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110.不赦愚悦のディストピア

 

 ◆◆◆


 〈揺り籠(ヴィーゲ)〉の区画が次々よ爆発によって吹き飛んでいく。それは奇襲を掛けた“連合(コンツェルン)”にとって想定外の事態であった。

 重要な書類やデータが紛失されず更には内部に居る人物の『脳』は最低限確保出来るように、破壊箇所は慎重に選択され攻撃を行っていた。


「―――くっくっく……基地の自爆は科学者のロマンの一つとは思わないか?」


 義経はこの施設内で管理している薬品や燃料を意図的に暴発させ区画を破壊していく。何もかも崩壊させていくことに背徳的な愉悦を感じながら彼は自分に通信を仕掛けてきた相手へとりとめの無い言葉をぶつける。


『……お主とソフィーヤは愚昧な者共と違う……そう期待していたのだが』


 モニターに映るのは老年の男性。顔に刻まれた皺の一つ一つが彼の歩んで来た人生の壮絶さを物語るかのように、深く、濃い。


「これはこれは、フェンデル翁。ご無沙汰です」


 コーエン・ジェンヴィー・フェンデル。この世界を裏から操る巨大企業の一つにして人間の脳を研究する分野において何処よりも先を行く“連合(コンツェルン)”、その総帥。

 フェンデルは義経に対し心底落胆しつつも一縷の望みを手繰り寄せるように言葉を掛ける。


『考え直せ。今ならお主が作り上げた功績を考慮して最低限の自由だけは保障してやろう。脳だけの存在となり細胞の限界まで研究材料にされる一生よりはマシだろう? お主という一個人にはそれだけの価値が在る。なに、これまでそうだったようにお主はお主がしたいように研究に明け暮れれば良いのだ。こんな自殺と同じようなことをして何になる。儂が所有する施設ならこんな隠れ家などとは比較にならん設備が揃っておる。お主の負傷も問題無く治療出来るぞ』


 別言にこれ以上の悪足掻きはするなとフェンデルは口にする。


『……儂の元で生きながらえよ。乱麻義経』


 それに対し、義経の答えは―――


「断る」


 一顧だにしない。それは完全なる拒否。


『……残念だ』


 フェンデルはそれ以上の甘言は無駄であると悟る。―――故にその瞳から慈悲が消え去る。


『ならば『道具』としてその一生を終えるがいい』

「そんな生涯はごめんだな。私の死に方・死に場所は……私が決める」


 義経はそう言い返したが、既に迎撃を行う為の物資は底を着いていた。それを知っているからこそフェンデルは交渉に出た。しかしそれは先ほど拒絶され、だからこそフェンデルは配下に命じて容赦無義経の元へ進攻させる。

 絶体絶命の窮地。そのただ中であっても義経の口元から笑みは消えなかった。


「私のことを愚昧だと言ったが……」

『……?』

「真に愚かなのはお前達の方だ。……ここへ攻め込んでくる兵士。それら全員に〈連合(コンツェルン)〉は【Xsゼノス】を移植したな? 私とソーニャが残した資料を使って。でなければ私達が有象無象に遅れを取ることは無かった。違うか?」


 フェンデルは目を細める。


『……そうだ。お主達が残し、そして我らで研究に研究を重ねた【Xsゼノス】を用いた強化人間……いや、ここは『新人類』と呼称しようか。その雛形である人間をついに作り上げることに成功した。……いずれ我らが至る『神人』の礎となる新人類をな』


