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108.新星開闢のホログラム

 乱麻正義と名付けられた赤子は生後間もなく他界。不幸が重なり産後の経過が悪く一月も経たぬ間に息を引き取った。

 ―――そこまでは表に残る情報。亡くなったとされていた乱麻正義は17歳まで間違いなく生存していた。肉体の限界で息を引き取るその瞬間まで。


 あの子はどうして生きていたのか? どんな理由が有って戦争に利用されたのか? そして……どうして早世してしまったのか。

 これは決して表に出ることの無かった記録。同時にこれは……全てを奪われ失い、死にゆく者達の記録。既に終わってしまった記録。故にこの記録に幸福と呼べる結末は存在しない。

 この記録は本来なら消去(デリート)するのが正しい選択。


 それでも私はこの記録を貴方の中へ残します。


 何かの因果で貴方が記憶を取り戻し、兵器に堕ちることなくこの記録と向き合えることを願い、私はこの記録を貴方へ託します。

 どのような形であれ貴方には知っていて欲しいから。心の中に残していて欲しいから。


 貴方の幸いをこの世で初めて願い愛してくれた2人の人物が居たことを。そんな彼らの意志を継いだ者達が居たことを。……私は貴方に知っていてほしい。


 ◆◆◆


 ――――――

 ―――――

 ――――

 ―――


 A.D.2025.02


 太陽系第三惑星“地球”。その衛星である“月”に一つの隕石が堕ちた。

 その存在を最初に観測したのが誰なのか実のところ特定されていない。

 何故ならその日、地球に住み月を視界に収められる誰もが『それ』を目にしたからだ。


 ―――光―――


 太陽の輝きを反射した月光ではない。それはもっともっと鮮烈で眩しい輝きだった。

 地球に面した月面、氷の海と名付けられている月の北側。その場所にまるで『火』が点いたような一つの光が灯っていた。


 全長数百mに及ぶ巨岩。それから放たれる遊色(虹色)の光は昼夜など意味を成さず己が存在を誇示するように煌々と光り輝いていた。


 宇宙へと飛び立つ手段を持つ人類がその隕石の調査に月面へと降り立つのは当然の選択であった。―――そして人類はそれを手にした。

 進化の袋小路に陥り、無限の可能性が広がる外宇宙にさえ辿り着く手段を未だ持ち得ていない、自分達が棲む小さな惑星の資源をいずれ食い潰し『地球の死』と云う破滅への坂道を転げ落ち始めていた人類。

 そんな彼らが手にした新たなる可能性。


 ―――創世記で神より火を授けられてから幾星霜……第二の火を手に入れた人類は物質世界を超越する力を得ることとなる。


 ◆◆◆


 A.D.2025.08


 とある国に存在する永久凍土に閉ざされたとある場所。そこに秘密裏に築かれ世界から孤立(スタンドアローン)させた施設。たった2人の人物が使う為だけに建造された小さな研究機関。


 氷と雪に沈んだように存在する白亜の建造物内部では昼夜問わずある研究が進められていた。研究される物質とは隕石(プロメテウス)から採取された金属、地球上にこれまで存在しなかった『未知のもの』という意味から名付けられた原子番号“X”の物質。


Xenos(ゼノス)】―――元素記号【Xs】


 どの周期にも族にも属さないこの物質を彼は……“彼ら”はこの場所で研究している。そしてそれは決して世界の為に研究を行っているわけではない。

 全ては自分達の願いを叶える為。

 世界で最も大切で守りたかったもの。……失ってしまったその大切なものを、取り戻す為に。


 ――――――


「―――ここまでも失敗―――ならこの構成なら―――」


 施設内の一室。数多の電子機器が並べられた部屋で複数のモニターを睨みながらラフな格好――何日も着続けてよれよれな状態になった服装――に不自然に綺麗な白衣に袖を通した1人の男性が手元のタッチパネル式インプットデバイスを用いて百数十通り文字や数式を打ち込み、時には音声入力を同時に行いその結果を見守る。


