100.開戦
〈ティーシポネー〉から〈アレークトー〉の国境を越えた付近で、地平を切り裂くような閃光が奔る。それに追従するのは空を飛翔する炎。
「大分早く合流出来そうね」
閃光の正体はシータ。
「そうね。ロベリアの話じゃあと4日ぐらいで両国が衝突するようだし」
飛翔する炎はディアンサス。
「ディアちゃんが手を貸してくれたお陰で儀式を早く終えられましたからね」
そしてディアンサスの腕に抱かれているルミー。
“封印の儀”を期日よりも前倒しして終わらせた一行。出立準備を済ませると直ぐに〈城塞都市クルルス〉を出て今は4日目……連絡をしてから7日目となる。
そしてこの道中でディアンサスはペオルから聞いていたセーギの前世での事情をシータとルミーに伝えた。特に隠しておく理由も無かったからである。ペオルは彼女達に伝えることに一抹の不安があったようだが―――
――――――
小休止時に3人で焚火を囲み、その際にディアンサスはシータとルミーにあの話を語った。流石に少しは動揺すると考えていたが、それを聞いた2人の反応は思ってもみなかった物であった。
『そうなんだ。……そっか』
『……成る程。セーギ様とベルフェゴール様はそのような御関係だったのですね』
『つまりセーギ君って子持ち?』
『あと6人もおられるようですね。……これは、一気に大家族になりますね』
ディアンサスから話を聞いて神妙な顔で頷く2人。しかし食い付くところが微妙にずれている。
『そこ? 大家族だからなんだって言うのよ。もっと気にするとこがあるでしょ? 』
そんな当然の疑問に対し、シータは何気ないような感じで驚くべき発言を返す。
『……でも私、セーギ君が大勢の人をその手に掛けてたこと知ってたよ?』
『……は?』
予想外の発言にディアンサスは呆気に取られた。
『いやだってセーギ君と初めて会った時……魔王の姿の時に“慧眼”で彼の称号を視たし』
『あ、私はシータちゃんから聞いてました』
『…………』
シータだけではない、ルミーも既に知っていたというのだ。これにはディアンサスも渋い表情を浮かべる。
『じゃあ何? そういう細かいこと知ってなかったのって私やロベリアだけってこと?』
『私達の中じゃそうなるのかな? でも、ほら、本人の許しも無く勝手に『視る』のって本当は失礼なことだし。あんまり濫りに吹聴するわけにはいかないし……』
『……それもそうね』
“慧眼”で能力を視るのは個人情報を暴くことと等しい。悪魔のような相容れない敵ならともかく親しい相手の情報は閲覧しても黙秘するのが正しい。
『私とシータちゃんはセーギ様自身のことを信じてみようと思ったのです。その内に途方も無い罪業を抱えていようと』
『そして何時か、セーギ君の口からその事情が聞ければって』
ルミーは胸の聖印に手を当てながらそう言い、シータは優しく微笑む。
そんな2人を見てディアンサスは溜息を吐く。
『……はぁー。何よ、本当に気にすることなんて無かったじゃない』
取り越し苦労であった。自分が思っていたよりも2人は更に強かったことにディアンサスは安堵混じりの苦笑を浮かべる。
だからか、ディアンサスはさして重要ではないと考え伝えていなかった『あの話』をこぼす。
『そう言えばペオル、私にセーギと『結婚』する気はないかだなんて変なことを―――何? その顔』
シータとルミーは今日一番驚いた顔をしていた。そして直ぐに2人は顔を寄せ合いこそこそとディアンサスに聞かれないように会話を始める。
『……いや本当にどうしたのよあんた達』
ある程度話しをして纏まったのか、2人はディアンサスと向き直る。
『ディア。私、思うんだけど……14歳は流石にちょっと早いわ』
『は?』
『ディアちゃんは私よりも発育が良いですが内臓系の成熟を考えるとあと1年ほど様子見した方が良いと思います』
『おい。何の話しよ』
『あ、でも節度ある付き合いなら大丈夫よね。なら問題無いかしら』
『問題大有りだけど? だから何の話しをしてんのよ』
『え、それは―――』
話しの流れに置いて行かれて眉根を寄せるディアンサスに2人は首を傾げながら何の話しをしていたのか口にする。
『ディアもセーギ君と結婚するって話しでしょ?』『ディアちゃんもセーギ様と結婚なされるんですよね?』
『――――――』
ゆっくり。ゆっくりと、染み込むように言葉の意味を理解していく。そして―――
『―――はぁああああああああああっ!!?』
この日、一番大きな驚きを見せたのはディアンサスであった。
――――――
―――そんな話し合いをして今日に至る。あの後直ぐに、文字通り顔から火を出しながらディアンサスはシータとルミーの勘違いを解いた。―――解いたのだが、あれから微妙に2人の自分を見る目が変わったことに居心地の悪さを感じている。別に険悪になったとかそういう類いの物ではないのだが……。
「……いい加減、その生温い目で見てくるの止めてくれない?」
「そんな目なんてしてないわ」
「シータちゃんのおっしゃる通りです」
「…………」
微笑ましい物でも見るような目を向けられていることにディアンサスは苦み走った顔になる。シータは疾走しながらも時折こちらに顔を向けてくるしルミーは腕の中に居るので顔を向けている時間が前者よりも格段に多い。その時浮かべている表情がそんな顔なのである。
言葉にされずともわかる。シータとルミーの中では自分はセーギに『気がある』と思われている。……ディアンサスはより一層表情を歪める。
(め、面倒臭い……っ。そういえば森人の里にもこんな女子が多かったわねっ)
男女のあれやこれやの話しの何がそれだけ面白いのか。故郷に居た同世代の女子は、やれ彼は素敵だの彼は冴えないだの誰と誰が付き合っているだの、そんな話しばかりしていた。……それらがディアンサスには理解出来なかった。好みのタイプなどは確かに在るが、かと言ってこれまで彼女が意識した異性などは―――
(―――っ!? ああああっ!? だから何であいつの顔が浮かぶのよっ!? 違うからっ! そんなんじゃ無いからっ!)
