118.輝きで曝される真実
ルミーは掌の上に魔法による結界を作り上げる。鏡面処理を施した結界による即席の手鏡によって自身の左眼を確認する。
「――――――」
そして自分の左眼が先のシータのように虹色の光を帯びているのを知ると驚愕を露わに黙り込む。
「……これは……どうしてルミーの眼に変化が?」
セーギはルミーの肉体的変化を調べる為に彼女のステータスを視ようとスキルを発動させる。
――――――
【――――――】
――――――
―――結果は見えず終い。今のセーギの不安定な状態では他者のステータスを閲覧することが出来なかった。寧ろ使用を続けていると暴走の危険がある為に早急な中断が必要なほどである。……セーギは眼窩の奥底で蠢く暴走の気配を遠ざけるように目を閉じ、落ち着きを取り戻すと目を開けてルミーを見る。
「どこか体に違和感は? 痛みとかはない?」
セーギは心を寄せる相手に異常が起きているのを心配し、労るようにルミーの左の頬へ手を添える。
「……ぁ……だ……だい、じょうぶです……」
ルミーは熱に浮かされたような表情でセーギを見上げ平気だと伝える。それに対してセーギは眉根を寄せて口を開く。
「本当に? だってかなり熱っぽいよ? やっぱり何処か悪いんじゃ……」
「……ぁぅぅ……」
落ち着き無く揺れるルミーの瞳。左眼に灯る虹色の軌跡がそれを追い掛けるように燐光を放つ。
顔から湯気でも上げそうなルミーとそれを心配するセーギ。そんな状況を変えたのはシータだった。
「はいセーギ君、ちょっと待ってね」
シータはルミーを抱えてひょいっと持ち上げるとセーギから身を離させ、ほんの少しだけ間を空けてから腰掛けさせるとシータもまたその近くで腰を下ろす。それに合わせるようにロベリアもセーギから身を離して少しだけ間を空けてから座り直す。
「大丈夫。セーギ君が心配するようなこと私達の方には何一つ無いから。今のルミーはちょっと胸が一杯になってるだけだから」
「……胸が一杯? どうして?」
セーギは戸惑う。今の今まで感極まり涙していたが普通に受け答え出来ていたルミーがどうしてこのタイミングでそんな状態になったのかわからないからだ。
「……えっと……」
シータは視線を泳がせる。今から言葉にする答えが口にしづらいとでも言うように。そんな彼女の様子により一層困惑を深めるセーギであったが、彼は黙ってシータが答えを出すのを待つ。その猶予が有ってかシータは決心したようにセーギと目を合わせる。
「……セーギ君……そのね……落ち着いて聞いて欲しいの」
「…………」
そこはかとなく不安になる前置き。その後に続く答えは―――
「実はね―――……私達の心に直接セーギ君の気持ちが……貴方の本心が伝わってくるの」
…………。
「え?」
セーギは言われた言葉の意味がわからず呆けた顔になる。
(心に直接? 誰の? ……俺の? 俺の気持ちが彼女達に直接?)
混乱しているセーギの様子にシータは気まずそうな表情を浮かべると決定的な一言を口にする。
「だから、セーギ君が私達に抱いてる気持ちが……言葉にしなくても伝わって……うん……きてます、はい」
「…………」
セーギは手で顔を覆って俯く。
(ちょっと待って欲しい。え? 何で? どうして? 俺の心が筒抜けになってる? どうやって? まさか全部何もかも?)
