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122.リヴァイアサン怒りの鉄拳。エロスは世界を救うbyペオル

 



 ◆◆◆




『―――緊急事態―――緊急事態警報―――』


 帝国の首都〈グンター〉にその発令の報が届いたのはセーギ達が雲龍に乗る三日前の昼頃であった。


 問題が発生したのはとある港町。西大陸と東大陸の海路を結ぶ要所であるその港で緊急事態が確認された。


 発令された警戒レベルは『第一級災害』指定。

 これは以前〈アヨーディ王国〉の首都である城塞都市に襲来した『オークの軍勢』に匹敵する警戒レベルの一報である。

 近隣の街に住む住人は避難を強制し、全軍で迎え撃つ必要がある脅威。

 恐るべき悪魔(デーモン)の長達である【醜穢なる邪霊(ダエーワ)】やそれに比する邪龍が出現した時に発令される『特級災害』に続く人類の危機である。



 警報の原因、それは―――海路に突如として現れた『巨大な海竜』。



 海を引き裂くように港町へと進む海竜。小型の竜種ですらその頑強さと高い魔力で脅威となるのに、その海竜はまるで津波がその形へと変じたかのような圧力で以て突き進んでくる。

 全容の把握が困難な程に巨大な身をくねらせながら海竜は一直線に向かってくる。これが町に辿り着けばどれだけの被害が齎されるのか……想像するだに恐ろしい。


 危機が刻一刻と迫る。―――そんな報を聞いて黙って待機していることなど不可能な者が居た。


「―――何が現れたか。……そんなことは関係無い」


 『風の翅』を背中に顕現して飛翔する少女が一人。周囲一帯の大気全てをねじ伏せる羽音を立てて彼女は一筋の矢と化す。


「寄こせ。戦いを。……俺が最強に辿り着く為の」


 小柄な少女に似つかわしくない強い男言葉を発する『聖女』は不敵に笑う。


「さあ、学園祭前の座興といこうか」


 少女の翅で圧縮された空気が炸裂する。


 加速。


 音速を超えて超音速へと届いた力の塊は目的の地へ向かって世界を貫く。


「闘争だッ!! 全て俺の礎となれェッ!!」


 少女―――アネモネ・ダラニ・ボレアスは吼える。その雄叫びは正に『暴風の王』の如しであった。




 ◆◆◆




 ―――そうして現場に到着したアネモネは目を点にする。


「は?」


 迫る海竜の脅威。それで港町はパニックになっていると想像していた。だからアネモネは到着次第、自身の声を魔法で拡声して不安に怯える住民達を安心させようと考えていた。


 ―――結論から言うとその必要は無かった。


『はーい! じゃあ次は『流れるプール、渦潮バージョンを』やりまーす! ぎゅ~~ん、ぐるるるるるる~~!』

「きゃはははは!」

「わーい!」

『お客様は浮き輪からお手を離さないようお願いしまーす! あっはははははは! 私今! 一夏のあばんちゅーるを満喫してる!』


 笑い声。子供が無邪気に遊ぶ声が響く。

 大勢の子供が海辺で遊んでいる。楽しそうに。町一つ滅びる危険のある第一級災害警報が発令されていたにも関わらず。未曾有の超巨大海竜襲来という脅威が間近に在るというのに。


 ―――と、云うより……遊びの中心に居たのが(くだん)の海竜であった。

 海竜が一番騒がしく遊んでいる。


 沖合には海竜の魔法によってか海水を固定化して作った即席巨大プールが存在し、そこで大勢の子供やその家族が遊んでいる光景が広がっている。その巨大プールの周りを海から顔を出した海竜が遊泳して人工的な海流を作り出しプールで遊んでいる人々を更に楽しませている。


 ……のどか。とてものどかな光景だった。

 危機の欠片もそこには存在しなかった。


 海竜。手足の無い海蛇のような体には美しく流麗な蒼碧(あおあお)しく光る鱗が備わり、その内で脈動する筋骨はそんな外見の美麗さと反して荒れ狂う嵐の海を感じさせる。もし一度牙を剥けば小さな人間など羽虫を潰すより容易く殺せるであろう絶対存在。


 そんな海竜は船一艘ぐらいなら丸呑み出来そうな大きな口を開いて笑う。誰よりも楽しそうに。


「…………」


 アネモネは困惑しながらも、実際に自分の目で確認した海竜から敵意や害意のような物が一切感じ取れないことに気付くと戦闘態勢を解除する。威圧的であった風の翅はヴェールのように嫋やかに変わり、少女の体を沖を一望できる桟橋の端へとゆっくり降下させる。