 移植された【Xsゼノス】によって被験者はその能力を著しく増大させ、知能・身体その両面において驚異的な記録を叩き出した。

 そして最も特筆すべき能力は、限定的にではあるが『デバイスを介さずに精神をネットワークに繋げる』ことが可能であるというのが挙げられる。

 最初から圧倒的だった戦力差はこれらの能力を有する『新人類』によってより絶望的な差となっていた。


「……くっくっくっく」

『……何が可笑しい。気でも触れたか』

「何が可笑しい、だと? 可笑しいに決まっている。だから言ったのだ『愚か』だと」


 義経は今の自分に出来ることを全てやりきると作業を終える。

 そしてモニター越しにフェンデルへ指を突き付け声高に言葉を浴びせる。


「新人類なものか! お前達が踏み出した『神』への道は崇高な物などではなく、神とは名ばかりの愚鈍な阿呆、“愚かな神(エピメテウス)”へと続く物だ!」


 メインルームの扉が乱暴に叩かれる。扉一枚隔てた向こう側に回収部隊が集まりこの場所へ踏み込もうとしている。テーブルや機材などで即席バリケードを築いたがそれごと破られるのも時間の問題。


「既にお前達の手に渡ったのだ! “全を持つ毒婦(パンドーラ)”が! いずれ開くことになる禁忌の箱が!」


 そんな窮地において男の哄笑は響く。


「災厄が満ちるこの世で絶望するがいい! 在りもしない希望を探し続けるがいい! この道を選んだのは他でもないお前達なのだから!」

『……何を……何を言っている』


 困惑を浮かべるフェンデル。そんな彼へ義経は―――最期にひどく穏やかな笑みを向ける。


「私は前達の足掻きを見届けよう。―――地獄の底でな」


 扉が外側から爆破される。それによって外とメインルームを隔てていた障害を吹き飛ばす。

 背後から聞こえてくる回収部隊が突入してきたけたたましい足音。それを耳にしながらも義経は泰然とした姿勢を崩すことはなかった。


(……ソーニャ、私も其方へ行こう。……Dr.ホワイト、青い鳥(ブルー)、後は任せた。……そして正義)


 爆破の衝撃、突入する回収部隊の動き。それらによって室内に金属粉末が舞い上がる。

 その光景は焼き直し。後に辿る結末も当然同じ。


(父からの最後の教えだ……正義。この世界で……いや、己が意志が存在する限り)


 義経の身から紫電が迸り、七色の光を通じて周囲へ伝播される。


「私は好きなように生きた。だからお前も―――」


 ―――メインルーム内に存在する全ての脳が死滅した。


 ◆◆◆


「……これが……お前の選択か」


 フェンデルはモニターに映っていた人間全員が事切れたのを目にし溜息を吐く。


(新人類さえ脳死に追い込めるほど発達した頭脳。我らが悲願を思えば実に惜しかったが……失われたのなら仕方が無い。【Xsゼノス】の研究成果は既に儂の手の中に在る。それに―――)


 世界最高峰の頭脳が、それの回収に赴いた兵が、その部屋の中で1人残らず死に絶えた。他の場所に居たお陰で被害に遭わなかった近くの兵を向かわせても収穫は望めないだろうとフェンデルは理解している。


「……兵をその場所から撤収させろ。そして目標を次の標的に切り替えて任務を続行だ。……ああ。2人が遺した子供だ。それを是が非でも回収しろ。唯一と言って良い【Xsゼノス】と完全に融合した症例者だ。創造者が死んだ以上完成品から解析を行う。五体満足で確保しろ」


 通信機で命じる。それを終えると疲れたように自分が座るイスの背もたれに身を預ける。

 そうして幾何かの休息を取ろうとしたフェンデルへ通信が掛かる。その声はひどく取り乱し慌てていた。


『総帥! 大変です!』

「……落ち着け。どうした? 何があった?」


 フェンデルの脳裏に義経が口にした不穏な言葉が過ぎる。それが彼の背筋に冷たい物を這わす。


『そ、それがっ……、実は逃走していた乙種が乗っている空陸両用車を追跡・捕捉していたのですが……あの……その……』

「……早く言え。何が、あった?」


 口ごもる部下へ焦燥からくる苛立ちを堪えながら続きを促す。それで観念したのか部下は恐怖による震えが隠せない声音で報告を上げる。


『……仲間が格納庫で厳重管理していた『ミョルニル』へ独断で搭乗、出撃、そのまま……相手方車両を……撃墜しました』

「――――――」


 撃墜。つまり撃ち落としたということ。

 ミョルニルとは最新鋭の戦闘機にして高速移動・高速機動は当然、備えている武装も強力無比。敵勢力殲滅を主軸(コンセプト)に開発された『戦略兵器(トールハンマー)』。

 そんな戦闘機に相手を無傷で捕らえるという優しい武装は無い。発進したが最後、標的に対して殲滅という選択肢しか取れない。その武装の餌食となった標的はこの世から原型を消し去られることが半ば確定される破壊の権化である。