『ERROR』


 機械のスピーカーから合成音声による結果が告げられる。

 それを聞いた背は高いが痩身で如何にも研究者然とした黒髪の男性―――東アジア圏内の特徴を持つ男は隈の濃い目を細め、指輪の嵌まった左手で頭を掻き毟り、禁煙の一環で舌の上で転がしていた飴を口内に含んだまま静かに口を開く。


「……(プロトコル)γ(ガンマ)―1875までの記録をボックスへ移行。次は1876から2000までの構成で再試行する。アシストしろ」


 研究中の情報が埋め尽くすモニター内において、唯一研究とは無関係なアイコンが画面端に表示されている。

 青い鳥の姿を与えられているそのアイコンは男性の指令を聞くと首を横に振る。


『……Mr.(ミスター)ヨシツネ。貴方のこの10日間における睡眠時間が10時間を割っています。更にはそれが約4ヶ月分累積しており健康障害や作業効率から十分な睡眠を摂ることを推奨―――』

「再試行を。青い鳥(ブルー)

『……了解しました』


 (がん)とした男性―――ヨシツネの言葉にAI(人工知能)である青い鳥(ブルー)はそれ以上の言葉を止め現在行っている研究を再開させる。


 研究開始当初、幾度となく警告を発したが聞き入られず、それでも根気強く言い縋ればヨシツネの手によりこのネットワークから閉め出されそうになった青い鳥(ブルー)はそれ以降定期的に警告を発するだけにした。自分が見ていない時にこの男に倒れられでもすれば一大事。それを防ぐ役割として青い鳥(ブルー)はこうして補助に徹しつつヨシツネを見守ることにしたのだ。


 機材に埋め尽くされた部屋。その床には連日部屋に籠もりきった結果である飲料物が入っていたであろう空のペットボトルや破り捨てたレトルトの包装の数々。それらと共に汚れたから脱いだ白衣が何着も転がり、薄暗く異様な雰囲気の一端を形作ることとなっている。


 ヨシツネと青い鳥(ブルー)。両者が寝る間も休息も惜しみ、このような部屋の惨状を作ってまで行っている研究とは―――


『pipipipipi……』

「!!」


 突如として鳴りだした電子音にヨシツネは身を乗り出しかぶり付くようにモニターへ顔を寄せる。モニターには現在行っていた試行の結果が表示されている。

 ―――幾千幾万幾億のエラーの果て。そこに彼が待ち望んだ結果が映し出されていた。


「……は……はは……」


 目を爛々と輝かせ、掠れた笑いが溢れ、口の端から小さくなった飴玉が零れる。


「……出来……た」


 デスクの上に乾いた音を立てて飴玉が落ちて転がる。


「出来たぞっ! やはり私は天才だぁあああああ!!」


 ヨシツネはイスから立ち上がると身を翻して扉へと駆けていく。

 ぶつかるように扉を開くと部屋を飛び出し「ハァーッハッハッハッハ!!」と高笑いしながら何処かへと走り去っていく。その姿をモニターから青い鳥(ブルー)が静かに見送る。


『……少しぐらい休めば良いものをまったく。……でも……お疲れ様でした、Mr.(ミスター)ヨシツネ』


 AIであり鳥の姿の青い鳥(ブルー)。人のような感情や表情など在りはしないのが当然と世間からは考えられている存在だが……それでも、今この瞬間だけは確かに笑顔を浮かべているように見えた。

