112.己が役割
長らくお待たせしました。
別の作品の執筆で息抜きしてました。楽しかったです。ごめんなさい。
地球もこの円天世界も、見上げる空は同じように青く広がっている。
そんな目に染みる青と滲むように揺蕩う白い雲をセーギはベッドから上体を起こした体勢で窓越しに眺める。
「―――これで俺の話しは終わり、かな」
そうして彼は話しを締めくくる。周りに居る女性達へよく聞こえるように。
「…………」
シータ、ルミー、ロベリア、ディアンサス、ウスユキ。そして扉を隔てた向こうに立つオーズとマリー。誰もが神妙な顔で先程まで正義の口から語られた彼自身の記憶を受け止めていた。
「……オーズ」
「っ……うん」
セーギはオーズの名を呼んだ。呼ばれたオーズはゆっくりと扉を開けて室内に足を踏み入れる。それに合せてマリーも中へ入ってくる。
「…………」
あどけなさが目立つ顔に影が色濃く落ちているオーズ。そんな彼の様子にセーギは苦笑する。
「……そんなに申し訳なさそうな顔をされても困るよ。俺は何も怒ってなんてないのに」
「……でも……」
オーズは俯き着物の裾を握り締める。
「僕達は……これまでずっと嘘を吐いていたようなものだよ? ……君が“The Incarnation”によって廃人になったのをいいことに……あれだけの過去を無かったことにした」
自らの出生。両親の死。世界規模の殺戮。―――自身を代償とした全人類の転生。
その全てをセーギの心の中で無かった事とした。
「今でも考える。あの日……本当は君を止めるべきだったんじゃないかって。……だってそうじゃないか。その所為で正義の体はボロボロになって早世が決定付けられて……ずっと苦痛に襲われていた」
「…………」
「僕達は君の心から生まれた。だから君の思いに応えることは間違っていたとは言わない。……でも……だけど……っ!」
オーズは顔を上げる。涙を湛えたその顔を。
「君にっ、辛い日々を送ってもらいたかった訳じゃなかったっ」
生まれたのは君の心から。だから助けた。守ると決めた。
そんな彼らがセーギを殺す決断を下した時、どんな気持ちだったのか。
「…………」
それを知ったセーギが取る行動は決まっていた。
「―――ありがとう」
「っ!」
ベッドの縁に腰掛けたセーギはオーズの手を両手で包み、微笑みを浮かべて自身の気持ちを伝える。
「……自分の境遇を嘆いたことは無いって言ったらそれは嘘だ。痛くて、苦しくて、辛くて、普通に日々を過ごす人が羨ましくて妬ましくて憎くて……それでも―――」
真っ直ぐ見詰める。自分の心を見てもらう為に。
「先生が居て、皆が居てくれた毎日は……確かに幸せだった」
「――――――」
嘘じゃない。
「幸せだったよ。皆が俺にくれた日々は……掛け替えのないものだった」
「……ぅ……ぁぁ……」
「他でもない俺が言ってるんだ。こうして生きて……オーズに伝えてる。これ以上に確かなことなんて無いよ」
セーギは堪えきれずに泣き出したオーズを抱き寄せる。
「また、沢山遊ぼう。……こうしてまた会えた。それなのにずっと下ばかり見てたら勿体ない。……そうだろ?」
「……うんっ……うんっ」
「……ありがとう、本当に。―――おかえり、そして……ただいま、オーズ」
「……ただいまっ、セーギっ……おかえりなさいっ!」
―――友達で家族で……自分自身。
世界を越えて巡り会えた欠片の一つはこうして戻って来た。
◆◆◆
「……すー……すー……」
泣いたのとこれまでの疲れによりオーズはそのままセーギの膝に寄り掛かるようにして寝息を立て始めた。ベッドに上がってきたマリーはそんな幼い寝顔を見せるオーズを覗き込みながらセーギに声を掛ける。
『寝ちゃったね』
「……ずっと悩んでたみたいだったしね。……俺は本当に皆に救われてたよ」
傍らに立っていたシータもマリーと同じように覗き込む。
「こうして見たら外見より年相応に見えるね」
「まあ実質8歳児みたいなものだからね。……皆8歳かぁー」
セーギは【NoAS】の面々を思い出し、あの個性の濃さで8歳なのかと何とも言えない気持ちになる。
「あ。そう考えたら俺って実際は何歳ぐらいになるんだろう?」