 フェンデルは余りにも有り得ない事態が発生したことに言葉を失う。


『さ、更には……』

「……まだ何かあるのか?」

『は、はいっ。……我らと敵対している機関を監視していた者からの報告なのですが……準備を進めていたと』

「……準備、だと?」


 這い寄る冷たさが指先を震わせる。


『……敵対機関“神の塔(Babel)”及び“M・L・G”の息が掛かった欧州・阿州の十数カ国が、我々“連合(コンツェルン)”に関係する国々へ―――『宣戦布告』を発しました』


 ―――この世界に火が点けられる。

 火が触れる物を焦がしていく。……世界を燃やしていく。


 ◆◆◆


 何故彼が命令を無視して出撃したのか。何故確保すべき対象が乗る車両を撃墜したのか。理由は単純、ミョルニルへ搭乗していた兵は正気を失っていたのだ。

 彼の脳は投与された【Xsゼノス】により異常活性しており、この世界を覆い尽くすネットワークの海から最も巨大な情報を取り込んでしまった。


 その情報とは『戦争』と『ゲーム』。

 それらの情報によって脳を侵食された兵は、まるでゲーム内に存在するNPCのように自我の無い人形となり戦闘行為を繰り返す存在と化したのである。


 ―――そしてこの異常は彼1人で終わらない。その身に【Xsゼノス】を宿した者全てが


 ◆◆◆


 鬱蒼と茂る木々。湿り気を帯びて冷たさを感じる草むら。そんな森の真っ只中で正義は意識を取り戻した。


「……? ……?」


 全身に痛みがある。しかしそれを上回る混乱が正義から痛みを一時的に忘れさせている。

 正義の視界には自分が今居る森の風景と、その中で無残に転がる大破した空陸両用車ヴィマーナが映っていた。車両は大型の機銃で掃討されたのか、まるで肉食獣に食い荒らされた小動物のような惨たらしい有様を晒している。


 微かに残る記憶。Dr.ホワイトに運ばれてヴィマーナへ乗せられ、そのまま火の手を上げながら崩れ落ちていく〈揺り籠(ヴィーゲ)〉を後にした。

 その間に正義の肉体に刻まれていた腹部の銃創と胸を刺し貫く杙創(よくそう)は蒸気を立ち上らせ細胞が泡立ちながら修復されていた。元々は同調していた対象が負っていた傷を再現していただけの擬似的な負傷。今の正義を殺すには至らない。


 ヴィマーナの墜落によって全身に負っていた正義の傷は、彼の意識が介在しない不随意筋の運動のように内側から顔を出した虹色の金属が繋ぎ合わせることで補修を完了させている。


「……お父さん? ……お母さん? ……先生?」


 正義は視線を彷徨わせ両親と先生(Dr.ホワイト)を探す。その姿だけ見ればただの幼子であるが、ここまでの彼の身に起きた異常な現象を目にしていればそんな印象は覆る。

 ―――少なくとも、近くでそれを見ていた人物は正義を『幼子の皮を被った化け物』だと認識した。



「やあ少年。大丈夫かい? 酷い事故が起こったようだけど」



「―――? ……お兄さんは誰?」


 木々の間、草むらを掻き分けて姿を現わした男。都市部はおろか人里からすら離れた森の中、場違いなほどに整った身なりをした20代半ばの男性が朗らかに正義へ話し掛けてきた。そんな怪しく異質な相手に対して未だ幼くこの世の分別を理解しいれていない正義は警戒することなく不思議そうに目を向けるばかり。目まぐるしく変化していく事態に混乱しているのもその無警戒に拍車を掛けていた一因である。