 途轍もない偉業を達成した男を称賛するように。


 ――――――


 扉をけたたましく開き、ヨシツネがある部屋へと飛び込む。


「マイスイート!!」


 そして部屋の主たる女性へと両腕を広げ跳び掛かる。そんなまるで獣に襲い掛かられるような状況に対して女性(スイート)は―――


「……ダー……リンっ!」


 鋭い蹴りをヨシツネ(ダーリン)の腹部に叩き込んだ。


「げぶぅうっ!?」


 蹴りを受け体をくの字に曲げたヨシツネは白目を剥き、そのまま膝から崩れ落ちて床に頬擦りすることになった。


「あばばばば……」

「……まったく」


 北欧系の白い肌と目鼻立ちをした女性はポニーテールにした黒髪――根元からブロンドの髪が生えているのが窺え本当の地毛は金色で黒く染めているのがわかる髪――を揺らし、清潔でアイロンが掛けられパリッとした白衣を纏いそのポケットに両手を入れて仁王立ちし、今しがた無慈悲な一撃を叩き込んだ男を青い瞳で見下ろす。


「……私に会う時はシャワーを浴びるかお風呂に浸かってからって言ったわよね? ダーリンはそれでもお風呂好きな島国出身?」

「……す、すまん……」

「研究に没頭すると他が疎かになるのは変わらないわね。……まあ私もそうだから理解出来なくは無いけど、他にも人が居るなら気を付けるべきポイントだと思うの。何日お風呂入ってないの? 臭いわよ」


 辛辣な女性はデスク上に展開していた立体映像へ左手をかざす。そして先程まで編纂していた研究資料の画面、『“精神の電脳量子化”その実用化とそれに付随する問題点』と表示されていた物を閉じると、その手を今度は倒れ伏しているヨシツネへ差し伸べる。


「……ほら。私に用が有って来たんでしょ? どうかしたの?」

「あ、ああ。……実は」


 ヨシツネは指輪が輝く女性の左手を取ると立ち上がり、自分がなりふり構わず彼女へと会いに来た用件を口にする。


「『完成』した」

「――――――」

「【Xs(ゼノス)】を使って君が組み上げた“Ni―――……『ふぁすこんMark.Ⅱ』。それを用いて尚あの研究はこの天才を苦戦させてくれたよ。……だがしかし! 私は遂に勝利を手にした! 蒙昧たる現実を屈服させ、この世に新たな境地を開拓し―――!」


 それ以上、ヨシツネの自賛混じりの研究への言及が続けられることはなかった。


「―――義経(よしつね)っ!」


 女性がその細い腕で義経をかき抱く。強く、強く、抱き締める。


「……ソーニャ……」


 義経は自分の胸に顔を埋めて抱き締めてくるソーニャを見下ろす。そして長期間の研究による疲労など忘れたように穏やかな微笑みを浮かべ彼女の黒く染められた頭を優しく撫でる。


「……やっと……会えるのね?」

「……ああ」


 背に回した手はそのままに2人は少しだけ身を離すと見つめ合い、義経は頷きながら力強く声を発する。


「さあ、会いに行こう。……私達の子供に」

「……ええ!」


 ◆◆◆


 乱麻(らんま)義経(よしつね)

 脳科学とVR(バーチャルリアリティ)を専門とし自らを『世界一の頭脳を持つ真の“天才”であり神すら恐れぬ真の“天災”』と呼称するある意味で狂気の(マッドサイ)科学者(エンティスト)と称するに相応しい人物。

 世界で初めて人と同じレベルで応答可能な人工知能『Sensible automaton(心ある自動人形)』……【SA(セ・オ)】を開発し、更には限りなく全感覚没入(フルダイブ)に近いVRを生み出し、彼のその才能が本物であると世界に示した。

 ……だが義経の開発した【SA(セ・オ)】はネット環境の補助に使われることが多く使用者の健康状態を頻りに気に掛ける為、世の人々には『セーブ・アシスタント』の略だと勘違いされ彼は遺憾の意を表している。「何度言えばわかる! センシブル・オートマトンで【SA(セ・オ)】だ!」


 “ソフィーヤ・アンドレーエヴナ・乱麻”

