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121.目指せハーレム。世界を救う為に

 セーギの“黒き破壊者(ジャガーノート)”は真の覚醒を経て【神】の力と成る。

 そしてセーギが真の覚醒に至るには七人の最高位聖女の協力が不可欠。

 彼女達の祈りによって与えられる世界を構成する七つの力によってセーギは本当の『己自身』を取り戻す。


 ―――それによって出た結論が七人の聖女と深く親しい関係……『恋人関係』になることだった。




 ◆◆◆




 ―――明けて翌日。


 昨晩のシータがセーギに決行した愛の告白から端を発し、最後に知られざる真実をセーギ達に告げに顕れた聖霊ウォフ・マナフ。彼はマリーとディアンサスの負担を顧みてその直ぐ後に静かに消えた。


 ウォフ・マナフは去り際にこの言葉を残した。



『我らと悪魔(デーモン)の間に存在した契約は失われた。それ即ち束縛からの解放。……強大な悪魔は【醜穢なる邪霊(ダエーワ)】のみならず。お忘れ無きよう―――』



 ―――そうして幕を閉じた昨夜の出来事はセーギの心中に深く刻まれることとなった。


 そんな一夜を経たセーギは昨日までとは違う迷いの無い顔でシャナヴィと対面した。朝食もまだ済ませていない早い時間だというのにシャナヴィはセーギをシャナヴィは快く出迎えた。


 そこでセーギはシャナヴィに伝えた。


「殿下……いや、シャナヴィ。―――俺が“王”に成ろう」


 ―――シャナヴィからセーギに打診していた、この崩壊寸前の〈エリニア連邦国家〉を一新しセーギを王に立てた国家の話し。

 魔王(ラーヴァナ)という比類無き存在を頂点にした新国。


 シャナヴィは浮き足立ちながら「なら早速この話しを進めても?」とセーギに伺い立てる。

 ―――セーギはしかし、手を掲げて制止の意をシャナヴィに示す。


「どうした? 何か問題が?」

「……王に成る話しは引き受ける。ただ少し我儘を言わせて欲しい」

「……訊こう」


 シャナヴィは浮ついていた気持ちを落ち着かせるとセーギが言おうとしている言葉に耳を傾ける。


「王に成る。その前にしたいことが……やるべきことが出来た」


 セーギのその言葉と同時に、周囲に緊張が満ちていく。


「……その、やるべきこととは?」


 重い空気の中でシャナヴィは唾を飲み込んでセーギに問い掛ける。


「それは―――」





 ◆◆◆




 ―――セーギがシャナヴィと再び言葉を交わしてから三日後。


「…………」


 ディアンサスは部屋で寛ぎながら本に目を通す。……しかし気になる物があるのか頻りに視線を部屋の中央へ向ける。


「……ちっ」


 眉を顰めた渋い表情でディアンサスは部屋の中央に視線を向ける。


「……いつまでそうしてる気?」


 ディアンサスは床へ膝を着き居座っている男へ声を掛ける。

 男……セーギは真っ直ぐディアンサスを見上げながら答える。


「君が俺の気持ちに応えてくれるまで」

「帰れっ!!」

「ぶっ!?」


 投擲される本。それがセーギの顔面に突き刺さる。


「……前が見えない……」


 顔の中心に本がめり込みながらもセーギは跪いた姿勢を崩さない。


「ちっ」


 ディアンサスは舌打ちするとセーギの顔面から本――聖典“ウェスタ”――を引き抜く。貴重な聖具なのに扱いが酷いのはこの程度で破損しないのをディアンサス自身が誰よりも理解しているからである。……それでも敬虔な信徒が見れば卒倒するような使い方だが。


 ディアンサスはセーギを見下ろしながら指を立てる。


「……理解してないようだからもう一度言うけど」


 その立てられた指がセーギの額に突き付けられた。


「私はあんたと付き合うつもりなんて一切無いから!」


 断言。

 ディアンサスはセーギに求められた物を断った。


 恋人になってほしいというセーギからの告白を。


「駄目か?」

「はぁ? 駄目に決まってるでしょ。頭湧いてんじゃないの」


 セーギの額がディアンサスの指先でぐりぐりされる。


「……っ! それでもっ!」


 セーギは一歩も退かず、強い目で宣言する。


「俺はディアンサスが好きだ!! 俺と結婚を前提に付き合ってくださ―――」

「死ねッ!!?」

「ぶっ!?」


 愛の告白を言い切る前にセーギの顔面に再び聖典ウェスタが振り下ろされた。今度は突き立てるのではなく振り抜かれたそれがセーギの顔を強かに打ち据えた。

 首を刎ねるような威力の打撃を食らい呻くセーギを尻目にディアンサスは部屋の扉まで走る。そして一気に押し開くと振り向き真っ赤になった顔で睨みながらセーギに向かって吠える。


