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116/127

116.その先に幸せはありますか

 

 ――――――


「……何の話ししてるんだろう」


 セーギは1人寂しく待ちながらそう呟く。そして先程のシータとルミーの様子を振り返る。


(シータに告白して……両思いで、それは良かった。……でも……その後にルミーにも告白されて……キス、されそうになって……)


 セーギは晴れない気持ちに頭を抱え「はぁ……」と溜息を吐く。


「……シータは気にならないのかな。……俺がシータ以外の娘と……仲良くするの……―――ん?」


 セーギ、シータ、ルミー。この場に居る者達以外の誰かがこの場に来たのをセーギは感じ取る。それはセーギにとって慣れ親しんだ物であり、しかし先日の戦いからその性質を様変わりさせた人物の気配だった。


「―――こんばんはセーギさん。隣り、良いかしら?」

「……ロベリアさん」


 栗色から翡翠色に染まった髪を夜風に揺らしながら現れたのはロベリアだった。セーギは「どうぞ」と短く了承の意を伝えるとロベリアはセーギの側へ腰掛ける。


「……あの……ロベリアさん」

「あら、どうかした?」


 セーギは自身とロベリアの位置関係を確かめながら言う。


「……近くないですか?」


 近い。近すぎて肩が触れ合っている。


「そうかしら?」

「……いや、これは勘違いでは無理でしょう」


 セーギが間を開けようと少し横にずれるとロベリアはそれに追従してくる。結果、再び2人は肩を触れ合わせることとなる。

 明らかにロベリアがセーギに擦り寄って来ている。その様はまるで子が親に甘えにきているかのような仕草に見える。


「……私にこうされるの……嫌かしら?」

「っ」


 上目遣いでそう聞いてくるロベリア。普段の毅然とした彼女を思えば考えられない女の子じみた態度。今までと違い憑き物が落ちたように表情が柔らかくなり優しげな空気を身に纏わせ、肌で感じる温もりと鼻腔をくすぐる女性の香りとが合いまり、それは脳を酔わせるかのような魅力を漂わせている。セーギはそれを振り払うようにして答えを返す。


「嫌……と言うか……駄目だとは思ってる。こういうのは」

「何故?」

「何故って……俺はもうシータと付き合ってるから……」


 だから他の女性に色目を使うような態度は止めるべきだとセーギは考えている。

 例えば逆の立場で考えれば、自分の好きな女性……恋人が自分以外の男性と親しくしていたらどう思うか? 答えは決まっている。


(嫌だ)


 湧き上がる嫌悪。……それは側に居るロベリアに対してではなく、セーギが自分へ感じた物。こんな風に他の女性と寄り添い感じる、本当は駄目だと知りながら……嫌ではない。むしろ好ましいとさえ思ってしまっている

 セーギはこの感情の動きをシータに対しての酷い裏切りであると考え、嫌悪感を覚えた。


「―――つまりセーギさんは、あの剣聖さんを……シータを悲しませたくないのね」

「 ! 」


 まるで心を読んだかのようなロベリアの言葉にセーギは肩を跳ねさせる。そんな彼の様子にロベリアはクスクスと笑う。


「ふふ。セーギさんって演技は上手だけど嘘は下手よねぇ」

「……何ですか、それ」

「言わなくてもわかるでしょう。私の、き・も・ち」

「…………」

「ほら、わかりやすいわぁ。……ふふふ」


 楽しそうに笑う。心底愉快だと言わんばかりに。


「さて、と。……ねえセーギさん」

「……何です?」


 ロベリアは少し体を離して座り直すとセーギに尋ねる。


「ルクミニーは嫌いかしら?」

「…………」


 それは答えづらい問いだった。ロベリアは直ぐに答えを返せないセーギを意に介さず言葉を続ける。


「とっても良い娘よ、彼女は。あんな風に断ることはなかったんじゃない? 受け入れてあげれば良かったのに。彼女自身言っていたようにきっとセーギさんに尽くしてくれるわよ?」