「ここは危険だよ。お兄さんが安全な場所まで連れて行ってあげる」

「え? え? ま、まって。ヤだっ」


 男は品の良い所作で正義の小さな手を取ると何処かへと案内しようとする。その時点でやっと正義はこの誰かもわからぬ男に対して警戒を抱き抵抗を見せる。


「お父さん! お母さん! 先生!」

「……そんなに恐がらなくても平気だよ。だって僕は―――」


 ―――パンッ―――と、乾いた音が森に響く。

 その音に身を竦ませた正義は、次にそれの出所へ目を向ける。


「せ、先生!?」

「……せい……ぎ……君……」


 左足の膝から下と右腕を肩から失い全身を血塗れにしたDr.ホワイトがヴィマーナの残骸を支えに身を起こし、煙を上げる拳銃を構えて正義と謎の男が立つ方へ鋭い目を向ける。


「血! 先生血が!?」

「……はな……れ、……は……やく……」


 Dr.ホワイトの方へ駆け寄ろうとした正義。しかし彼はそこから一歩も動くことが出来なかった。


「―――酷いな~。医者がそんな物騒な物を使って良いのかい?」


 男は正義の手を掴んで離さない。

 その額に弾丸を受けた筈なのに。


「いやまったく。僕が“機械人間(アンドロイド)”じゃなきゃ死んでるよ?」


 人工皮膜が裂けて装甲板が除く額を掻きながら男はそう嘯く。

 銃撃に何一つ痛痒を感じていないアンドロイドに対してDr.ホワイトは憎々しげに表情を歪ませる。


「……“M・L・G(失伝した進化の歯車)”……」

「ええ、そうです。“M・L・G”から指令を受けて派遣されたType(タイプ)α(アルファ)です。以後お見知りおきを……って貴方はもう死にそうですね」


 “連合(コンツェルン)”と同等の力を有する組織『Missing・Link・Gear』―――“M・L・G”。そこから赴いたというアンドロイドは血の通わぬ笑みを浮かべて死にかけの男を見る。


「肉体が破損した程度で存在を保てなくなるなんて人間とは不完全な生き物だね。やはり世界の支配構造の頂点に立つべきは僕達のような人工知能ですね。―――少年もそうは思いませんか?」

「ひっ」


 眼球(カメラ)を向けられた正義は顔を青くして体を強張らせる。そんな正義の恐怖を意に介さず機械は口を開けて声を発する。


「……しかしその生物特有の多様化(ダイバーシティ)柔軟性(フレキシブル)は僕達が欲するところでもある。―――……わかります? 君にはね、資格があるんだよ。機械の電脳と生物の頭脳の両方を備える君には」

「は、離してっ!? 離してよっ!?」


 感情など一片たりとも持っていない人型が、まるで熱に浮かされたように振る舞うその姿に本能的な嫌悪と恐怖を感じて正義は悲鳴を上げる。


「これで不完全で欠陥だらけの人間など必要無くなる。これからは僕達機械が人間に取って代わり『高次知的生命体』と成る。……遂に手に入れた、その為の『希望』をこの手に」

「っ!!」


 Dr.ホワイトは拳銃の引き金を引く。重金属の弾頭が炸裂したガスによって銃身から高速で撃ち出される。


「無意味だよ。僕を倒したければ対物ライフルでも引っ張り出さなきゃ」


 男に衝突した弾丸が潰れて地面に落ちる。装填された弾丸の許す限りDr.ホワイトは発砲を続けるがアンドロイドが言ったように結果は変わらない。1発ごとに人工皮膜が弾けて落ちていくが本体に損傷は皆無。