 量子物理学の権威であり“表裏捻転多層集積回路”『無限思考(メビウス)』と“熱転換式冷却機構”『雪姫(スネグーラチカ)』の開発によってムーアの法則を覆し、高性能と呼ぶには言葉が足らない怪物機械(モンスターマシン)たる“家庭用スーパーコンピュータ”……ソフィーヤ命名『ふぁみりー・すーぱー・こんぴゅーた』略して『ふぁすこん』を生み出した革命児。

 ソフィーヤが世に送り出した数多の開発物は世界に広く普及しており、周囲へ目を向ければ彼女が関わっている製作物が何処かに必ず存在するほどである。

 ……しかし、彼女が開発物に付けたユニークな名称(『無限思考(メビウス)』の正式名は『くるくるIC』。『雪姫(スネグーラチカ)』は『よく冷えーる』)だけは定着せず別の名が使われている。「これは世界のいんぼー。そうに違いない」


 義経とソーニャ(ソフィーヤ)。人類史に大きく名を残す偉業を成し遂げた2人。

 ―――しかし彼らの生み出した物はそれだけではなかった。

 後に世に出る彼らの研究成果は激流のように世界を呑み込むこととなる


 ――――――


 義経とソーニャは試作型実験機・可変式陸空両用車両『ヴィマーナ』に乗り込み運転を青い鳥(ブルー)に任せて空を飛び陸を駆け―――2日という時間を掛けて目的地へと辿り着く。


 暦の上では夏を迎えているが近年進行が著しい寒冷化により時折肌を刺すような寒風が吹き抜ける地に栄えた都市。そこに建ち並ぶ高層ビル群を通り抜けて進んだ都心の外れ。ひっそりと隠れるように……実際に隠れ家的側面を持つ建物へと2人は向かい、勝手知ったると地下に設けられた駐車場(ガレージ)へヴィマーナを乗り付ける。


 車外へと降り立った義経とソーニャ。2人の服装は研究時の白衣姿ではなく、街の中を歩いていても特に目に付くことはない落ち着いた物になっている。ヴィマーナも可変させなければ特に目立ったところの無い乗用車であり、それにより彼らがここまで来るのを誰かに目を付けられることも無かった。


 そうして秘密裏にここまで来た2人の前に、大きく広い両開きの扉を押し開けて1人の人物が姿を見せた。その姿はこの現代においてはあまりに風変わり、時代錯誤、もしくはコスプレとしか見なされないであろう装い。

 黒。黒。黒。鐔の広い帽子、露出が無く体型が判別出来ない足元まであるガウン、……そして最も特徴的であろうその顔に装着された長く尖った嘴のような物が備わった硬質さのあるマスク。―――それら全てが黒一色であり、俗に言うペスト医師その物のような格好をした人物が両手を広げて2人の到着を歓迎する。


「―――やあ、待っていたよ2人共。私の運営する〈揺り籠(ヴィーゲ)〉へようこそ。……しかし君達には本当に驚かされる。常人なら数年は掛けていたであろう難題を僅か半年ばかりの時間で終わらせるとは……【神人計画(アダムカドモン)】の要に選ばれていた人は格が違うね」


 マスクに変声機が取り付けられ男女の識別が付かない声音でペスト医師は朗らかに挨拶をする。そんな怪しげな風体と友好的な態度により不気味さが著しい彼へ真っ先に応えたのは義経だった。


「当然だDr.(ドクター)ホワイトよ!」


 義経は白衣をバッと翻し、大仰に腕を広げるとペスト医師――Dr.ホワイトと自らを呼称する本名不詳の医者――へ声高らかに謳う。


「私はそこらの掃いて捨てるほど存在する天才(もど)きとは違う真の天才! そんな私の手に掛かればこの程度の研究など造作も―――」

「……これまでほぼ不眠不休で必死に実験を続けていたのに……調子が良いわねダーリン」

「ぐっ……! す、スイート、それは言わない約束では……」


 ソーニャの冷たい指摘に勢いを失った義経は肩を落とす。そんな2人のやり取りを見たDr.ホワイトは体を震わせて笑い声をもらす。


「……きひひ。相変わらずだね君達は。……いや、ここは変わったと言うべきかな? どちらにしろ今の君達は以前の君達よりもとても好ましい。―――さて、世間話も良いがこっちはもう『準備』出来てるよ」