「冗談じゃないわ!? 誰があんたみたいな浮気性な男の元なんかに嫁いでやるか!? この変態魔王!! 性欲勇者!! 下半身兵器!!」

「ちょっ!? それは人聞きが悪過ぎ―――」

「馬鹿ーーっ!」


 罵倒を最後にディアンサスは全力でこの場から走り去ってしまった。


「…………」


 一人残されたセーギは「はぁー……」と深い溜息を吐くと項垂れる。


「……これで本当に上手く行くのか?」


 セーギは進展した気が全く感じられない現状に頭を抱えたい気持ちになった。




 ◆◆◆




 セーギが言った「やるべきこと」。それはシータ・ルミー・ロベリア以外の、未だ完全に心開いてくれていない聖女……ディアンサス達の『愛』を手に入れるという物であった。


 その結果は先の通り。セーギはディアンサスに何度も想いをぶつけたが……その全てが拒絶されている。


 懲りずに何度も告白をするという行為。鬱陶しく思われるのが普通である。

 これではディアンサスから本気で嫌われ、友情まで失われるかもしれないとセーギが危惧していた時。


「順調のようね」

「……ロベリアさん」


 部屋で一人落ち込んでいたセーギの元へロベリアが顔を出した。


「……これで順調? 滅茶苦茶振られてるんですけど俺。流石に心折れそう……」

「へーきへーき。傷付くことなんて無いわ。この調子で押して押して押しまくれば上手く行くわ」

「…………」


 とても楽しそうな笑顔を見せるロベリアにセーギは胡散臭そうな目を向ける。


 ―――セーギが現在進行で行っているディアンサスへの継続した告白。これはロベリアの発案である。


「いい? セーギさん。ディアンサスは素直じゃないわ。言葉も挑発的で攻撃的よ」

「身を以て実感してます」


 いったい何度セーギの心が抉られたことか。そんな風に打ち拉がれている愛しの彼をロベリアは励ましながら助言を送る。


「エルフは一夫一妻が常識。だからディアンサスは三人も彼女を作っちゃってるのに自分まで口説きに来てるセーギさんへの当たりが強いわ」

「人の口から聞く俺の評が酷い」


 セーギは自分の駄目男ぶりに頭を抱えたくなる。


 ―――男女一対の在り方を善しとするエルフからすれば一夫多妻や一妻多夫は眉を顰める物。だからディアンサスはセーギに対して「変態魔王・性欲勇者・下半身兵器」などという罵倒をぶつけた。


 嫌悪されていても不思議ではない。……と云うよりも。もしセーギはそんな酷い男が居れば叱ってやると思っている。そんな振る舞いをしているのが他ならぬ自分である。「あれ? 俺、詰んでない?」とセーギが内心で思うのは当然である。