熱くなった顔を冷ますように頭を振るディアンサスに、シータとルミーが向ける笑みが深みを増す。それを見たディアンサスがまた睨みを向ける。そんなやり取りばかりの道中であった。
―――しかしだからといって周囲の警戒を怠るような3人ではない。もしも危険が迫れば即座に行動に移せるのが常人とは隔絶した実力を持つ彼女達である。
―――故に、この事態に陥ったのは相手が悪かったからである。
―――彼女達3人が超越者すら越えた逸脱者であるのなら、その『2人』はそもそもが人間ではないのだから。
「『領域顕現』」
唱えられるのは力ある言葉。
発動するのは世界を塗り替える権能。この〈円天世界ニルヴァーナ〉に於いて行使可能な存在は10もいない特殊な御技。
「『光に満ちよ―――【天外領域】』」
シータ、ルミー、ディアンサス。彼女達が気付いた時には目の前の光景が先程まで居た場所、〈アレークトー〉に入ったばかりの地ではなく、何処とも知れない場所へと移り変わっていた。
「っ!?」「これは」「まさか……」
移動を止めた3人。シータは剣を抜き放ち、ルミーは杖を取り出し魔力を高め、ディアンサスは聖典を構える。
彼女達の居る場所、それは不思議な空間であった。
空も地面も無い。視界に映るその全てが『光』のみ。
だが眩しくはない。視界を焼くような閃烈さもなければ身を焦がすような熱さもない。ただ、優しく包み込むような温かさを持った光だけがこの世界に満ちている。
そんな足場も無い筈の場所でしかし、しっかりと立つことが出来るという不可思議な現象。それはつまりここが常識で計ることなど到底不可能な場所であることの証明。
3人はこのような空間に覚えがある。以前にも性質は違えど似たような場所に囚われた経験がある。
彼女達は同じ場所に目を向ける。
正面、その先。そこには2人の人物が彼女達を待ち構えるように立っていた。
背の高い執事服の女性。そして背の小さいドレス姿の少女。そのどちらも頭部に純白の角を生やし、少女にのみ額の中央に漆黒の角がある。
「ウェールカムっなのじゃ! ワシはお主達との出会いを祝福しようぞっ!」
「……いらっしゃいませ、『光の聖女』、『地の聖女』、『火の聖女』。歓迎致します」
溌剌とした陽気を振りまく少女と精錬された佇まいの女性。大きく歳の離れた外見をしているが良く似た容姿の2人。しかし、共に只ならぬ気配を放っているのだけは同じであった。
謎の2人。しかしその相手が何者なのか、『前回の事』で察しているシータ達はその表情を警戒と緊張で固くする。そんな彼女達を見た少女は満面の笑みを浮かべる。
「成る程成る程。確かにその内に秘めたる強さ、常軌を逸しておるなお主達は。幾ら守りに徹していたとは言えハルワタートとアムルタートの2人が押し負けただけはある。はっはっはっはっはっはっは! 愉快愉快!」
「……アフラ様。1人で盛り上がっていては彼女達が困ってしまいますよ」
「おっと、そうであった。スプンタの言う通りじゃ」
警戒したまま様子を伺っていたシータ達に少女アフラは笑みを残したまま声を掛ける。
「突然こんな場所に招かれ混乱しているじゃろう。それもまあ致し方ない。事前に便りなど送ってはいなかったしの」
剣を向けるべき止めるべきか逡巡しながらも、シータはそんなことをのたまうアフラへ言葉を返す。
「……そうね、いきなりで驚いたわ。……それで? 私達に何か御用ですか? 私達はこれから向かわなければいけない場所があるので出来れば早急に解放して頂きたいのですが―――【不滅の聖霊】様」
アフラは背中から純白の翼を出現させ羽ばたかせ、肩を竦める。
「ふむ。そうしてやりたいのは山々じゃが……」
「残念ながらそれは出来ません。私達の役目はこの場で貴女方を『歓迎』することですから」
アフラと同様に翼を出現させたスプンタが言葉を引き継ぎ、そしてその『歓迎』という言葉にシータ達は訝しげな反応を見せる。
「そうですね、もっと詳しく言うのなら……貴女方に『ある方の覚醒』を邪魔させない為です」
