103.誰もが誰かの為に
戦場に立つ者全てを平伏せさせる破壊の波動が収まる。
ベヒーモスは【悠久の大地】の能力がもたらす無尽蔵の力能により欠損した片腕の修復に取り掛かる。遅々としながらも肩口から新たな腕が生成されていく。化け物となったセーギはその様子を先程までの荒々しさとは打って変わり静観している。ベヒーモスの持つ能力の詳細をその目で確かめているのだ。
そして彼我の力の差を見極めているのは化け物だけではない。
(……今の正義は強い。途轍もなく。……防御の高いこのベヒーモスの肉体をこうも容易く破壊するなんて並の攻撃力じゃない。だけど、それよりも厄介なのがあの演算能力……一見荒々しさしか印象に残らない動きだけど、その実全てが計算された動き。……攻撃・移動・防御・回避、それらをあの正確無比な機動で続けられれば一方的な戦いになる。……何とかして隙を作らなくちゃ―――……ぁ)
攻め手を考えていたベヒーモスは自分が今、少しだけ『笑っている』ことに気が付く。
(あれ? 僕、どうして―――)
純粋に、ただ純粋に……『楽しい』だなんて。そう思って笑っていたことに。
「●●●●●●●●●●●●!!!」
『っ!』
化け物は咆吼を上げて動き出す。ベヒーモスの修復中の腕はまだ戦闘に堪えない。その致命的な差を無くす為にベヒーモスは身体強化能力【轟撃地砕の魔王】を限界を越えて発動させ、同時に【偉大なる獣の王】も起動させる。
――――――
偉大なる獣の王:獣の王とは其れ即ち獣の全てを宿す者なり。陸上を駆け地を潜る獣たちが持つ力を行使することが可能であり、そして心を通わせられる。
――――――
獣の能力。嗅覚、聴覚、視覚、そして筋骨……そのどれをとっても人よりも優れた力を持っているのが獣という生き物の常である。……しかしそれはあくまで現実での話。ゲームである〈NSO〉や〈円天世界ニルヴァーナ〉では獣よりも遙かに高い身体能力を備えた人間は数多く居る。
なら今更この能力で獣の力を発揮するのは無意味か? ―――否。 再現される獣の力にはオーズ自身の『レベル』と能力による後押しが掛かる。
“陸崩の魔王”の身体能力を持った獣。それはこの世のどんな生物よりも強靱で恐るべき存在となる。
獅子、虎、熊、狼などの肉食動物は当然。牛、鹿、兎などの草食動物であろうと、レベル1300を持ったその存在が行使する能力は他の生物の追随を許さない。
全ての能力が特化した万能型の極地に至ったベヒーモスは欠けた足はそのままに四つん這いで地に立ち構え、そして自分が笑っていた理由を考える。
それは獣の王であるからこその、野生の直感と言うべき物であったが、ベヒーモスには自然と納得出来る物であった。
『正義……もしかして君は……まだ、そこに居るの?』
化け物から未だ懐かしく優しい……そんな『情』を感じ取れる。それはこの殺し合いをただの力比べへと落とし込む……いや、押し上げていた。
「●●●●●●●●●●●●!!!」
『……もし、そうなら……僕はっ!』
―――獣の王は微かに垣間見た可能性を手繰り寄せる為に、後の事など考えない全身全霊の力を絞り出し、化け物とぶつかり合う。
◆◆◆
「……え、えらい目に遭ったっす」
人化したウスユキは冷や汗を垂らしながら覆い被さっていたロベリアの上から身を退く。先程天から降り注いだ波動、それからウスユキは身を挺してロベリアを庇っていたのだ。
「……うっわー」
周囲を見渡すと周囲に広がる光景に呆れたような声を上げる。そんなウスユキの元へ、マリーを胸に抱くアザミや、衝撃が抜けきらず少し目を回しているリンドウ達が集まってくる。
「ああ、御婆様。それに皆も。やっぱり無事だったっすか」
「……ぬしにはこれが無事に見えるでありんすか?」
けろっとした風のウスユキをアザミはじとっと睨む。
整えていた髪は乱れてぼさぼさ。服はもちろん露出している肌も土埃に汚れきっており、その顔には天からの波動に晒されたことによる疲労が色濃く残っている。
「まったく……先の衝撃は老体に堪えるでありんす」
『う~ん……』
マリーはアザミに庇われていたがそれでも幾何かは衝撃を感じていたのか、頭を振って意識をはっきりさせようとしている。そんなマリーの角が目立ってきた頭を撫でながらアザミはウスユキへ言葉を掛ける。
「……して、ウスユキ。『やっぱり無事だった』とはどういう意味でありんす」
「んー? 言葉通りの意味っすよ?」
「言葉通り……」
アザミは荒れ果てた周囲を眺める。大地は砕け、草原は捲れ上がり、裂け目が顔を覗かせている。その様相はまさに激しい自然災害に見舞われたに等しい光景。
そんな場所に大勢の兵士や戦士達が地に伏せっている。両者揃え8千人にも上る人間がこうして転がっている光景を見ると肝を冷やす思いを抱く。微かに聞こえてくる呻き声や身動ぎの音もそれに拍車を掛け―――
「―――これは」
アザミは目を細める。その瞳に映るあまりに違和感の覚える光景に。
「御婆様も気付いたっすか? やっぱりびっくりするっすよね」
ウスユキはアザミが抱いた気付きを肯定する。そしてアザミはその口から自身が気付いたことを言葉にする。
「……これだけ被害が出て……死者がいない? まさか」
