10.どーも、勇者です
この廃都から姿を消した魔王。そして取り残されて途方に暮れる少女が1人。
「いったい、あれは……でも、それより」
向けるべき敵を失った聖剣を鞘に納めるシータ。色々と腑に落ちない事が多かったが……しかし魔王が居なくなったお陰で周囲に目を向ける余裕が生まれたのもまた事実。
「やっぱり見間違いじゃない」
シータは巨大な亡骸へと歩み寄る。……それは廃都の街並みへ沈むように倒れ伏した赤き邪竜の亡骸。シータはそれを見上げながら手を伸ばして触れる。
「……竜王バルリュース」
竜王バルリュース。悪神が加護を与えし悪魔であり邪炎を操る赤き竜王。
王と名が付く強大なる悪魔。不倶戴天の敵であるそれは……首を叩き落とされて息絶え無様な死に顔を晒している。
他に目立った外傷は無く唯一有るのが首を断ち斬った傷のみ。
“魂の位階”が300を超す準英雄級の実力を持つ存在で無ければ傷を付けるのすら困難な超越種たる竜王―――それを一撃で屠っている事をシータは傷口の状態から知る。
気絶している二万人の兵にそんな芸当が出来る者が居るか?
(……居る訳が無い。あの子にもそんな破壊力のある攻撃は無い……聖具も置いてきているのなら尚更)
シータの仲間であり親友でもある少女を除き、この兵の中で最も強い者でも魂の位階は200に届くかどうか。話しにならない。
だからこそ。こんな事を出来る存在は限られる。
「あの魔王が……ッ……!」
鞘を握る左手が震え、シータはその震えを右手で掴んで止める。―――魔王の能力に“偽装”が被っていた時は感じなかった理外の強さ。生まれて初めて敵に『怯え』の感情を覚えた時の事を思い出す。
能力の強さにも依るが、偽装系は魂の位階を誤魔化せても100程度を前後させるだけである。
最初に偽装状態の魔王を見た時の位階は350。それよりも100以上高くとも、例え竜王バルリュースを超す『大悪魔級』であろうと負ける気は無かった。相対する敵がヒューマンより遙かに強靱な種族である鬼人が悪魔に堕した“羅刹”であろうとも。
シータ自身も人の中にあって稀有な存在。同位階ならどんな存在にも彼女は負ける気は無く、現にこれまでシータが生きてきた17年の中で同格の者は数える程。それも格が同じだけで比肩する程では無い。
だからこそシータは二万の人命と親友の身を守りながらでも、自らの命を賭して戦えば勝算は十分以上に掴み取れると考えていた。
―――そうして、魔王の偽装が解けた瞬間……シータの視界は絶望の黒で塗り潰された。
晒された羅刹の位階。それがこの世界で存在したと謂われる魂の位階最大値“1000”を超えた時点で……シータの瞳に宿った能力では全貌を視る事は叶わなくなった。
そして白日の下に晒される鬼の正体。絶望の体現。神話において“悪神”が悪神と成り上がるその前身と謂われる存在。
【魔王】
伝説上でしか存在を確認されていない存在。伝承ではそれがこの世に地獄を作り、“王”を越えて“神”へと転じ……災悪の化身と呼ばれるようになった。
シータが垣間見た青き鬼。何の因果か“最古の悪魔”と同じ羅刹である魔王が……シータの心を掻き毟る。
(……くそっ! 私は……! どうして……ッ)
―――そんな時だった。シータは衣擦れの音を聴いた。
「っ!」
それは誰かが身動ぎした音であり、気を失って倒れ伏す大勢の者達の中で明確に意識を持って動きだした者。
「―――……ぅぁ……あ……シータ、ちゃん?」
「ルミー!!」
2万人の兵が横たわる中心で……彼等が魔王の威圧で失神してしまう最後の瞬間まで命懸けで守られていた少女。
シータが“ルミー”と呼ぶ、たった一人で二万の命を繋いでいた少女が意識を取り戻した。
シータは倒れている兵達を飛び越すように駆けて親友の元へ向かう。
(……とにかく、先ずは皆を安全な場所まで連れ帰らないと)
シータは一端あの魔王の事は後回しにした。この惨状を片付け、ルミーに手を貸し、そして都市へ帰還する。それらが今の自分がするべき事だと考えて。
(……伝承でしか聞いた事の無い『魔王』の出現……なら、もしかしたら―――)
魔王を目の当たりにしたシータはそれとは別の存在……対極に在るものを思い出していた。
魔王と対になる存在。魔王が悪ならその者は救世の化身―――【勇者】。
この世の救世主。悪神によって闇に呑まれそうになった世界に光を差した偉大なる者達の始祖。
(―――私やルミー、そして他の『聖女』がこの数千年務める事が出来なかった本来の御役目……それが果たせる時が来たのかも)
少し、ほんの少しだけ……シータは悲しげな顔をする。聖女に成った時から彼女は覚悟していた。しかし他の同じ境遇の友人の事を考えて複雑な気持ちになった。
シータは願う。叶うかもわからない、だが願わずにはいられない気持ちを。
