犬か熊か、もしくは豚
「案内、と言いましても今ここに居る幹部は私を除いて一人しかいません。」
「あ、そうなの?じゃあその人にだけ会わせてくれる?」
俺はテュオさんと廊下を歩きながら、話を聞く。
「畏まりました。こちらになります。」
「え、はやい。」
最初からここに向かっていましたので、と言いながらテュオさんは目の前のドアを開けてくれる。
体を反らせて待っているところを見るに俺から入らせてくれるようだ。これじゃあジェントルマンファーストだな。あ、語呂悪すぎか。
「アスタロト様、失礼いたします。」
テュオさんが後ろから続いて奥の方へ声をかける。どうやらアスタロト、という名前の方らしい。
部屋を見渡すと中は広い図書館のようになっていた。たくさんの本と机でいっぱいだ。
「ん?ここ、さっきの部屋の間取りと合わないくらい大きいような…」
「……入って」
「ソラ様、行きますよ。」
「あ、うん。」
か細い声が聞こえてテュオさんが歩き出す。今のがアスタロトの声か。
周りを興味深く見ながら歩いていくと、一つの机に少女が座っていた。本を読んでいるみたいだ。近くには小さい犬みたいな人形が居る。
「アスタロト様、こちらお客様としていらしたソラ様です。アスタロト様に挨拶がしたいということなのでお連れしました。」
「は、初めまして、皇 空です。」
俺は本から目をそらさない少女に向かって頭を下げる。
綺麗な金髪を腰まで伸ばしていて、とても白い肌をしている。ここからでは顔まで見ることは出来ないけど、凄く可愛いことが分かる。俺は吸い寄せられるようにその頭に手が向かっていく。
「オイッ!テメェッ!アスタロトにナニシテンダヨッ!!」
「えっ!?あ!ごめんっ!…え?」
不意に怒鳴られて謝る。けど、今の声は誰のものだ?声の方向からしてそこにはさっきの犬の人形しか…
「人形…?もしかして今のはこの人形が?」
「オイラは人形ジャネエヨッ!アスタロトのトモダチダッ!」
かなり高い声で喋るその人形は、二足で立ち上がりこちらを睨み付ける…あ、いや表情は変わってないから睨んでるかは分からないや。犬?いや熊か?
「こちらは、アスタロト様によって作られたホムンクルス…もといご友人でございます。」
「ほ、ホムンクルス?」
ホムンクルスっていうのは、確か、人工的に作られた生命体のことを言うんだっけ。てことは、この人形は生きてるのか?
「ぬーちゃん」
「え?」
「ぬーちゃん」
「あ、この人形の名前?」
「そう」
「ソウッ!オイラはスーパーハイパードライバーなホムンクルスナンダッ!」
先ほどまで黙っていたアスタロトが本を見続けながら話しかけてくる。よかった、無視されてるのかと思った。
あとぬーちゃん、それだと『超すごい車の運転手』になっちゃうぞ。
「そういえばこのぬーちゃんは犬?それとも熊?」
「…………」
あれ、また黙りこんじゃった。もしかして間違えたからか?犬、熊でもないならなんなんだ?
「えっと、ごめんアスタロト。ぬーちゃんは何の動物なの?」
俺は出来る限りの笑顔で話しかける。あとなんでさっきからぬーちゃんは踊ってるの?暇なの?
「ヒマダゼェ…」
暇みたいだ。
「ぬーちゃんは…」
「あ、分かった豚ちゃんだろう!」
「ぷくぅ!!」
「えぇっ!?」
アスタロトはこちらを見ていなくても分かるくらい頬を膨らませた。ぬーちゃんの鼻がすこし大きいからそうだと思ったんだけど…これも違うのか。
「ソラ様、そろそろ。」
「え、あ、うん。あの、ごめんね、アスタロト。」
「……」
うーん、嫌われちゃったかなぁ。顔を見たかったけど結局こっちは見てくれなかったな。
溜め息をついて部屋から出ると、遠くから甲高い声が聞こえてきた。
「マタコイヨッ!」
多分、ぬーちゃんは優しい人形だ。
「今はアスタロト様しかいないので、これ以上の案内は出来ませんね。どうしますか」
行く宛もなく廊下を歩いていると前を歩いているテュオさんから声がかかる。
どうします、か。別に行きたいというところはないんだけどな、まだ昼にもなっていない。そうだなぁ…
「あ、じゃあ普通の人がいるところに行きたい!」
「そうですか、では『ティルタナ国』に行ってみますか。」
「ティルタナ国っていうと、人間が多いっていうところだよね。」
ここから真南にあると言っていたところだ。今いるシュドロム領とは仲が悪いと言っていた。
「では準備いたしましょう。着替えますね。」
「え、あ、そうか。テュオさんメイド服だもんね。」
「はい、では。私はこちらの部屋で着替えますね。覗かないでくださいね。絶対。絶対ですよ。」
「え、うん。」
やけに念を押してくるテュオさんを宥めて部屋に押し込む。そんなに言わなくても分かってるのに。
俺が女性が着替えてる部屋を覗くなんて心外だね。言われずとも絶対入らないよ。
それから十分以上経ってからテュオさんが出てくる。服装がメイド服から白い清楚なワンピースに変わっている。
「あ、遅かったね。どうかしたのか?」
「…知りません」
「なんで怒ってるの?」
「…知りません」
表情一つ変えないが、いつもより声のトーンが低い。おかしい、俺が何をしたのだろうか。
「では参りますよ。私に捕まってください。」
「えっと、こう?」
「いえもっと強く抱きついてください。」
既にテュオさんの腰上に軽く手を回しているのだが、これ以上か…持ってくれ俺の理性…!
俺は要望通り、強く抱き締める。
「……やっぱりもう少し力を抜いてください」
「え?わかった」
さっきとは真逆のことをいうテュオさんに俺は手を軽くして、抱きつく。すると地面に俺とテュオさんを囲む程度の魔方陣が出来て輝き出す。
不意にテュオさんの顔を見ると、光のせいか分からないけど、すこし赤くなっているように見えた。
「はい、着きましたよ。」
光が輝きを増していくうちに気が付いたら周りが森のような景色になっていた。
「お、おぉ…」
俺は魔法、というものを感じて身震いした。なんだろうかこの感覚は。身体中がムズムズとして気持ち悪い。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ちょっと変な感じがしただけ。」
「そうですか、ここはティルタナの目の前の森です。ここからすぐにティルタナに入ることができるので着いてきてください。」
テュオさんは森の中を迷いなく進んでいく。しかし俺が追い付けて、かつ分かりやすい道を進んでいってくれる。
ちなみに森のなかに転移した理由は転移魔法が普通の人間には使えない魔法だったから、騒がれないようにしたということらしい。
すぐに開けた道にたどり着き、目の前に大きな外壁が見えた。
「こちらがティルタナですね。総人口約1000万人、かなり大きな町です。はぐれないようにしてくださいね。」
「わかった」
外壁は見渡す限り続いていて、莫大な大きさということがすぐに分かった。
テュオさんに着いていくと門があり、検問しているようだった。鎧を着た人が忙しなく人をさばいている。もちろんそこには人間がたくさん並んでいる。
「やっと人に会えたね。世界が違っても俺と容姿は変わらないんだな。」
「うざったい列ですね。……吹き飛ばしますか?」
「ダメだよッ!?」
怖いことを喋るテュオさんを連れて最後尾に二人で並ぶ。はぁ、テュオさんの冗談は恐ろしいよ…