11.黄金の鹿
『ブゥォオオッ!!』『ゲァアアアア!!』『ベェァアアアア!!』
「―――あの時の兵士の強さ、確認しとけば良かったな」
森を進むセーギ。どうやらこちらの世界の森は騒がしい場所であるようだ。
スキル【不滅なる黒】が肉体の防御力・各種耐性・自己治癒の能力を上昇。【獅子王人神】は素手による格闘・爪牙の強度・瞬発力と柔軟性に大きな恩恵を与えている。
そうして自らのスキルを確認しながらセーギは自分よりも頭一つ分以上大きな“怪物”と戦っていた。
―――戦っていると言ったら語弊があった。
「目安がわからない。〈NSO〉と一緒か?」
『ゲピッ!?』『ゲハッ!?』『グジュッ!?』
蹂躙。
2mを超す巨体、赤みがかった黄色い肌、樽のような胴体に太い手足。そして豚のような頭部を持った赤い目の怪物。しかし豚と呼ぶにはあまりに凶悪な形相。はっきり言って醜さが印象の初めに来るモンスターである。
セーギは襲い掛かってくるそんなモンスターを流れ作業的に始末していく。
スキル【浄泪眼】によって知り得たこのモンスターの名は『オーク』。レベルは30~38の範囲。スキルは一様に“ケダモノ”があり、他には“棍棒”や“タフ”という物しか確認出来ない。称号には“蛮族”“略奪種族”“邪淫”があり……それらを視た時点でセーギはこの怪物に対する慈悲は捨てていた。
掌底を胸に受けたオークは胸骨を砕かれ心臓破裂、蹴り抜きを胴に食らえば体を上下に分断されるように千切れ飛び、アッパーが顎を打ち抜けば威力に絶えきれなかった頸部が外れる。手刀を雑に振り回すだけでも肉体をバラバラに解体し、貫手や突き蹴りを放てば水風船を割るように血や内臓を体外へ爆散させる。
「逃がすつもりは無いから」
『プアッ!?』『ブヒッ!?』
「せーっの!!」
片手に一体ずつ、足首を掴んで逆さ吊りの形でオークを持ち上げたセーギ。そうして彼は独楽のように回転し、手に持ったオークを棍棒に見立てて残りのオークへ叩き付けて薙ぎ払っていく。
人にあるまじきセーギの怪力によって殴打されたオークは肉片に、掴んでいたオークは肉塊に成り果てた。
「あー……これじゃあ参考にならない」
元が何だったのか判別が困難な程に損壊したオークの死体を捨ててセーギは周囲を見渡す。
突発的な遭遇戦だったが時間的には数分も経たず決着が付いた。その間に仕留めたオークの数は約20体。そのどれもが一撃で絶命している。この世界でのレベルとゲームのレベルを同列に考えて良いか分からないが、それでもレベル千を超すセーギの前ではレベル50以下のオークは物差しにもならなかった。
「ゲームだったら剥ぎ取ってお金にするんだけど……」
〈NSO〉ではオークの肉は食用だった。それに皮も鞣せば用途は色々あった。自分で消費するも良し、店に買い取って貰うのも良し。初期プレイ時の金策の一つどなっていた―――。
「俺はやったこと無いけど」
セーギは〈NSO〉の運営に雇われてエクストラ・ボスをやっていた謂わば職業プレイヤーだったので、普通のプレイヤーが体験するような経験は無い。彼のゲームでの在り方は冒険者というより決闘者と言った方が正しかった。
「収納空間が無いから持ってけないし……」
筋力的に全部引っ張って運ぶのは可能……しかし問題は重量よりもこの体積である。森越えをするのにオークの山は邪魔でしかない。セーギは必要分だけ剥ぎ取り持って行く事も考えたが……どの部位に価値が有るのか知識が無い。報酬が労力に見合わない可能性は十分以上に在る。
「……はぁー……捨てていこう。街だったら魔法の鞄とか売ってたりするのかなぁ?」
勿体無いとは思う、だがセーギはこれを放置する事にした。知識が無いと云うのはこんな時にも困るのだと彼は理解した。
去り際に【浄泪眼】でオークの死体を確認する。結果は―――何も映らない。
「死んだら見えないな、やっぱり」
試しに植物や武器なども確認してみたが……何も情報を見る事が出来ない。それは魔王の【十天慧眼】も同様。セーギはこの2つのスキルが一定以上の自我を持つ生物に限定して効果を発揮しているのではないかと当たりを付ける。つまり死体には使えない。
「わからないことだらけ。早く街に行きたいな」
途中途中で風のように疾走しながら移動するセーギ。廃都の外周を半周するようにして森を通ってきた。かなりの距離があったが強靱な肉体を駆使し移動していたのでそう時間は経っていない。中天から下がった陽の高さを見たセーギは現在時刻を前世と照らし合わせて午後2~3時頃ぐらいだと判断する。
(2・3日ぐらいで着いたら良いけど……)
そして死体の山を放置して、セーギは南を目指して走り出した。
◆◆◆
体感で30分経った。順調に森を進み、そしてもうすぐ森の南端に着こうとした時である。
「……?」