「どういう意味?」
「いや、生まれてから今日までで17年なのはわかってるけど。……生後直ぐに1年間冷凍睡眠、6歳から10歳までは自意識無しの兵器生活、そして12歳で廃人」
健常だった時間を合算。
「まともだった期間は合計で12年ぐらい? じゃあ実質12歳かって言われると、……別の見方をすれば12歳の時に1回廃人になってるからその時点から計算すると俺の精神年齢は実質5歳とも言える」
17年間で死に過ぎ問題。セーギはそれによって生まれた一つの疑問に答えを出す。
「つまり何が言いたいかと言うと、……俺って存在がオーズ達の親に相当するなら、年下の父親という図式が出来上がるんじゃ?」
「…………」
―――沈黙が広がる。さっきのような神妙さは欠片も無い。
「……く、くだらない……馬鹿じゃないの?」
ディアンサスに「お前マジかよ」みたいな蔑みの含んだ目で見られる。さっきまで涙を拭うのに使っていたハンカチを雑な動作でポケットにねじ込む。
「セーギ様……流石にそれは……」
あの辛く悲しい過去話しの後なのにこの発言。流石のルミーも擁護の言葉が出ず微妙な顔をする。
「しんみりした空気は何処に行ったのかしら? あっち? それとも向こう?」
ロベリアも頬に手を当てて困った表情を浮かべる。見失った神妙な空気を探すような所作で周囲を見渡すオマケ付き。
「……でもセーギ君ってこんなところが有ったよね。天然で変なこと言ったりするの」
シータはセーギとの思い出を回想してそう言う。出会ってからこれまでセーギは常識的な部分はあれど普通の人では無かったな、と。
「お兄さんって普段はあんな感じっすか?」
『えっとね、……楽しい人だよ!』
ウスユキの疑問にマリーが若干気を使った答えを返した。
「……変なこと言ってすいませんでしたっ」
そうして周囲から言葉の殴打で打ちのめされた頭5歳児は深々と頭を下げる。その所為でセーギの体に挟まれたオーズは「うぐぅ」っと苦しげな寝言を上げる。
色々と台無しである。本人的には先の発言は本気だったのが余計に質が悪い。
誰かが溜息を吐く。
「……これからの話しをしましょうか」
ルミーは場を切り替える為にそう発言する。目覚めたセーギの様子から大事は無いと判断したからこその『これから』の話しである。
それを聞いた全員が真面目な顔に戻り、それを確認しルミーは言葉を続ける。
「戦争の武力を用いた介入と阻止、これは概ね成功したと言って良いでしょう。怪我人は多数発生しましたが死者は皆さんの奮戦のお陰で皆無でした」
「死者ゼロ? 本当に?」
「セーギ様の疑問も当然ですが0でした」
「そっか……良かった」
あれだけ『化け物』の姿でオーズと暴れたのだ。直接は無くとも余波による被害で誰かが死んでいても不思議ではなかった。
互いに互いを釘付けにして周囲に矛先を向けさせることが無かった『ベヒーモス』と『化け物』。その戦いによって多少なりとも消耗していた化け物を力を合わせて止めた『聖女』達。
あの戦いで、この場に居る誰かが1人でも欠けていたらこの結果に辿り着くことは無かった。
「そして戦後の情勢ですが……此方はウスユキ様の方が詳しいですね」
「はいっす! 説明なら私に任せてくださいっす!」
ルミーに促されたウスユキは元気良く名乗りを上げる。
「私達が今居るこの建物はお兄さんも察してある通り〈エリニア〉では珍しい聖光教会の物っす。そこで私達は療養のために部屋を借りたんす。こういう時は自分の立場に感謝っす、信徒の方々は事情も深く聞かずに部屋を貸してくれたっす」
ウスユキは自らの首に掛けた聖印――一般の信徒とは意匠が違う、最上位聖女たる“聖天戦乙女”を示す物――を指し示す。
「その後はここで休んでいる間に御婆様……アザミ様がこの国に潜り込ませていた草の者から情報が来るのをのほほーんと待ってたっす」
「……さっきのルミーの言葉を考えるに、もうどんな状況なのか情報が届いたってこと?」
「その通りっす! 仕事が速くて助かったっす!」
ウスユキは自分の同胞の仕事ぶりを自慢げに語る。
「そしてなんと! 情報と共にとっても重要な人も連れて来てくれたっす!」
「……人?」
