119.其は星を創りし父なりて
セーギの正体が『セーギ・ラーマ』であるかどうか。
セーギがこの人間の姿を自身の正しい姿であると認識したのは単に魔王が怪物……普通の人間から掛け離れていたため。
つまりセーギは人間が自分自身の本当の姿であると『思い込んでいた』だけなのである。
魔王はゲームのキャラクター。データで構築された存在。それがこの世界では命を得て動いている。……ならば『セーギ・ラーマ』は何なのか? 死を待つばかりだった脆弱な本来の自分とは『似ても似つかぬ姿』、それはいったい?
―――そこまで考えてセーギは思い至る。
ラーマ・セーギとラーヴァナ。その2つの存在の共通点を。
それは単純な類似。誰でも気が付く事実。
「……ああ……そうか」
そもそも考えてみれば初めからおかしかった。魔王の時には勇者としての姿を取る“人化”が在り、勇者の時には鬼の姿を取る“魔王化”が在るということが。
人『化』
魔王『化』
……どちらも『化けている』。つまりどちらも―――本来の姿ではない。
「魔王も、この姿も、……『化身』か」
セーギは手を掲げる。そしてスキルを行使しようとし、やはり未だ力を取り戻し切れていない弊害で崩れ落ちそうになる我が身を見る。
泡立ちぐずぐずと溶けるように崩壊する肉体、その奥深く。そこから垣間見える姿。
異形。汚衊。腐敗。暴走。
それらが齎した嫌悪と恐怖の写し身。それこそが彼の正体。
人と鬼を移り変わる狭間に見える醜い真実。
……異常が起きていたのではない。
異常だと思われていた状態が正常だった。
「2つのアバターによって辛うじて生を繋いでいた……それが本当の俺……」
痛みも苦しみも腐乱も悪臭も嘆きも憎悪も渇望も諦観も、そうして肥大する死欲を内に秘めた醜悪な生きる屍……それを真面であるかのように成り立たせていたのが、無尽蔵の如き力能を持つ勇者と魔王の化身。
少し突いただけで弾け破れて溢れる中身を持った卵のように、2つのアバターがその力によって『欠落だらけの乱麻正義』の存在を殻のように包んで守っていたのである。
―――だがこれらの事実はさして重要ではない。
セーギは常人なら前後不覚に陥りそうな筈の事実を冷静に受け止めるとその先に目を向ける。一番の問題は『これから』のことである。
先程のセーギが思い至った事実は確信は無くとも予感は有り、そしてシータは既に知り得ていたであろう事柄。そのシータが口にしようとした話しはその事実よりも先の事なのである。
「……シータ。聞かせて欲しい」
「…………」
「欠けている俺は、この先どうすればいい?」
欠落を自覚したことで自身に残された余命が予測出来ない現状。それに対しての恐怖は無いとは言わない。だが今のセーギはその程度の恐怖に尻込みすることはない。
解決策は既に目の前の彼女が持っているのだから。……彼は独りではないのだから。
「シータが考えた『これからのこと』を教えて欲しい」
今のセーギには、愛し、愛してくれる、彼女達が居る。
シータはそんな信頼に満ちたセーギの言葉を受けて表情を凜とさせる。
「……わかった。……じゃあよく聞いてくださいセーギ君。私が知る、貴方が本当の意味で己を取り戻す方法を」
「ああ」
己を取り戻す。つまりアバターに依らず健全で正常な自身を手に入れる方法。それをシータが口にしようとする。
セーギは固唾を呑む。そうさせたのは緊張が故か。はたまた期待が故か。そんな彼へシータは言葉をぶつけた。
「―――セーギ君にはこれから最低でもあと4人、恋人を作ってもらいます」
…………。
(……ん? なんて?)
