113.月が綺麗ですね
押し黙るセーギの代わりに前へ出たのはルミーだった。
「……殿下。少しだけ時間を頂いても?」
「む。君は……確かエショルディアの令嬢……だったか」
「間違ってはいません……が、しかし。今の私は聖光教会に所属するただのいち司祭です」
ルミーはシャナヴィに礼をすると静謐な目を向ける。
「殿下。お呼び立てした折り申し訳ありませんが……セーギ様は未だ本調子ではない様子。今回は顔合わせにとどめ、本題への答えは明日にでも」
「……そう、だな」
シャナヴィは少しだけまだ何かを言いたそうにしたがルミーの有無を言わせない圧力に呑まれ素直に頷く。そして姿勢を正すとセーギに向き直る。
「……我が国に残された時間はそう多くない。……だが全く無いわけではない。一夜でも百夜でも待とう」
「……すみません、勝手を通すような真似をして」
「構わない。……私も気が急いていた。セーギ殿にはゆっくり身を休めて欲しい。……最後に1つだけ」
シャナヴィはセーギへ頭を下げる。
「この国を救ってくれてありがとう。エリニアを代表し、君へ今再びの感謝を示させてもらう」
―――それを最後にシャナヴィは付き添いを務めるアザミを伴いこの部屋から立ち去った。
見送った顔触れの内、ウスユキが少しばかりばつが悪そうに口を開く。
「……もしかして、機が悪かったっすかね?」
それに対してセーギは首を横に振る。
「そんなことはないよ。……ただ」
セーギは広げた自分の掌を見下ろす。
「ただ、少しだけ……1人で考えごとをする時間が欲しかったって思って」
それを聞いた全員は顔を見合わせると―――
「じゃあ」
「私達も出てましょうか?」
そう提案した彼女達にセーギは申し訳なさそうに眉を寄せながら頷く。
「……ごめん、皆」
「良いよ。……オーズ君はどうする? 別室に運ぼうか?」
「……うん。お願い」
「はい、任されました」
シータはオーズを抱え上げると扉へと向かう。
「それじゃあセーギ君」
『何かあったら呼んでね』
「……ああ。ありがとう」
皆の心遣いに感謝しながらセーギは手を振って見送る。
――――――
部屋の中にセーギ1人だけになる。
「……さて」
セーギは苦笑いを浮かべながら自身に意識を向ける。
「……シータには……バレてるよな……コレ」
瞳が薔薇色と銅色、その2つの色彩を放つ。
セーギの視界に彼自身のステータスが表示される。
――――――
NAME:【broken】
FAMILY:【broken】
SEX:【broken】
AGE:【broken】
RANK:【broken】
SKILL:【broken】
ALIAS:【broken】
――――――
「……全部壊れてるんだよな」
ステータスの全てが壊れていると表示されている。
「スキルの調子も悪いし……」
瞳に宿るスキルを発動。右目から瞳孔が消失。新たに『銅色の光点』が眼球を埋め尽くすように現れる。それらの光点は時折薔薇色に色を変える。その状態で放っておくと眼孔から『眼球が溢れ出しそう』になる。
構えた左腕。その周囲を覆うように『半透明の青い装甲』が現れる。立体映像のような装甲は触れればそれが実体を持っている物であると確かめられた。その状態で放っておくと『生身の腕が溶けるように崩壊』していく。
肉を削がれるような、焼き焦がされるような、骨を砕かれるような、そんな激痛と喪失していく肉体感覚はスキルの使用を止めると元の状態に回復していく。心身共に苦痛に耐性を持つセーギだからこそ涼しげな表情でやり過ごしているが常人なら失神しても不思議ではない激痛である。
「……はぁー……ヤバいよな、コレ」
セーギは溜息を吐きながらベッドの上に大の字で寝そべる。
「やっぱり暴走した影響かな?」
水差しを手に取り、蓋を開けて空中に放る。
降り注ぐ水。
セーギはそれらの動きを完全に把握。高速の動きによって空中で水差しを再び掴み取ると振り撒かれた水を一滴残さず掬い入れる。
「……スキルに依らないのは影響無し。……問題はもっと根深い部分か」
目を瞑る。
「……父さん、母さん。俺って本当に何者なんだろう。勇者とか魔王とか……俺の世界じゃ遊戯だけの存在だったじゃないか。それなのにこっちの世界じゃその力が本物になって……普通に考えたら可笑しいよな」
両親の名を呼ぶがしかし、それは自問自答と変わりなくこの場において答えを返してくれる者などセーギ自身しか存在しなかった。
「……俺の脳味噌ってこっちでも虹色だったりするのかな?」
目を開けたセーギは自分の右手首から肘までの間を蛇のように巻き付く……刺青のように肌の模様として焼け付いている“不滅の神弓”を見る。
力を込めれば淡く虹色に発光する刺青。しっかりと確認すれば7色の内、はっきりとした色を放つのは5色だけ。明確な欠けが存在する。
「……何もかも一から調べ直しだな。……俺自身のことも含めて」
自分の内で明確になった化け物の力。それに意識を向ける。
「っ」
脈打ちながら黒に染まり暴れ出そうとするセーギの右腕。そのまま放置すれば危険なのは火を見るよりも明らか。セーギの制御さえ放れていきそうな暴走。―――それが虹色の輝きに絡め取られて縛られる。少しの時間、皮膚を内側から突き破るかのように暴れ狂っていた右腕はそれによって徐々に大人しくなる。
「……ふぅ……」