「そのまさかっす。周囲の気配を一通り探ったっすけど、どうも死んでる人はいないようっす。殆どは気を失ってるだけ、僅かに意識のある人も衝撃の影響で動けずにいるっす。それに―――」
災害には付き物の被害。その中の『死者』という要素がこの場には欠けている。大地が崩壊するほどの威力を秘めた波動が降り注いだにも関わらず、怪我人はいても死者が存在しないという異常な光景。……それだけでも十分に異常ではあるが、ウスユキはこれとは別に気が付いていることがあった。
――――――
ベヒーモスが口を開き超音波を発する。
魔王が放つそれは蝙蝠などが周囲を把握する為に行う反響定位とは別物へと変貌している。
音波とは空気の振動。目に見えないが故に防御不可の恐ろしき技。
理外の超音波は相手の三半規管を狂わせ生体機能にダメージを与えるだけに留まらず、その振動は対象へと浸透すると熱を生み内部から沸騰させる。
草原から草花が蒸発し大地が枯れる。
他者の生存を許さない絶殺空間が音速で広がる。
「●●●●●●●●●●●●!!!」
化け物が咆吼しながら背中の腕をまるで剣を振り抜くように扱う。総数20に及ぶ異形の腕が空気を引き裂く。
化け物の前方に竜巻さえ微風に思わせる激風が巻き起こる。
その激風は超音波さえも巻き込み掻き消す。
『……次っ!!』
ベヒーモスはその巨体から想像することなど不可能な機敏な跳躍を見せる。
大地を揺らしてベヒーモスは空高く舞い上がる。
跳ねるように駆ける動物の脚から放たれる蹴りはその生物にとって最大の武器となる。ベヒーモスはそれに己の膂力と重量を加えて化け物へと向ける。
化け物はベヒーモスが跳躍したと同時に自身も跳び上げた。両者の跳躍の衝撃がぶつかり合い、相乗効果で大地が更に崩壊する。
ぶつかり合い絡み合い、捻れるような力の奔流は地割れを起こしながら『真っ直ぐ』に突き進む。そしてその衝撃は戦場に立つ『ある人物』の元へ辿り着く。
――――――
「『羅水甲盾』『金剛双手』『厳地鳴動』」
迫り来る衝撃を、弱め、散らし、そして吸収する。
誰よりも怪物と化け物の戦いの近い場所、最前線に立っていたウスユキはそうして集めた力の固まりをその手に握る“召雷樹”へ流し、雷撃として天へと撃つ。
空へと消えていく雷を眺めながらウスユキはまた1つ頷く。
「―――うん、どんぴしゃっす!」
ウスユキの背後に居るアザミはその一連の出来事を見て、しかし、俄には信じがたいと言った表情を浮かべる。
「……これは……しかし……だが……」
「あれ? まだ信じられていないっすか御婆様」
「当然じゃろ」
動揺が隠せないアザミは何時もの廓詞が崩れて地が出る。その理由はウスユキが衝撃を受け止める直前に口にした発言に端を発する。
「……ぬしの『セーギ殿は私達を守っている』との言葉。……確かに現状を見れば正しいとは思う。思うが……」
自我を失い暴れる化け物を見ながらアザミは歯切れ悪く言葉をもらす。
ウスユキはあの化け物が自分達を守りながら戦っていると言ったのだ。開幕から今までの行動を振り返ってもあの戦闘機械にそこまで理知的な思考が出来ているとは想像出来ない。
そんな分からず屋なアザミへウスユキはやれやれと首を振るとあの化け物が取った行動の一つ一つを指立てて説明する。
ウスユキが立てた指は3本だった。
「だからっすねー、最初の波動は『距離を取る為』」
破壊の波動で周囲の者達は全員吹き飛ばされた。しかしそれで軽傷は負っても大怪我を負った者は皆無。
「そして次の黒い咆吼は『兵士や戦士を行動不能にする為』と大地を破壊……何時から在ったのか知らないっすけど仕掛けられていた何らかの『呪いを破壊する為』」
戦場には狂気が蔓延していた。それは放置していれば取り返しが付かないことになっていた。幾らウスユキ達が特級の戦力を保有していようと戦場全てを網羅出来るわけではない。取りこぼした兵士や戦士達が戦端を開きその狂気のまま凄惨な殺し合いを始める可能性は大いに在った。
それをあの咆吼が引き起こした全てをねじ伏せる破壊が一切合切無に帰した。
「そしてこれは最後……」
ウスユキは今までのあっけらかんとした雰囲気を潜ませ、神妙な様子で最後の三つ目を口にする。
「……お兄さんは―――」
その金色の瞳は空へ向けられている。そこには怪物の蹴撃を躱してその胸部に殴打の嵐を叩き込んだ化け物の姿がある。
怪物が地に落ちる。落とされる。落ちながら返し技として放った獣王の咆吼が化け物へ直撃する軌道を描く。
……しかし直撃する間際、化け物は自らも黒い咆吼を放ってこれを相打つ。
真正面からぶつかり合った咆吼は捻れ絡まる。
獣王の咆吼は掻き消され、後に残った黒い咆吼は曲線を描き、怪物の片足を捥ぎ取るとそのまま草原の表面を撫でるように削りながら空へと再び舞い上がる。空へと上がったそれは再び炸裂。今度のそれが引き起こす衝撃は戦場に降り掛からずに彼方へと拡散された。
今の咆吼で出た被害は自然物を除けば怪物の片足のみ。それも己の能力で再生可能なことを考えれば実質的な被害は0であると言える。
まるで咆吼同士の干渉を織り込んで計算し発生する被害を最小限に抑えたような結果。
これは偶然か?