(―――皆が幸せに。顕れる勇者……あの魔王と渡り合える真の勇者が……ルミー達を幸せにしてくれる人でありますように)
聖女という存在が背負う役目。それによって変わるであろう自分達の未来。それを想像しながらもシータは力強く歩を進めた。
◆◆◆
乱麻正義が行った【人化】は成功した。
森の中に1人の少年……青年が立っていた。
「…………」
肩には届かない程度だが長めの黒髪。鮮やかな赤さを持つ薔薇色の瞳。長身で一見細身なれど逞しい筋骨を有す均整の取れた肉体。
生前の正義とは似ても似つかぬ肉体。病弱だった頃の面影など一切無く殆ど別人。
以前の正義は骨と皮だけのような身体、乾いて歪んだ体毛と爪、土気色の肌、内臓器官異常による生き腐れを起こして屍液と屍臭を放っていた体の端々、……という見るも無惨な生きている屍だった。
それが魔王の姿からの【人化】によって驚くべき変貌を遂げた。
「健康なのは嬉しいんだけど……」
青いロングコート、赤い大翼の金鷲が刺繍された立ち襟長袖のそれと。ゆったりした黒いズボン。人になった時に自然と生成された謎の服ではあるが着心地はすこぶる良い。その格好で正義は倒木に腰掛けながら自分のステータスと睨めっこしている。
「絶対おかしいこれ」
――――――
名:セーギ・ラーマ【真名:乱麻正義】
種族:ハイヒューマン
性別:男
年齢:17
レベル:【1749】
スキル:【邪悪討滅の勇者】、【浄泪眼】、【荒轟戦撃の戦士】、【不滅なる黒】、【獅子王人神】、【破邪の火】、【魔王化】
称号:【異世界人】、【転生者】、【真の勇者】、【聖仙】
――――――
「魔王と同じぐらいヤバそうなんだけど……」
乱麻正義改め、セーギ・ラーマは見るからに尋常ではないステータスを見て頭を抱える。魔王の時と合せて問題が二倍どころか二乗になったような気がしてくる。
「てゆうか何で能力が共通じゃないの? ……こんなのほぼ別人……いや完全に別人」
スキルの中に【魔王化】が無ければ本当に何の関係性も無い状態。そんなスキルや称号の中であって、魔王だった時と併せて気になる事がある。
(【真の魔王】と【真の勇者】……両方有るのは異常だろ)
ステータスの中で燦然と輝く【真の勇者】の名前。これを見たセーギが「訳がわからないよ」と投げ遣りな気分で呟いてしまったのも仕方が無い。
「何で同居してんの? 仲良しなの?」
ステータスを閲覧するのに発動していたスキル【浄泪眼】。それが更に強く発動する。このスキルは魔王の【十天慧眼】によく似た効果を持っている。だが全く同じでは無くそれぞれ得手不得手が存在しており、名称が違うだけの同じ能力で無いのが確定してしまった。
その瞳のスキルが2つの称号を見通す。
――――――
真の魔王:運命に導かれし者。真にして大いなる闇、その力で世界をその手に。
真の勇者:運命に導かれし者。真にして大いなる光、その力で世界を救世せよ。
―――
「―――『世界を』って、壮大だー……」
説明の仰々しさに押され気味なセーギ。若干遠い目になっている。そしてまた頭を抱える。
(いやいやいや! 何これ? 世界征服でもしろと?)
健康になったのは良いが何やら“運命”とやらも押し付けられている気がした。転生する生き物は何でも良いと考えてはいたがこれは予想の斜め上。
あまりに情報が無い。無さ過ぎる。多くのことを調べる必要がある。
「調べ物をするなら街。…それなら偽装しないと駄目っぽい、かな」
シータには一瞬で看破された偽装。しかし邪竜などに有効だった事を考えればシータが特殊だった可能性が高い、そんな根拠の薄い考えであったがセーギは偽装をしても問題無い可能性に賭ける事にした。
何より、こんな悪目立ちするステータスを大っぴらに喧伝するような真似を好き好んでやる気は毛頭無かった。
「まだこの世界のこと、何一つ知らないからな」
もう少し、この世界のことを見聞きしてから今後の身の振り方を決めよう。そう考えてセーギは立ち上がる。
「街は……南、かな? 草原が見えてたし」
進路はとりあえず廃都を迂回しつつ南を直進する。草原を選んだ理由は、人が集まる場所は平野が多いと云う単純な考えからである。
(自分の力も道中ゆっくりと確認すれば良いし)
善は急げとばかりにセーギは歩き出す。土地勘は一切無いが道に迷ったら身体能力に物を言わせれば良い。力技でゴリ押し出来るのは心強い。セーギはそんな楽観出来る要素に気を良くし、更に景気付けの意味を込めてスキルにも一通り目を通す事に決めた。
「ま、ず、はー……スキルにある『勇者』って付いてる物から―――」
――――――
邪悪討滅の勇者:神性を持つ勇者、その大いなる力をその身に。
――――――
「そう来たかー……出来たら性能を知りたかったんだけどなー……」
スキル確認一発目から躓いたセーギ。彼の踏み出した道のりは長く険しかった。