「……覚醒?」
会話をしながらも、じわじわと、真綿で首を絞めるように、空気が張り詰めていく。それは2体の天使の戦意が高まっていることに起因する。それを受けた3人は完全に武器を天使達に向ける。
「うむ。とても大事なことでな。この世の命運を左右すると言ってもよいのじゃ」
アフラはその小さな掌に光を収束させる。それは次第に形を作ると、一振りの小剣と化す。スプンタもその手に剣を……自身の身の丈の優に三倍はある特大剣を創造する。
「ですので御三方にはその時までここで私達の相手をして頂きます」
「まあワシらの暇つぶしを兼ねた『遊び』じゃな」
光の剣を携えたアフラとスプンタはその切っ先をシータ達に向ける。
「もしワシらに勝てたらその時点でこの【天外領域】から解放してやるのじゃ。……ああ、もし勝てなくとも5日ぐらいすればどっちみち元の場所に帰すから心配は無用じゃ好きにするが良い」
黒い強膜と赤い瞳がこの光の領域ではっきりと輝く。
「お主達があの方に相応しい存在であるか、ワシがここで確かめさせてもらう」
「私も久し振りに力を振るいましょうか」
天使2体がその力を解放する。この領域に満ちる光のようにアフラとスプンタの圧力が迸る。
「さあ、女子会としゃれこもうぞ―――神の血を引く娘達よ」
◆◆◆
ロベリアが予想した通り〈アレークトー〉の地に足を踏み入れてから10日後、〈エリニア連邦国家〉と〈獣人国家フョルニル〉との武力衝突……戦争が起きようとしていた。
〈エリニア〉は6千の兵を〈ゲルダ大平原〉へと進攻させ、〈フョルニル〉は2千4百の戦士を〈アレークトー〉へと進攻させる。
動員された人数で考えれば決して大きくはない、精々が中規模といった戦い。しかし、互いに胸に秘め手にした武器に込めた戦意は本物。ひとたびそれが振り上げられれば確実にどちらかの血が……両方の血が流れることになる。
〈エリニア〉は獣人を人以下の自分達に従属するのが正しい存在と見なし、〈フョルニル〉はそんな彼らを思い上がった愚か者と断じて持ちうる全てを逆に奪い取る為に進む。
この戦争は引き金。勝敗がどちらに転がろうと、この1回で終わることは無い。
これは始まりとなる。何時終わるかも知れない長きに渡る骨肉の争い、その始まりに。
――――――
(―――だからこそ、止める。止めなければならない)
セーギは身を潜ませながら〈ゲルダ大平原〉へ向かう〈エリニア〉の軍勢へ追従していく。
“合図”がきたら直ぐに動けるように準備を済ませている彼は兵の全容を眺める。
(……歩兵、弓兵、騎兵、そして杖を持ったあれは魔法兵か。……規模で見るなら初めてこっちの世界に来た時に見た軍勢の方が多かったな。……それでもこうして近くで見ると十分に大きい)
地味な装備に身を包み槍を担ぎながら、過去の記憶と比較して戦争の規模を予想、そして今回のこれは『小手調べ』であると結論づける。
(今回のこれを『次』の戦いへの試金石にするつもりか……お互いに)
勝とうが負けようが今回の戦いの内容で相手の力量の予測がある程度付く。それを元に彼らは次のより大きな戦いに向けての準備を進めるのだろう。……セーギはそう考えた。
(……まあ、両国ともやるからには負けるつもりなんてさらさら無いだろうけど)
セーギは黙々と足を進ませる。彼の周囲の兵も同様に黙々と足を進ませている。行進が滞らぬようにと先導する騎兵へ追従していく。
―――セーギは現在〈エリニア〉の軍勢、その一兵として紛れ込んでいる。隊を組んでいる彼らにその存在が発覚していないのは単にセーギ自身が巧みに立ち位置を変え、周囲から他の隊の人間であると思い込ませているからである。もしも普通に歩いているだけであったなら部隊長などに部外者の存在を気取られていたであろう。
(……ロベリアさんの話しじゃディアンサスもこっちに来るってことだっだたけど……着いてないってことは向こうが忙しくて手が放せなくなったのかな?)