『ふっふ~ん。じゃあ最後に私のとっておき! 私の背中を使った世界最長ウォータースライダー……私の名を冠した『リヴァイアサン・ダウンフォール』を披露するよ~~~!!』

「わー!」

『全長5㎞! 体重は乙女の秘密♡ ウッキウキワックワクの海竜滑り台を一緒に楽しも~~~う!!』

(……デカ過ぎだろ……)


 アネモネは五㎞以上も体躯が有る生物など寡聞にも聞いたことがなかった。しかしこうして目の前に存在しているのだから世界にはこんな生き物が潜んでいたのだろうと納得しておく。その知能も会話が可能な観点から相応に高いと判断し、無闇矢鱈と人が住む領域へ攻撃を仕掛ける気狂いな低脳モンスターではないと理解する。

 海竜はとても友好的だった。あれが海竜の素であるとアネモネは直感でわかった。


「……戦いは無しだな……」


 笑顔が溢れるこの場所でいきなり暴れ出すほどアネモネは無粋でも恥知らずでもなかった。あの陽気な謎の海竜は敵ではないと判断したアネモネ。彼女はギルドにでも寄って連絡機器を借り〈グンター〉に警報を解除してもらうよう考え始めた。もしかしたら入れ違いで報告が届いた可能性も有るので急ぐ必要も無い。アネモネは消化不良気味な闘争心をあっさり手放して海に背を向けようとした―――


「ん?」


 ―――その時に『それ』がアネモネの目に入ってしまったのが、海竜にとって不幸だった。


「―――あ」


 アネモネは見付けてしまった。

 停泊している船。

 その船はよく見知った船であった。


 船の名は『微風の女帝(ブリーズエンプレス)号』。


「…………」


 それの所有者はボレアス家当主、つまりアネモネの父親であり……父が娘の15歳に成った祝いに贈った大型貨客船であった。

 名称に付いている『微風(そよかぜ)』とは、娘が少しでもお淑やかで大人しい女性に成って欲しいという親心が込められており……それを聞いたアネモネは苦み走った表情をした。


 それでもプレゼントは素直に嬉しかった。

 小言付きではあったが……そこには確かに親が子を思う愛情が存在したから。


 照れ臭くて素直に礼は言えなかったが、アネモネはこの『微風の女帝』を気に入り有効的に運用した。

 人を雇い乗せ、西大陸と東大陸を繋ぐ海路を往来する一隻とした。

 一年にも満たない期間しか海を渡っていないが、それでもこの船は大勢の人々の生活の一助として根付いていた。アネモネは航海が順調なのを耳にする度、強さばかり追い求めている自分とは違い平穏に海を往く『微風の女帝(もう一人の自分)』の姿が思い浮かび可笑しな気持ちになり……穏やかな気持ちになった。




 そんな家族の想いや愛着が詰まった微風の女帝(ブリーズエンプレス)号、それが―――『大破』していた。




 大破していた。


「…………」


 右舷中央下部には何か『巨大な物』がぶつかって出来た破損が有り、現在は魔法によるコーティングを施して応急処置することにより浸水を防いでいるが……普通なら沈没一直線の破壊である。

 破損箇所はそれだけではない。海上からでも薄らと窺える水中に存在する舵、それも見事にへし折れている。

 そうした大きな船体の歪みが船の背骨でもある竜骨に多大な負荷を掛けることに繋がり、その竜骨は各所に芯まで達する罅が刻まれていた。


 ―――結論から言うと、船としては完全に死んでいた。


「……ふ……ふふ……」


 アネモネは自身が操る風を使って船を隅々まで確認し、そうした船の状態を瞬時に把握した。

 ……把握……してしまった。



 ――――――



『―――ぎゅーんぎゅーん! ……ん? あれー?』


 遊びを満喫していた海竜。その眼前に―――風で浮遊する小さな影が現れる。その影の正体は少女であった。


『誰ー? 君も一緒に遊びたいのー? 今ならスライダーは0分待ちで~す!』


 海竜は暢気に声を掛ける。目の前の少女……アネモネが据わった目をしているのに気付かぬまま。


「…………」


 アネモネは親指を立てて大破している船を指す。


「……あれ。壊したのお前か?」


 その発言は適当に言ったわけでは無い。根拠が有る。

 船の破損箇所には『海竜の魔力』がこびり付いていたのである。


 ―――世界に存在する全ての物には魔力が宿っている。それは七種の属性に大別が可能であるが、個体ごとに違いが有る。例えば同じ生活・食事・経験をした双子が居たとしても、宿す魔力は相似にはなっても同一には決してならない。


