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115.まだ早いと思うの

 ルミーの真剣な告白。それにセーギは顔を赤く染め戸惑いを見せる。


「ルミー。それは……」

「セーギ様は私が嫌いですか? こうしてお側に寄られると迷惑ですか?」

「……嫌いなんてことはない……ないけど……」


 繋ぐ手。ルミーの方が握る力が強くなっている。

 セーギはルミーの目を見る。

 真っ直ぐ射貫くような瞳、そう思っていた。……しかしそこに僅かに垣間見せた揺らぎをセーギは目にした。―――それでセーギは一気に冷静になった。

 何を迷うことがあったのか、と。


「……ルミー」

「はい」

「……嬉しかったよ。好きだって言ってくれて。……うん。嬉しかった」

「……っ! ……では―――」

「それでも」


 好意的な答えにルミーは顔を綻ばせたがが、セーギはルミーの言葉を遮るように努めて静かな声で続きの言葉を口にする。


「それでも……俺にはもうシータがいる」

「――――――」


 凍り付いたようにルミーの表情が固まる。セーギは力の抜けたルミーの指からゆっくりと繋ぎ合わせていた指を解く。


「シータが好きだと言った……シータに好きだと言ってもらえた。なら俺が一番に応えるべき相手はシータだ」


 以前のセーギならルミーの好意に対して手放しに喜んでいた。……しかし以前とはあくまで過去であって、今ではない。


「今の俺の隣りに居るのは……シータだけだ」


 セーギの倫理観。それは生まれ育った場所で育まれた物。……互いに身命を賭せるほど繋がりあった両親の姿(義経とソーニャ)を見て培われた物。なら愛し合う相手は1人。一対であるべきだと考えている。

 互いに身に付ける誓いの証、愛の指輪、捧げ繋がり合う心臓(こころ)は一つずつ。……そう学んだ。

 故にセーギの答えは否定であった。


「だからルミーの気持ちには応え―――っ!」


 真剣な想いには真剣に対応する。それが最も誠実であると考えているセーギは、内心で相手の好意を無碍にすることに対し苦痛を感じながらもはっきりと告白を断ろうとした。


 しかし続きの言葉は口に出来なかった。ルミーが突然起こした行動によって。


「……ルミー、これはいったい?」


 セーギは困惑を顔に浮かべて問い、ルミーは笑う。


「あら残念です。やはり私程度ではセーギ様に不意打ちは無理ですね」


 至近距離。ルミーの顔はセーギの顔の間近まで来ていた。ともすれば口と口が触れ合いそうな距離まで。……ルミーはセーギの肩へ手を伸ばし、引き寄せながら背伸びして『口付け』をしようとしたのだ。

 その口付けを防いだのは他でもないセーギ自身。逆にルミーの肩へ手を当てて押さえ付けるようにして制したのだ。


「……ふぅ……力尽くでは私に目はありませんね。……セーギ様がもっと隙だらけだったら良かったのに。……そこも素敵なんですが」


 身長差的に無理な体勢が続くのを良しとしなかったのかルミーは素直に体を放す。


「突然、どうして?」


 セーギは理解しがたいというように眉間に皺を寄せてルミーに尋ねる、今の行動の理由を。それにルミーは強行に出た者とは思えない穏やかな笑みを浮かべて答える。


「……だって私、もう決めてましたから」


 ルミーは自身の胸、心臓の位置へ両手を当てる。


「あの日、あの時、……セーギ様に救われた瞬間から……私は貴方だけの物だと決めたのです。貴方だけを愛すると決めたのです。……セーギ様じゃないと駄目なのです、嫌なんです」

「…………」

「この気持ち……シータちゃんにだって負けるつもりは……」


 絶対に退かない。そんな自分の想いを口にしたルミーだが、ここではたと気が付く。

 先程からシータは一切ルミーとセーギのやり取りに介入してきていないことに。


(……? ……どうしてシータちゃんの反応が無いんでしょう? あんな、自分の好きな相手へ先んじてキスまでしようとしたのに)