戦争を止める。その目的を考えるならこうして紛れ込む必要など無い。離れた場所で『その時』を待てば良いだけなのだから。それでもセーギが変装して行軍しているのは知りたいことが……納得したいことがあったからだ。
(……まあ、元々俺達だけでするつもりだったことだし問題無い、かな? ……さて―――)
セーギは耳を傾ける。これだけの人が居れば『会話』があって当然。別に聴力に秀でているわけではないがそれでも高い能力が広範囲の言葉を拾っていく。
――ついに戦争か――別に奴隷なんかいらない――国の為に戦うだけ――丁度新しい奴隷が欲しかった――怖い――獣には躾が必要だ――痛いのは嫌だな――人間もどきを何匹殺せるか――獣人は雌も戦場に――捕まえれたらお楽しみだな――やっぱり怒らせたんだよ――各国から圧力が――もし生け捕りに出来たら自分の物にして良い――聖光教会が正式に――何でこんなことに――
「―――ちぐはぐだな」
「何がだ?」
「……いや、何でも」
独り言を溢せば偶々側に居た若者が反応して声を掛けてきた。それに対し歩みを遅らせることなくセーギは差し障りの無い返事をする。しかし若者は誰かと言葉を交わしたかったのか、そのまま仲間であると勘違いしたままセーギへと話しを続ける。
「なあ、あんたももしかして奴隷が欲しくて参加した口?」
「……違うよ。住んでる場所が国境近くにあってね。……しょうがなくさ」
奴隷目的であることを否定すると、目に見えて若者の距離感が近付いてくる。
「そうだよな、こっちに攻め込まれると怖いもんな。俺も村住みだからわかるよ。あ、じゃあ獣人とかのことはどう思ってる?」
「正直、『同じ人同士』で争うのは……しんどいよ」
「 ! ……なあー、ほんとになー。何でこんなことになったんだろうなー。やっぱり都会の偉いさん方が考えることはわかんねえよ」
かなり親しげになってきた若者。そんな彼を見てセーギはもっと踏み込んだ質問をする。
「そっちはどうなんだ? 聞いてたら獣人の奴隷には否定的だけど」
「……ああ。……まあ、俺だって美人の奴隷とかは、こう、良いなぁって思うよ? 夢があるじゃん。あんたも男ならわかんない?」
「……わからないでもない」
「だろ? ……でもさあ、『あれ』はなんか違うじゃん?」
後ろへ目を向ける。若者が『あれ』と言ったそれは兵の最後尾を追従してくる。
当初、ロベリアの予想では兵数は4千~5千だった。しかし蓋を開けてみればそれよりも千人も規模が大きくなっていた。
その集団の正体、それは―――『獣人の奴隷兵』である。
「―――あそこにさ、犯罪者でも戦争奴隷でもない、ただ攫われただけの人達が居るって考えたら……気分は良くないよね。村に立ち寄った獣人の人と話したこともあるけど普通に良い人だったし。……はぁ~、神様はこんな俺達を見てどう思ってるんだろうな~」
若者は首に下げた聖印を胸元から引き出し手に握ると、苦みを堪えるような表情をしながらそう言う。
「……珍しいね。〈エリニア〉には聖光教会は全然無いのに」
〈城塞都市クルルス〉を擁する〈アヨーディ王国〉には各地に聖光教会が建てられている。孤児院や学習場所や炊き出しなどを兼ねたそれは近隣に住む人々と密接に関わっている。
それがこの〈エリニア連邦国家〉へ赴いてからは殆ど見なくなった。仮にあったとしても地方にひっそりと存在するだけであり、その勢力は小さいと言わざるをえない。
そんな土地でこの若者はヴィージャル教を信仰している。
「いやー、爺ちゃんが他所から来た人らしくてね。何時も俺に教義や何かを教えてくれてたんだよ。『隣人に親切であれ』とか『神は我らを見ておられる』とかってさ。そんで聞いてたら俺も良いなーって思っててさ。5年ぐらい前に爺ちゃんが亡くなる前にこれを譲ってくれたんだよ」
「……良いお爺さんだったんだね」
「いやいや。怒鳴り声のうるせえ拳骨をよく落とす頑固ジジイだったよ。このジジイまじで信者なのか?って何度思ったことか……」
―――若者と雑談を重ねつつ、セーギは自分が感じたちぐはくさ……こうして潜入してまで知りたかった、〈エリニア連邦国家〉に住む人々が獣人に対して抱く感情の差違について実感を伴う納得を得た。
(都市部とそれ以外……村や小さな街での獣人に対しての意識の差が大きい。……数十年は距離を取った関係だったのに、近年では奴隷に端を発する両国の嫌悪に拍車が掛かっている。その中心が都市部、つまり国家機能の中枢地)
「―――あれ? 兄ちゃん? 何処に行った? あれ?」
若者は呆気に取られたような顔をして辺りをきょろきょろと見渡す。しかしさっきまで側に居た青年……セーギは既にそこには居ない。霞のように消えてしまった。
(……聖光教会は判断した。既に〈エリニア〉は手遅れであると)
〈クルルス〉の一件で襤褸が出たのだ。都市部に暗躍する“邪教”の存在、今はもう解体され無くなった暴力団“赤獅子”。
聖光教会がその威光を強く発揮する場所であってもその存在を許してしまっていたのだ。〈エリニア〉のような場所では尚更『無い』などとは言えないだろう。