聞き間違いかと思ったセーギは眠気を飛ばすように自分のこめかみを指でぐりぐり刺激する。
「……もっかい言って?」
わんもあ。
「セーギ君には私達3人以外に最低でもあと4人恋人を作ってもらいます。つまり合わせて7人の恋人を作ってください」
「聞き間違いじゃなかった……ッ!」
より詳細に語られた。
「え? え? 待って? 話しについて行けない」
「セーギ君大丈夫。当てなら在るから」
「当てが在っても困るんだけど? 3人に告白したばっかなのに更に倍恋人を作れってなかなかぶっ飛んでない?」
倫理観以前にそれを素面で出来る奴が居たらヤベー奴だよ。セーギはそう思った。
「セーギ様の恋人になってくれそうな方の内、2人はこの教会の中に居ますし残りはあと2人ですね」
「……ルミーさんさっきより随分元気になったね。俺の話しちゃんと聞いてました? ……あれ? あのー……おーい……え、スルー?」
ついさっきまで泣き腫らしていたのが嘘だったかのようにワクワクした様子でこれからのことを語るルミーへセーギはこちらに意識を向けさせようと呼び掛けたが……残念ながらスルーされてしまった。
「条件に該当する後の2人はどんな人なのかしら? 私は面識が無いのだけれど」
ロベリアのその質問にシータが答える。
「『ジャラディジャ』も『ボレアスさん』も良い人よ。……でもセーギ君を受け入れてくれるかどうかだけは断言出来ない。どっちも気難しそうだから」
マーガレット・ジャラディジャ。
アネモネ・ダラニ・ボレアス。
両者共に“聖天戦乙女”に属する最上級聖女。シータはその2人の名を迷うことなく口に出す。
「実際に顔を合せないと結果はわからないという訳ね」
「うん。だからまずは……」
当事者である筈のセーギがそっちのけで進む話し。
セーギはそれに待ったを掛けた、
「ちょっと待った!」
空気を切るように手を突き出してセーギは叫ぶ。
「確かに俺この先どうすればいいかって聞いたよ!? だけど理由もわからないまま恋人7人も作れって言われても流石に困る!」
確かにセーギはこの場に居る彼女達に告白し恋仲にはなった。しかし流石の彼も顔すら知らない誰かを愛せよと話しを進められても困惑するしかないのである。セーギのもっともと言えばもっともな主張。それを受けてシータ達は目を見合わせる。
「……そうだね、確かに先に理由から言えば良かったね」
この中で一番事情に明るいシータがセーギへ向き直る。
「……どうしてセーギ君が7人の恋人を作らなくちゃいけないのか、その理由はね」
シータは指し示す。
その指先が示すのはセーギの右腕。虹色の輝きが灯る腕。
「セーギ君に『私達の力』を……“無垢なる祈り”をその身に授かって欲しいからなの」
「……祈りを……授かる?」
セーギのその言葉にシータは頷く。そして聖女が所有する“無垢なる祈り”の説明を始める。
「本来なら『勇者』の潜在能力を最大限まで開放するのに用いられる力、それが聖女が備える固有の能力“無垢なる祈り”。その祈りを7人分……世界を構成する『七つの属性』に対応し尚且つ『星の頂きに近い特級の力を持つ聖女』の祈りを集めれば―――セーギ君は本当の意味で復活する。その世界を形作る力によって肉体を再構成することで」
「……本当の復活……再構成……」
2つの化身に依らず、本当の自分自身を復活させる。その為に必要な7つの力。セーギの身にその力能を注ぐのに聖女の祈りが要る。
そこまで聞いてセーギは気が付く。
「もしかして……」
セーギは先程より輝きが落ち着きぼんやりと薄く発光するだけになった右腕を撫でながら、その気が付いたことを言葉にする。
「その“無垢なる祈り”を行使する為の条件……俺が聖女から祈りを貰う為には恋び……強固な絆が在る関係にならなくちゃいけない?」
それにシータが肯定する。
「うん、恋人ね。私達聖女が持つ“無垢なる祈り”が『正しく発動』する条件は……『行使者と被行使者の互いが相手に強い感情を抱く』こと。だからセーギ君には私達を含めて7人の聖女と恋人になって欲しいの。強く想い合う……愛し愛される関係に」
「…………」
取り敢えずセーギは恋人のくだりは触れないように思考に耽る。
自分が何をすべきか。何故そうしなければならないのか。その2つを知ったセーギは一度目を瞑り―――再び目を開く。
