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12.邪悪なる者の驚異

 森の奥から現れたのはオーク。セーギがこの森で何度も遭遇し屠ったモンスター。―――しかしその姿と()()は尋常では無い。


『―――見ィ付ゥウけーたァア』


 そのオークの体躯は今まで見た同種より一回り大きく魔王ラーヴァナと並ぶ程。肌は浅黒くなり、浮き上がる筋肉や血管は通常とは比べ物にならない程、そして赤い目はさらに血走り口からは牙が突き出している。

 それだけでも別種のような有様だが、一際異彩を放つ物がそのオークにはあった。それは額に1本生えている漆黒の角であった。

 森の奥から飛び出てきた怪物は、手に大きな黒い棍棒を持って一直線にこちらへ向かってくる。


「……何だ?」

『ひっ』

「……オークに角? それにこのステータス―――」



 ――――――


 名:ブィーブル

 種族:オーク・デーモン

 性別:雄

 年齢:18

 レベル:280

 スキル:頑強な硬皮、怪力、強靱な生命、絶倫、棍棒、暴虐、悪魔の力、悪神の加護

 称号:蛮族、略奪種族、邪淫、悪魔に成りし者、悪神の尖兵


 ――――――



「かなり強い」

『ああ? 何だこいつはぁ?』


 セーギは現れた異形のオークに挑むように……子鹿を背に庇うように立ち塞がる。悪魔(デーモン)と名の付くオークは立ち止まるとセーギを見下ろす。

 確認したステータスから外見だけでなく能力も普通のオークから掛け離れている。桁違いと言っていい。


(〈NSO〉リリース直後はレベル上限200だったから……4回目のアップデートで上限が300になった強さの範疇……でいいのかな? 何でもゲームを参考にするのは良くなさそうだけど……)


 いまいち強さの基準を量りかねているセーギは慎重に相手を見極めようとする。


(そういえば他のオークと違ってこいつは喋れるんだな)


 黒いオークは鋲を打ち込んで強化した巨大な棍棒を肩に担いでセーギの前に立つ。その顔にははっきりとセーギに対して侮りの感情が透けて見える。


『逃げてっ、逃げてっ』


 子鹿は必死な様子でセーギに逃げるよう訴え続ける。来た当初にオークが口にした「見付けた」との発言を鑑みるに、どうやら子鹿と何かしらの関係が有るのかもしれないとセーギは推測する。


『うるせぇぞ雑魚が。よっぽど甚振られたいらしいなー?』

「…………」


 喋れる事と品性は別なのだとセーギはこのオークの振る舞いから知る。それだけ見苦しいと感じる。


『おい人間っ。俺様の前に立つたぁ生意気だ。そこの毛玉と一緒にグチャグチャにしてやる』

「……(偽装の効果はあるみたいだな)」

『ああん? 何だボソボソと~?』


 セーギは自分を侮っているオークを冷めた目で見上げる。ステータスへの『偽装』は常時掛けているが、それを踏まえてもこのオークが取るに足らない敵……シータはおろかあの邪竜でさえセーギの力の片鱗ぐらいは感じていたのに。



 ―――偽装―――


 名:セーギ・ラーマ

 種族:ヒューマン

 性別:男

 年齢:17

 レベル:200

 スキル:不撓不屈、慧眼、戦士、剛体、剛力、閃撃

 称号:我流の戦士、お人好し、我慢強い


 ――――――



 このオークは明確に格下だった。


「なあ子鹿君?」

『に、逃げ―――』

「あれは殺しても良いんだよな?」

『っ!?』

『はぁあっ!!?』


 セーギは首を傾け視線を背後に居る子鹿へとやる。そんな彼が何気ない風に子鹿へ尋ね掛けた内容はその子にとっては驚愕すべき内容で、黒いオークにとっては許し難い発言であった。