悪魔は国家の中枢に、深く、深く、根を張っていたのだ。
(だから〈大聖国〉は決断した。……シータとルミーは〈大聖国〉に居るジャラディジャさんと言う人から要請を受けた。〈エリニア〉は速やかな国内の浄化……根を張られていない者への世代交代と道を間違えぬ為の旗印……『象徴』が必要だと。そして悪魔に対してこれ以上後手に回るのは避けなければならないとも)
―――セーギは思い出す。シータやルミー、そして『象徴』をセーギにすると提案したセレネを交えた話し合いを。あれは旅立つ前日、最終確認を含めた話し合いの席でのことだった。
◆◆◆
教会内の客室、そこにセーギ達は集まっていた。
「―――“赤獅子”の隠れ家から押収された資料には〈エリニア連邦国家〉と縁のある物が読み取れました。それも国家機密に類するような物がです」
セレネは手に持った資料の『写し』をはためかせながらそう言う。
セーギも試しにそれを読んでみたが……はっきり言って何が何だかわからなかった。いったいどの部分がセレネが言う国家機密に該当するのか理解出来なかった。それはシータやルミーも同様であり、この資料を読み取れるのは実際に政に携わる機会のある人物に限られることがわかる。
「そして〈大聖国〉は〈エリニア〉の頭をすげ替える必要があると言いました。そうですねシータ様、ルクミニー様」
「ええ、ジャラディジャはそう言ってたわ。あの子も〈帝国〉に居るボレアスさんと同じで貴族の出だからそういうのがわかったみたい」
「『長年我ら教会を受け入れなかった〈エリニア〉はもう自浄に期待出来る状態では無い。よって我ら教会の手により、偉大なる主の威光で〈エリニア〉を照らし導く必要がある』……彼女はそう言ってました」
迂遠な言い方ではあるが、実質的に〈大聖国〉が〈エリニア〉を支配すると言っているに等しい。
「その為に私とルミーの両名は、『“封印の儀”を完遂し、〈エリニア〉・〈フョルニル〉両国争いが集結した後、疲弊した両国へ赴きこれを救済せよ。これは世界をより良き形へと成す為の一助となる』……そう言われ、〈エリニア〉へ向かうことを要請されたわ」
“聖天戦乙女”が一人マーガレット・ジャラディジャ。彼女は聖光教会こそがこの世を統治するに相応しい存在であると考えている。故に〈エリニア連邦国家〉を完全に手中に収めより聖光教会の力を強めようと画策しこの要請を、シータ、ルミーの両名へ出したのだ。
私欲ではない。ただそれこそが人類全ての『幸福な未来』に繋がると信じての判断である。
「……だからこそ、私達が行うことは内密にする必要があります」
セレネは目を細める。
「ラーヴァナ様」
「何?」
これまでセーギは邪教を一掃した後の〈エリニア連邦国家〉の統治は誰か相応しい者が付くと考えていた。〈アレークトー〉の王子や〈ティーシポネー〉の王女などは人柄や能力的に見ても申し分ない人物であるとい聞いていたのもそう考える要因になっていた。
「〈エリニア〉……ラーヴァナ様が君臨しませんか?」
だから、セレネのその発言はセーギを驚かせるのに十分であった。
「俺が? 国を?」
「ええ」
「……悪いけど、俺は国家運営なんて出来る能力は無いし自分がそれをする立場になることを想像したことすら無いよ。戦うぐらいしか取り柄がないんだから」
「大丈夫です。ラーヴァナ様がそのような政治能力を持つ必要はございません。ただ君臨して頂ければ良いのです。―――ですよね、シータ様、ルクミニー様」
セレネはそう言いながら、事の発端である、セーギに〈エリニア連邦国家〉へ赴くように頼んだ2人に水を向ける。
シータは襟の内から聖印を取り出し掲げる。
「私自身、ジャラディジャが言っていたことに一理はあると考えているわ。救いの手、その掴める数も伸ばせる長さも限りがある。ならその救いの手自体の数を増やせば、助けられる人は多くなる。でも―――」
シータはルミーへ目を向ける。それを受けた彼女は頷くと言葉を引き継ぐ。
「“聖光教会”はあくまで『心の拠り所』です。人が、前を向き、正しく歩く、その為の支え。……マーガレット様は少々周囲の方に対しての保護欲求が過ぎる人物ですので、上から丸ごと見られる立場をお望みなのでしょう。ですが―――」
「―――私達がするべきことは『支配』ではありません。私達が真に求めるべきことは『救済』なのですから」
それはシータとルミーの思いである。だから彼女達は〈大聖国〉……マーガレット・ジャラディジャからの要請に対し―――
「だから要請は丁重にお断りしたわ。犠牲が出ない道があるなら、そっちの方が良いから」
〈城塞都市クルルス〉から戦地へ赴くまで、ルミーを連れたシータの全速力でも4日から5日掛かる。仮に“封印の儀”を終わらせて向かっても、既に開戦し、少なくない犠牲が出ていることになる。だからこそシータ達はこの要請を断ったのである。
「ジャラディジャ様。断られるとは思ってもいなかったようで、唖然としてましたね」