指の間を開いてセーギはそこから目を向ける。
「……ちなみに……どれだけ通じてる? 俺の心……」
判決を待つ囚人のような面持ちでセーギはシータに問い掛ける。それを受けてシータは他の2人へ視線を投げ掛ける。
相変わらず顔を真っ赤にしてしどろもどろになっているルミー。
目を輝かせ事態の進行を面白そうに眺めているロベリア。
「……セーギ君」
「はい」
「……質問を……します」
「……はい」
シータは覚悟を決めた。
「私達のこと……どれぐらい好き?」
「…………」
私達。つまり告白してきた彼女達のことをセーギはどれ程懸想しているかという質問。
……感情や思いは言葉よりも先に顔を出す。つまりシータがした質問に対してセーギの心は反射的に答えを弾き出す。
「それは勿論、好―――」
故に。セーギが自身の口で返答するよりも……シータが代わりに答える方が早かった。
考え纏めた言葉などで飾らない……直情過ぎる想いを。
「好―――
「『超好き。愛してる。もう世界中で愛を叫びたいぐらい。何で皆こんなに綺麗で可愛いんだ? 何なの俺をときめきで殺したいの? ああ、好きすぎて辛い。結婚したい、いやする。はいした結婚しました俺旦那です』」
…………。
「…………」
―――セーギは表情の抜け落ちた顔で周りの皆を見渡す。
「…………」
シータは遂に顔を赤くして視線を逸らし、ルミーは茹だりそうな顔を更に隠し、ロベリアは楽しそうな表情を一変させ顔を赤くすると口元を抑える。
「…………」
再び視線をシータに戻す。やはり彼女は目を合わせようとしない。だがその左眼はルミーと同様に虹色の輝きを灯している。
ちなみに先程シータが口にしたセーギの気持ちは……悲しいかな正解だった。……色々と酷い内容だったが。
「……セーギ君の心はそう言ってました……はい」
「……全部? 全部筒抜け?」
絞り出すような頼りない声でセーギは確認する。
「……表層的なのや強い感情のとかだけ、かな? 本気で隠してる気持ちや自覚してない気持ちはちょっとわからない……かも。多分」
「……あ、そうですか……」
確認したがどちらにしろセーギの状況は変わらなかった。自分の好きな相手に自分の気持ちが筒抜けになっているという状況には。
「……何時ぐらいから?」
「……セーギ君に告白されて、好き同士になって、瞳がこうなった時から……」
「そうか……」
妙な沈黙が辺りを満たす。あまりの静けさに星の流れる音が聞こえてきそうなほど。
セーギはどうしようもなく何処かへ逃げ出したい気分になった。逃げ場なんて存在しないのだが。
「セーギさん、セーギさん」
背中を指先でつつかれたセーギは、それをした相手へ顔を向ける。そこには頬を赤らめもじもじしているロベリアが居た。
「私のこと、好き?」
「――――――」
急にどうした。セーギはそう言いたいのをグッと堪えた。
理由はわかる。理解している。……理解してしまっているが故に……どういう結果が待っているのかセーギには予想が付いてしまっていた。
「……好きだよ。ロベリアさんのことも。勿論」
「本当?」
「……本当」
「心の底から? セーギさんの中では私も結婚しちゃってる?」
「……ぐっ……! ……して……ます……」
この辱めは何なのか。セーギは羞恥に悶えそうになるのを強靱な精神で抑え込む。精神力の無駄遣いである。
そしてロベリアは少し悩む素振りを見せると意を決したように口を開く。
「……じ、じゃあ……『ミラ、愛してる』って言って?」
「…………」
ミラはロベリアの本名である。捨てていた、しかし再び受け入れた過去の自分である。その名を出してロベリアは甘えるように希う。それを聞いたセーギは自分自身へ冷静になるように言い聞かせながら望みに応える。
「……ミラ」
「はいっ」
ロベリアは名を呼ばれると花が咲いたように表情を輝かせる。
(……ああ。これは、もう……)
セーギは名前を呼んだだけでそんな可愛らしい反応を見せたロベリアに最後の壁を壊された。……別に良いや、俺の内心ぐらい好きなだけ読んでくれ……と、セーギは考えた。それにシータも言っていた、誤魔化すのは駄目だと。
「……ミラ。愛してる。好きだ」
「~~~ッッ! …………ええ、私も……愛してる」
愛の言葉。本心からのそれを口にした時の開放感よ。この場で3人の女性に告白するという前世の倫理観に照らし合わせれば下種か屑かのような行為。しかし今のセーギはこれまで感じたことが無い清々しさを覚えていた。