「では行きましょう」


 Dr.ホワイトの言葉に一にも二にも無く動き出したソーニャ。彼女は寒風よりも冷たい空気を纏いながら義経の腕を絡め取るとずんずん歩き出す。

 少しばかり乱暴な扱いだが義経はそれに文句を言うことは無く、むしろ彼の表情は引き締められ瞳にはソーニャと同じ強い光を灯して歩く。そんな2人の後ろをDr.ホワイトは呆れたように溜息を吐いて付いていく。


「……まったく。ここは私の城だよ? 客人は客人らしく私の後ろを歩いて欲しいものだよ」

「それは違うぞDr.ホワイト。私達はお前にとって客人などという関係では無い」

「へぇ。じゃあ何だと言うんだい?」


 義経の笑みを含んだ否定にDr.ホワイトも愉悦が混じった疑問を返す。それに義経はこれ以上無いという返答をする。


「私達とお前は―――『共犯者』だよ」


 3者はそれぞれ笑みを浮かべる。個々の形は違えどそれは罪人と呼ぶに相応しい歪んだ笑みであり、同時に迷いの無い何処までも真っ直ぐな笑みだった。


 ◆◆◆


 Dr.ホワイトが根城としたこの建物は端的に言えば「病院」である。しかし国を初め何処からもここを運営する為の認可を受けていない違法施設である。それを考慮すれば病院と名乗るわけにはいかずDr.ホワイトは、ここと同じように自身が複数所持する「病院」を「揺り籠」と呼んで使用している。


 Dr.ホワイトは〈揺り籠(ヴィーゲ)〉内部に有る部屋の一つへと辿り着く。中には既に義経とソーニャが居り『ある物』に寄り添っていた。

 そこまで広くない部屋。通常の病棟の個室より広い部屋の中に置かれている『ある物』。

 それは人1人入れそうなサイズのカプセル型機械。左右を手術台に挟まれ存在するその機械には多くのケーブルやチューブ、機器が繋がれそれと接続されたモニターには『カプセル内部で保存しているもの』の現時点での状態を表示している。


 『―――不凍羊水液・疑似血液の循環―――温度・体温の推移―――細胞の生存凍結・生体鮮度維持―――“被験者S”の健康状態:良好―――“冷凍(オーバーハイ)睡眠(バネーション):稼働中”―――』


 カプセルと接続されたタンクから絶え間なく液体窒素が流れ温度を一定にし、カプセル内部で循環する特殊な溶液が保存物の細胞を凍結状態でも壊さぬよう働き続けている。


 そのカプセルの中に浮かぶ、小さな、小さな影。まるで、普通に、今にも目覚めそうな息づかいさえ聞こえてきそうな様子で目を閉じて眠る、小さく儚い存在。

 両腕で抱けば収まってしまうほどの小さく、愛しい命。


「……1年……長かった」

「……ええ、とても。まるで永遠のように長かった」


 義経とソーニャはカプセルの上からその命に少しでも触れられるようにと、手を当て、声を掛ける。


「迎えに来たよ―――正義(せいぎ)


 冷凍(オーバーハイ)睡眠(バネーション)により時間を凍結された命―――その抜け殻。

 乱麻正義と名付けられた赤子はそこに居た。

 目を開く、声を上げることも、温もりさえ感じることは出来ない。それは冷凍睡眠に掛けられていることと何の関係も無い。

 この赤子の脳は完全に死んでいるのだから。……もう目覚める筈の無い命なのだから。


「―――では……始めよう」


 しかしその事実はこの場に居る彼らにとっては乗り越えるべき障害でしかない。

 涙を堪え身を震わせるソーニャの肩に義経は手を置くと後ろに立つDr.ホワイトへ顔を向ける。義経は口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべると高らかに宣言する。