「比較的自由にさせてもらってる私はともかく、ルミーも頑なに拒否したのは予想外だったみたいね」
〈大聖国〉――聖光教会も一枚岩ではない。
1人1人がそのヴィージャル教の教えを受けた上で自分なりの『救済』を見出す。今回の事例で言えば相手方の要請がシータやルミーにとって到底受け入れられる物ではなかったということである。
「ラーヴァナ様、私達は〈エリニア〉を生まれ変わらせ新たな道を歩ませるには、〈大聖国〉よりも眩しい導が必要だと考えたのです。……それは余人の力が及ばぬような圧倒的な存在であることが望ましく、そして何よりも権力などという俗世の価値観では縛られない者が立つべきなのです」
「……どういう、ことだ?」
いまいち話を理解出来ないセーギはどうやら既に話し合っていたらしいセレネ達を見て戸惑いを浮かべる。そんな彼にセレネは微笑みを向ける。
「そう難しい話ではありません。……君臨すれども統治せず。絶対的であり普遍。人々の不安や恐怖を払う灯火。……ラーヴァナ様にはそのような存在に成って頂きたいのです。国を支配、いえ、もっとこれは壮大な物です。つまり―――」
セレネは両手を合わせ小首を傾げる。それはまるで子が親におねだりするような仕草であった。
「―――この世を導く新しき『神様』に成って欲しいのです。ラーヴァナ様には」
「……え」
呆気に取られるセーギ。それ程にセレネの言ったことは理解しがたかった。
しかしセーギ自身がどう思っていようと他の者達は話を先に進めていく。
「じゃあヴィージャル教との兼ね合いも考えないとだね」
「私としましては〈大聖国〉にも新たな神様の存在を仰いでほしい所存ですが」
「流石にそれは……先ずは親しき隣人から始めた方が良いのでは?」
「あら。ルクミニー様も案外乗り気ですね。どうです? 実はラーヴァナ様の御姿が大勢の人に知れ渡るようにと美術家に意匠を依頼した肖像画が偶然ここに一枚あるのですが」
「……頂いても?」
「どうぞどうぞ」
「セ、セーギ君の肖像があったりとかは?」
「残念ながら無いです。人の姿は公的にはお見せになっていないので」
「そ、そう……」
話しが変な方向に盛り上がっていく。
「あ、あの……皆? 何でそんなに受け入れられてるの? て言うか俺の肖像なんて何時の間に作ったの? ……あれ、スルー?」
女3人寄れば姦しいとは言うが、それを体現するかのようにセーギを隅に彼女達の話しは賑やかさを増していった。
◆◆◆
そうした話し合いを経てセーギは戦争によって被害が発生する前にそれに介入、そしてその状況を利用してラーヴァナの力を誇示し、〈エリニア〉という国へ一気に畳み掛ける作戦に付いた。
そして事ここに至り、セーギは戦争に参加した者達の意識を肌で感じたくなった為にこうして潜入したのである。
(都市の中枢を邪教……悪魔の勢力に支配されその影響は深く根付いてしまっている。それは徐々に地方へと広がり続け何れは―――)
兵の行進から1人離れていくセーギ。彼が振り返って視界に収めるのはさっきまで言葉を交わしていた若者。
獣人達との戦いに胸を痛めていた心優しい人。だけど守る物がありその為に戦いに赴くことを選んだ人。
あの行進の中にはそんな争いを望まない人々が少なからずいる。セーギはそんな彼らを背に歩みを進める。
「……彼らのような人が、こんな望まない、仕組まれた争いで……命……を……落とす……のは……間違って……」
眩暈に襲われ、足元が覚束なくなる。しかしセーギはそれでも止まらない。
「人……同士の……争い……ましてや……殺し合い、奪い合い……なんて……あんな戦争なんて」
頭痛が起きる。戦争が近付くに連れて変調の振れ幅が大きくなってきた。痛みを訴える頭部に持ってきた手が目に映る。
「……あれ? ……戦争」
これまでの戦いでは起きなかった異常。それがセーギの体を襲っている。
それはこちらの世界では幸運にも『その事態』に巻き込まれることが無かったが故に発覚しなかった異常。セーギがこちらで見たのは何時だって『人と悪魔』の争いであった。
この世界で彼は初めて遭う。人同士がぶつかり合う戦争に。
「戦争なんて……ニホンじゃもう90年近く起こってなかった、筈……」
それが彼の脳―――心に掛けられた鍵をこじ開けていく。彼の脳裏には前世での記憶……歴史がフラッシュバックしていく。
それは外部の手により封印されていた記憶。
「……第3次、世界、大戦? ……知らない。知らない」
セーギの瞳に、何時の間にか指先から腕の中頃まで『黒く染まった』自分の体が映り込む。その『黒』はどんどんとその範囲を広げていく。
「……そんな戦争……何時始まって……何時終わった? ……思い、出せない」
〈エリニア〉の兵が進む先に目を向ける。
そこには地平線を描く遙かな草原地帯〈ゲルダ大平原〉が広がっている。
草原からも武装した者達が進んでくる。
両国の兵の戦意―――殺意が呼応するように高まっていく。
「どうして、知らない?」
何故? 何故? 何故?