「偶然じゃ無い。お兄さんは『皆を殺さないように』戦ってる。あの、近くに居れば全てを消し去ってしまいそうな力の奔流の中で」
「●●●●●●●●●●●!!!」
「あれはお兄さんじゃないけど……でも、お兄さんなんです。きっと今も自分自身と戦っている」
化け物の声が戦場に響き渡る。
それに耳朶を震わせウスユキは歩み出す。その背後に居る、横たわるロベリアやそれを看るアザミ、リンドウ達を守るように。
「なら、私達がやることは決まってる」
ウスユキの目が鋭くなる。その視線の先にはとある存在の姿があり、その者に対してウスユキは口角を吊り上げて声を掛ける。
「……随分ゆっくりなお出ましですね悪魔。うたた寝でもしてましたか?」
「…………」
誰が聞いても挑発したとわかる物言いに相手は表情を憎々しげに歪ませる。
その者の姿は異形だった。
「確かその姿……艶魔獣でしたっけ? 上半身が美女で下半身が六犬と十二足に鮫尾を備えた異形の悪魔。その姿は教会で伝えられていましたよ……『背教のタローマティ』」
「……これは、何?」
「何がです?」
「どうしてっ……どうしてっ……!」
この戦場へ赴いたタローマティはこれまでの光景を見て、頭を抱え、髪を振り乱し、取り乱す。
「どうして誰も死んでないのよ!? おかしいでしょっ!? 私がどれだけこの日の為に用意を重ねてきたと思っているのっ!? ……戦争よ!? さっさと殺し合えよ!? 奪い奪われるのがあるべき姿でしょ!? 狂気に満ちて憎悪と怨嗟を悪神様へ捧げるのがお前達の存在理由でしょっ!? それなのにっ!! どうして私の“狂乱の宴”が壊れているのっ!? どうしてそこの長虫はまだ生きているのっ!? どうして私の化け物が負けているのっ!? あの黒い悪鬼は何っ!? あれは私達悪魔と同類……いえそれよりももっと深い者の筈!! それがどうして私や悪神様の慈悲の邪魔をするのっ!? 忌々しい!! この場に在る全てが忌々しいぃいいいいいい!!!」
呪詛が満ちた絶叫が辺りへ轟く。
それを斬り捨てるようにウスユキは“召雷樹”を一振りする。
「……こんなのがロベリア様から何もかも奪ったなんて……忌々しいのはこっちの台詞です」
雷光を纏う大刀の切っ先がタローマティへと向けられる。
「其処へ直れ醜い悪魔。その両腕と無駄に数の多い下半身の異物を斬り落としてロベリア様の前へ突き出してあげます」
金切り声を上げていたタローマティはぴたりと動きを止める。そして目の前で刃を向けてくる腹立たしい存在へ色を失った目を向ける。そして……
「……はぁぁぁ」
疲れ切ったような深い息を吐き出す。……頭を抱えていた手を下ろし、そして先まで荒れきっていたとは思えないほど静謐さを湛えた顔を向ける。
「……やはり悪神様の寵愛を授かっていない者になど期待は出来ないということですか。……まあ、いいでしょう」
「おや、何やら諦めがよろしいですね。どうせならそのままおとなしく私にやられて欲しいのですが?」
「黙りなさい。悪神様を讃えない愚かな肉袋め。どうやら勘違いしているようだから教えてあげますが未だ私の勝利は揺らいではいない」
セーギの存在がこの戦場に混乱をもたらしているのにも関わらずそう断言するタローマティにウスユキは訝しげな目を向ける。
自身の優位を口にしたことで興が乗ったのかタローマティは機嫌を良くして語り出す。
「いいこと? この両国の戦争には未だに私が授けた“誓約”が生きている。この戦争を止めようとそれが残る限り何度だって争いは始まる。1年後、10年後、100年後……侮り蔑み妬み恨み続ける限り人は争う。これは人間として生まれてきた貴方達には覆しようのない事実よ」
タローマティには“誓約”という札が一枚残っている。人の感情を蝕む甘い毒がこの世界に漂う限り真に自分の負けは無いと確信している。
「……なら元凶であるお前を始末すれば済む話し」
「愚かっ、本当に愚かねお前達! いくら呪いが危険をはらめばはらむほど強力になるとは言っても私がそんな危険を背負う筈が無いでしょう!? 私が死んだところでこれは無くならない!」
タローマティは美しい容貌を醜悪な笑みで歪め侮蔑する。
「危険が高いほど強力! だから私は私の授けた“誓約”を刻んだ者全ての【解】の呪言に『〈復讐の魔窟〉の踏破』を織り込んだ! この意味がわかる? 私はこれに『誰が踏破しても“誓約”が解ける』という連結呪術を仕掛けているの!」
「誰が踏破しても? じゃあ私や他の“聖天戦乙女”の誰かが踏破すればあの忌まわしい呪われた“誓約”で縛られている人々を解放出来ると?」
「そうよぉ。そして私はあの迷宮を確実に踏破出来る貴女達のような存在が居ることを承知でこれを刻んだ! それがより危険を高め呪術の効果を高めている!」
高らかに説明をしながらタローマティは手を大きく振り上げて指し示す。その先には今も激しい戦闘を続けている怪物と化け物の姿。