「私達の希望の星(エルピス)を目覚めさせるぞ!!」

「―――っ!」


 その言葉を受けてソーニャは動き出す。涙を拭うと一度だけ正義へ微笑み掛ける。


「あと少し。……あと少しで……また、貴方をこの腕で抱き締められる」


 ソーニャはそう言うと隣りに有る手術台へと横になる。反対側に有ったもう一つの手術台にはソーニャとほぼ同時に背を付けた義経の姿も在った。

 2人が手術台へと移ったのを見届けたDr.ホワイトは彼らにヘルメット型の機械を装着させ、その腕にまるで全血輸血を行うかのような太い連結管を差し込む。この連結管は液体を通す(チューブ)ではなく、電気信号へと変換した情報素子を通す為の(ケーブル)。それらの機器により2人は赤子が眠るカプセルへと繋がる。

 ―――Dr.ホワイトの手により冷凍(オーバーハイ)睡眠(バネーション)が終了させられる。それは同時に止まっていた赤子の時間が動き出すことを意味する。

 完全なる死という終わりに向かって。


「……今より行うのは『死者蘇生』」


 AI青い鳥(ブルー)が電子ネットワークに介入し情報封鎖した【揺り籠(ヴィーゲ)】の中。

 Dr.ホワイトは義経から受け取っていた掌サイズの小箱を掲げ蓋を開く。箱の中から現れたのは爪の先ほどの大きさをした結晶体。

 七つの色彩を放つ特殊な金属―――【Xs(ゼノス)】がその姿を表わした。


「もし失敗すれば君達にどんな影響が……いや、成功したとしてもどんな影響が出るのか未知数だ。親子共々帰らぬ人になるかもしれないし、もしくは精神を壊すかもしれない」


 カプセル内を満たす溶液――現在は凍結状態であった細胞を生きた状態のまま解凍する為に循環している溶液――の保存・管理の役割を果たすタンクへと【Xs(ゼノス)】を持ったDr.ホワイトは歩み寄る。タンクに辿り着いたDr.ホワイトは横側にあるカバーを開く。そこには別途機器を用いて外部から薬品を注入出来る挿入口が存在した。溶液の成分は半自動で調整されるが手動で管理することも可能なそのタンクの挿入口へと【Xs(ゼノス)】を近づける。


「―――それでも……君達は立ち止まらないんだろう?」


 義経とソーニャの方へ背を向けて作業を進めるDr.ホワイト。その身に降り掛かるであろう危険性を伝えても、義経とソーニャから笑みが消えることは無かった。

 顔を向けずともそれがわかるDr.ホワイトもマスクの下で笑みを浮かべる。


「なら私も止まらない。ああ、止められるものか」


 ―――挿入口へと近づけた【Xs(ゼノス)】が砕け散る。


 虹色の光を放つ粒子が舞い踊り、タンクの中へと吸い込まれていく。


「君達が思索し、導き出し、汲み上げ、形と成した“奇跡”。……それを私に見せてくれ」


 タンク全体が虹色の光を帯びる。それがチューブを通じてカプセルへと光を伝播させる。

 そしてケーブルを通じて義経とソーニャへにも虹色の輝きが宿る。


 ―――それに伴い2人の体温と心拍が急上昇を始める。計測器に表示される体温は41℃、脈拍は200を越えて上がり続ける。もしも立っていれば卒倒してしまうであろう急激で重篤な体調変化。

