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114.想い、告白、トリビュート

 誤解の余地は無い。セーギの口にした言葉、その意味をシータは理解して―――


「―――~~~~っ!?」


 顔を真っ赤に染めた。

 そして声にならない悲鳴を上げ、顔を隠すように両手で押さえてから座った体勢のまま上体を突っ伏した。


「シ、シータ?」


 突然突っ伏したシータへセーギは心配の声を掛ける。


「~~~~まっ!? 待って待って!? ちょっと待って!?」

「お、おう」


 ワッと上がったシータの制止の声にセーギは言われた通り待機する。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 何もしていないのに顔を真っ赤にして息を荒げるシータ。


「…………」


 余計に心配そうにするセーギ。

 少しばかり2人の間で言葉を交わさない時間が流れる。そうしているとシータは静かに「……すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」と深呼吸を始める。


「……ねえ、セーギ君」


 再びシータが発した声は先よりも落ち着きを取り戻しており、それを聞いたセーギは「ん……どうしたの?」と穏やかさを心掛けて続きを促した。


「……さっきのなんだけど」

「うん」

「……本当?」

「……ああ。本当だよ」


 誤解も、嘘だって無い。紛うこと無き本心だった。


「本当? ほんとに本当?」

「ほんとのほんと」

「~~っ!? ~~っ!?」


 突っ伏したままシータは脚をバタバタさせる。


「だ、大丈夫?」

「~~~~!!」


 脚のバタつきは止まったが、シータは今度は首を左右に激しく振りだした。


「……むりぃ……」

「え」


 手の隙間から漏れ出た弱音。その意味がわからずセーギはシータの顔を覗き込もうと体を動かす。


「 ! ……だめっ……やだっ……近付かないでっ」

「……ご、ごめん……」


 拒絶の言葉にセーギは若干傷付いた。少し肩を落として元の位置に座り直す。


「違うの。……ごめんなさいセーギ君……違うの」

「 ? 」


 シータの言葉にセーギは落としていた肩を上げて目を向ける。


「……えっとね……そのね……嫌だったんじゃないの……ただ……その……今、私……」


 シータは絞り出すように今の気持ちを口にする。


「―――死んじゃいそう」

「ええっ!?」


 いきなりの瀕死発言。それにセーギは目を剥いて驚く。


「シータ、本当に大丈夫? 中へ戻ろうか?」


 セーギはシータの身を案じて建物の中へ戻ることを提案し、行動に移そうと立ち上がるが―――


「…………」

「……シータ?」


 セーギのズボンの裾をギュッと握り締めて彼の動きを止めるシータ。それでも未だ顔を上げようとしない彼女へセーギは戸惑いの声を掛ける。

 くいくいと裾が引っ張られる。言葉無く座るよう指示してくる。


「……こうで良いの、かな?」

「…………」

「もっと側? ……じゃ、じゃあ失礼……します」


 セーギはシータの直ぐ側へ座り直した。それでやっと裾から手が放される。


「…………」

「…………」


 ちょっとでも身動(みじろ)ぎすれば肩と肩が触れ合いそうな距離。そんな近く。告白の返事をまだ返してもらえず、そしてこの状況。セーギの心にジワジワと炙るような緊張感が満ちていく。

 そんな時。


「……えい……」

「 ! 」


 セーギの肩へもたれ掛かったシータによって、2人は触れ合う。2人の距離がゼロになる。

 驚きで固まるセーギへシータは言葉を口にする。……自分の気持ちを。


「セーギ君。私、知らなかった。死んじゃいそうな気持ちになるんだね。……嬉しすぎると」


 シータはそう言って面を上げていく。それを見たセーギは今の発言の意を尋ねようとする。


「シータ、それって――――――」


 しかしセーギは言葉を失う。シータの浮かべた表情を見て。


 羞恥に赤らめた顔。熱っぽくなり少し汗ばんだ肌。緊張で引き締められた口元。―――それでも真っ直ぐにセーギを見詰める綺麗な、何処までも澄んだ、潤んだ瞳。


「……セーギ君」


 セーギの手にシータの手が重ねられる。白く、細く、温かく、セーギの手よりも小さな手。そんな嫋やかさとは別に感じさせる掌の硬さ……これまでの人生を剣と共に生きてきた強く大きな手。


「……シータ」


 セーギは手の向きを変え、重ねられた手へ指を絡める。シータの手もそれに応じる。互いに差し出して絡まり合い強く握り合った手と手。

 触れ合った手から互いの鼓動が聞こえる。それがどうしようもなく―――いとおしい。

 シータが言葉を紡ぐたび、それを聞いたセーギの胸の奥に地平から昇った日差しを身に受けたような温もりが広がる。

 握る手の力が強くなる。

 シータの震える唇から、静かに、だがはっきりと……想いが紡がれる。


「好き」


 ……ああ。この瞬間、セーギの目にはもう彼女しか映らない。


「私も……セーギ君が好き。……大好き」


 虜になる。囚われる。理性が感情の奴隷となる。意識が酩酊したかのように揺らぎ、自身が他人へと引いた境界の一線を……越える。


 ―――気が付くとセーギはシータを引き寄せ、抱き締めていた。強く。強く。

 夜の空。月光の下。2つの影は一つになる。


「シータ」

「セーギ君」


 その腕に抱く相手の名前を呼ぶ。ただそれだけで満たされていく。

 掛け替えのない、失いたくない、大切な存在。


「……シータ」

「……セーギ君」


 世界に2人しかいない気持ちになる。

 ……そんなわけ無いのだが。



「―――私も居るんですけどね」



 セーギとシータ以外の声が教会の屋根へ響く。


「「!!?」」


 完全に意識の外だったセーギとシータは驚きのあまり跳び跳ねるように立ち上がって離れ、声が聞こえた方へ体を向ける。


「……お邪魔でしたか?」


 声の主は2人から少し離れた屋根の縁に腰掛けていた。そして普段の調子からは想像し難い不機嫌さの混じる様子で皮肉を言う。シータは表情を引き攣らせながらその相手の名前を呼ぶ。