「どうなんだ?」

『そっ……それはっ』

「あれは君の敵なんじゃないのか?」

『……ぁ……ぅ』


 セーギは自分とオークの間で視線を彷徨わせる子鹿をじっと見詰める。正面で件のオークが何かを喚いているが……セーギの耳には一言たりとも入らない。

 子鹿は聖獣で、そしてオークは“悪神”と関わりが在る。

 セーギは先程から視界の端をちらつく『漆黒の角』が目障りで仕方が無かった。あの赤い邪竜と同じ。悪神と関係が深い悪魔が傍に居る事に、どうしようも無く胸糞が悪い気分になる。―――セーギの中に存在する【勇者】と【魔王】の両方が煮え滾るような熱を発した。


『―――こっ、この虫ケラがァアアッ!? 俺様を虚仮にするかッ!!?』


 オークが握る棍棒がセーギの頭上へ振り下ろされる。怒りに身を任せ、血が染み込んで黒く変色した忌まわしい凶器を。

 黒ずむ赤は多くの命を散らした証。そこに尊厳は無く、在るのは暴虐に酔い痴れる悪魔の穢らわしい欲望のみ。


「返答はどうあれ―――」


 棍棒が激突する。その威力が解き放たれる。恐ろしい轟音と共に地面が揺れ、木々が震え、突風が吹き荒れる。それはオークが全力を込めて放った一撃であ弱者なら原型など潰れて無くなる威力。


 オーク・デーモンは激怒していた。神から授けられた役割である天命もそれに付随する強力なスキルも持たない、脆弱なただの人間。そんな人間がどれだけ魂の位階を上げようと圧倒的な種族差の前では無力。その頼みの綱である位階でさえこちらが圧倒的に上。そんな弱小に弱小を重ねた人間に舐められた……そんな理由でこのオークの怒りは簡単に頂点に達したのだ。


『……? ……は……な?』


 ―――しかしその怒りも驚愕によって塗り潰される。

 棍棒が砕けて折れた。殴った箇所で真っ二つになるように、棍棒の上から半分が吹っ飛ぶ。


『――――――』


 破壊された棍棒の欠片が散らばる向こう側で、無傷で立つセーギはオークに目を向ける事無く子鹿へ告げる。


「この悪魔は、俺がここで倒す」


 セーギが何をしたのか? それは―――迫り来る棍棒に対して指を突き出した()()

 指先にぶつかって棍棒が壊れた、ただそれだけの事。しかしその結果はこの場に居るセーギ以外の全員を驚かせるのには十分で、衝撃的な光景。


『あ、あ、あああ……』


 未熟な黄金の鹿は見上げる。木漏れ日に照らされた黒髪の青年を。

 薔薇色の瞳はまるで燃えるような光を宿し、真っ直ぐ見詰めてくる。恐ろしい筈のモンスターを前にしているのに、何一つとして脅威と捉えていないその堂々とした姿は……子鹿にはオークよりも大きく見えた。


 如何に霊獣であろうとも未だ幼い子供でしかないこの子鹿。故にセーギの力を推し量る事は出来ず、まるで頂上の見えない遙か高い山を前にしたような気持ちになる。


『っ!? 舐めるな人間風情がぁああああっ!!?』


 オーク・デーモンが吼える。握るへし折れた棍棒。その破砕面はまるで無数の棘のようで、オークはその棘を利用してセーギを刺し殺さんと叩き付けてくる。

 そしてその棍棒が―――


「俺は君の答えを――」


 ―――青い剛腕に貫かれて完全に砕け散る。


『訊きたい』

『なッ!!? ガペッ!?』


 棍棒を貫き粉砕、その直線上にあったオークの手諸共吹き飛ばした……青き鬼の剛腕。その掌がオークの首を掴み吊り上げる。

 人間である筈のセーギの身長では不可能な行い……だが()()彼にはそれが出来る。


 銅色に輝くレンズのような目、その視線がオークを射貫く。青い生体装甲に包まれた巨躯は体格以上の威圧感を備えている。オークと全くの別物。

 次元が違う圧倒的な存在感。


『さて』

『ハッ、離ゼェエエエッ!!?』


 首を絞められたオークが藻掻く。地面から離れた両脚に手を失った腕も使って暴れる。自分の首を掴んで持ち上げる『突然現れた青い鬼』を殴り蹴る。その一撃一撃が常人を容易く粉砕出来る威力が込められていたが……しかしこの青い鬼にとっては微風よりも生温い。ただその右手でオークを吊り上げるだけ。