「……もし、それを成せたら、俺は本当の俺を取り戻せる。……復活する」
「うん」
「…………」
復活への期待。それを感じると同時にセーギの脳裏に、拭いきれない一つの事柄が過ぎる。
「……俺が他の聖女達とどんな関係を築くかは一端置いておいて―――あの力……俺の内に潜むジャガーノートはどうなる? これは内に抱えた爆弾みたいな物……また暴走することがあれば皆が危険にさらされる」
セーギが覚悟を決めた瞳で口にしたのは一つの懸念。
切っても切れぬ自分自身、その一側面である黒き力。周囲の全てを破壊し尽くす世界の脅威。―――【黒き破壊は全てを滅す】
それがどうなるのかだけが今のセーギが抱く唯一の気掛かり。もし再び暴走するようなことがあればどんな結果が待ち受けているか想像すら出来ない。最悪、付け入る隙であった大切な者に対しての躊躇いすら無くなり一欠片の容赦すら持たない化け物が殺戮を行うという結果すら予想されうる。
そんなセーギが持つ不安に対してシータ達が答える……そうしようとした時であった―――
『―――安心召されよ。貴方様の問いには我が答えよう』
「―――!!」
セーギ達は突然降って湧いた謎の存在に対して意識を向ける。
それこそ今この瞬間にでも戦闘行動に移れるほどに高めた極限の。
殺気までいかず。しかしそれでも重圧のみで他者を制止させられるような強烈な威圧を向けられた存在。……しかし彼の存在はそれでも落ち着き払った声で返す。
『そう警戒する必要は無い。我らが戦うことは無為であるからして』
「…………」
セーギはその存在……自分を傍で見上げてくるその者に鋭い目を向ける。
―――その者はセーギやシータ達にとって馴染み深い姿をしていた。
外見はそのまま中身だけがまったくの別物に置き換わった。そんな状態。感じる気配は元の躰の持ち主とは程遠く、今この時感じる気配と力は【醜穢なる悪霊】にさえ勝るとも劣らない凄まじい物。
だからこそ警戒は緩まず彼らは身構えたまま目の前の存在に相対する。―――それに対しその者は頭を下げる。
『……済まぬ。貴方様が不快に感じるのも当然でありそれに関しては謝罪しよう。……だが我がこうしてこの者の身体を借りて“言霊”を届けているのは他ならぬ本人から事前に許可を頂いている』
まだまだ小さなあどけない躰。目を奪われる美しい黄金の毛並み。短く小さい、だが確かな成長を感じさせる白銀の角。
よく見知ったその姿から発せられる……知らぬ声。
「……それで? 『マリー』の体を借りて何の用だ。いくらマリー自身から許可を貰ってると言ってもその経緯を俺達は知らない」
だから声の主に対して気を許すのは現時点において不可能。それをセーギは自身を見上げるマリー、その体を借りている者を透かし見るように鋭い目を向けて警戒を口にする。
「何故直接姿を現わさない。……お前は……何者だ?」
『……そう。先ずは自己紹介から始めなければいけないな。……貴方様以外の者は我の正体に薄々気が付いているようだが』
「……何?」
そう言われセーギはシータ達を横目で見る。すると確かに彼女達は自分よりも幾分か警戒の度合いが低い……相手が何者であるか彼女達は気付いたから警戒を下げたらしいことが確認出来た。
それでセーギの頭が少し冷めたからであろう、マリーの躰を借りるその存在からもう一つ別の気配……いや、『力』を感じられることに気が付いた。その力はまるでマリーの小さな躰を支えるかのように細く薄く、だが折れぬ芯のように張り巡らされている。
そんな彼の存在が名乗ろうと言霊を操る。
『では名乗らせて頂こう。我が名は―――』
「ウォフ・マナフ」
しかしその名乗りはこの場に来た別の者が割り込むように代わりに口にした。
彼女は疲れた顔で暁色の髪を掻き上げながら歩み寄ってくる。
その者こそセーギがマリーから感じたもう一つの力の持ち主。
「ディアンサス?」
「……あー……しんど」
明らかに疲労の色が濃いディアンサスの登場にセーギは驚く。いったい何があったのかと。その理由は彼女自身の口からうんざりした様子で語られることとなった。
「【不滅の聖霊】が一柱『ウォフ・マナフ』。主神が七星の一つ月から誕生させた天使。―――その天使がマリーちゃんの体を借りてアンタと話したいって言うから私が協力したのよ。……マリーちゃん二つ返事で了承するから慌てたわよ。普通に負担が大きすぎるから体壊しちゃうっての。……あー……ほんと、天使への印象ここ最近で滅茶苦茶悪くなったわ。燃え尽きてくれないかしらほんと。私の氣力と魔力ごっそり持っていって……最悪……」