 ロベリアの言葉一つ一つがセーギの胸の奥に重い物を増やしていく。


「断った時、泣きそうな顔してたわよ。取り繕ってたけど。……それでも気丈に振る舞って」

「ロベリアさん」


 名を呼び言葉を遮ったセーギ。それに対してロベリアは特に気分を損ねることもなく「なぁに?」と穏やかな面持ちでセーギの言葉を待つ。


「……ロベリアさんは……」


 セーギは少し言い淀み……しかし続く言葉を発した。


「ルミーのことが苦手だと……嫌いだと思ってたんですが?」


 我ながら嫌な発言だとセーギは思った。人の好悪に言及するなど。

 それでもロベリアの表情に大した変化はなかった。強いて言えばより笑みが深まったことぐらいである。そして何でもないように答えを返す。


「ふふ……そうよ。私、あの娘のこと……だ~い嫌いだったもの」

「…………」


 やはり苦手だと思った。人の口から誰かが嫌いだと聞くのは。……それが少なからず想っている相手であったなら尚更。


「生まれも育ちも良くて、恵まれてるあの娘のことが、出会う前から嫌いだった。家で教えてもらっただろう愛想の良い笑顔なんて浮かべて……慈善事業なんて道楽でやっているようにしか見えなかった。内心相手のことを見下して憐れんで、強者としての高みから施しを授けて悦に浸ってたんじゃないかって―――」

「違う」


 静かな否定。


「…………」


 ロベリアはセーギから空気が重くなるような圧が漏れ出たのを感じ取り、……しかしそれでも笑顔を崩すことはなかった。予想していたかのように、小揺るぎもしなかった。だから聞き返す言葉に緊張の欠片も無かった。


「違うって、何が?」

「……ルミーはそんな娘じゃない」


 セーギはロベリアから顔を逸らして言い放つ。それでロベリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふふ。知ってる」

「…………」


 そう、知っている。何故ならロベリア自身が言っていたから……ルミーは良い娘であると。


「要は偏見の目で見てたのよあの娘のこと。……ねえ、セーギさんは知ってるかしら? ルクミニーが貴族の生まれだって」

「……シャナヴィ殿下との会話の時、そうなのかなって思った。……じゃあルミーは本当に?」

「ええ、そうよ。エショルディアって〈アヨーディ王国〉じゃあ結構大きな家なのよ。伯爵の地位を戴いてるしね」

「……伯爵……」


 セーギは難しい顔になる。


「……セーギさん?」

「…………」


 ロベリアは黙りこくるセーギの顔を見る。するとセーギはサッと目を逸らした。


「…………」

「…………」

「……セーギさん、もしかして……?」

「っ」


 何かに気付いたロベリアはそれを指摘する。


「伯爵がどれだけの地位なのか知らない?」

「…………」


 図星だった。


「……だって、俺の故郷じゃ爵位なんてもう殆ど廃れてたようなものだし。……日常生活で使うことなんてなかったし……」


 言い訳がましいセーギの言葉。それを聞いたロベリアは手で口元を隠すと……。


「ぷっ……ふっ!……ふふっ……あはははは!」


 笑った。


「ちょ、笑うのは酷くない?」

「だってセーギさん、小っちゃい子供みたいなこと言うんだもの。あー可笑しい」

「……はいはい。どうせ俺は実質5歳児ですよ」

「もう拗ねないでよ可愛いんだから。ちなみに伯爵は王家の次に偉い貴族って覚えれば良いわよ」

「……教えてくれてありがとうございます。でも頭撫でるのは止めてくれません?」


 よしよしと頭を撫でていたロベリアはセーギの言葉に素直に従い手を離す。そしてロベリアは下からセーギの顔を覗き込むように上体を倒すと口を開く。


「ドキドキした?」

「……さあ?」


 した。不覚としか言いようがない。セーギは心の中で「年上の美人ってズルい」と思いながらとぼけた返事をした。そんなセーギの内心を見透かしたように笑いながらロベリアは目を細める。