「でもね、セーギさん」


 それでもロベリアは何も心配する必要は無いとでも言うかのように口を開く。


「何年も彼女と友達をやっている私だから断言出来るわ。―――ディアンサスは間違いなくセーギさんに好意を抱いている」


 ロベリアはこの部屋に来る途中でディアンサスと擦れ違っていた。その際に彼女の顔を見ていたのである。

 怒り以外の感情……照れや羞恥で顔を赤くしていたディアンサスの顔を。


「嫌いな男。そもそも『その気』すら無い男に対してあんな顔はしないわ。完全に脈在りね」

「脈在りって言われても……ディアンサスの価値観を崩せるほどか?」


 一夫一妻を旨とするエルフの女性に「俺のハーレムに入れ」と言うのだ。その厳しさは推して知るべし。


「そこはセーギさんの甲斐性次第ね」

「……結局俺の頑張りに掛かってるんだな……」


 最後は丸投げされてしまったセーギは苦笑をもらす。

 事実。これはセーギが相手の女性と気持ちを通じ合わせられるかの問題である。


 ディアンサスを射止めるのはセーギでなくてはいけない。


「―――よしっ!」


 セーギは自分の両頬をパンッと叩くと立ち上がる。


「俺は世界を救うと誓った『勇者』にして『魔王』だ! 好きな子の常識や価値観を塗り替えられなくて如何する! やれるぞ俺は! 俺はやる!」

「その意気よセーギさん」


 好きな人(ディアンサス)に打ちのめされていたセーギは好きな人(ロベリア)に励まされて復活。気持ちを新たにして相手を落とすことを決心した。……冷静に考えると酷い状況なのでセーギは深く考えないようにしている。ちなみにシータやルミーからもこの三日間で何度か励ましてもらっているので余計に酷かったりする。


「―――お、お兄さーん? ……今良いっすかー?」

「ん? ウスユキさんか。如何したの?」


 扉の影からひょこっと銀の狐耳の生えた頭を覗かせながら声を掛けてきたのはウスユキであった。ウスユキはセーギと視線が合うともじもじとしながら用件を口にする。


「え、えっと……実は『雲龍(ウンリュウ)』の用意が終わったって御婆様が……あとロベリア様の荷の準備も……」


 雲龍の用意が終わった。それを聞いたセーギは伝えに来てくれたウスユキに笑顔を向けて礼を言う。


「そっか。ありがとうウスユキさん」


 ウスユキの顔が真っ赤になる。そして慌てふためく。


「っ! どっ、どどど! どういたしましてっす!? では私はこれでぇえええええええっ!!」

「え!? ちょ、ウスユキさん!?」


 逃げるように走り去るウスユキ。その速さはディアンサス以上である。

 そうしてウスユキは一瞬の間にセーギとロベリアの前から姿を消してしまった。


 この一連の光景を見送ったセーギは頬を引き攣らせながらロベリアに尋ねる。


「……俺、避けられてるよね? 知らない内に何かやっちゃった?」

「……はぁー……」


 ロベリアは溜息を吐き煙管(キセル)を喫するような手癖をして、そういえば壊してしまったのだと思い出して手を下ろす。


「あの子も難儀ねぇ。……ま、頑張ってねセーギさん。応援してるわ、じゃあね」

「応援って……あれ? 行っちゃう? ロベリアさーん? 俺まだ何も教えてもらって無いよー?」


 ロベリアはセーギを尻目にひらひらと手を振ると部屋から去ってしまった。


「…………」


 また一人になってしまったセーギは右腕を覆う袖を捲り上げる。

 腕を這う刺青のような紋様。そこを彩る七色の輝き。

 一際強い熱を宿す(シータ)(ルミー)(ロベリア)の三つの輝き。それより弱い熱だがはっきりと存在を感じる(ディアンサス)(ウスユキ)の二つの輝き。そして無いに等しい微かな残りの二つ。

 セーギは火と闇の輝きを指でなぞる。


「……こうして繋がりが感じられるってことは、嫌われてない……筈……」


 この輝きがセーギを体を支えてくれている。救っている。


(ディアンサスもそうだけど……ウスユキさんとももっと話しがしたい。……もっと、歩み寄らなくちゃいけない)


 袖を元に戻す。


「……さて。皆も集まるだろうし、俺も行こうか」


 セーギはそう言うと自分もまた部屋を後にした。




 ―――彼等の次の目的地は……〈ヴァルトラウト帝国〉領に存在する〈ドラウプニル帝立学園〉であった。





 ◆◆◆




 “雲龍”とは『飛行船』の名称である。

 魔法技術の粋を集めて創造されたそれは正に雲を渡る龍。この世界に存在する乗り物の中で最速の部類に入るそれは、常では迷宮都市同士を往き来する為に用いられる受け入れ乗客数80名の高速旅客機である。

 これに乗船するにはそれなりの地位か大金を積まねばならず、乗船費は最低でも一人頭50万ヴィーツ(ニホン円で約50~75万円)という庶民では軽々しく利用出来ない夢の乗り物である。


 その鋼の飛行船が今回、セーギ達を乗せる為だけに用意されたのである。


 発着場の代わりとなった教会の庭には龍をイメージしてデザインされた鋼色に輝く雲龍が飛び立つ時を待つように内燃機関(エンジン)をヴゥゥン……と唸らせて待っている。


「……見た目は翼の無い飛行機。高速鉄道……いや、磁気浮上鉄道(リニアモーターカー)みたいだな」


 仕立ての良い背広(スーツ)に袖を通したセーギは雲龍を見ながらそう言った。その背広の胸元にはとある学園の校章が飾られている。この背広がセーギがこれから向かう先での『立場』を示す物になる。