「見なさい! 私が貴女という強者にこれを伝えたことで危険がより高まった! “誓約”の持つ強制力がより強固になったのよ!」
怪物の損失していた片脚が一瞬で復元する。直近で掛けられていた命令の『邪魔者は全て殺せ』を実行する為に、呪術で底上げされた“誓約”が実力以上の力を怪物へ与える。
全ての力が増した怪物の攻勢が激しさを増す。その瞳から化け物に対して最も強く発露させていた感情がその強化と反比例するように薄まっていく。
“誓約”が目に見えて強化されていくのをウスユキは眺め、そして視線をタローマティへ戻す。
「……1つ、不可解なことがある」
「あら何かしら? 今の私は機嫌が良いから答えてあげるわよ?」
ウスユキは『あの事』を思い出していた。そしてそれを口にする。
「〈復讐の魔窟〉の踏破。それは数年前にロベリア様が一度成し遂げている」
―――そう。ロベリアは一度、迷宮の階層をぶち抜いて最下層まで辿り着いている。タローマティの話しが事実なら、それよりも以前から蔓延っていた“誓約”が全て解呪されていなければ道理に合わない。
「それなのにどうして―――」
「それが私に負けが無い真の理由!!」
得意気な顔を見せるタローマティは高らかに謳う。
「私はあの『敗者』に……腐れビッチの魔人にあの場所を縛ってもらったの! やはり私は天才ね! これで誰も辿り着けない! そこに迷宮の最下層が在るのに! 自由になれる道が在るのに! でも誰1人その場所へ『足を踏みこむ』ことが不可能になったのよ!」
「…………」
最下層に踏み込むことが不可能。それを聞いたウスユキは怪物の様子を伺う。もしも先程までの呪術と危険の相関の話しが本当なら『不可能』が介在することで“誓約”の効果が減衰するからである。
―――しかし怪物の強化に陰りは無い。依然強化されたまま。
「なーに? もしかして“誓約”が弱まることでも期待していたのぉ? 残念でした~。貴女の望みは叶いませ~ん」
醜悪さが極まる。
「だって一番下まで行った者はただ『勘違い』するだけだもの。其処が迷宮の最下層であると。だから“誓約”の強化に影響はありませ~ん」
「あっそう」
―――白刃が閃く。
結果はまだ見えていないのに勝ち誇るタローマティへウスユキはこれ以上の会話は無益と考え行動を開始する。
「っ!? こっちがまだ喋ってるのに行儀の無いケダモノね!」
魔法による障壁で大刀の刃を滑らせるように受け流したタローマティは苦々しげな表情をする。
一度防がれたからと言ってウスユキの攻め手が緩むことはない。全ての武装を完全解放して怒濤の応酬を繰り出す。
「ケダモノ結構。……好きな人に可愛がって貰える愛玩動物なら、私はそれで十分です」
軽口を叩き、余裕を見せる。それがタローマティを苛立たせる。
「その態度……気に入らない。貴女は何を期待しているの? 今この場で私の目的を挫いたところで根本的な解決にならないのは先の話で理解したでしょう?」
時折“焔翼爪”の効果により障壁を擦り抜けてくる斬撃を煩わしげに避けながらタローマティは回避に徹する。一撃の重さはロベリアに軍配が上がるがそれ以外の全てが上回っているウスユキの近接能力に攻め気を見せるのは悪手であると判断しての防御・回避優先。
「お前の言い分は聞きました。……その上で私は聖光教会所属の“聖女”としてこの場で【醜穢なる邪霊】の滅魔を実行するだけです」
「ちっ。無駄なことを」
「無駄なことなどありません」
障壁を擦り抜けた鋭い蹴りがタローマティの頬を掠める。
「――――――」
回避が間に合わず不覚にも負ってしまった傷へ手を当てる。そして頬に出来た傷の大きさと指先にべったりと付く血を確かめ―――
「わ、私のっ! 悪神様にお褒め預かった顔に傷がぁあああああっ!!?」
頭髪が逆立ち、角が太くなり、犬の頭部が荒々しく吠え立てる。タローマティの感情の昂りにその顔が悪魔と呼ぶに相応しい物へと変貌する。
「安らかに逝けると思うなよこの醜い雄狐がぁあああああああっ!!!」
怒りに呼応して呪いの禍々しさが増し周囲の環境を汚染していく。両腕に呪いで構成された大爪を生成して攻撃に乗り出す。
「私、大往生する予定ですのでお前の要求は聞きません。……ああ、それに―――」
ウスユキは幾らか攻撃を掠り血を流しても涼しげな表情でやり過ごす。そして今思い出したと言わんばかりにあることを口にする。
「―――聖光教会が〈エリニア〉に派遣した者は私1人じゃありませんよ」
「……ぁああ?」
顔を怒りに歪ませたまま訝しげな目を向けるタローマティ。それに対してウスユキはこれまで一部の者にしか情報共有してこなかったことを話す。
「聖光教会が『その者』に課した責務は『〈復讐の魔窟〉最下層到達への道筋の確立』……この意味がわかりますか?」