「もし私がセーギさんに撫でられたら……とてもドキドキすると思うわ」


 薄らと赤く色付くロベリアの頬。そのはにかんだ笑顔はひどく魅力的だった。


「…………」

「試してみる?」

「しません」

「あら残念」


 すっぱりと断ったセーギ。それに対して少しも残念そうな素振りを見せずロベリアは体勢を戻すと「さて、何の話しをしていたかしら?」と態とらしい言葉を発する。続けて口を開いたのがその証拠である。


「……そう、確か……私の話しをしていたわね」

「違うでしょ」


 セーギは反射的に突っ込みを入れた。彼の記憶ではルミーが話しの中心だった。


「違わないわよ」


 しかしロベリアはそう断言する。そして困惑で口を噤んだセーギへ彼女は言う。宣言するように。


「だって私も当事者……セーギさんのことが好きな1人なんですもの」

「――――――」


 何気ない風にそう言ったロベリアにセーギは完全に言葉を失う。……相手の気持ちに気付いていないわけではなかったが、それでも口にするのとしないのとでは雲泥の差がある。突き付けられた相手の好意にセーギは今日何度目かになる強い衝撃を心に受けた。


 そしてセーギは疑問に思う。自分とロベリアの関係、それは少なくとも彼女の立場から言えば事務的(ビジネスライク)さが中心に置かれた物であった筈だと。だから好意を抱かれる理由も切掛も何なのか想像出来なかった。

 ―――だから次にロベリアが口にした言葉に目を見開く。


「『好きなことだけ生きていたい』」

「 ! 」

「あの日、貴方は私にそう言った。その言葉の意味も」


 ロベリアの脳裏にあの夜のセーギが口にした言葉が思い返される。


 ◆◆◆


『―――俺の治療や面倒を看てくれていた“先生”。そして友達。……その皆が言うんですよ……『セーギ(お前)はもうしたいことだけ、好きなことだけ、すれば良いんだよ』って。……出来る事が限られてて余命も僅かしかなかった俺に言うんです。……反感は覚えませんでした。きっとそれは、そう言う皆の方が辛そうな顔をしてたからだと思うんです』


 まるで自分達の力不足を嘆くように。救えなかったことを悔いるように。


『そんな皆の顔を見るのが、本当に嫌だった』


 だからセーギは決めた。


『皆には心の底から笑ってもらいたい。その為に俺は、皆が言う通りにすることにした。全力で』


 理想郷(ニルヴァーナ)のような世界(ゲーム)の中でセーギはやりたいことに邁進した。己がエゴの権化―――“魔王”として。


『俺が“魔王”として振る舞えば振る舞うほど、皆との垣根が無くなっていく気がした。今までよりも深く心を通わせられた気がした。……『心を通じ合わせる』なんて皆に言ったら驚かれたけどね。まあAIと心を通わせるなんて可笑しな話しだけど……俺はそう感じた』


 皆が何に喜び、悲しみ、怒り、楽しみ、笑い、泣くのか。肉体の枷を越えて成長する“魔王”はそれをまるで自分の事のように感じ取れた。


『それで皆と打ち解けられて、沢山馬鹿みたいなこともやって、時には犯罪じみたこともやったり……本当に楽しかった。……ああ……これが好きに生きることなんだって思った』


 セーギと通じ合うほど、AI(友人)達も単純ではない複雑に絡み合った感情を見せるようになった。まるでセーギの成長に呼応して彼らのAIも発展していくかのように。


 ロベリアは言った。『セーギさんは優しいのね。皆の為にそうしようと思ったんでしょう?』と。……セーギはそれに対して首を横に振って答えた。


『本当に優しいのは俺じゃない。……皆……優しいのは皆で……だから、俺のそれは与えてもらった優しさなんだ。……皆から受け取ったから皆へ返したかった。皆が俺に望んだ形で』