「どうして……記憶が無い?」
幼少期の記憶が朧気である。正確には7歳から12歳までの記憶に不自然な欠落が存在する。その期間は漏れ出た彼の記憶を辿れば2031年から2036年の間に発生していた“第3次世界大戦”真っ只中であった。
第3次世界大戦、別名『冷血戦争』
開戦から終戦までに世界全体で約6億4千万人以上の死者を出した史上最大最悪の戦争。
ある男女の死を契機に発生してしまった戦争であり、そしてある少年の存在により解決を見た、―――人類滅亡を未然に食い止めた戦争でもある。
「何で―――」
彼は歩き出す。己の役割を全うする為に。
不確かな記憶と自分の存在に疑問を抱きながら、それでも目の前の戦争を止めるのは自身に科せられた物であると感じる。だから彼は歩く。……例えその歩いた先に―――
「―――何で、父さんと母さんの顔を……思い出せない」
―――目を塞がれ続けた『真実』が横たわっていたとしても。
◆◆◆
獣人の戦士を率いるセルブスは視界に〈エリニア〉の兵が入ったのを確認すると牙を剥く。
「あれは皆殺しだ。俺達を侮ったことをあの世で後悔してもらう」
セルブスの鼓舞と共に戦士達は各々が持つ獲物に力を込める。数多の瞳が殺意でギラつく。
―――しかしその力強い行進も、とある人物の介入によって止められることとなる。
「はい、そこで止まるっすー!!」
高々と響き渡る声が戦士達の歩みを止めた。
先頭に立つセルブスは降って湧いたように現れたその人物を見て表情を歪ませる。
「っ!? お前は……っ」
進む先を遮るように現れたのは水色掛かった銀髪を角髪にした長身の女性、狐の要素を持つ獣人ウスユキであった。
ウスユキの放つ圧倒的強者の気配が戦士達の意識を釘付けにし、外見の美しさと合いまりまるで海に発生した渦潮のように戦士達の心は引き寄せられる。
そんな姿を現わしただけで周囲の注目を一身に集めたウスユキはセルブスの反応を見て相手が自分を知っている者であると察するが……。
「んん~? どちら様っすか? 私って、ある程度強い人か、幼い時に私のことを虐めくさった人、そのどっちかぐらいしか他人の顔なんて碌に覚えてないっすよ」
「……っ!」
セルブスは自身を欠片も覚えられていない事実に歯噛みする。
「俺は北の王の片腕を務めるセルブスだ!」
「北の王……ああ、もしかして」
大刀“召雷樹”を担ぎ直しながらウスユキは記憶を振り返る。
「もしかしてセルブスさんって、武王祭で王を纏めてねじ伏せた時『ついでに』転がした人達の中に居たっすか? あの日は取り敢えず4人の王を倒すのに集中してたっすから『その他大勢』のことはいまいち覚えて無いっすよ」
まるで雑兵のような扱いに歴戦の戦士であるセルブスは青筋を立てて怒気を漲らせる。しかしその怒気を爆発させることはなく、深い息を吐いて自分を落ち着かせる。
「……まあ、いい。……武王よ、何の目的でこの場に姿を現わした? これまでどれだけ探そうと尻尾を掴ませなかったお前が」
立ち塞がるウスユキ。そんな彼女の、此方に与することが無いこと主張するような立ち位置を見ながらセルブスは背負った大剣を引き抜く。そんな彼に合わせるように戦士達も武器を構えていく。
臨戦態勢に入った獣人の戦士達を眺めウスユキは口角を吊り上げる。
「なんすか? 聞いときながらやる気満々じゃないっすか。……でも、間違ってはいないっす」
ウスユキが発する濃密な気配が揺らぐ。それは彼女が意識して行ったことであり、その目的は自分の気配で包み隠していた他の者達の姿を晒すことにあった。
「私は……『私達』は、こんな面白くも何ともない戦争を台無しにしに来たんすよ」
戦士達は気付く。自分達の行く手を遮るのは正面に立つウスユキだけではないことに。
右側には抜き身のシミターを回転させながら弄ぶ兎の獣人、リンドウが。
左側には無骨な拳鍔が付いた手甲をかち鳴らせる鼬の獣人、キンレンが。
後方には2本の大型鉄槌を構える河馬の獣人、ストレリチアが。
彼女達の姿を確認した戦士達の警戒が跳ね上がる。それは戦士達がその3人の危険性、そしてこれだけ戦力差があったとしても油断できない強者であることを表わす何よりの証明であった。
「どうっすか? あっちの兵隊なんかと戦うより私達と遊んだ方が楽しいっすよ」
「……お前らは、奴らに……〈エリニア〉の普人共に与するのか」
「んん? そんなつもりは毛頭無いっすけど? 個人的には向こうもぶっ飛ばしたいっすよ。……ただまあ、私達が相手をしなくてももっと怖ーい人が相手をしてくれるっすから」
戦士達の行く手を遮る4人の異端者はその美しい容貌に好戦的な笑みを浮かべる。
「“百華”の戦士が1人にして『悲愛』のリンドウ。……流石に首は落としたら駄目ですよね。死んじゃいますし」
「“百華”の戦士が1人、『勇猛』のキンレン。……貴方達、全然怖くない」