―――今の告白に呼応してロベリアの左眼もシータとルミーと同じように虹色の輝きに彩られる。つまりこれでロベリアにもセーギの心が伝わるようになったということ。
他者に心の内を知られるという普通に考えれば負担でしかないそんな状況。それなのにセーギには一片の悔いは無し。確かな満足感だけがそこに在った。
セーギは感じる。鎖で雁字搦めにされていたように重かった体が嘘のように軽くなったのを。軽く―――
「…………」
そこでセーギは気が付く。
「……これは……」
我が身に起きていた異常。油断すれば秘められた力が暴走してしまう危険な状態であった自身。……その異常が目覚めた時よりも軽減していることに。
未だ元のように扱うことは無理だが、それでも瞬間的にならばスキルの行使が可能になっている。それはセーギの勘違いなどではなく、実際に瞳のスキルを発動してみれば現に知れる事実であった。
――――――
名:正義・【broken】
種族:【broken】
SEX:【broken】
AGE:【broken】
レベル:【Ⅲ】
SKILL:【broken】
ALIAS:【broken】
――――――
一部のステータスが回復している。僅かな回復であるが確かに閲覧可能な部分が出ている。
(……だけど……前と違う)
名前が生前と現在の状態が混じり、後半は壊れたままで読めない。種族・性別・年齢・スキル・称号も以前壊れたまま。レベルはこれまで視た大勢のステータスの中でも前例が無い謎の状態に。
これらの事実を確認したセーギはこの事象がどのような要因によって引き起こされた物なのか考える。―――果たして、その答えは愛すべき少女が知っていた。
「どう? セーギ君。体の調子は」
「……シータ……」
彼女の目には映っていた。その碧い瞳に備わる“慧眼”によって。
それと同時にセーギは知る。シータが自分さえ知らない真実を見通していることを。
……シータはセーギへ手を伸ばす。
「セーギ君。右腕、見せてもらって良い?」
シータのその言葉にセーギは頷き了承すると自身の右腕を差し出す。そしてシータはその右腕の袖を押し上げるように捲る。
セーギの腕に焼き付く“不滅の神弓”―――それにも変化が起きていた。
「……光……」
まるで閉じ込められていた炎の種火が外気に触れたことによって激しく燃え上がるように、刺青が光を放つ。
初めにこの腕を見た時、7色の光の中でも5色ははっきりと光を放っていたのを確認していた。しかし今はその中でも更に強い輝きを『3つの色』が放っている。
―――その輝きが何なのか、……『誰』なのか……わからないセーギではなかった。
「……シータ……ルミー……ミラ……」
3つの輝きから感じる力。
“光”、“土”、“金”……それはつまりシータ、ルミー、ロベリアの3人が司る力。
セーギは自身の肉体を癒やすように温かく照らすその輝きに目を奪われる。……そんな彼へシータは告げる。
「セーギ君の体は『欠けてる』の」
「……欠けてる?」
「うん。最初からそうだったのか、あの戦いの所為でそうなったのかわからないけど」
シータが言う『欠けてる』がステータスの壊れている状態を指すなら違和感がある。セーギはそれを指摘する。
「……俺の今の状態が、暴走したのが原因じゃない可能性があるのか?」
「どう言えば良いのかな。……私の感覚的にセーギ君が今の状態になったから『見える』ようになった感じなの。だから多分ずっと前からセーギ君は『欠けてた』と思う」
「…………」
まったく気が付かなかった自身の欠損。セーギは自分の体を見下ろしながら愕然とする。そんな彼へシータは言葉を続ける。
「……セーギ君って『魔王ラーヴァナ』の姿になれるでしょ?」
「……あ、ああ。今はなれないけど……でもそれがどうかした?」
先の言葉の衝撃が抜けきらないセーギへシータは訊ねる。
「一応聞くけど、アレってセーギ君の本当の姿?」
「――――――」
魔王ラーヴァナ。それが本当の姿か否か。
もしそれが〈NSO〉をただのゲームだと断じて考えるなら答えは決まっている。
「……違う」
答えは否。ラーヴァナはあくまでゲーム内においてデータで構築された存在に過ぎない。セーギの本当の姿とは到底言えない。
「……そっか。……じゃあ……なら―――」
だからこそ次のシータの質問はセーギにとってこれまでにない……自分自身でも少なからず疑問を抱いていた異常であったが……自身の足元が崩れるような衝撃を伴っていた。
「―――『セーギ・ラーマ』は貴方の本当の姿ですか?」
貴方は本当に貴方ですか?