 それがセーギの言う『好きなことだけして生きていたい』に繋がる。それを聞いたロベリアはそれでセーギの人となりに関しては納得した。……納得したがそれだけだった。ああ、セーギさんは本当にお人好しなんだなと、そう思っただけだった。―――続く言葉を聞くまでは。


『―――だから俺は返したいんです。皆に……ロベリアさんにも』


 ロベリアは茫然とした。言われたことが理解出来なかった。

 返したい? 私に? 何を? ……話しの流れでそれが何なのかわかっている。しかしロベリアには何故それをセーギは自分へ返したいと言ったのかわからなかった。自分は彼に対して優しさなど与えていないと思っていた。だからロベリアは『何を言っているのセーギさん。私は貴方へ何もあげていないわ』と言った。……それへのセーギの答えはやはり首を横に振る否定だった。


『覚えてますか? ロベリアさんが初めて俺に持ち掛けた仕事』


 敵対勢力である暴力団の壊滅、及び囚われ不当な扱いを受ける子供達の救出。それがセーギがロベリアから提案された仕事。忘れる筈がない。


『……あれを受けて、成し遂げて……俺は本当に嬉しかったんです』


 どうして?


『俺だけじゃきっと見落としていた虐げられていた子供達。……あの子達を救えた、笑顔を見せてくれた……それが嬉しかったんです』


 ロベリアは言う、『それはあくまで結果。私には打算と企みがあってそうしただけ。決して優しさから起こした行動じゃない』と。それに対してセーギは『それでも良いんです』と笑って返した。


『どんな思惑があったとしても、俺はロベリアさんが子供を救うと選択してくれたことが嬉しかった。……温かい気持ちになれました。……そして笑って元気に生きる子供達を見て、俺は決めたんです』


 セーギの瞳は深い色を帯びていた。……見詰められるロベリアの胸の奥が、切なくなる、温かくなるような、そんな色を湛えていた。


『救われた子供達と同じくらい……いや、それ以上に……ロベリアさんを助けたいって。貴女に笑っていてほしいって。そう思ったんです』


 ―――ロベリアは絶句した。それは自分を救いたいという言葉だったから。裏の世界に身をやつし、罪を犯して生き続けてきた自分を救いたいのだと……セーギはそう言った。


『だって俺、好きな皆には幸せになってほしいから。……笑っていて欲しいから。……そうしたら俺自身も……幸せな気持ちなるから、だから―――だから俺は好きにしますよ。……その先にロベリアさんの幸せが在るのなら』


 そうしてセーギが浮かべた表情は少しだけ意地悪そうな、しかし嫌みの無い笑顔だった。

 それを見たロベリアは……言葉に出来ない気持ちが胸に満ちていくのを感じた。


 世界が広がった気がした。


 ◆◆◆


「――――その日から私は貴方のことが頭から離れなくなった。誰にでも優しいお人好しだと思っていた人が……私の想像以上にお人好しだったと知って。……そこから大変だったのよ? 仕事中でも貴方の事が忘れられなくなったし。……本当、困ったわ」


 ロベリアの笑顔。頬を赤らめながらのそれは本当に穏やかなもので幸せそうな笑顔だった。


「気になる人から『貴女を幸せにしたい』って言われて……柄にもなくときめいてたのよ? 私」


 長い翡翠の髪を手で掬い、それで口元を隠すようにして笑うロベリアは……子供のように見えた。―――まるで幼く弱かった自分を受け入れたように。


「ねえ、セーギさん」


 そんな彼女は問い掛ける。

 決心した筈なのに、迷いが晴れない彼へ向かって。


「今の貴方が向かおうとしている先に、幸せはありますか? 貴方は……幸せになれますか?」

「――――――」


 ―――答えられなかった。セーギはその問いに答えられなかった。

 言うべきことはわかっているのに……『シータと共に居れば幸せだ』と、そう言えばいいだけなのに。

 彼は答えることが出来なかった。

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