「セーギ君の故郷でも似たようなのが有ったの?」


 セーギの隣りに立つシータ。彼女はいつも通りの白い修道服に身を包んでいる。これから向かう学園では『聖光教会からの出向』という形を取るのでこれがシータの制服である。


(……恋人という関係になってから見る修道服は……何だろう……こう……趣が有る……)


 これまで何気なく見ていた筈の姿がより一層魅力的に見える。そんな恋愛効果を身を以て感じているセーギ。それが不埒な思考なのは彼自身十分自覚しているので表情は普段の一割増しでキリッとさせている。


(……セーギ君が私の格好にドキドキしてる……)


 表情を取り繕ったところで無駄だった。

 セーギの内心はシータに筒抜けだった。

 あの夜は色々と衝撃的な事実を知りすぎて恋仲になった相手に心情が伝わることをすっかり失念しているセーギなのであった。


 他の者達よりも一足早く集まった二人。互いに妙に照れ臭い気分を抱えながらもそれを隠しながら雑談に興じる。


「有ったと言えば有ったかな。まあこの形状で空を飛ぶ乗り物は民間では無かったよ。記憶に有るのだと俺が操縦してた空戦兵器“毒撒く愚王(キング・リア)”に近いかな? あれは地磁気征空式だったからプロペラもジェットも無しで空を飛んでたし」


 “毒撒く愚王(キング・リア)”。セーギの前世で猛威を振るった悲劇兵装(トラジディ)の一つ。悲劇兵装の全てには共通の装備が有り、それは『核融合炉(ニュークリア)』・『機械細胞(ナノマシン)』・『蠕動()反応()装甲()』の三つである。

 核融合炉によって半永久な行動を実現し、機械細胞によって完全なる自己整備を可能とし、そして蠕動反応装甲によって如何なる高熱・高圧・低温・真空・爆撃・侵徹さえも無効化した。

 そんな悲劇兵装の中でもキング・リアは『地磁気征空式飛行』によってヘリコプター以上の自由機動とマッハ28.6(時速3万5千㎞)という一時間弱で地球を一周が可能な極超音速で飛行し、第3次世界大戦中に戦闘機・戦車・軍艦等を合わせて数千機以上を単騎で撃墜した悪夢の兵器である。


 ―――そんな最悪の兵器であるキング・リアも終戦後には解体され、以後は世界の電力の1/3を賄う“核融合発電施設(NFPP)”としての役割と地球の“天候操作(ウェザーコントロール)”を担っていた。