 ……逆説的に、魔力が同一であるのならそれは『同一存在』であるという意味でもある。


 ―――そうしてアネモネに尋問された海竜は一瞬だけ硬直する。そして目が泳ぐ。


『……え、えへへ~……』


 気まずそうに笑う。そして海竜は頭をくねらせてアネモネの問いに答える。


『……そ……そうだったり、しちゃったり? ……わっ、態とじゃないよ? ちょっと本物の海で泳ぐのが楽し過ぎて勢い余ってぶつかっただけなのっ。あれは冷やっとしたな~。ほんと!』


 話しを聞いたアネモネは「……そうか……」と言って微笑む。


『お、お姉ちゃん可愛いね~。そんな怖い笑顔よりもっと楽しそーな笑顔が好きだな私!』


 身の毛がよだちそうな危険を感じた海竜はじりじりと首を後方へ動かす。目の前の少女から逃げるように。

 そんな海竜にアネモネははっきりとした声で言う。


「海竜。実はあの船、俺の物でな」

『ッ!? ……ぉ、ぉおっふ……』


 壊した物の所有者を目の前にして海竜は変な声を出してしまう。


 嫌な予感が確信に変わる。


『……お、怒ってるー?』

「我ながら驚く程」

『の、乗ってた人に聞いたよー? あの船のお名前、微風の女帝(ブリーズエンプレス)って言うんでしょ? ……お姉ちゃん『風使い』ってことは……思い入れのある船だったり?』

「そうだな。家族からのプレゼントだ」


 アネモネが纏う風のヴェール、それが風の翅へと変化する。

 風景さえねじ曲げるような圧力を伴う暴風が紫電を発する。


 雷を纏った暴風の女帝は拳を握り締めて海竜を睥睨する。


『…………』


 ―――海竜は観念した。


『……えーっと……』

「…………」

『……出来るだけ痛くない方が良いなーって……』

「…………」


 無言で拳が持ち上げられる。拳周辺に渦巻く膨大な風と雷の力能(エネルギー)が物質化……少女の拳に生命を活性化させる『木』の力を宿した魔力武装が顕現する。


 昆虫の外骨格を思わせる滑らかな質感の、磨き抜かれた黒檀の如く輝く武装を腕に装着したアネモネは……やはり無言で微笑む。


 海竜は自分の末路を悟る。


『ダメみたいですね』


 ―――諦めの言葉。

 海竜はそれを吐いた直後にアネモネが放った怒りの鉄拳を顔面に食らった。


 体格比的に人間が米粒よりも小さな虫に殴られたに等しい。

 しかしそんなことなど関係無くその一撃の破壊力は凄まじかった。


 迸る衝撃。


 周辺へ拡散された衝撃波は海面を揺らし、奇しくもそれで発生した不規則な波がプールで遊ぶ人々を大いに楽しませた。


 少女の怒りを無抵抗で受け止めた海竜は『グヘー』と目を回して海面にへたり込んだ。




 ◆◆◆




 ―――海竜の名前は『カレン・リヴァイアサン』と言う。“彼女”がアネモネに説明した通り、大海を夢中になって遊泳していたら航海中の微風の女帝(ブリーズエンプレス)号に衝突してしまったのである。


 普通なら船側にも魔物や脅威の接近を探知する魔法が存在するのだが……海竜があまりにも巨大過ぎて海竜の魔力が完全に大洋と重なってしまったのである。

 その重なりの所為で船は海竜を『海流』と誤認。それが事故に繋がってしまった。


 お互いに不幸な事故だったのである。


「―――本当にごめんなさ~いっ!!」

「…………」


 港町〈センチネル〉に有る宿、その中でも高級宿に属する場所の一室を借りてアネモネ達は集まっていた。

 ソファに腰掛けたアネモネ。そのテーブルを挟んだ向かいで十代半ば程の少女が誠心誠意謝っている姿がそこには有った。


 少女。着物を身に付けた……下半身が青と緑色の鱗に覆われた『魚の尾』になっている少女。

 俗に言う人魚そのものの姿をしたこの少女こそ、あの海竜の正体にして……アネモネの船を壊してしまった者である。その顔立ちはこの場に居ないオーズとよく似ている。


「本当にね! 本当に悪かったって思ってるの! だからああやって『アトラクション』をしてお金を集めようとしたの!」

「……成る程。それで」


 道理であんな見世物のようなことをしていた訳だとアネモネは合点がいく。

 海竜(カレン)は宙にぷかぷかと浮きながら土下座のような姿勢を取る。それを見ながらアネモネは「……ふぅー……」と息を吐くと懐から紙を取り出し、部屋に置いてあった筆でさらさらと何かを書き綴る。そして書き終えたそれをカレンへ差し出す。