「……ル、ルミー……」

「どうも」


 名を呼ばれたルミーは笑顔で頭を下げる。湯上がりらしく少しの湿り気を帯びた纏めていない金髪がサラサラと風に揺れる。


「……シータちゃん」

「はいっ」


 笑顔。ルミーは笑顔を浮かべているだけなのに形容しがたい威圧感を漂わせている。それを受けてシータはビシッと音が鳴りそうな挙動で背筋を伸ばす。


(……怒ってる? もしかしてルミー怒ってる? 私が抜け駆けみたいなことしたから……)


 数多の戦場を越えてきた剣聖たるシータが戦々恐々とする。人類最強クラスの戦闘力などこの瞬間なんの役にも立っていない。……そんな彼女へルミーは笑みを深めながら言葉を掛ける。


「おめでとうございます」


 祝福の言葉。


「……へ?」


 予想していなかったそんな言葉に呆気に取られるシータ。そんな彼女の様子も気にせずルミーは言葉を続ける。


「とてもめでたいことです。今日、ここで……・シータちゃんとセーギ様の想いが通じ合い結ばれたこと。……私は祝福します」

「……あ、ありがとう?」


 困惑しながらもシータは感謝を伝える。


「……ふふふ」

「ル、ルミー?」


 笑顔ばかりでなく遂には笑い始めたルミーにシータの戸惑いは大きくなる。ちなみにここまで空気だったセーギはこの状況が掴みきれず視線をシータとルミーへと交互に行ったり来たりさせていた。


「……さて」


 ルミーは立ち上がる。そして歩き出しシータの近くまで来て……そこを更に越え……セーギの側、シータの立つ位置とは逆側で歩みを止めてルミーは立った。


「こんばんは、セーギ様。お加減は如何でしょうか」

「え? あ……うん。大分良くなった」


 先とは逆にシータが置いてけぼりになり、会話の流れはセーギとルミーだけになる。それにシータはどうしていいかわからなくなってオロオロし、セーギはぎこちない笑顔を浮かべて対応する。


「迷惑を掛けたし、我儘も言って……本当にごめん。俺はもう大丈夫。ありがとうルミー」

「良くなられたようで何よりです。……ですが私なんて大したことは出来ていませんから」


 ルミーは真意の読めなかった笑顔から、自身の力足らずを悔いるような表情になる。彼女はまだセーギに大きな負担を掛けてしまったのを後悔している。

 ルミーのその一面を目の当たりにしたセーギから惑いが消える。


「それは違う」


 強い否定の言葉。それを受けたルミーは少し間の抜けたような顔でセーギを見上げる。


「言っただろ。俺が救われたのは皆が居てくれたからって。そこには当然ルミーだって居る」

「…………」

「大したことは出来ていない……そんなことは有り得ない」


 セーギは少しだけ怒っていた。大切な人が自分自身を蔑ろにするようなことを口にしたから。それを否定する為にセーギは自分の想いを言葉にする。


「だって俺はこんなにも……ルミーに感謝してる。君が大切だって思ってる」


 セーギはルミーの手を取る。小さな手を大きな手が包み込む。


「ありがとう。本当にありがとう……ルミー。君が居てくれて本当に嬉しかった」

「――――――」


 手を繋ぎ、真摯に浴びせてきた本心。それを受けたルミーは顔を伏せるようにして俯く。


「……ルミー?」


 返事は無い。

 ただ金の髪から覗く耳は真っ赤になっていた。大きな手を握り返す力が強くなっていた。そうして風で消えてしまいそうなか細い声で「……ああ……私はやはり……」と溢すと、ルミーは面を上げた。


「セーギ様」


 多少は落ち着きを取り戻したのかしかし頬の紅潮だけは抜けきらない顔色のまま、ルミーは真っ直ぐセーギを見詰め顔を寄せるように背伸びする。海のような青さを持つ瞳がセーギの薔薇色を映す。海面に咲く太陽のように。


「―――私を娶ってください」


 その言葉はセーギの耳に入ったが……直ぐに意味を理解することは出来なかった。セーギの隣に居たシータは目を見開き彼と同じように固まる。

 そんな様子になど目もくれず、ルミーはセーギへ畳み掛けた。


「セーギ様。私は貴方をお慕いしています。……私を……セーギ様の物にしてください。……この身、この心、この全てを貴方の物に」


 揺るがない大地の如き想いの言葉。


「愛しています。私はセーギ様を……愛しています」


 ……ルミーのそれはこの場に居る『全員』に宣言するような―――愛の告白であった。

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