 封印凍結されていた記憶が解凍されたことで前世での世界情勢を思い出したセーギは懐かしそうに雲龍を眺める。その横顔を見詰めていたシータは呟く。


「セーギ君の居た世界もいつか見てみたいなぁ」


 シータのその突然の言葉にセーギは彼女の方を向いて目を丸くする。


「……俺の?」

「うん。行ってみたい。だってセーギ君の故郷なんだから」

「……そうか……」


 普通なら無理な願いだと思うシータの言葉。しかしセーギはそれが不可能な願いでは無いと思えた。


「もしかしたら、行けるかもな」


 現にセーギはここに居る。それに彼だけじゃない。彼以外にも世界を越えてこのニルヴァーナに辿り着いた者達が居る。


「いつか行けるようになったら、一緒に行こうか。……会いたい人……シータ達に会わせてあげたい人が居るから」

「それは?」

「先生。亡くなった両親の代わりにずっと面倒を見てくれた人。俺にとってはもう一人の親だから」


 先生。その正体は乱麻正義の父、乱麻義経が開発し青い鳥(ブルー)と名付けた完全自立型AIである。人間ではないが……セーギにとっては些細なことであった。


 そんなセーギがブルーにシータ達を会わせたい理由。


「―――やっぱりさ、親には……『恋人』……紹介したいし」

「 ! 」


 顔を赤くして言ったセーギとそんな彼よりも顔を真っ赤にしたシータ。セーギの本心が伝わる分その真っ直ぐな言葉の破壊力は凄まじかった。


「…………」


 そこから言葉が続かなくなった二人は気を紛らわせるように雲龍を眺める。―――そうしていた時である。


「―――ふんっ!」

「痛いッ!?」


 突如、セーギの尻がスパーンッと強かに叩かれる。

 背後からの強襲にセーギは驚きながら振り返る。


「ちょ、ディアンサス? 急に如何した? 何で俺叩かれたの?」

「…………」


 セーギの尻を平手で打ち抜いたのは―――『学生服』を纏ったディアンサスだった。


 黒いブレザーをきっちりと着こなしたディアンサスは憮然とした様子でセーギを睨んでいる。それに対してセーギは(やばい。何かご機嫌斜めだ……)と冷や汗を流す。シータも理由がわからず困り顔でおろおろしている。


「っ! ……わ、私はっ! ……ッ!」


 ディアンサスはセーギに何か言おうとし、しかし口をぱくぱくと開け閉めするばかりで言葉が出ない。ディアンサス自身も自分が何を言いたかったのか掴み切れていなかったのだ。


 ―――腹が立つ。


 セーギがシータと穏やかに笑い合ってる姿に。照れ臭そうに顔を逸らしながらも、隣り合って立つ姿に。……ディアンサスは無性に苛々したのだ。


「っ」


 ディアンサスはそんな自分の気持ち……直視すれば認めるしかなくなる『ある感情』から逃げ出すようにセーギとシータを追い抜き、雲龍の搭乗口へと向かう。


 さっさと行ってしまうディアンサスへセーギは慌てて声を掛ける。


「あ! ディアンサス……えっと……その制服姿もよく似合ってる! すごい可愛い!」

「ッ!? うっさいわバカ!?」

「私も可愛いと思う!」


 何故かシータもセーギと張り合うようにディアンサスを褒める。


「あんたも乗っかるなっ!? ―――ああ、もうっ! セーギのアホッ!!」


 長い耳まで真っ赤にして赤面したディアンサスはセーギに罵倒を飛ばすと搭乗口の向こうへと姿を消した。


 そうしてセーギとシータは顔を見合わせる。


「……怒られた」

「……怒られたね」


 ディアンサスと仲良くなりたいセーギとシータはキツい対応に肩を落とす。……先のセーギの「可愛い」という言葉に嘘は無かった。本心だった。暁色と黒がシャープな美しさを演出してディアンサスのスマートさを強調。非常に様になっている姿にセーギは心掴まれていた。


 そんな風に落ち込んでいる二人へ少女が歩み寄ってくる。


「―――セーギ様とシータちゃんは相変わらずですね」

「ルミー」

「遅れてすみません。お世話になったこの教会の方々にお礼をしていた物で」


 ルミーは二人に頭を下げてから傍に立つ。彼女もシータと同様に白い修道服を着ている。そしてまたセーギはルミーの姿を見て「……やっぱり良いな、修道服。……可愛い。ギュッてしたい」と内心で考えその思考も伝わる。

 ルミーはにやけそうになる口元を手で押さえ「こほん」と咳をして気持ちを整える。そして誰も気付かない程度に弾んだ声音……シータだけが長年の付き合いで機嫌が良いと察せられる声で喋る。―――ちなみに。セーギの『思考の伝播』はその感情を向けられている相手が一番強く感じられるのでシータはルミーがセーギに何を思われたのか詳細は知らない。……それでも大凡は察せられるが―――


「ロベリア様とウスユキ様はもう少し時間が掛かるようですよセーギ様」

「何か有ったの?」


 セーギの疑問にルミーは「……えーっと……」と少し苦笑いを浮かべると答える。


「問題、と言う程では無いですが……ロベリア様が少々抵抗を……」

「抵抗?」


 ルミーの含みの有る言葉にセーギは首を傾げる。シータだけは思い当たることが有るのか成る程と頷いている。


(何だろう? 別に体調を崩したとか都合が悪くなったとかじゃ無さそうだけど……)