「……これはー? ……んー、何々ー……」


 差し出されたそれを受け取ったカレンは書いてある文章に目を通す。


「……ぉおう……」


 そして書かれていることを理解して遠い目になる。

 一瞬で煤けた姿になったカレンにアネモネは容赦無く紙面に書いた内容を簡潔に伝える。


「―――微風の女帝(ブリーズエンプレス)号本体の価値及びそれを運用していたことで発生していた資産……それを踏まえて今回の損害で我がボレアス家が被った損失額……色々と便宜を図った上でお前に科された賠償は……締めて『10億ヴィーツ』|だ」

「……グヘー……」


 目を回して引っ繰り返ったカレン。その手からこぼれ落ちた紙面には借金額である『10億ヴィーツ(ニホン円で10~15億円)』の数字が大きく書かれていた。




 ――――――異界の魔王【九獄天魔王(インフェルノ)】の一人にして心を持つ特殊AI【NoASノアス】。オーズの双子の姉であるカレン・リヴァイアサンはこの日、憐れにも自業自得であるが莫大な借金を背負うことになった。合掌。




 ◆◆◆




 高級宿のエントランス。そこに有る待合席で寛ぐ幾人かの者達。彼・彼女達はカレンがアネモネに引っ張られていく際に同行し、船破壊の件についての話しが終わるまでここで待機しているのである。


 その者達とはあの微風の女帝(ブリーズエンプレス)号に搭乗していた客員であり、この港を経由して帝国の首都まで向かう予定であった一行―――〈アヨーディ王国〉の王女セレネ・ディールラ・グリッド・アヨーディを中心とした少年少女と護衛達であった。


 セレネはニコニコとした顔で〈センチネル〉特産の白いドリンク『ラッシ・グルタ』を飲む。

 ミルルとはこの地域に生息する潺鳥(セセラギチョウ)から採れる乳を乳酸発酵させて作られた物であり、元は固形のそれを撹拌して液体状にした物に甘味や果汁を足して提供される飲料である。

 コクと甘酸っぱさがこの温暖な地域である港町の蒸し暑さを爽やかに押し流してくれる。


「ふふふ。楽しい船旅でしたね」


 セレネのそんな言葉に、彼女の隣りに座らされているナーダは眉を顰める。


「……あんだけ滅茶苦茶な旅程だったのにそう言えるのか……」


 ナーダのその声には隠しきれない疲れが滲み出ている。その様子が可笑しかったのかセレネの笑いは更に深まる。ころころと澄んだ笑い声がエントランスで静かに鳴る。


「滅茶苦茶。ええ。確かに。海上で起きた全てが予想を上回り、新鮮でとっても楽しかったです」

「新鮮って言葉で片付く問題かよ……」


 王女の図太さにナーダは頭が痛くなった。


「ナ、ナーダ。セーちゃんはきっと私達が緊張しないように何でもない風に振る舞ってくれてるんだよ」


 ナーダの隣り、セレネとは逆の位置に座るサクラは頭を抱えているナーダを元気付けるようにそう言う。ただし言葉の最後に「……多分」と小さく付いてしまったが。

 若干肩を落としているナーダとサクラ。そんな二人にセレネの付き人であるメスラが飲み物のお代わりを注ぐ。


我が君(my lord)は善くも悪くも聡い。昔ほどではありませんが今現在も予見能力はずば抜けています。それは就寝前にどれだけ飲み物を飲めば翌朝に粗相してしまうか推測できるほど」

「コップ3杯ですかね」

「…………」


 知りたくない情報を聞かされたナーダとサクラは岩のような表情になる。ナーダに至っては心の中で「こいつ本当にお姫様か?」と疑問を抱く始末。周囲に居る護衛を務める冒険者達に助けを求めて目を向けるも顔を逸らされてしまう。