セーギは誰だろうと首を傾げる。
「いやー、ドサクサに紛れて来てもらったんで色々と問題は有るっすけど……」
「え、なに? 不穏なんだけど」
いったい誰を連れて来たのか。
「じゃあお兄さんも元気そうだし早速その人に来てもらいましょうか! ―――御婆様お願いしますっすー!」
ウスユキは隣室に向かって壁越しに声を掛ける。
『……全く、ほんに五月蠅い子でありんす。……セーギ殿が眠っていた時はあれだけ不安そうにしとりんしたのに』
向こう側からアザミの声が上がる。普通の声量であったがこの場においてマリー以外の面々は基礎能力の高さによってそれを聞き取るに支障は無かった。
『呼ばれたし行こか。別に取って食われることござりんせんから安心し』
『……わかりました』
アザミと若い男の声が聞こえた。男の声はセーギに聞き覚えの無い物。つまりは初めて会う相手に相違ない。隣室の扉が開かれ廊下を歩く音がする。そしてセーギ達の居る部屋の前へと辿り着く。
『……失礼しても?』
外から男が入室の許可を求める。それにより部屋に居た全員の視線がセーギへと集まる。
決定権が自分に有るとは考えもしてなかったセーギは困惑しながらも「どうぞ」と部屋の前に居る誰かへと許可を出す。
『では……失礼する』
扉が開かれ、男とそれに続くようにアザミが部屋へ入ってくる。
男はセーギの前まで来ると堂に入った礼をする。
「会えて光栄だ、“聖天戦乙女”に選ばれた勇者……魔王よ」
その言葉でセーギは目の前の男がある程度の事情を知らされている相手だと理解する。実際彼はこの場に居る聖女達から事情は聞かされている。
「……どうもセーギ・ラーマです。……貴方は?」
整った身なり。教育の行き届いた所作。自然と耳を傾けたくなる声に秘められた気品。それらからセーギは男に〈アヨーディ王国〉の王女であるセレネと通じる物を感じ取った。正確に言えばセレネの兄達がより近い。そしてそれは間違いではない。
「―――私はシャナヴィ・バルグス・アレークトー。この〈エリニア連邦国家・アレークトー〉の国王ベルザス・バルグス・エンドレア・アレークトーの第一子にして王位継承権第一位の王子だ」
その名乗りを聞いたセーギはそれを自然と受け入れる。シャナヴィには人を惹き付ける上位者の風格が確かに備わっていた。
「……殿下はどうしてここへ?」
セーギの問い掛け。シャナヴィの様子を見るに無理矢理連れて来られたように見えない。しかし王族である彼に護衛が付いていない状況はあまりに不自然であり、異常な事態であると見受けられたからこその問い掛けである。
その一言にはそれら全ての事情を尋ねる意味が込められていた。
「……自身の不徳、慚愧に堪えないが……打ち明けよう」
シャナヴィは穏やかではない内心を取り繕い静かに自分がここに居る経緯を語り出す。
「……聖女を伴いここへ赴いたのなら知っているだろう。この国は影から悪魔の勢力に侵攻され、それは邪悪な外法を基幹にした“誓約”の流布によって行われていたことを」
眉間に皺が刻まれる。口に出すのさえ苦痛であるという風に。
「……それは数十年という期間でもって我が国に根付き『日常』の一部と成り果てていた。私は幼少の頃はそれに疑問を持たず、それが齎す恩恵だけを享受していた。絶対服従の奴隷を使役するという恩恵を。―――今なら言える。異常だったと」
シャナヴィは自身の頬を撫でる。すると僅かに表情から嶮しさが取れた。
「……帝国の学園に通い出した時、少々乱暴……いや、当時の自分を思えば相応か。目を覚まさせられたんだ。強烈な一撃だったよ。その時に初めて『痛み』というのが心にも刻まれることを理解した。……私がどれだけ他人の心を傷付けていたのかも。メル……婚約者にも随分と迷惑を掛けていた」
握り拳を作ったシャナヴィはそれを自身の胸に当てて礼をする。
「私がこの場来た理由の一つは君に、君達に礼をしたかったからだ。この国に暗躍していた悪魔とその首魁たる悪名高きタローマティの討滅、そして戦争の阻止によって犠牲が出ることを未然に防いでくれたこと。……ありがとう、心からの感謝を捧げる」
「……殿下」
セーギが何か言葉を掛けようと口を開いた時、シャナヴィは顔を上げてそれを瞳で制する。