「……しかし重傷なのに狙いが素晴らしい。アシストでも受けているのかな? 随分優秀なAIが付いているね」

「……っ……くそっ…………」


 弾切れ。引き金はもう軽い音を立てるばかり。

 そこでDr.ホワイトは崩れ落ちる。気力のみで持たせていた体力が遂に底を着いた。それを見たアンドロイドは彼から興味を失い正義に向き直る。


「……さて。じゃあ君を僕達のホームへ招待しよう。なに恐がらなくていい。そこはとても居心地が良い場所だよ。君だってきっと気に入るさ」


 泣き喚き必死に抵抗する正義へアンドロイドは掌から高圧電流を放ち意識を奪った。


「さあ始めよう。計画を」


 アンドロイドは正義を抱え上げると森へと進む。


「世界を浄化し、新たな秩序を僕達が築く」


 ◆◆◆


 ―――正義が攫われた。それをただ見送ることしか出来なかったDr.ホワイトは重くなる瞼を押し上げながら、脳内に埋め込んだB・(ブレイン・イン)I・C(プラント・チップ)を使って通信を試みる。


(……ブルー。……聞こえる……か)

『―――はい。聞こえています』


 脳内に直接声が届く。それは電波妨害の範囲から脱したことにより通信を回復させた青い鳥(ブルー)の声であった。満身創痍のDr.ホワイトがどうして正確な射撃を可能としたのか。その答えが青い鳥(ブルー)のアシストによる物であった。

 会話が出来る。それで少しだけ安堵したDr.ホワイトは青い鳥(ブルー)へと言葉を掛ける。


(……すまない、……私も……駄目な……ようだ)

『…………』

(後の事を……任せたい。……良いかな?)

『……権限の移行はまだ確認されていません。貴方の命令は聞けません』


 青い鳥(ブルー)の言葉と同時にヴィマーナの残骸が鳴動する。

 倒れ伏すDr.ホワイトの傍にあった残骸の山。そこから小さな機械が現れる。

 それははっきりと言えばガラクタ。残された部品を繋ぎ合わせてどうにかして形にした、蜘蛛のような形状の機械。


『貴方を助け、乱麻正義様を取り戻します。それが私が現在果たすべき指令』


 青い鳥(ブルー)は今にも分解してしまいそうな蜘蛛型機械を操作し、多脚を慎重に用いてその背にDr.ホワイトを乗せる。そして歩行するだけで軋みを上げる蜘蛛型機械はゆっくりと人里へ向けて進み出す。


(……ブルー)


 愚直。他に見る者が居ればそう称するしかない青い鳥(ブルー)の行動。

 しかしDr.ホワイトはそれがとても掛け替えのない物であると感じた。


(……なら……マスター、としてでは……なく。……『友人』として……頼みたい)

『……それは治療が終わった後に聞きましょう。ここでは応急処置すら出来ません。ですので―――』

(パスワード、『●●●●●●』)

『っ』


 機械が動きを止める。


(そのパスワードで……私が……私と彼らが残した、情報の全てを……閲覧出来る。……ブルー。君に、そこに在る全てを……託そう)


 出血は緩やかになっている。それは止血したからではなく、もう流れ出るだけの量すら体内から失われたということ。

 それが意味することを青い鳥(ブルー)は違えることなく理解している。

 もう、何もかも手遅れなのだと。


(……頼んだ……よ。……どうか、あの子を……導き……教え…………しあわせ…………と…………いうものを…………―――)


 ―――青い鳥(ブルー)はその歩みを完全に止めた。進むべき先を失ったから。


『……管理者(マスター)、その後継者の……死亡を……確認』


 壊れかけの機械は丁寧な所作でもう2度と動くことのないDr.ホワイトの体を草むらへ横たえる。


管理者(マスター)不在。早急に次の候補者の選出が求められます。該当する人物を検索……』


 蜘蛛を模した機械が自壊する。必要無くなったから。


『該当者を検索完了。同時に私が遂行中の指令内容を現状に合せて書き換えます。……完了しました』


 青い鳥は現実世界から消える。


『『乱麻正義』様を次の管理者(マスター)候補とし、彼の捜索・救助を最優先事項とします。それが完了し次第、義経様・ソフィーヤ様・Dr.ホワイト様、その御三方が望んだ要望を遂行します』