「……! ……!」


 その中で唯一。「私は私は?」とウキウキと期待に満ちた顔で話しを振られるのを待つ麗人……ナーダ達の向かいに座るペオルが居た。


 美人なのに下ネタが大好きなペオル。それを視界に入れてしまったナーダは―――見なかったことにした。絶対に碌なことにならないと共に居た数日で身に染みていた。


「……お漏らしと羞恥は切っても切れない関係だと、私は思うわぁ」

「乗っかってくんなよ……っ!? 折角無視したのにっ!」


 そんなナーダの対応(無視)もペオルの力技で無意味となった。周囲の冒険者……ペオルが親代わりとして養育している者達の一部が結成したチーム〈ホワイトアキレア〉の少女達も苦笑いをしている。ペオルをお母さん(マム)と呼んで慕ってはいるが親愛(それ)変態(これ)は別である。



 ―――今回のセレネが帝国の学園入学に当たりその道中の護衛として選ばれたのがこのペオルであり、それに伴い同性で尚且つ年も近い〈ホワイトアキレア〉の面々もセレネが個人的に指名したのである。父のシャドル王は実績が少なく実力も未知数な彼女達の起用に初めは難色を示していたが、セレネの出した「ペオル様はセーギ様の縁者」という情報と口八丁手八丁によって最終的には丸め込まれた。


 セレネは自分の『望み』に近い人選を通すことに成功。こうして機嫌良く旅を満喫しているのである。


 以下、船旅中に起きた出来事。



 ――――――



 初めての船旅にはしゃぐ年少組。


 セレネが部屋に女の子達を呼んで開いた女子会。


 釣りが壊滅的に下手なナーダと逆に上手すぎてヤバイのを吊り上げて気絶するサクラ。


 船旅の途中で突然ハイテンションになったペオルが『第18回、ぼく・わたしの性癖披露会』を始める。


 海竜(カレン・)激突(インパクト)。轟沈しそうになった船をペオルが【怠け者を作る発明(ミス・スロウス)】によって応急処置して事なきを得る。


 カレンが償いとして港町〈センチネル〉まで船を牽く。その間にペオルとカレンが旧知であると皆に伝えられる。


 〈センチネル〉の監視兵が沖で確認した超弩級サイズの海竜に腰を抜かす。対象の魔力によって脅威度を測る計測器が異常値を示す。『第一級災害』に区分される緊急警報発令。


 街が慌ただしいことに気付いた船員達。理由を察したセレネがペオルの助けを得て先に街に向かいそこで事情説明。


 無事入港。


 カレンが船の修理代を稼ぐために魔法でプールを作る。


 アネモネ到着。そして鉄拳制裁。


 借金……! 圧倒的借金……! ←今ここ。



 ―――これら数々の事件・珍事。その全てにセレネはご満悦だった。……そこに付随する心労は常識人(ナーダ達)に降り掛かった。

 数少ない常識人達は日常とはこんなにも異常だったかと疑問にすら思った。


(……いや、兄ちゃんと会った時から予想出来ないことばっかりだったな)


 そう考えたナーダは疲れ果てながらもうっすらと笑みを浮かべていた。




「―――ぅうええええええええん!!? ペオルぅううーー!!?」


 そんな時である。泣きじゃくるカレンが部屋から飛び出してきたのは。


 カレンは空中を泳ぐように尾鰭をくねらせて猛進。その勢いのままにペオルへぶつかるように抱き付く。ペオルはカレンをきちんと抱き留める為にソファから立ち上がってから受け止めた。


「あらあら。どうしたのぉ? カレンちゃん」

「ひぃいいん!? 私この年で借金苦に陥ったー!?」

「それは大変ねぇ」


 泣き喚くカレンをペオルはのほほんとしながらあやす。―――共にセーギの心から生まれた【NoASノアス】……つまり姉妹同然の二人。前世では普段からだらしなく問題児筆頭みたいな立場だったペオルもこのような時は姉らしく振る舞う。