 セーギがそう考えていると教会の方から会話する声が聞こえてくる。


「待って!? やっぱり脱ぐ!? 脱ぐわこれ!?」

「ロベリア様! 大丈夫っす! 似合ってるっすから! チョー可愛いっすから! もっと自分に自信を持ってっす!」

『どこか変なの? ボクにはわからない』

「全然変なところなんて無いっすよマリーちゃん。ロベリア様がちょっと意固地になってるだけっす」

「ウスユキはその修道服だから良いじゃない!? これなんて子供が着るような―――ッ!?」


 教会から姿を見せたのは3名。

 シータやルミーと揃いの修道服を着たウスユキ。その足元をトトトと歩くマリー。そして―――


「……ロベリア……さん?」

「っ!? セ、セーギさん……っ!」


 ―――学生服を着たロベリアだった。


 ウスユキに引っ張られセーギ達の前に姿を現わした、ディアンサスと同様に学生服を着たロベリアは恥辱に顔を赤くしている。


「…………」


 セーギは唖然と学生服を着たロベリア見る。


 すらりとした長身でありながら見る者を惹き付ける豊満な肢体を、規律と清楚の体現のような衣服に包んでいる。セーギはそれを足元から頭の天辺までまじまじと見詰める。


 学生服を着たロベリアは落ち着き無く自分の格好に視線を巡らせてはセーギと目が合うと逃げるように顔を伏せる。


『あ。セーギセーギ』


 マリーが駆け出してセーギの足元へやって来る。最近一段と成長してきたマリーの体躯は初めて会った時と比べて一回りは大きくなっている。そうして少しずつ成獣の形に近付いて行くマリー。それでもまだまだ幼いマリーはセーギを見上げて話し掛けてくる。


『ねえ聞いてよセーギ。ロベリアがね、どうしてか今の格好で行くのは嫌って言い出したんだ。セーギからも何か言ってあげてよ』

「えっ? お、俺から?」

『うん。折角皆の用意が終わってるのに、これじゃあ何時までも行けないよ?』

「……お、おう……」


 人間の服飾など知らないマリーからそんな風に請われたセーギは学生服を着たロベリアを見たショックから何とかして復帰する。そして学生服を着たロベリアの傍へ向かう。


「ッ!! そこで止まってッ!?」

「えっ、はい!」


 しかし学生服を着たロベリアの悲鳴染みた制止によってセーギは立ち止まることを余儀無くされる。


「そ、そこから一歩でも近付いたら駄目よセーギさん? わかった? 絶対よッ!?」

「……わ、わかった」


 セーギは訳も分からないまま了承する。立ち止まってくれたセーギに学生服を着たロベリアは安堵の息を零す。―――その理由はセーギの思考伝播が肉体接触可能な距離ほど強く作用するからである。今の学生服を着たロベリアにセーギの内心を知る度胸は無かった。


「……あ……じ、じゃあ私はお先に行かせもらうっすね~……」


 セーギの前では挙動不審な態度が多くなっているウスユキは連れて来た学生服を着たロベリアを置き去りに雲龍へ向かおうとする。


「ちょっと待ちなさいウスユキ!? 行かせないわよ!?」


 ウスユキの襟首を学生服を着たロベリアが引っ掴む。


「ゥゲ! ぐ、首ば反則っず」

「私の服を全部燃やしておいて逃がすわけ無いでしょうっ?」

「ぞ、ぞれやっだの御婆様……」


 余裕の無いウスユキと学生服を着ることを余儀無くされたロベリアの醜い争い(一方的なの)が始まる。それを見たセーギは慌てて仲裁に入ろうとする。


「ロベリアさん!? 締ってる締ってる! 危ない!」

「!? だ、駄目!?」


 入った。

 制止も虚しくセーギは互いが手を伸ばせば触れ合える距離に踏み込んでしまう。―――そのタイミングでルミーがセーギに問い掛ける。


「セーギ様ー。ロベリア様の装いは如何でしょうかー?」

「へ?」

「だっ!? ルミー!?」


 人というのは聞かれた問いに自然と答えを思い浮かべてしまう生き物である。それは勿論セーギも例外ではない。ルミーは悪戯っぽい微笑みを浮かべる。

 そしてセーギの思考はルミーのした質問に意識を向けてしまった。


(照れてる感じが印象を幼くしてる。大人びて綺麗な時も良いけど……こっちはこっちで普段とのギャップが……グッとくる!)