激しい戦闘で互いに血を流しながら、片や微笑みを、片や怒りを、そんな対照的な表情を浮かべた両者は向かい合う。
「私達は決して1人で戦っているわけではない。何時だって誰かの思いを背負い……心を、重ね、繋ぎ、戦い続けている」
ウスユキは怪物と化け物の戦いを見詰めるマリーの存在を感じ取る。マリーは自身が目を開けていられている間ずっと、化け物となったセーギから目を逸らさずに居ていた。ウスユキはそんなマリーの気持ちを想像し、目の前の敵と相対する。
「人の心は1人で完結しない。何時だってその根幹には誰かの影響が……誰かの為にという思いがある」
「誰かの為? そんなものっ! 悪神様の為にこの身を捧げた私の崇高さに比べれば―――」
その時、ウスユキ以外にタローマティへ攻撃を仕掛ける3人の影が現れる。
「っ!」
容赦無く首へとシミターを振り抜いたリンドウ、鉄拳を犬の頭部に打ち込んだキンレン、鮫尾に大槌をぶち込んだストレリチア。それらの攻撃はウスユキと比べれば格落ちを感じるがそれでも無視出来るほど弱くない。彼女達はアザミやマリー、意識を失っているロベリアを安全な場所まで下がらせるとこうして加勢しに戻って来たのだ。
タローマティはその全てを防ぎきったが、それは意識が他へ割かれたことを意味する。
そして生まれた一瞬の隙を突いてウスユキがこれまでで一番深い一歩を踏み込む。
「―――さあ悪神の使徒よ。人の心を踏み躙る者よ」
白銀が悪魔へと向かって駆け抜ける。
「覚悟しなさい」
◆◆◆
“月狐聖舞”ウスユキ・リコリスレイザとは別に聖光教会が派遣していた者は【神造迷宮】:〈復讐の魔窟〉の最深部、その目前へと辿り着いていた。
「―――ああ、クソが。何日掛かったよコラっ」
“勇者”ヴァリス・ヴァナラ・ハリヤは悪態を吐きながら19層と20層を異空間的に隔てる“門”を見る。連日の迷宮攻略により薄汚れ防具などにも耐久疲労が見られるが、その1本芯が通った立ち姿に陰りは無い。両手に持った拐棍がここまでの激闘を潜り抜けてきた歴戦の模様を鈍い輝きで示している。
“門”、無骨な岩を削り出したような外観の重厚なアーチ型のその“門”は静かにそこを潜る者の為に口を開けている。
「おい。何時までへばってんだ? さっさと行って終わらせんぞ呆け」
「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ」
ヴァリスの後ろには戦斧を杖のようにして体を支えている熊の獣人タルラ・アルカイドが荒い息を吐いていた。ボロボロの装備に一目でわかる疲労の度合い。タルラは自身の実力では到底辿り着くことなど出来る筈がなかった場所に足を踏み入れた所為で限界を越えてしまったのだ。そんな彼女を急かしてヴァリスは先へ進もうとする。
「……もうちょっと休憩を挟んでも良いんじゃねえか?」
「ああん?」
ヴァリスの気勢を止めたのはどっしりとした力強い体型である鉱人の男バラルダ・ファルセルだった。彼も2人同様いくらか装備が摩耗しているがヴァリスと同じまではとは言わないまでもしっかりとした立ち姿を見せている。
「私もバラルダに賛成だ。……ここまでで一番過酷な戦いに身を置いてきたのはヴァリス殿だ。相当の疲労が溜まっている筈。一度ここで大事を取って休息を取った方が堅実だ」
長身の美丈夫である森人のグリッド・ラクーシュマは先の発言に同意し、最下層へ行く前の休息を推奨する。そんな彼はバラルダよりも涼しげな様子を見せている辺り、その発言はヴァリスの同行者であるタルラや自身の仲間を慮っての物だと察せられる。
「……正直しんどいっす」
「……激しく、同意するわ」
タルラほどではないが強い疲労感に襲われている小人のナシャル・イリストーは背を丸めその小柄な体躯を更に小さくしており、その彼の傍には長身な普人の女性ローロ・キールティーが口から魂が漏れ出そうな疲れた顔を晒している。
「……ちっ」
舌打ちを鳴らしたヴァリスは“門”から離れると近くの岩場に腰を下ろす。その行動でもって返答としたヴァナラの様子に冒険者チーム〈ドレッドノート〉の年長者であるバラルダとグリッドは目を合わせて苦笑する。
休息が取れるとわかって気が緩んだのかタマラは崩れ落ちるように膝を着く。ナシャルとイリストーは「腹減ったー……」「……ここまで何度も死にそうな目に遭ってそう言えるあんたって本当に……やっぱいい。言うのも疲れた」「何だよ気になるだろノッポ」「うっさいチビ。だまって休憩しろ」などと相変わらずな言い合いをしながら迷宮の地面で横になってダラダラとしだす。
――――――
ヴァリスとタルラが〈復讐の魔窟〉を潜っていた時、〈ドレッドノート〉もそれに同行していた。
経緯にそれほど複雑な経緯は存在しない。