「そうだわぁ、少しぐらいなら立て替えて上げるわよー」


 ペオルはこの世界では少しばかり成功した側の人間である。複数の国に自分の店を持っているのだ。その蓄えは個人として見れば結構な額を持っている。

 カレンはペオルの申し出に表情を輝かせる。


「本当っ!?」

「お姉ちゃんに任せなさーい。昨日今日この世界に来たばかりの妹分と違って私は一年近くこっちで過ごしたのよぉ。相応の蓄えは有るわぁ」

「やったーっ! あ! これが請求書!」

「うーん、どれどれぇ……」


 ―――ペオル、ここで初めてカレンが10億の借金を背負わされたことを知る。


「…………」


 書類を検めたペオルはニコッと笑顔を浮かべるとカレンを引き剥がして距離を取ると、その小さな肩をぽんぽんと叩く。


「……ワタシ コレ ムリ」

「は?」

「ガンバ♡」


 ペオルの無理宣言にカレンは目が飛び出さんばかりに驚く。

 崖から落ちそうになった所を間一髪で助けられたのにその直後突き落とされた気分である。


「なんでなんでなんでぇえ!? 助けてくれるんじゃないのー!?」

「流石にこの金額は予想外よー……。まあ貴族様の船を破壊したって考えれば随分安いとは思うけど。きっとかなりまけてくれたんでしょうねぇ」

「これで!?」

「それに『無利子・無担保・有る時払いの催促無し』って書いてるからどの道私の助けなんて要らないわよぉ」

「……ほぇ?」


 カレンは信じられないことを聞いたような、気の抜けた声をもらす。ペオルはそんな彼女の肩をまた優しく叩くとソファに座り直して甘酸っぱいドリンクを飲む。


「あの子、かなり情けを掛けてくれたみたいねぇ。良かったじゃない。この条件だったら余裕でしょ~」

「……むむむ……まぁ、確かに」


 カレンは難しい顔をしたが納得する。

 元々は前世でも彼女達……【NoASノアス】は世界を支配していたのだ。時間と余裕さえ有れば彼女達にとってこの程度の負債、わけは無いのである。


「今回のことは不注意と調子に乗ってたお仕置きだと思って甘んじて受けると良いわぁ」

「……むー……わかった。……でもそれをペオルに言われるとなんかモヤモヤする」


 前世で一番檻に入れられた経験が有るのはぶっちぎりでペオルである。そんな問題児に窘められるという状況にカレンは微妙に抵抗感が湧く。


 悔しがっているカレンにペオルはにやりと笑う。


「うっふっふ~~。私もこっちで大人になったのよぉ。……二重の意味でっ!」

「そのハンドサインやめい」


 人差し指と中指の間から親指の先を出すペオル。カレンはジト目でその手をはたき落とす。ニホンでは卑猥な意味の有るハンドサインなので行儀が悪い。異世界では通用しないジョークなのでペオルは同郷者へ嬉々としてやった。ウザさ割り増しである。


 手を叩かれたのにペオルはそれでも上機嫌だった。その様子にカレンは「え。何? 気持ち悪い」とキツい言葉と共に不審そうな目を向けるとペオルは静かに呟く。


「……ふふ。懐かしいわぁ。本当に……」


 慈しむような目でペオルはカレンを見詰める。


 カレンはそこでペオルの変に穏やかな理由を察する。


「……確か一年だっけ? 私以外の皆とは?」

「会ってないわぁ。正義ちゃんは居るみたいだけど直接はまだ顔を合せてないわねぇ」


 正義の名を聞いてカレンは目を細める。


「……やっぱり、こっちに来てたんだ……正義」

「とっても元気そうよぉ。カレンちゃんも感じるでしょ~」

「うん」


 たとえ離れていても、心で繋がる【NoASノアス】だからこそ感じる。解る。

 セーギの存在を。そして今、彼がどんな状態になっているのかも。


「すっごい良い気分。……全部思い出しちゃったんだね正義」

「思い出して、乗り越えた。こっちで出会った人の手を借りて、ね」


 セーギの内にあった辛く重い過去。一人で背負うにはあまりにも大きすぎる罪過。それを心から生まれた彼らが封じ込めた。これ以上セーギが壊れてしまわぬように。


 そんな己さえ崩壊させる破壊衝動に溺れそうになるセーギを救った……新しい繋がり。


「あ~~~ッ! 会いたいな~!」


 カレンは晴れやかな顔で、大きな声で言う。朗らかに気分を一新して。


「よーっし! 借金なんてバーンッと完済して! 正義に会いに行ってまたいっぱい遊ぶぞー! あっははははははは! あばんっ……ちゅ~~るっ!!」


 元気いっぱいに宣言するカレン。その声は聞く者も元気にする陽気さが有った。


 エントランスに響くそんなカレンの声。


 それを聞いたのは彼等だけじゃなく……たった今、カレンの後に続くようにゆっくりと部屋から出て来たアネモネもだった。


「―――ッ―――」


 アネモネは眉間に深い皺を刻んで頭をに手を添える。


 頭痛。脳の奥が痛みを訴える。ズグズグと鈍く抉るような鋭く重い痛みがアネモネを襲う。


(……なんだ……これは……頭が割れそうだ……)