後には鼓動のような脈動が残るだけ。セーギの腕は元の姿に落ち着いた。
「……今の状態のままは危険、だな。早急に解決策を探す必要がある。……けど、その前に……」
セーギは体の力を抜いてベッドに身を委ねる。
「今は……もう少しだけ……休み……たい……」
―――1人だけの部屋。そこで小さな寝息だけが響くようになるのに大した時間は掛からなかった。
◆◆◆
セーギが目を覚ました時はもう日が落ちて夜になっていた。
寝る前よりも幾分か体が楽になったセーギは外の空気を吸う為に教会の屋根の上に上った。そしてその場所で夜空に昇る月を見上げる。
「…………」
そして手を伸ばす。届かないそれに向かって。
「―――セーギ君」
声を掛けられたセーギは手を下ろすと、自分と同じように屋根の上へと昇ってきた相手へ目を向ける。
「シータ」
「もう良いの? 部屋に居てなくて」
「……うん。……二度寝したお陰で随分気が楽になったよ」
「そっか」
セーギの隣へと来たシータは夜風になびく髪を抑えながら空を見上げる。
「懐かしいね。こうして貴方と居るとあの日を思い出す」
「……君に俺が魔王だって打ち明けた日?」
「そう。……あの時は本当にビックリしたんだから。まさかセーギ君が魔王だったなんて」
シータは屋根に腰を落とすとジトっとした目でセーギをを見上げる。
「ははは。……ごめん。初めて会った時、かなり面倒を押し付けたよね」
セーギはシータに合わせて腰を落としてから気まずそうに頬を掻く。『初めて』シータと出会った時に色々とやらかしていたことを思い出したのだ。
「もうっ、本当に大変だったんだからね。主に粗相しちゃった兵士達への励ましとか」
私怒ってます、とでも言わんばかりにシータは指を立ててセーギに言い募る。詰め寄るシータにセーギは身を仰け反らせながら頭だけ小さく下げる。
「その件は真に申し訳ありませんでした」
「よろしい」
頭を下げたセーギにシータは大仰な仕草で頷く。
「…………」
沈黙が広がり……
「……っ……ふ……ふふ……あはははははははは!」
どちらともなく笑い始める。
「あはは……はぁ。まあ私、別に本当に根に持ってないけどね。むしろ皆の命を救ってくれたことに感謝してるぐらいだもの」
あの時の出来事は既に終わっていた話。それを再び蒸し返したのはシータなりの冗談のような物である。
「意地悪だなぁ」
「うん。意地悪もするよ。……だって、私これでも小さい頃はガキ大将やってたんだもの」
………。
何だって? と聞き間違いかと思ったセーギは首を傾げたが、言った当の本人が何でもない表情をしており聞き間違いではないと知った。
「……ガ、ガキ大将?」
シータの印象にそぐわない呼称にセーギは目を丸くする。
「そうガキ大将。……どーしてこれを聞いた人、みーんなビックリするのかな? そんなに変かな?」
「え、だってシータだよ?」
「ごめん。私だからって言われても意味がわからない」
面はこの世の美を人の姿に纏め上げたかのように麗しく、立ち姿は刀剣の鋭さの如く研ぎ澄まされている。そんな彼女は心底不思議そうにセーギの顔を見る。
「ルミーやお父様は私の小さい頃を知ってるのに他の人のそんな反応に『……わからないでもない』なんて言うのよ? 何なのかな? もしかして私って大人の姿で産み落とされたとでも思われてるのかな?」
シータは両手を広げて今現在の自分を強調する。
「…………」
そう言われてセーギはシータの外見ではない、今まで見てきた彼女の内面を思い出す。
鍛え上げた自身の技量を信じる強い意志。街で再会した時に見せたセーギを避けるような奇行。模擬戦で血に濡れながらも、湧き上がる戦いの楽しさに口角を吊り上げる姿。負けたら駄々をこねて再戦を申し込む痴態。セーギの窘めようとする声に耳を傾けない強情な我儘。
「……ああ」
納得。主に後半部分で。ちっちゃな子供に当て嵌めても違和感が無い。典型的な聞き分けのない可愛くも憎たらしい子供である。
「待ってセーギ君。今変なこと思い出さなかった?」
「ソンナコトナイヨ?」
「こっち見て言って欲しいなー」
あらぬ方向へ目を泳がせて白々しい台詞を吐くセーギへシータは半目を向ける。
見る見る。穴が空きそうなぐらい見る。
何時までそうしていたか。
「……くっ……くはっ! あっはははははは!」
その視線に堪えきれなくなったセーギは笑い出す。シータはそんな彼に「何よもー」とむくれたが釣られるようにして笑い出す。
夜の空に笑い声が響く。
「はぁー。あー」
笑い疲れたセーギは上を向いて月を見る。
それは遠く遠く、手を伸ばしたところで触れられる筈のない物。周囲の物が目に映らなくなるような孤独を感じさせる果てしない距離。まるで自分自身が立っている場所がそうであるかのように錯覚するような、現実感を失せさせる空の境界。
消えてしまいそうな幻想。
「……綺麗だ」
「何が?」
「月」
「あ、本当。まん丸で綺麗ね」
だが……
「好きだ」
「うん。私も好き。でもやっぱり太陽の方が好きかなーって」
―――触れた気がした。
「シータが好きだ」
セーギは顔を下ろしてシータを見る。
「――――――」
シータは目を見開き固まったように微動だにせずセーギを瞳に映す。聞こえた言葉が信じられなかったかのように。そんな彼女へセーギは再び言葉を送る。
「シータ。俺は君が好きだ」