「“百華”の戦士が1人~『仁侠』のストレリチア~。さあさあ派手に行きましょう~」
3人は足を前に踏み出す。そこに迷いは無く、臆した様子も無い。その筆頭たるウスユキはより笑みを深して大刀の切っ先を天高く掲げる。
「“武王”ウスユキ」
それ以上の名乗りは不要。振り下ろした大刀の切っ先が戦士達、そして先頭に立つセルブスに向けられる。
「では始めましょうか。―――〈エリニア〉の国は『私達』の獲物です。貴方達にも、それに聖光教会にだってあげませんよ」
獣人の頂点に立つ存在。それが〈フョルニル〉との決別とも取れる言葉を発し、開戦の狼煙を上げた。
◆◆◆
〈アレークトー〉と〈ゲルダ大平原〉、その境界を睥睨できる山。その山中に不自然に建てられた不気味な教会。鬱蒼とした木々があろうと目立つ筈のその建築物はしかし、長年周囲の目から逃れ続けてきた。
魔法と呪術によって外部と切り離されていた領域。とある悪魔が自身の身を隠すために用意した聖域ならぬ『邪域』であった。
そんな場所に招かれざる客人が1人。
轟音と共に教会の正面扉を蹴り抜き、朝日を背にその身を建物内に踏み入れる。
「―――お邪魔します……っと。立て付けが悪かったから風通しを良くさせてもらったわ」
招かれざる客人……ロベリアが翡翠色の瞳と鱗を煌めかせながら教会内に居た存在を見詰める。
教会内に居たのは祈りを捧げるように祭壇前で跪いていた1人の女。群青に赤が混じる髪をした黒い修道服姿の妖しい魅力を持つ女であった。女は立ち上がると振り返り突如として敷地内へ踏み込んできた下手人へ目を向ける。
「……何故、ここがわかったのかしら? 結界は正常に機能していた筈だけど?」
紫煙を燻らせたロベリアはその顔に酷薄な笑みを浮かべる。
「あの人払いの魔法だか呪術だかのことかしら? 残念だけど、こと『幸運』や『巡り合わせ』に関して右に出る者の無い子に目星を付けてもらったのよ。お陰で最初に大当たりを引いたわ」
ロベリアは数日前から幸運の聖獣であるマリーの力を借りて目の前の女が何処に居るのか、近辺の地図を見せて『適当』に指し示してもらったのだ。保険としてここ以外にも幾つか場所を指し示してもらったのだが、最初の1つ目以外は不要であったと結果が示した。
当てずっぽうでこの場所を発見したと言われた女は表情を不快げに歪ませる。
「……はあ? 意味がわからない。そんな手段でこの私、背教のタローマティが張った結界を無為にしたっての? ……どいつもこいつも勝手に踏み込むなんて巫山戯たことしやがって」
タローマティはロベリアと対面するように向き直る。そしてその姿を見て首を傾げる。
「……あら? 何処かで会ったことがあったかしら貴女……見覚えがあるわね」
「…………」
「その顔立ち、それに……翡翠色の鱗―――っ」
―――眼前からロベリアの姿が掻き消える。タローマティは反射的に手を突き出すと魔法による防御結界を張る。
結界に拳がめり込む。
衝撃波がそこを中心に発生し教会内にある椅子や燭台などを吹き飛ばす。
途轍もない威力の拳によって歪められた防御結界。しかし自身は無傷で防ぎきったタローマティは結界越しに攻撃を放った見覚えのある女を見る。
翡翠色の鱗を輝かせ紫煙を纏い射殺すような目を向けるロベリアが放った一撃は、重く、鋭く、そして―――激しい感情が込められていた。
「―――別にお喋りしに来たわけじゃないの、私は」
拳に握り込んでいた煙管が砕け散る。
「私の名はロベリア・シールパルナ」
冷血なる蛇が感情を燃やす。その熱に呼応するように全身から赤紫の毒煙を立ち上らせ、その向こうに姿を暗ませて静かに宣告する。
「お前を殺す、毒蛇の名よ」
その宣告を受けたタローマティは瞳を真っ赤に染める。
「私を、殺す? 貴女1人で?」
下半身、修道服に隠されたタローマティの下半身が蠢く。
「……『歪んでいる“聖女”』が舐めた口を利くじゃない」
『ォオオオオオオオンッッ!!!』
蠢く修道服の裾を割り開き、醜い巨大な犬の頭部が吠えながら6つ顔を出す。それと同時に毛に覆われこれもまた巨大な歪な脚が12本地面を踏み締め、背後に生臭さを放つ鮫のような尾が飛び出す。
「誰だか知らないけど……良いわ。その綺麗な皮、生きたまま剥ぎ取って祭具の一部にしてあげる。そしてその後に悪神様の供物になるよう丁寧に殺してあげるわ。あの崇高な御方の愛を、私に楯突く愚かな貴女にも理解出来るように」
頭部から3本の漆黒の角を生やし異形と化したタローマティ。それとロベリアは睨み合う。そして奇しくも互いに掛けた言葉、探り合いなどでは無い本気の殺し合いを告げる言葉は同じであった。
―――さあ、無残な最期を遂げろ―――
その言葉を始まりに、この世界で最上位に立つ存在同士の戦いが切って開かれた。