 原因不明の不調にアネモネは困惑する。


(何か……大事な何かを忘れている。……そんな……気持ち……)


 脳髄が叫び出しそうな異質な感覚。

 しかし言葉にするべき『何か』を思い出せない。


 ―――もどかしい。


「……っ! ……むぅ……」


 あと一歩。何かが足りずに思い出せない感覚。アネモネはそれを振り払うように止まっていた足を動かす。


(思い出せないことに時間を割くのは無駄だ。今は目の前のことに集中する)


 アネモネは和気藹々と騒ぐ人の輪に向かって歩く。それを目にしたセレネはソファから立ち上がると彼女に頭を下げ、それに応えるようにアネモネは先に挨拶を口にする。


「セレネ王女様。ご健勝そうで何よりでございます」

「アネモネ様。この度はお手数をお掛け致しまして申し訳ありませんでした」

「……気にする必要はありません。襲い来る脅威に対して剣を取り無辜の民を護るは“聖天戦乙女(アルテミス)”の責務。私は誰も傷付くことのなかった今回の幸運に望外の喜びと感謝を捧げます」


 聖印を掲げて祈るアネモネ。その所作は優雅で美しい。彼女の身に備わる『傾城傾国』と相まって常人なら見惚れて忘我するだろう。


「まぁ、ありがとうございます。私達が貴女方のような気高く強き剣に護られていること、それは真に幸福と言えるでしょう」


 しかし得意な能力を持って生まれたセレネは感情抑制が巧みである。未来を知り、そこに終末しか存在しないことに絶望していた少女は厚く硬い仮面を被る(スキル)を身に付けるに至った。そのスキルは絶望の未来から解放された今でも十全に使えている。

 たとえ心中では「はえー、“聖天戦乙女(アルテミス)”の方って本当に綺麗ー」と知能指数が著しく低下する程感動していても。セレネはそれをおくびにも出さず微笑みで応えられるのである。どれだけ内面で間抜け面を晒していても誤魔化せるので非常に重宝している。―――意中の相手の隣りに座っていても自然体な表情で居られるのだから。


 アネモネは自分の外面に気圧されないセレネの評価を『温室育ちのお姫様』から『肝が据わった姫君』へと上げる。手段や方法が何であれ理外の美貌に対抗出来るのはそれだけで常人を越えていると称えられるからだ。

 そのような強き者・逞しき者はアネモネにとって好ましいタイプである。船の大破や謎の不調で若干落ちていた気分がそのお蔭でまた浮き上がる。


 アネモネは外面を剥がすことに決めた。


「……ふっ。良い。実に良い。そうでなくば『頼り甲斐が無い』。―――ようこそ帝国へ、セレネ王女。お前達の〈ドラウプニル帝立学園〉への入学をこの俺アネモネ・ダラニ・ボレアスが歓迎しよう」


 有数の貴族であるがそれでも王族より下の立場である筈のアネモネはしかし尊大な態度を見せる。厚顔無恥・傲岸不遜……だがしかし、そう断ずるにはあまりに堂に入った彼女の態度。

 威厳だけで見るなら彼女がまるでこの帝国の皇帝のようですらある。


「ええ。お世話になります。これからどうぞ宜しくお願いします」


 セレネとアネモネは握手を交わす。


 こうして王女一行はアネモネの案内の元で学園が存在する帝国の首都〈グンター〉へ向かうこととなった。




 ―――そうした中で、ペオルとカレンはアネモネを見詰めていた。そして静かな声で話しを始める。


「……やっぱり似てるって、あの子」

「どうかしらぁ。……他人の空似って線も有るけど……」

「殴られた時、ちょっと懐かしい感じがしたし。私は絶対にそうだと思うっ」

「ん~~」


 ペオルは悩まし気に声をもらす。彼女のその目にはアネモネの麗しい外見と裏腹な剛毅木訥な様子が映っている。……特に、『強さ』を求めてやまない修羅道に身を置いているかの如き瞳の輝きはペオルの知る人物によく似ている。その人物こそカレンが言うアネモネと似ている者。


