閑話 『殺人姫』は想う。
私の身体に今まで触ったモノはいなかった。それは魔族でも、人間でも、人魚でも、竜人でも。
私には生まれたときの記憶がない。気が付いたら魔王のシア様に使えていた。私がシア様の娘というわけではない。いつの間にかシア様の隣に私がいたのだ。
シア様の命令で今までたくさんの魔族を狩ったりもした。暴れすぎた魔族や犯罪を犯した魔族を殺したり、魔王城を攻めてきた人間を排除したことも記憶に新しい。
このシュドロム領を統治するためには必要なことだった。だからだろうか。私が生き物に対して感情を向けなくなったのは。
殺して、殺して、殺して、殺して。いつからか殺すことに抵抗を覚えなくなった。いや、最初から抵抗なんてなかったかもしれない。常に冷静でいようとして、無表情無感情でいようとした私は『冷徹の殺人姫』なんて呼ばれるようになった。
ある日のことでした。シア様がいつものように魔法の実験を行っていると急に
「おいテュオ!見てくれ!こいつをどう思う?」
と私を呼び出しました。
急いでいくと見たことのない魔方陣が床に描かれていて、そこからはたくさんの魔力を感じました。
シア様は
「これが時空魔法なのだ!しばらくしたら何かが召喚されるのだ!!」
と胸を張りながら高らかに叫びました。この時空魔法は、異世界から何かを召喚する魔法らしく、事故があると困るので、シア様には部屋で待っていただくことにして私が見張りをしておくことにしました。
しばらく見守っていると魔方陣が急に光を増し、まばゆいばかりの光が放たれました。私はその魔方陣に近付き、なにが現れるかと見つめていました。
光が収まり、魔方陣の上になにかのシルエットが見えました。私は唖然としました。そこからは人間のようなモノが現れたのです。本来魔法で生物を動かすことはできないとされていて、物は動かせても生物を召喚することは出来ないはずなのです。
私が唖然としていると、その人はこちらに近付き、『胸を揉んできた』のです。頭に雷が落ちたかのような衝撃でした。生まれてこのかた、身体を触られたことのなかった私は驚きのあまり、しばらく動くことが出来ませんでした。
目が見えないのか、私の胸の感触を確かめるようにひともみ、ふたもみと幾度にわたって揉みしだきはじめました。私は抵抗できず、なされるがままになっていました。
「やわら…かい?」
ッ!!この人間、喋ります。私はびっくりして
「目が見えるようになりましたか?異世界から来た変態様。」
などと、悪態をついてしまいました。その人間はうおっと声をだしながら私の胸をまだ揉んでいました。視線は私にずっと向いています。
なんでしょうか、恥ずかしいといいましょうか。居心地の良いような悪いような感覚を覚え
「気が付いたのでしたら私の胸から手を離すべきではないでしょうか?」
と、口が勝手に動きました。私の胸に当てられた暖かい温もりが去っていくと、どこか寂しいという感情が芽生えた気がした。とりあえずシア様に報告をしようと思い、人間を連れていくことにしました。そういえば名前はなんというでしょう。普段は気にならないことが気になって仕方ありません。
人間と二人で歩いていると、胸の高鳴りを感じました。まるで800kmを全速力で走ったときと同じくらいの高鳴りに、私は心地よさを感じています。顔が熱くなってきました。バレてないでしょうか?顔を見られたくなくて少し早足で歩いてしまいます。早くあるいたらこの時間が終わってしまうのに。
道中、雑魚の蜥蜴男に会いました。こいつは私の後ろの人間を見つけると食っていいかなどとほざくので、軽く注意をしました。人間に怖いと思われたくなかったのです。なぜかはわかりませんが。
「め、メイドさん!?あ、あれは……?というかメイドさんを恐れてた?なんなんですかさっきの…」
と聞いてきたので、私はとぼけてしまいます。
「…え?なにかありましたか?」
きっとなんとか誤魔化せたでしょう。人間はなにやら慌てていますが知りません。
シア様の部屋に連れていくと、人間はシア様を見て、目を丸くしていました。
言いたいことは分かりました。確かにシア様は明らかな幼女体型なので、そのことだと思います。ですがシア様は気にしてらっしゃるので、声に出すのはまずいと思い、教えてあげました。
シア様は自己紹介をしようといい、人間の名前を聞き出しました。グッジョブですシア様。
「あ、えっと…皇 空って言います。16歳です。」
どうやらスメラギ ソラ様というそうです。今まで聞いた名前の中でもトップクラスの逞しさを感じます。
ソラ様に召喚された経緯を説明をしてると、元の世界に帰れるかと聞いてきました。
今すぐは帰れませんが、正直3ヶ月あれば準備できましたが、なぜか私の口からは半年という言葉が出てしまいました。シア様と二人で頭を下げると、ソラ様は構わないと言ってくださいました。なんとやさしく方でしょう。
勇者が入ってくるという煩わしいこともありましたが、色々あってその日は寝ることになりました。
ソラ様を案内していると、外を気にしていたので、景色のいい東の湖を見せました。ソラ様と外を見ていると、視線が私に向いてることに気付きました。なにか付いていたでしょうか?それとも顔が赤くなっていたでしょうか?恥ずかしくなり、部屋に向かおうと言って私は歩き始めました。
ソラ様を部屋まで案内したあと、私は明かりを消してソラ様の寝顔を見ていました。するとソラ様の
「テュオさん…キレイだったな…」
という呟きが聞こえてきました。キレイ…?はて、それは誰に言ってるんでしょうか?私…ですか?そんなわけ…いやでもテュオさんと私の名前を呼んでくださってました。ぼっと顔が熱くなります。今までよりずっと熱く。
はしたない顔を見られないように、向こうからはわからないよう、暗いところから話しかけました。
そのあと、ソラ様は私は必要ないと言いました。私は急に悲しくなり、部屋から出ようとすると、後ろから、明日からよろしくと言ってくださいました。そうです、これからもしばらくソラ様はいるのです。
そして、私はつい鼻唄を歌いながら仕事をこなしました。こんな気持ちになるのは初めてです。いつもより早く体が動きます。
今日は景色がいつもよりキレイに見えます。