 告白まではわかる。しかし、口付けまでしようとしたことに文句はおろか声を上げることすらなかった。ルミーはそのことを不思議に思いシータの方へ目を向ける。


「シータちゃん……って……え?」


 ルミーはさっきまでの内心を失う。ぽけっとした表情を浮かべる。


「……どうしたの? シータに何が……へ?」


 ルミーの不審な様子にセーギは訝しげな表情をし、その原因と思われるシータの方へ自分もまた顔を向け……同じように間抜けな顔になる。


「…………」


 シータがおかしかった。

 真っ赤になった顔を両手で覆っている。そして体の向きをセーギとルミーの方向から僅かに、微妙に逸らしている。

 奇妙な行動……奇行であった。


「…………」

「…………」


 先程まで会話の中心だったセーギとルミーが黙ってしまった所為でこの場に妙な沈黙が流れる。


「……シータちゃん? 何をしてるんですか?」


 沈黙を破り、まず最初に声を発したのはルミー。彼女はどんな表情をしていいかわからず微妙に引き攣らせた笑顔でシータへその奇行の理由を問い掛ける。


「っ!」


 シータはビクッっと体を跳ねさせる。それは臆病な小動物が驚いような反応であった。……声を掛けられたシータは顔を押さえたまま、すぅっと指の開いて隙間を作り、チラッと覗く。


「……め……と……の」

「……え? 何ですって?」


 シータの声は手の内で籠もり上手く聞き取れなかった。だからルミーはもっとよく聞こえるように耳を近づける。セーギもそれに倣って顔を寄せる。


 ―――シータは手の内で口をわななかせながら、ヤケクソ気味に叫ぶ。


「だっ! 駄目だと思うのそういうのはっ!? まだ早いと思うのっ!?」


 …………。

 セーギとルミーは顔を見合わせる。2人の心境は同じだった。それはさっきまで意見の対立が起こっていた者同士とは思えないほどの一致だった。


(……え、何が?)


 そんな困惑がセーギとルミーを襲う。

 意味がわからない。シータはいったい何を言っているのか?

 セーギとルミーの無言のやりとりの末、取り敢えずセーギが聞くことになった。


「シ、シータ? 早いっていったいどういう意味?」

「……それは……」


 シータは顔を隠していた両手を下ろす。その顔色は赤いまま。そして下ろした両手の指を所在なさげにもじもじとさせている。そんな状態で彼女は言った。



「その、ね。……えっとね……―――付き合って直ぐにキスは早いかなって思うの」


 …………。


「……うん……うん?」

「ほ、ほら! 別にダメってわけじゃないの! ……いや、ダメなんだけど! そういうダメじゃなくて……そう! 物事には順序ってあると思うの!」

「……………」

「だからね、さっきは勢いでハグまでしちゃったけど……デート! 告白の次はデートだと私は思います!」

「お、おう……」


 セーギは感じた、『なんだろう……何かズレてる気がする』、そんな気持ちを。

 シータへ向けていた顔をルミーへ移す。……そこには頭痛を堪えるかのように頭を抑えているルミーの姿があった。


「……シータちゃん……それはあまりにもあんまりでは?」

「え? 何が? ……私の言ってること、何か変?」

「変と言うか論点が違うと言うか。……ちなみに、あ・え・て、聞きますがキスはどのぐらいの段階ですか?」


 胡乱げな視線をシータへ投げ掛けるルミーはそう聞いた。シータはそれに対して首を傾げ、指折りながら口にする。


「えっとね……告白でしょ? それでデートでしょ? その時に手を繋ぐでしょ? それで沢山遊んでからまた明日ってバイバイするでしょ? 一緒にご飯を食べるでしょ? おしゃべりするでしょ? それでね……うぅ、恥ずかしい……ギュッと抱き締め合うでしょ? それから好きだよー好きだよーって、あ、あ、愛を囁き合うでしょ? ……そうしたら……キッ……スッ! な、わけじゃ、ない。……だから早いかなって」

「……殆ど済んでるじゃないですか」

「……あれ?」


 ルミーの指摘にシータはキョトンとする。

 確かに。順序は違えどシータとセーギ、そしてルミーはそれらの出来事(イベント)は疾うに終えている。


「……シータちゃん。ちょっとこっちへ……」


 ストンと表情が抜け落ちたルミーはシータの手を引いて移動しようとする。


「え? あれ? ルミー? どうしてそんな怖い顔してるの?」

「セーギ様。申し訳まりませんが少々お待ち頂いても?」

「……え、あ、うん」

「ねえルミー? 私何か悪いことしちゃった? しちゃったの? へ、返事してくれないと私不安になっちゃうかな~って……ねえルミー? 物陰に連れ込んで何を―――」


 ルミーの手によりずるずると引き摺られていくシータ。そのままセーギの視界に入らない屋根の陰へと入り込むと―――ガシャン……と結界が張られた。それによって内部の音が外へ漏れなくなった。