 ―――しかしペオルはカレンの言葉に素直に頷けなかった。


「似てるけどぉ……魔力パターンが違うのよねぇ」

「魔力?」


 一年。この世界で生きてきたペオルだからこそカレンよりも多くの情報から物事を識別出来る。前世には存在しなかった肉体や魔力によって変質した今の自分。その差違をペオルは同胞であるカレンを目の前にしたことで完全に理解した。

 だからペオルは違うと言う。


「あの子は『ハヤテちゃん』じゃないわぁ。似てるけど別人よぉ」


 ―――ハヤテ。五番目に生まれた【NoASノアス】。こと純粋な戦闘能力でのみ判断すればあの『乱麻正義』に次ぐ実力を有した存在であり、VR・MMORPG〈Nirvana(ニルヴァーナ) Story(ストーリー) Online(オンライン)〉内では六度目のアップデートによって『魔王ラーヴァナ』と同時期に実装されたボスモンスターの役割も担った。


 カレンはそのハヤテとアネモネが似ている気がするとペオルに尋ねたのだ。そして答えは先の通り。


「なーんだ。じゃあ私の気の所為か~」

「…………」

「ん! スッキリしたしこれからどうやって借金を返すか頑張って考えるぞー!」


 疑問が解けて晴れ晴れしたカレンは元気良く宙を泳ぎ始める。天井すれすれまで浮き上がっては床を這うように下がるを繰り返しながらエントランス中を駆け回る。


 ペオルはそんな屈託無い妹を眺めながら思考の深い所で『ある思い付き』を組み立てる。


(……魔力の性質は固有。似ていても同一は存在しない。……その影響か『転生』した人の場合は前世と同じ性質になる。だからアネモネちゃんはハヤテちゃんとは違う―――その筈だけど……だけど……)


 ペオルは自ら組み上げた考察に背筋を寒くする。


(もし。もしも……『原型が無くなる程に己の存在を粉々に【自殺(デリート)】した』のだとしたら? その粉々になった物が世界を越えて、この世界で新たに組み上がったのなら?)


 ―――同じ生まれ・生活・食事・経験をした双子が居たとしても、宿す魔力は相似にはなっても同一には決してならない―――


 工場で作った一台の車両。それを一度『素材』まで分解した後に、全く違う工場で一から材料にして組み上げる。そして出来上がるのはきっと……よく似ているが全く別の車両。


 ペオルはアネモネが『それ』なのではないかと考えた。


「……嫌な想像ね……本当に……」


 ―――ただそれを素直に肯定してしまうと、『家族(ハヤテ)が自殺した』という想像したくもない光景を脳裏に描いてしまう。


 ペオルはそんな考えすぎると辛気臭くなりそうな想像を振り払うように明るく言い放つ。


「ん! 保留! 保留よ保留! こんなこと今考えても仕方が無いわぁ!」


 突然大声でそんなことを口走ったペオルに周囲の目が集まる。

 だけどペオルは気にしない。むしろ視線が集まるとゾクゾクしてちょっと気持ち良い。服をはだけたくなる。……公序良俗に反するので脱衣は部屋に帰ってからにしようとペオルは決めた。全裸最高。着衣も最高。変態最高。


「スケベ!! エッチ!! セックス!!」

「急に何叫んでんだっ!?」

「私のリビドーは止まらないわぁ! エロスは世界を救う! ()これ衝動、()てよ根気! 突き刺せ信念!!」

「意味わかんねぇけど碌でもないこと言ってるだろお前!!」

「しょ・く・しゅ!! しょ・く・しゅ!! イエェェーーイ!!」


 触手を生やして下ネタ全開になったペオルをナーダが食い止めようとする。だが悲しいかな実力差が有り過ぎて無理だった。


 強い変態とは実に厄介である。




 ―――その後カレンとアネモネの手によって取り抑えられたペオル。彼女は最後に「私がエロいんじゃない。世間がエロいのが悪い」と意味不明な供述を繰り返し、反省の色が見えないとし……罰として、皆が竜車で移動する中で彼女だけ座布団一枚分のソリに乗って引き回される刑となった。


 ペオルは最初から最後まで正座で乗り切った。やりきった顔をしていた。




 ――――――




 ―――ペオルが感じた嫌な予感。それは結果を見れば杞憂で終わることとなるが……それは今の彼女達には知る由も無い。


 しかも『それ』が予想を遙か斜め上に突き抜けるような物であることなど。

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