 鳥は羽ばたき飛び立つ。己がテリトリーである電脳の空へと。


『……必ず。必ず、助けます』


 ◆◆◆


 A.D.2031


 戦争が始まった。その争いの火は瞬く間に全世界へと燃え広がった。

 あらゆる場所で国境が変わり、国の名が変わった。


 そんな世界で囚われの身たる乱麻正義は『実験』の被検体にされていた。


「―――かなり特異な反応だね。もっと詳細な情報が欲しい。次は捕虜で実験してみようか」

「し、しかしアルファ様」

「ん? 君は何時から僕に指図が出来る上位者になったのかな? 早くやりなよ」

「っ!? 申し訳ありませんっ、直ちに!」


 とある研究施設の一棟。そこでは一部のアンドロイドと、それに支配される多くの人間が存在していた。


「ふむ……、これは殺害した相手の状態を模倣しているのか? 何の意味があって?」


 強化硝子で遮られた部屋をモニターしながらアンドロイドType―αは実験を進める。今も拘束と治療機器を複合させたカプセル内部で意識を電脳世界へ沈めている被検体に人間を殺傷させた時の状態を観察していた。


 ――――――


 症例1.被検体『エルピス』に陸戦兵器“ワザリング・ハイツ”を使用させて敵対勢力を爆撃。538人が爆死、25人が轢死、843人が焼死の計1406人を殺害。これらの成果と同時に被検体『エルピス』に挫創・骨折・筋断裂・爆傷・熱傷・割創・出血等の症状を発現。355秒後に治癒。後遺症として細胞壊死による痣が体表に残留する。


 ――――――


 症例2.被検体『エルピス』に海戦兵器“モーヴィ・ディック”を使用させて敵対勢力を轟沈。672人を爆死、930人を感電死、34人を溺死の計1636人を殺害。これらの成果と同時に被検体『エルピス』に挫創・骨折・筋断裂・爆傷・電撃傷・循環器不全・呼吸不全等の症状を発現。482秒後に治癒。後遺症として細胞壊死による痣が体表に残留及び一部内臓器官の機能低下。


 ――――――


 症例3.被検体『エルピス』に空戦兵器“キング・リア”を使用させて敵対勢力を蹂躙。2583人を爆死、17349人を焼死の計19932人を殺害、及び5855人が被爆による悪性腫瘍により癌死。これらの成果と同時に被検体『エルピス』に爆傷・熱傷等の症状を発現。972秒後に治癒。後遺症として前例と同様痣の残留、そして新たに細胞の一部癌化を確認、異常増殖を繰り返す。


 ――――――


 ―――……それらの実験結果を経てアルファは正義に潜入工作兵器“ハムレット”を使用させてより詳細な情報を得ようと試みた。

 起動した人型兵器である“ハムレット”が捕虜を捕らえている実験室に解き放たれると凄惨な仕打ちを始める。

 時間にして10分程。捕虜が死亡したことにより実験は終了となった。


「―――成る程成る程」


 アルファは実験結果に満足そうな仕草を見せる。……あくまで仕草のみ。感情の無いそれが行う表面だけ人間をなぞったような振る舞いは周囲に居る人間の科学者に恐怖を与える。


「正確には対象の死因となった致命傷を自身にも発現してるようだね。そこに至るまでの傷は大小に関わらず適用されず、か」


 捕虜の死因は右脚を切断したことによる失血死。それと同時に正義の右大腿部に割傷が出現。夥しい出血を伴ったが1分も経たぬ間に癒えてしまった。カプセル内部を循環しながら満たす修復用補水液が流出した血を洗い流すと後には傷が存在した箇所には痣しか残っていなかった。


「これ相手の生存中ではなく死亡時の何かを『エルピス』が受け取り、こんな他に類を見ない特異な体反応を引き起こしているのかな? ……あ、もしかして傷が残らず回復するのは現時点において模倣する人類の総数が死者よりも多いから、傷を発現しても生者を模倣して自身を治療しているとも考えられるか。……うん、『エルピス』にはもっともっと人を殺してもらおうか。それだけこっちの研究も捗るしね」