15層を越える深層へ向かう筈なのに明らかに実力が不足しているとわかるタルラを連れて迷宮へ入って行ったヴァナラの後を追い掛け、そして追い付き彼らの事情を聞いた〈ドレッドノート〉の面々が同行することを決めたのだ。
ヴァリスの事情、聖光教会からの要請で〈復讐の魔窟〉の最下層へ至る道筋の確立。そしてタルラの事情である“誓約”の解呪。
それに協力すると決めたのは単に〈ドレッドノート〉の面々が『お人好し』だったの一言に尽きた。そんな彼らの同道をヴァリスは眉を顰めながら、タルラは戸惑いながらも了承し、こうして勇者ヴァリスを筆頭にした総勢6名によるおよそ14日にも渡る長期間の迷宮攻略と相成ったのである。
――――――
「おいコラ呆け」
「っ! は、はいっ。何でしょう」
疲労がピークに達し眠りそうになっていたタルラへヴァリスは声を掛けた。頭を振って何とか眠気を飛ばしている彼女へヴァリスは荷物の中から取り出した物を投げ付ける。
「わっ。……こ、これは?」
手の中に収まった物、それは携帯食料であった。穀物や乾燥させた果実や野菜などを混ぜたその携帯食料は不味くはないが美味くもない物であるが栄養価が高く吸収も早い。こうしたゆっくりとした休息を取ることが難しい迷宮攻略では手早く栄養摂取を行うことが可能な品であるこれは重宝されている。
「……寝る気なら飯食ってからにしやがれ。起きてから食うなんて無駄な時間増やすんじゃねえぞ。少し経ったら直ぐに下へ行くからな。わかったかコラ」
「わ、わかりました」
「……俺も少し寝る」
それだけ言うとヴァリスはアーチに背を預けて目を閉じる。耳を澄ませば聞こえてくる静かな息。その深く長い呼吸音が短時間で効率的な休息を取れていることの何よりの証明となる。
仮眠に入ったヴァリスをタルラは少しだけ見詰めると言い付けられた通りに包装を開けて携帯食料に齧り付く。水気が少なく味の濃いそれを水筒に入った飲料と一緒に胃の中に落としていく。
タルラがそうしていると〈ドレッドノート〉の面々が近付いて来た。彼女へ最初に話し掛けてきたのは同性であるローロであった。
「どうタルラ? 調子は」
気さくな、そして気に掛けてくれているのが雰囲気から察せられるローロへぎこちないながらもタルラは返事をする。
「……調子は……正直、良くはないです」
「まあ当然よね。だってここは数少ない【神造迷宮】が1つだものね。私だってこんな深層に来ることは初めてで……何度自分の力不足を感じたことか」
疲労が色濃い様子のタルラの隣へ来たローロは腰を下ろし愚痴じみたことを口にする。そんなローロの言葉にタルラは小さく頷く。
「……私も……足手纏いです。……いったい何度、ご主人様に助けられたか」
迷宮は奥へと踏み入るほど脅威を増していく。タルラの魂の位階や能力では15層へ辿り着いた時点で難度の許容範囲を越えたのである。
迫り来る魔物。階層以外に区画が変わる度様変わりする迷宮の環境や罠。その全てが心身を蝕み削り取ってくる。ギルド評価で聖銀以上と評され、あと幾つかの依頼を熟せば緋金クラスと称しても問題無いと言われている〈ドレッドノート〉であっても例外ではなかった。
「それを言ったら私やナシャルもよ? いっつもバラルダさんとグリッド小父さんに助けられてるし」
「俺はお前よりも頑張ってるけど? 一番先にへばるのローロじゃん」
「身長と同じで実力もその内追い抜いてやる」
「小人を代表して絶対に負けねーぞノッポめ」
睨み合うナシャルとローロ。そんな2人を見てタルラは気が抜けたのか緩んだ笑みを見せる。
「じゃあ私達も休むから何かあったら遠慮無く言ってね。今の私達は一緒に迷宮を攻略する仲間なんだから」
タルラの緊張がほぐれたのを察したのかナシャルとローロは目を合わせると言い合いを切り上げ自分達も休息に専念し出す。
そんな2人と入れ替わるように今度はバラルダとグリッドがタルラに近付く。
「……どうだい嬢ちゃん。ここまで来た気持ちは」
「気持ち……ですか?」
バラルダの問い掛けに直ぐに答えは返せなかった。そんな自身の気持ちを上手く言葉に出来ないタルラの心情を察してかグリッドが引き継ぐ。
「難しく考える必要は無い。ただ公的にこの迷宮の最下層へ至った者はここ数百年は無かったとされていた。無論私達もここまで来たのは初めてだ。はっきり言って私達〈ドレッドノート〉だけでは無理なことだった。そんな領域に今、私達は居る。だから仲間である君の気持ちも気になったんだ」
そう尋ねられたタルラは胸に手を当て自身の気持ちに触れる。
「……私は」
思い出すのはここへ来た理由。
この迷宮を踏破すれば自由になれる。
なら自由になって何をしたい?
(復讐。私から家族を……私自身さえ奪ったこの国の人間達へ復讐を……)
その復讐の炎は大きく燃え上がっていた。それは自身より圧倒的に強いと知っていた筈の勇者へ拳を向けるほどの熱量だった。
それなのに
(……どうして?)