 常人なら意識を飛ばしても不思議ではない状態。……だが、それでもなお2人は笑う。


「……フッ、良いだろう! そこで刮目して見るがいいっ……新たな時代の幕開けを!!」

「そしてっ……私達、……家族の絆をっ」


 揺るぎない“意志”と“愛”を胸に2人は心身を蝕む苦痛を撥ね除ける。Dr.ホワイトは振り返りその頼もしき彼らの姿を目に焼き付け、カバーに覆われたスイッチに手を掛ける。このスイッチを入れれば義経とソーニャが構築しこの場の機械へ組み込ませた『システム』が起動する。

 ―――Dr.ホワイトは持ち上げた腕を振り下ろし、カバーを砕き割りながらスイッチを叩き押す。


「―――“The Inc(輪廻)arnation(転生)”―――起動!」


 七色の極光が室内を満たす。

 瞼を閉じようと瞳に届く光はカプセルを中心にして渦を巻く。


 ―――ソーニャの開発した【Xs(ゼノス)】を半導体(便宜的に半導体と呼称しているがその性質は根本的に異質でありこれまでの常識からは一線を画する)として使い構築した前人未踏の性能を持つコンピュータ『ふぁすこんMark.Ⅱ』


 ―――又の名を【“貴方の為の世界(Nirvana)”】。


 義経はその“Nirvana”を用いて電脳空間上に作り上げた。―――完全なる『頭脳』、その雛形を。


 何も刻まれていない、真っ白な脳。

 それは完全であり不完全。最適であり不適。既知であり未知。そして進化と退化。……それら全てを内包しながらも矛盾や機能不全を起こさず活動する、この世界に棲む全生命が持つ心の種。

 何者でもない。だからこそ何者にでもなれる。そんな魂の火。


 事実上作り上げることは不可能であると断言されていた真の人工知能。それを乱麻義経はソーニャと力を合わせ完成させた。


 ―――否―――


 未だ人工知能は真の完成に至っていない。“生む”という行為には“代価”が必要である。彼らはその代価を今、支払っている。

 『命』という代価、代償でもって。


 削られた命――心の欠片――が回路(サーキット)を奔る。2つの欠片が定められた道筋を突き進み、天上に浮かぶ星の数ほどの化学反応を引き起こしながら、たった1つの終着点へと向かう。欠片は絡み合い、繋がり合い、1つとなる。男女が番い子が産まれるように、2つが一つになる。


 【Xenos】という物質が、本来ならば交わることのなかった物同士を引き合わせ、交差させる。


「私の「私達の命をっ―――」


 電脳量子と精神が、流星がもたらした火により(クロス)する。


「愛する我が子へ!!」


 人体を構成する生体材料の1つとなった【Xs(ゼノス)】が赤子の全身を駆け巡る。


 命を失った器に、義経とソーニャが産んだ(AI)が吹き込まれる。


 ―――今、新たな命がこの世界に生まれる。


 ――――――


 ―――……ァア―――


 泣き声。


 ―――ォギャアア……ァア……オギャア―――


 産声が、響く。


「……ねえ、義経。……とても、とても温かいわ」


 カプセル内部から自分の腕の中へと赤子を抱き上げたソーニャは、小さな体で精一杯に『命』を発露する我が子を見て涙を流しながら笑う。


「……当然だ。……当然、だとも。……何故……なら……この子は生きて……生きて、いるのだからっ」


 そんな彼女と我が子を包み込むように抱いた義経は、普段から冷たいと形容される顔を溢れる涙で濡らし嗚咽をもらす。


 ―――新たな命を得て蘇った赤子は急な環境の変化に泣きじゃくっていたが、自身を包む温もりを感じて落ち着きを取り戻す。

 本能で知る。彼らは自分にとって最も大切で大事な人達であると。

 この世で初めて自分に無償の愛を与えてくれた人達であると。


「あ、笑った」

「……はは、なんとも……逞しい子だ」

「ふふふ」


 家族は笑う。在るべき形へと戻ったこの瞬間を祝福するように。


 ◆◆◆


 ―――

 ――――

 ―――――

 ――――――


 もう一度だけ。

 これは彼らが全てを奪われ失い、死にゆくまでの物語。

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