「…………」


 1人残されたセーギはその場に腰を下ろす。そしてぽつねんと月を見上げた。


 ――――――


「―――さあシータちゃん。お話しをしましょうか?」

「ええっと……何の、でしょうか?」


 本気でわかっていない……そんな様子を見せるシータにルミーは「……はぁ……」と溜息を吐く。


「……順を追って話しましょうか」

「お、お願いします」


 何故か2人して正座で膝を突き合わせる状態で話しが始まる。


「……先ず……シータちゃんはセーギ様に告白されました」

「……う、うん。……えへへ……」

「次にシータちゃんもセーギ様へ告白しました」

「うんっ! したっ!」

「晴れて2人は両思い。一緒に成れたんです。……ここまでは良いですか?」

「はいっ」


 そこまで話すとルミーは少しだけ表情を硬くする。次に自分が口にする言葉が重く苦しいとでも言うように。しかしそれでも彼女は毅然と言葉にする。


「……そしてセーギ様はシータちゃんだけを愛すると言い……私は拒絶されました」


 ―――何でも無いように振る舞った。まるで気にしていないかのように。セーギがどんな答えを出そうと自分の気持ちを押し通すのだと……そんな物は見せかけである。

 想いを拒絶されて辛くない筈がない。


「……シータちゃんはセーギ様と結ばれる。……誰にも邪魔されることなく」


 自分を差し置いて結ばれた相手を妬まない筈がない。


「セーギ様は優しいですが決めたことを貫く人です。……私がこれ以上どうこうしようと只の悪足掻きにしかならないでしょう」


 欲しかった未来が閉ざされ悲しくない筈がない。


「……逆を言えばだからこそセーギ様はシータちゃんを幸せにしてくれると確信出来ます。……2人……幸せになれるんです」


 それでも……大切な友人が幸せになってくれることに喜びを感じた。


「それなのに」


 故に。


「どうしてシータちゃんは先程―――『ルミー(この私)もセーギ様と付き合うことを前提に』話しをしていたんですか? ……しかも既に受け入れた形で……あの場を茶化すように」


 男女の付き合いにとことん疎い……初心な女の子の『振り』までして。

 そんな筈がないのに。“聖女”としての役割を得たその日から『優秀な次代の子を儲ける』ことが役目となり、その為の教育や心構えを説かれるというのに。


「ねえ、シータちゃん。……どうしてあんな男女の仲に不慣れですとでも言わんばかりな、態とらしい発言をしたんですか?」

「…………」


 ルミーはその真意を問い掛ける為にこうしてセーギから離れて2人きりの状況にしたのだ。

 シータはどうしてあの時、あのような態度だったのか、その答えを知る為に。


「だって……」


 果たして―――


「……だって……ルミー。また遠慮してる。……身を退こうとしてるじゃない」

「――――――」


 シータのその言葉に意表を突かれたルミーは目を見開く。

 図星だったのだ。


「……そ、んな……こと」

「ない筈がないでしょ? 自分で言ったじゃない。ついさっき。……『私に目はない』とか『悪足掻きにしかならない』とか『2人(私とセーギ君が)幸せになれる』とか……そこが本音でしょ?」

「っ!?」


 ルミーは腰を上げて立ち上がり、その場から逃げだそうと―――


「逃がさない」

「ぅあ」


 一瞬で立ち上がったシータは目にも留まらぬ身のこなしによって、片手でルミーの片方の手首を掴み、もう片方の手を相手の背中へ回し、抱き寄せる。

 その瞳にお互いの顔しか映らないほど、2人は近付く。


「ずっと考えてたの、私」

「…………」


 何を? とは聞けなかった。それを黙殺するほどの圧力が……シータの抱いた覚悟がルミーの口を開かせなかった。

 シータは続ける。


「私ね、どんな未来が欲しいんだろうって考えてたの。……それでね、見付けたの……『それ』を」


 想いを語る。


「私って好きな子には幸せになってほしいみたいなの。……一緒だったの」


 それは彼女が自分の気持ちを自覚した時から、胸の奥底で芽生えた小さな思い、わがまま(エゴイズム)。……ある人物から与えられ、受け入れた『感情の種』だった。


「私の目が、手が、言葉が、気持ちが……全部届く位置で……幸せになってほしいの」

「……っ!? シータちゃんっ……それっ」


 ルミーは気付く。シータの異変、その状態に。まるでシータの感情の昂りに応じて顕れた変化に。


「『この気持ち』は……セーギ君の物だから。セーギ君から貰った物だから―――だから私はその為の力になる」


 ―――シータの左眼。それがセーギの身に宿る力の本質……『虹色』の輝きを発した。

貴女の想いを諦めるのは、まだ早い。

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