ここへ至るまで、この迷宮へ踏み込むまであった熱が、……今はどうしても湧き上がらない。過去の記憶は風化していないのに、今でも克明に思い出せるのに、何故か同じだけの恨みや怒りが生まれない。
―――結局、タルラは問い掛けに答えることが出来なかった。
――――――
幾何かの休息を終えたヴァリス達は遂に最下層への“門”へと踏み込むことになった。
疲労は完全に抜けてはいない。それだけここに至るまでの道が過酷だった。それは勇者であるヴァリスも例外ではないが彼はそれを表に出すことはない。
「ここで最後だ。さっさと行ってこの面倒しかねえことを終わらせんぞ」
ヴァリスの言葉に各々が装備を掲げて意思を示す。誰もがこの【神造迷宮】の完全攻略を目指してここまで来たのだ。今更退く気など無い。前進するのみ。
「行くぞ、コラ」
眼光鋭くヴァリスは一切の躊躇無く“門”へと踏み込んでいった。そしてそれに続きタルラや〈ドレッドノート〉も“門”を潜っていく。
―――しかし彼らは知らなかった。
『領域顕現』
〈復讐の魔窟〉の最下層は既に別世界へと塗り替えられていたという事実に。
――――――
「……んだぁ? ここは」
その風景を見てヴァリスは疑問の声を上げる。
「どうかしたのか? ヴァリス」
バラルダは最下層へ踏み入ってから一歩も進まずに周囲を見回すヴァリスへそう声を掛けた。
「……気付いてねえのか?」
「……何がだ?」
ヴァリスの言葉にバラルダは首を傾げる。
周りを見ても何も変わらない。
今までの階層と同じ材質の壁や地面、空気。
何処まで続くかもわからない広く長い道程。
道の奥で息を潜めて牙と爪を研ぐ強力な魔物の気配。
その全てが想定通りの『最下層』。古い記録に有った通りである。
バラルダ以外の〈ドレッドノート〉の面々も、そしてタルラもヴァリスが言っていることを理解出来ない。普通の者なら自分以外の全員がそうなら、それは自分が勘違いしているだけだと考える。
「……クソが」
しかしヴァリスは違う。彼が一番信じているのは己自身。故に周囲に流されない。その行動の全ては自身の選択に帰結する。
「そこに居るんだろう? 出て来やがれクソが」
「……ご主人様?」
彼方へ呼び掛けるヴァリスへタルラは困惑しながら声を掛ける。他の者も彼女と同様の表情を浮かべている。彼らの感覚に引っ掛かる物など何も無く、ヴァリスが何に声を飛ばしたのかわからないのだ。
だがヴァリスにも確固たる確証があって行動に出たわけではない。
言ってしまえばただの勘である。
しかし、確証は無くともヴァリスには確信がある。
この場所が『違う』ということを。
―――そしてそれを肯定する声が薄暗い道の奥から響いてくる。
「まさか、こんな直ぐに気付かれるとは思ってもいませんでした」
「っ!?」
迷宮の奥から1人の女性が歩いてくる。ヴァリスを除いた全員がその姿を見て臨戦態勢へ入る。
どうしてその瞬間まで気が付かなかったのか不思議なほどに、その女性から感じられる圧力は常軌を逸していた。
現れたのは黄土色の髪をしたトーガ姿の美女。薄暗い中であって尚、その息を呑むような美しさは周囲を圧倒する。……そしてなにより、向けられるその異形の瞳が彼らの背筋を寒くする。
女は会話をするには十分な位置で立ち止まる。
「気が付かれているのならもうこの『張りぼて』にも意味はありませんね」
謎の女はぱんぱんと軽く手を打ち鳴らす。
その拍子に合わせるように―――空間が砕ける。
「――――――」
この場に居る者達はその光景を茫然と見る。
さっきまで自分達が居た迷宮が消え去っていく。幻覚や夢ではない。現実に在った世界が『創り直されていく』。急転する事態に彼らは息をするのさえ忘れたかのように微動だにしない。そうしていると世界は遂に天も地もその有様を一変させた。
「【天外領域】。……〈復讐の魔窟〉を攻略しに赴いた貴方方に大変失礼だったとは思いますが、あの最下層は私がこの領域で作った紛い物……本当の最下層ではありません。なので貴方方は目的の地には辿り着けていません」
雄大なる大地。それが天と地を埋め尽くす。
そんな領域の中で混乱に陥っている彼らに謎の女……アールマティは返事を待つことなく告げる。
「“門”は残っています。ですので其処から帰ることは出来ますよ。今回のことは……そうですね、運が無かったとでも思って諦めてください。残念ながら私は誰にもこの迷宮を踏破させるわけにはいかない身の上でありますから」
黒と赤に彩られた両目がこの場に居る者達を射貫く。
「お帰りの際はお気をつけを。いくら階層ごとに外へ直通で帰還できる“門”があろうと、疲労が残る体での帰路は危険ですから」
欺き騙していた者とは思えない、優しい言葉。尋常ではない圧力と合いまり唯々諾々としたくなる。現に〈ドレッドノート〉やタルラは引き返すことを選びそうになっていた。
「巫山戯やがって」
―――この場に彼が居なければ。
雷撃を纏う拐棍。その打突部が凄まじい威力を持ってアールマティの顔面目掛けて放たれる。
「……【地裂】」
指輪の瑪瑙が輝く。
ヴァリスが放ったその一撃はアールマティが生み出した自身と相手を遮る『土壁』によって防がれる。
衝撃も、雷撃も、その全てをその土壁は同調……“収斂”して取り込み消滅させた。