「本題を話そう。私がここに連れて来てもらった本当の目的、その理由を」
「……聞きましょう」
その目から感じる確固たる意志を見たセーギは余計な口を挟まないことに決め話しの続きを促す。
「この国には変革が必要だ。それは法を変えるなどという程度のことではない。もっと大きな変革だ」
目を閉じ、深く息をする。そして再び目を開けたシャナヴィ。その瞳には強い光が灯っていた。
「悪魔に良いようにされていた王族に価値は無い。―――現支配者たる王族は全て、統治者の地位を退く」
王がいなくなる。それはつまり―――
「〈エリニア連邦国家〉という国は今代で無くなる」
「…………」
シャナヴィの言葉。それを聞いたセーギは周りに居る他の者達へ視線をやり、口を挟むつもりはないと知ると自分が彼の言葉に応える。
「……王位を退き、国が無くなる。この地に住む人々に大きな混乱が生まれますよ」
「私は王子だ。不甲斐ない者であったが自身の発言が意味することぐらい理解している。今の言葉はこの国に住む国民達を背負う責任を放棄すると言っているのと同義だからな」
「なら何故? 貴方からは無責任さは感じない。むしろこんな状況でも国を立て直す為に誠意を持って努める人だと思う」
「過分な評価だ。……そして意地の悪い質問でもある」
シャナヴィは口角を上げて笑みを作る。しかしその目は笑っていない。ただ真っ直ぐセーギを映す。
「私はもう知っている。君達がどうしてこの国に赴いたのか、その目的を。……すげ替えに来たのだろう? 為政者の首を、君の物に」
「…………」
セーギは言葉を返せなかった。それは真実であったからである。この国でのセーギの最終的な目的は言ってしまえば国の乗っ取りだ。
「王族自ら其方の申し出に協力しようと言うのだ、悪い話しではないだろう?」
確かに。現支配者からたっての協力とあらば政権の移行はスムーズに済む。目的達成までの日数が大きく短縮される。
「もう数日もしない内に噂は広がるだろう。王家の乱心、悪魔との密通、……そして普人と獣人の軍勢を一様に叩き潰した圧倒的な『魔王ラーヴァナ』とそれに協力する聖女達の存在が。……力さえ在れば大半のことはどうとでもなる。力で無理矢理言うことを聞かせるようなやり方に見えるがそれは違う。力は国家を背負う上で最低限必要な物であり最重要な物でもある。故に大事になるのが信頼と信用だ。その力が自分達を守ってくれる物であり、身を預けることが出来る信頼と、胸を張って国民を名乗ることが出来る信用が」
セーギはその言葉を聞いたセーギはシータに目を向ける。彼女は黙って頷く。
(……成る程。俺の暴走は『ラーヴァナが計画的に振るった物』で片付けたのか。死者がゼロだったなら結果にも信憑性が付く。強大な力の証明も同時に。……信頼と信用の説得性は聖光教会が出したラーヴァナとの友好が保証し、人類最高戦力である“聖天戦乙女”が万が一の時の魔王という脅威からの人類の盾として機能すると)
自身に望まれる役割。途中で様々な異常事態が発生したがそこに大きな変化は無い。むしろ当初の予定よりかなり有利に進んでいる。
(セレネ王女のお膳立て通り、魔王ラーヴァナが聖女と手を取り〈エリニア連邦国家〉が無くなった地に新たな国家を樹立する。他種族を虐げず、手を取り合い共に進む国家を)
魔王が強大な力を持っているの証拠は戦場となった地に深く刻まれている。天変地異でも発生したがのような凄まじい爪痕が、戦死者ゼロという結果を伴って。
どのような敵も打倒してくれると確信出来る存在。そんな者が統治する国。
「新たなに生まれる国。それを統治するのはこの世界に生きる誰もが注目している魔王ラーヴァナ。……悪魔が跋扈するこの世においてこれほど安心出来る存在はいないと私は断言する」
「…………」
買い被り。セーギはそう言うつもりは『無い』。
そもそもセーギが目的に据えているのがこの世に蔓延る悪魔の完全な殲滅。
国一つでは収まらない。世界全てを救うつもりで戦うと決めていた。
「…………」
―――しかし。セーギはその話しに対して直ぐに肯定しなかった。……出来なかった。