 そうしてオークを拘束した青い鬼……セーギの身が転じた魔王ラーヴァナは、その光る目を呆然と自分を見上げてくる子鹿へ向ける。オークの暴力や罵詈雑言を無い物として扱って、先程までと変わらず見詰める。


人間(ヒューマン)である時の名はセーギ・ラーマ』

『……セーギ』

『そして同時に、羅刹(ラークシャサ)のラーヴァナでもある』

『……人で……鬼?』

『ただの自己紹介だ。我が訊きたいのは他の事。さあどうする? お前は我に……如何して欲しい?』


 子鹿は今一度、目の前の存在に問い掛けられる。自身の心を。


 オークの抵抗が弱くなっていく。あれだけ吐き出していた雑言も勢いが無くなる。今更オークは気付いた。目の前の青鬼が自分の想像を絶する恐ろしき化け物であると。


『……ユ、許ジデグレ! マザガ貴方様ガッ、ゴレボドノ強ギ者ドバ―――』


 その後に続く命乞い、それは昼頃にセーギが殺した赤い竜と代わり映えしなかったので彼は耳にも入れない。そしてその命乞いが聞こえていないのは、この子鹿も一緒であった。


『―――た』


 言霊は心の声。心へ届ける心からの声である。


『たす、けて』


 子鹿は感じていた。人間であり鬼でもあるセーギが掛けてくる言葉。そこに嘘は無く、そして……思い遣りに満ちていたことを。


『……おね、が……い』


 守られて、逃がされて。置いてきて、振り切って。走れる限り走って、逃げて。傷付いた脚では逃げ切れなくなって。見捨ててしまった後悔だけが胸を埋め尽くして。


『ボクの家族を……ディアを助けて!』


 だから今、我慢していた思いが抑えられなくて。―――今も傷付いている筈の家族を救いたくて、助けて欲しかった。


 青鬼はその身に闘気を満ちさせる。それを浴びせられたオークはあまりの恐怖に汚物を漏らす。白目を剥いて気を失い掛けて……強制的に戻される。青鬼が狙って直撃させた“覇気”は失神して精神的に逃げることも許さない。

 オークは絶命する瞬間まで、恐怖に震える事になる。


『その言葉、確かに。では―――』

『ギィイッ!!?』


 ラーヴァナは腕を振り上げる。首を掴んでいた手を返し、オークの上下が逆転する。そして―――閃光が瞬くような速度でオークの巨体が頭から地面に向かって振り下ろされる。音さえ置き去りにする速度でありながら、オークは近付いてくる地面までの距離が永遠に続くように長く感じられた。

 そしてオークの視界に下から振り上げられた青き鬼の膝が映る。唸りを上げて迫り来る膝蹴りが視界の全てを埋める。


『―――死ね』


 その声はいやにはっきりとオークの耳に届いた。覇気による恐怖で強制的に脳を覚醒させられ拡張される死の一瞬(タキサイキア)に叩き込まれたオークは身動きが取れず、更には刹那に遅延する世界(スローモーション)の中で自身の頭部が徐々に潰される痛みと恐怖を味わう。

 漆黒の角が折れ、皮膚と肉が裂け、頭蓋が砕かれる。頭部を破壊しながら突き進む膝はそのまま脳まで潰していく。通常なら知覚する間も無く絶命する筈だったオークはしかしほんの1秒にも満たない時間を数十年以上に引き延ばされ……死にたくても死ねない地獄の苦痛の中で絶望する。


 茜色に変わりゆく空の下、森の中で、硬い何かが破砕されて弾ける音が響き渡った。

 ―――世界の悪性たる悪魔の一体が此処に討滅された。

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