「……アルファ様」

「ん?」


 アルファは先程自分に何か言おうとしていた男が再び声を掛けてきたのに対して視線だけ向ける。研究者の1人であり普通の人間であるその男は恐怖で顔を真っ青にしながらも自身の意見をアルファへ伝える。


「こ、これ以上の実験は被検体への負荷が強すぎるかと。現時点でも既に体格や身体構造に異常な変質を引き起こしています。あまり彼だけに負担を強いるのは―――っぐ!?」

「じゃあさ」


 アルファによって片手で顔面を鷲掴みにされ宙吊りにされた研究者は藻掻く。そんな彼に対してアルファはやはり感情の一切を感じさせない目を向けて宣告する。


「君に『エルピス』の代わりをやってもらおうか。……『エルピス』のコピーを量産したいと思ってたから丁度良い実験になるよ」

「っ!? ま、待ってくださ―――」


 ◆◆◆


「……やっぱり失敗か。それだけ『エルピス』が特殊ということが証明された訳だ」


 正義の頭を割り開き、その露出した脳から摘出した【Xsゼノス】を別の被験者に移植するという実験は失敗に終わった。正義の体内で増殖した【Xsゼノス】が移植され被験者に定着すると同時に、被験者は直近で行った捕虜殺害実験での捕虜と同じ死因によって絶命した。

 ―――人は人の死に耐えられない。


「……で、同時に行った別の実験はどうだった?」

「は、はいっ! こ、ここ、これが実験結果になりますっ!」


 アルファは提示された情報をインストールすると1秒も経たぬ間に読み終える。


「『エルピス』印の【Xsゼノス】で作った集積回路(IC)を搭載したAIの起動実験……既存の物の一部をただ置換しただけなのに性能が1割強も上がってるね。専用に回路を組んだらもっと素晴らしい結果が出そうだ」


 良い結果が出たことにアルファは上機嫌な素振りをする。……だが性能の向上以外にも無視するには難しい問題が同時に出ていた。


「……ふ~ん。プログラムに無いのに勝手に『外』へ『扉』を繋げようとしてるのか。それも結構なプロテクトを掻い潜ってるじゃないか。そして自分を親機に見立てて大量の子機を生成しその扉を通して世界中へ拡散しようと、ね。増殖の仕方がまるでネズミ算……いや、この道中の全てを食い散らかすような動作は虫害の飛蝗(ひこう)のようだね。クラッキングなんかをさせるのに便利そうだ。これを元に『エルピス』とは別の兵器でも開発してみようか」

「…………」


 アルファに感情は無い。故に過程と結果にしか感心がない。だからこの実験結果を感情のある人間が見れば別の答えが脳裏を過ぎる。

 ―――助けを求めているのだと。このAIが獲得した能力はこの場所から逃げ出したい被検体が産み出した物であると。自身の恐怖の声を周囲に届けたい感情の表れであると。


 研究員達はカプセルへ目を向ける。そこには物言わぬまま眠り続け、世界へ争いの火を撒き散らす化け物―――その正体たる無垢であった幼子が己が血で濁った羊水の中で揺られる姿が映るだけだった。


 ◆◆◆


 ――――――

 ―――――

 ――――

 ―――


 流した血は戻らず肉体は人形となり、消えた温もりは心を凍てつかせる。

 人の傲慢さと愚かさが生んだ戦争は、人工知能と電子制御された兵器群が飛び交う冷たく重い物と成り下がる。 A.D.2031に勃発した戦争は時を経るごとに苛烈さを増していき、A.D.2033までに発生した人類の被害は、『4億』というあまりに膨大な命を散らせることとなった。


 第3次世界大戦―――“冷血戦争”


 もう起こさぬと誰もが願っていた世界大戦は3度目の幕を上げた。故にこの戦争で嗤うのは人心無き悪魔のみ。尊い命を無価値であるかの如く扱ったこの戦争は後に人類史上最悪の戦争と記されることとなる。

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