「…………」
セーギはその説明でどういう経緯でこんな状況になったのか理解した。
マリーの“言霊”に由来する人を見る目は確かであるので、マリー自身が納得して躰を明け渡すのを了承したのならある程度は信用出来る。だからといって安心しきれない。マリーのその“言霊”とて万能では無い。相手が自身の悪意を腹の内に隠し偽っている可能性も少なからず存在するからだ。
そうしてセーギは警戒を緩めず注意していた。
はたしてその警戒も、仲介にディアンサスが立っていると聞いて解かれることとなった。
ディアンサスの見る目はマリーよりも確かであるから。唯一彼女だけが、セーギという一個人に対して最も長く『不信感』を抱いていたから。自身が持つ火の属性とただの直感からくる予想ではあったが、ディアンサスがセーギへ向けていた不信感は当然の物であったのだ。
数千万もの命を奪い去った者をどうして無条件で信じられようか。
……だからこそセーギはディアンサスのことを好意的に見て信頼していると言える。
『……む、折角我が自分で名乗ろうと……』
「うっさい阿呆。さっさと用件済ませて帰れ」
『……手厳しいな……』
……口が悪いのは……まあ……セーギ的にはそれも愛嬌だと思っている。
マリーの躰を借りたウォフ・マナフはやれやれと仕切り直すように首を振るとセーギを再び見上げる。
『……貴方様よ、我が名は好きに呼んで頂いて構わぬ。その上で本題に入ろうか。不肖の我が答えさせて頂こう―――他ならぬ、我らが偉大なる父からの問いなのだから』
「……何?」
セーギは眉を顰める。周りに居るシータ達から言葉にならぬざわめきが生まれる。
父。自分のことをそう呼ぶウォフ・マナフの目をセーギは静かに見詰め返す。マリーを間に挟んだ相対であるが故にその父と呼ぶ彼が自分をどう思っているのか窺い知ることは出来なかった。
ただセーギには……言霊に乗せられるウォフ・マナフの感情は……何処か懐かしく思えた。
だからだろうか。ウォフ・マナフが口にした言葉にセーギが受けた驚きは、周囲の者達と比して格段に少なかった。
『我が父を父と呼ぶのは貴方様が―――我らが『父だった物』を取り込み同一化している為。故に父は父であるからして』
「――――――」
天使が父と呼ぶ存在。
彼らにとって父とは唯一無二の存在。
『本来の名は違うが人の世では確かヴィーシャルと呼ばれていたか。真名を濫りに唱えるのは不敬だとでも考えたか、人とはういものよな。……つまりは貴方様が我らが父であるそのヴィーシャルなれば』
文字通り創星の存在。
この〈円天世界ニルヴァーナ〉を創造した絶対の神。
―――其方がその神なり―――ウォフ・マナフはセーギに対しそう断言した。そして周囲の反応など気にも留めず言葉を続ける。
『そこから|出〈い〉でてその身に宿す『黒』は父の色。根源であり全ての派生なりて。……そうであるからして荒魂の如く振る舞いし黒は孰れ殻たる和魂に統合され神格を成す物なりしや。……光の花嫁が口にし七つの祈りこそ定まら不な父の身命を助く繋がりであり契り。―――果たせば父は真の姿を取り戻す』
ウォフ・マナフは月を見上げる。
『だからこそ我は今この瞬間、父に伝えなければならぬ事がある』
どれだけ耳を傾ける者にとってそれが衝撃的な事実であれど、今まで口にしたのはこの天使にとっては只の前座。噺の座興。
だから本命は別に在る。
その身、朽ちて果てていようと伝えたいことがある。
『―――悪しき星が微睡みから目覚める。この円天世界に残されし平穏なる時は少ない』
意識のみの存在。全ての生きとし生ける物の発する言霊の中でしか漂うことを許されていない影なる者は精霊の仔と火の花嫁の力を借りて願いを口にする。
『父の覚醒は済み、残されしは花嫁の祝福のみ』
月の天使は頭を下げ。
『父よ。遺された意志を全う出来ず助けを請うしかない我らが不徳を謝罪する。……申し訳無く。……それでも、どうか、どうか……助けて頂きたい』
天使の願い。それは―――
『再びこの星に君臨し、終焉へと至る全てに救済を―――ヴィシュヌ様』
―――それは嘆きの内から出た神への祈りだった。