「はっ!」
しかしヴァリスはそれを意に介さない。目の前の相手が強いことなど一目見た時から感じ取っていた。攻撃を防がれて不思議なことなど何も無い。
土壁を蹴って距離を取ったヴァナラは拐棍を握った拳をアールマティへ突き付ける。
「……さっきから聞いてりゃ勝手なことばかり抜かしやがって。何様だコラ、お?」
ヴァリスの全身から魔力と闘氣が立ち上り、混じり合うそれが彼の肉体を輝かせる。
「俺の目的はただ1つ……〈復讐の魔窟〉の踏破。それを邪魔するってんならお前は―――」
帯電し始めたことにより赤い髪がより荒々しく逆立つ。
「―――俺の敵だ、呆けがっ」
そう言葉をぶつけるヴァリス。そんな彼へアールマティは首を横に振る。
「……やめておいた方が身の為ですよ。こんな所で無駄に命を縮めることもないでしょう」
「無駄? 無駄だぁ?」
アールマティの言葉にヴァリスは青筋を立てる。
「お前が俺の価値を決めてんじゃねえよクソッたれがっ!!」
再び飛び出すヴァリス。
「……仕方ありませんね」
アールマティは新たに土壁を生み出してヴァリスの攻撃を防ぐ。最初に出した土壁はあの一撃を無効にしたことで限界を迎え土に還っていた。故に今度は複数の土壁を連続で生み出すことでヴァリスの攻撃の応酬を防ぐことにしたのだ。
前後左右へと飛び回りながら打ち出されるヴァリスの攻撃の数々をアールマティは防いでいく。
「どれだけしようと貴方1人では私の守りは突破でき―――」
アールマティは首を傾ける。
その顔の直ぐ横を矢が高速で駆け抜けた。
魔力が込められた矢。それはアールマティの頬へ薄い傷を残した。
「ならば、全員で掛かれば良いわけだ」
矢を放ったのはグリッドだった。彼は短弓を構え、魔力を練り上げ、直ぐさま次の矢を番える。
「どっせいっ!!」
重量のある体を力強く突進させたバラルダは手に持つ巨大な戦斧をアールマティ目掛けて思い切り叩き付ける。轟音を立てて土壁が震え、崩れ落ちる。
「俺だって!」「私もっ」
短剣を突き出し死角から斬り付けるナシャルと槍を全身を使って打ち出すローロ。
「……もう私の威圧から復帰しましたか。見事と言っておきます」
称賛を口にしながらもアールマティは〈ドレッドノート〉の攻勢さえも防ぎきっていく。
鉄壁の守りを見せるアールマティに彼らは苦々しい表情をする―――だがそれ以外にも見せた表情があった。
それは笑み。
「俺を忘れてんじゃ……」
「 ! 」
〈ドレッドノート〉がアールマティの注意を分散した。その間隙を突いたヴァリスは己が最も得意とする間合いへと辿り着く。〈ドレッドノート〉が見せた笑みは自分達が作った隙がこの場に居る最も心強い味方へ決め手を託せたことに起因した物であったのだ。
「ねえぞコラっ!!!」
引き絞られた両腕。そこから放たれる2対の拐棍。それは唸りを上げながら空気を切り裂き、雷で周囲を焦がしながら突き進む。
その攻撃はアールマティの腹部で炸裂した。
「ぐっ!?」
衝撃と雷撃が全身を穿ち、その勢いのまま吹き飛ばされる。
空中で身を捻り、体勢を整えるとアールマティは地を滑りながら着地する。
「……流石は“勇者”、と言ったところでしょうか。その直感も能力も軽くは見られませんね」
痺れが残る腹部に手を添えながらアールマティは警戒を強める。
「おうコラ。負けを認めて俺達をマジ物の『最下層』へ行かせるってんなら命だけは取らねえでいてやるぞ」
「……そうしたいのは山々ですが」
衣服に装飾された瑪瑙……その全てが光り輝く。
「私には契約があります。残念ながら本気で抵抗しなければいけません」
両腕を大きく広げる。【天外領域】にある大地全てがまるで地震でも発生したかのように震えだす。
「……逃げることをお勧めします」
開いた腕、その両手を叩き付ける握り合わせる。乾いた音が周囲に響き渡り、呟くような声がその音を追い掛けるように発せられる。
「……『領域昇華』」
【天外領域】は行使者をその領域内で『神』にも等しい存在に押し上げる。土台となる『星』に満ちる力能を自身に繋げ、星一つの力を我が物とする。
世界が、一変する。
「【無涯山景至地天】」
―――天地を埋め尽くしていた大地が崩れ去る。
崩れるとは語弊があった。
それはまるで崩れ落ちているかのように超々広範囲で発生する変化の『うねり』が見せた光景。
視界に映る大地の全てが蠢き出す。手で掬い、指の間から溢れる砂の一粒一粒が意志を持って動いているかのような繊細にして壮大な脈動。
星を包む巨人の掌の内に閉じ込められたかのような凄まじい現象。
それはアールマティが唱えた呪文の如き光景。
涯無き山々が天に至りて地で埋め尽くす景色。
「――――――」
そこから溢れ出す桁違いの力の奔流。それを感じ取り、ヴァリスはここにきて初めて言葉を失う。周囲の景色や足場が一秒ごとに変化し続ける中で彼は上を見上げる。
浮遊する大地の欠片に立ちながら、アールマティは自分以外の全ての者を睥睨する。
「……さあ、逃げるのなら追いませんよ。これより私の前に立つは死に直結するとお考えください。……私は貴方方が『生きる』為の選択を取ることを切に願います」
大地が―――全ての生命を内包する遙かなる大地が、襲い掛かる。