 そんなセーギの感情はロベリアへと伝わる。


「―――ッ! ……ばかぁ……っ!」

「あ! ロベリアさん!?」


 羞恥に耐えかねたロベリアは顔を両手で覆い高速で駆け出した。

 そしてそのままロベリアは雲龍の中へと姿を消した。


「ぐへぇ」


 首絞めから解放されたウスユキは地面に膝を着く。「……うう……とばっちりっすよ、これ」とさめざめと泣き、アザミの茶目っ気(ロベリアの服を全て処分し何処かから用立てた学生服だけを置いた)の所為で酷い目にあったことを嘆く。


「だ、大丈夫? ウスユキさん」


 セーギは狐耳と尻尾を力無く垂らしている憐れなウスユキに手を差し伸べる。


「おひょう!?」

「え、お? ……え?」


 手が触れる間際。ウスユキは奇声を上げて跳び跳ねセーギから距離を取る。


「ウ、ウスユキ……さん?」

「あ。……あ、ちがっ、……そのっ……これは……っ!」


 耳と尻尾の毛がぶわっと逆立ったウスユキはぐるぐると目を回し―――誰かさんと同じように両手で顔を覆うと雲龍目掛けてダッシュする。


「ごめんなさい! もうちょっと時間をくださいっすぅうううううううう~ッ!!」

「ウスユキさん!?」


 そんな謎の言葉を残してウスユキも雲龍へと姿を消してしまった。


「…………」


 外に残された4名は黙って顔を見合わせる。

 妙な空気が流れる。洗濯物を揺らす風が何処か物寂しい。


 そんな中で最初に動いたのはルミーだった。


「セーギ様……頑張ってくださいね!」

「へ?」


 セーギにそう励ましの言葉を言うとルミーも雲龍へ乗り込む。


「セーギ君。えっと……頑張って? 大丈夫? ……いける! きっといけるから!」

「なにが?」


 続くシータの意味不明な鼓舞にセーギは困惑。それを放って置いてシータも雲龍に乗り込む。


「…………」

『…………』



 ふたりっきりになったセーギとマリーはまた顔を見合わせる。そうするとマリーはぐっと背筋を伸ばしてリラックスすると明るく言う。


『うん。みんな仲良しだね!』

「……えー……」


 屈託無いマリーの言にセーギも初めは悩んでいたが「仲良し。……そうかな? ……そうかも……」と歯切れが悪いながら納得する。


「……俺達も行こうか」

『うん。空飛ぶの初めてー』


 マリーを抱き上げて歩き出すセーギ。短い時間でどっと疲れたセーギはふかふかの毛並みに癒やされながら雲龍へと乗り込む。


 そして雲龍の中に入って早々にセーギは驚く。


「―――……すやぁ……すぴー……」

「……ね、寝てる……」


 いつの間に乗り込んでいたのか、席の一つで眠っているオーズの姿がそこには有った。あれだけ騒がしかったのにとても安らかな顔で寝息を立てている。ほっかむりを頭に被っているのでそれが防音になっていたのかもしれない。


 セーギは苦笑を浮かべると他の皆ではなくオーズの隣の席に腰掛ける。前世の時からセーギにとってオーズは弟のような存在だったので肩肘を張らなくて済むので気が楽だった。それにどうせ上空に至れば席の移動は自由。今の席に拘る必要も無い。


 セーギは自分とオーズの分のシートベルト(飛行中の揺れや衝撃の殆どを緩和させる魔法が込められた物。見た目は完全に飛行機のシートベルト)を付けると離陸の時を待つ。そしてふと、嵌め殺し式の窓から見える風景に目を向ける。

 セーギは黄昏れるようにぽつりと呟く。


「学校に通ったことの無い俺が……学園で『教師』を、ねー……。……人生何が有るかわからないもんだ……」




 ―――様々な事情や想いを抱いた顔触れを乗せて、鋼鉄の龍は雲を越えて空を飛ぶ。




 目指すは〈ドラウプニル帝立学園〉。


 その場所を目指す理由。

 それは会うべき人物が在籍しているから。


 シータやルミーと同じ聖女にして“聖天戦乙女(アルテミス)”に列席する人類最高戦力が一人。


 “嵐轟(ごうらん)浄翅(じょうば)”『アネモネ・ダラニ・ボレアス』


 彼女と会うためにセーギ達は学園を目指す。

 共に戦い、そしてセーギを支えてくれる一人になってくれることを願って。




 ―――学園という箱庭で『最強』と『最強を目指す者』が邂逅する時、一体どのような事態が起きるのか……今この時にそれを知り得ることが出来る者は誰一人居なかった。

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