猛威を振るう。
「がっ!?」「~~ッ!!?」「ぅげえ!?」
掌底、旋回蹴り、掴み投げ。台風の渦の如き勢いで到達が早かった生徒達が吹き飛ばされる。
続け様迫り来る生徒に対してもセーギは迅速に対応する。
「遅いッ!」
「ばっ!?」「どわ!?」「きゃー!?」
予備動作無し。手を添えるようにして放った零距離打撃が生徒を軽々と後方へ弾き飛ばす。まるで砲弾のようにすっ飛ぶ彼に巻き込まれて幾人かが倒れる。
「隙有りッ―――はぁああ!?」
背後から大剣を振り抜いた生徒……だがその刀身はセーギの体を擦り抜けた。霞を斬ったような手応えに混乱する彼へセーギは目も向けず蹴りを当てて倒す。
「……え? え?」
特殊な緩急によって目測をズラしつつ最小限の動作で高速回避した事でまるで擦り抜けたように錯覚したのだ。遠目から観察していた生徒もその光景には愕然として立ち竦む。
「―――戦場での迷いは致命的だぞ」
「……ぁ……」
魔法も唱える事が出来ず立ち竦んでいた生徒の肩を背後から叩くセーギ。
「君で最後だよ」
「……あれ? ……え?」
いつの間にか。本当にいつの間にか……両の足で立っていたのはその生徒一人になっていた。
その生徒が周りを見れば転がされていたクラスメイトが起き上がる所で……その全員がいつの間にか自分達の胸からバッジが無くなっている事に気付く。
「……っ!?」
信じられない光景に息を吞む。最初の攻防以降、セーギが一体どう動きどうやって全員を制圧したのか全く感知出来なかった。
「はい、お終い」
セーギの足下にジャラジャラと音を立てて大量のバッジが落ちる。その中には最後の一つも含まれていた。あの攻防の片手間で生徒から捥ぎ取っていたのである。あまりの早業に生徒達がバッジを奪われた事に気付いたのは全てが終わった後。
「時間は……余ったな」
セーギが砂時計に目を向けるとその砂はまだ落ちきっていなかった。
「…………」
呆然とセーギを見遣る生徒達。その隔絶した実力に声も出せない。そんな彼等へセーギは最初に見せた優しい微笑みを浮かべる。
「取り敢えず目標とするなら制限時間まで粘れるようになる事、かな? 皆が今以上に強くなるよう先生が鍛えてやる。宜しくな」
―――互いの実力を確認する為の遊戯を終え、セーギは残りの時間を普通に技術を教える授業に当てた。
その中で知り得た幾つかの事柄にセーギは意識を向ける。
(強さに主眼を置いたクラスだけあってある程度の実力は有る。平均的な兵より余程強い……強者に片脚を踏み込んだ、レベル100前後ぐらいか。中には150を越えてるっぽい子も居るし将来有望だな。流石はエリート)
そこまで考えて苦笑する。
(……だからこそ一部の、俺やシータ達みたいな超越者の異常さが浮き彫りになるな。同じ生物の括りでここまで差が出るのは冷静に考えると恐ろしい)
それこそ大人と赤子の差……その範疇すら容易く飛び越えてしまう。象と蟻よりも酷い。何故ならレベルが400を超えた時点で常人が普通の刃物で攻撃しても薄皮一枚斬り裂けなくなるのだから。
……今のセーギはスキル使用不可と自己存在の不安定さで極めて弱体化している。
現在の総合的な能力は準英雄にも届かない、聖騎士や祓魔騎士のレベル250前後。身体能力だけでそのレベルに届くのは驚異的であるが……それでは強い獣と変わらない。だからこそ対応する側からすれば御しやすいのが常識。故に、現在のセーギと生徒達のレベル差であれば良い勝負が出来た筈である。そうした観点からバッジを取る事も不可能では無かった。
―――だが蓋を開けて見れば結果は一方的な蹂躙。生徒達は為す術も無くセーギに平伏す事となった。……それもこれも彼が前世で培った技術とセンスが異常であったに尽きる。
いったい何処の世界に『細胞単位』で肉体を自律稼動させられる生き物が居ると云うのか。……それをセーギの特異性が可能としてしまった。
“殺戮兵器”だった時の経験がセーギという生物を生物の枠組みから外し、彼を理外の強者たらしめていた。
「力の移動はスムーズに。最適な動きを心掛けろ。……うん、良い感じ。今の動きを忘れず反復、体に馴染ませて」
「はい!」
生徒達が武器を構える姿勢や一連の攻撃動作にセーギは個別に指摘を入れていく。時には手を出して微調整を加え最も適した動作へ誘導する。
一度の授業、短い時間の矯正……たったそれだけで生徒達の動きは目に見えて良くなってきた。これには彼等自身が驚く。
紙一重。一髪。そんな視認すら難しい些細な誤差である筈のズレを矯正しただけで肉体性能が段違いで発揮される。
「す、すごい……」「全然違う」「しっくりくる」
見違えた自らの動きに感動と快感すら覚えている生徒達にセーギは伝える。
「いいか? その動きはあくまでこの安全に、時間を掛けて、しっかり安定させた状態で使える最適。それを実戦でどれだけ扱えるかが今後の課題になる。出来る出来ないで雲泥の差、ここからどれだけ伸びるかは君達次第。でも……」
授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。
「俺は君達が強くなると確信している。必ず強くなれる、君達の努力はしっかりと実を結ぶ。……だからこれからも頑張るように。お疲れ様」
その言葉で締め括るとセーギはこの授業を終わらせた。
この授業だけでセーギは生徒達から信頼と尊敬を勝ち取り……ついでに一部女子生徒からの恋慕と男子生徒達からの嫉妬も同時に受ける事となった。