セーギはある物に気付いた。最初は見間違いかと思ったが……【浄泪眼】が反応を示す。捉えたのは確かに生き物であった。
「……あれは」
その生き物を無闇に刺激しないようゆっくりと近寄るセーギ。木の根元、生い茂る草に身を隠すようにして蹲る……小動物。
『――――――』
「……怪我してる」
草陰に隠れていたそれが初め何の生き物なのかセーギには分からなかった。
敢えて似た動物を上げるなら“鹿”か。鹿と判断した理由は頭部に角が生える兆しの盛り上がりが有り、顔立ちがテレビや図鑑で見た子鹿に雰囲気がよく似ていた。
しかし鹿に無い要素も有る。体毛が長かった。こんもりとボリュームが有る体毛に包まれた姿はまるでアルパカ。セーギは「まさか異世界にもアルパカが?」と思ったが……注目すべき所はそこで無かった。
その不思議な子鹿は負傷していた。人間の赤子程度しかない小さな体をもっと小さくするように丸まらせ、じわりと滲むように出血している後ろ脚を庇うように草葉の陰に蹲っている。
「そんなに酷い怪我じゃなさそうだ……親はどうしたんだ?」
『――――――』
セーギは優しく子鹿に話し掛ける。怖がらせないように、地面に膝を着いて体を低くして。
「うーん……薬草とか知ってたりする? 何だったら摘んでくるけど」
『――――――』
その話しの内容は野生動物に掛けるには不自然な物。しかしセーギは真面目にこの子鹿に対して対話を試みている。何故そんな事をするのか? ……それはセーギがこの子鹿に興味を持ったから。
子鹿は美しかった。目を惹く程に。
黄金。子鹿の体毛は黄金に輝いていた。木々の切れ間から射し込む陽光を受けて、子鹿の体毛は黄金だけでなく銀色の斑点模様も身に纏う。
まるで宝物の如き輝きをみせる子鹿。その子鹿は黒目がちな瞳をじっとセーギに向ける。
「あー……お腹空いてるとか?」
『――――――』
セーギがどれだけ言葉を掛けても動かずに睨むような目を向ける子鹿。本当に美しい姿をした動物……だがセーギが興味を引いたのはその外見ではない。
「……えーと、子鹿君、で良いかな? ……君ってさ―――」
――――――
名:―――
種族:フォーチュンムース
性別:―――
年齢:0.5
レベル:15
スキル:破邪、言霊、放電、発火、天運の秤、奇縁
称号:玉錦の霊獣、聖獣
――――――
霊獣であり聖獣。そして……“言霊”。
――――――
言霊:心を伝える言葉を発する。
――――――
「喋れるよね?」
『―――っ』
それが決定的な一言になったのか子鹿は身震いする。
放電発火。子鹿は毛を逆立てて、全身を帯電させながら火花を散らす。
『―――くるな』
幼子特有の高い声が発せられる。変声前のそれは性別の区別が付かない。……そもそもこの子鹿に性別は無いのだが。
子鹿が発する声は口から出ていない。かといって思念伝達でもない。それはこの子鹿の意志を“言霊”が空気を震わせて対象に届けている物だった。
「群れとはぐれた?」
『ボクに関わるな』
「……この森って案外物騒だからその脚は早く治さないと」
『あっち行け』
「……えーと……どうしようか……」
『どっか行け』
取り付く島も無い。拒絶を繰り返す子鹿に押されるセーギ。しかし、はいそうですかと引き下がれない。
言葉が通じる。幼い。そして傷付いている。
ここでこの子鹿を見なかったことにして立ち去れる程セーギは図太くなかった。
未だセーギはシータに大勢の兵を押し付けて逃げ出した事を悔やんでいる。森から遠巻きに観察し、無事?に目を覚まして撤収準備をしていたのを一応は確認している。そもそもが邪竜と戦いに赴いた軍、彼等の命は彼等自身が責任を持つ事でありセーギがそこまで気を回すべき問題では無い……それでも罪悪感が拭いきれずにいる。
(何時か彼女に謝らないと)
それを心に留めつつセーギは目の前の小さな命と向き合う。
『早くどっか行ってよっ』
「…………」
震えている子鹿。それは警戒と恐怖からきているように見える―――それと同時にセーギは子鹿の様子に違和感も覚えている。
(俺を見てるようで……見てない?)
理由は不明、それにセーギの若干乏しい意思疎通能力では子鹿の真意をきちんと汲んであげられない。ただ分かるのは……どうやらこの場からセーギを遠ざけたい意志が有ると云う事。
「……もしかして」
『っ! 早く―――』
ぞわりと。子鹿の体毛が総毛立つ。
森の奥地から蠢くように、セーギと子鹿が居る場所へ近付いて来る気配が……少し前から感じていたその気配。背筋を無遠慮に舐められたような不快な感覚
セーギは子鹿から背を向け、森の奥からこちらへ向かってくる存在へ目を向ける。視線鋭く、眉間に皺を寄せて、睨む。
「あれが原因か?」
『逃げてっ!』
森の奥から―――悪魔が現れた。




