6 気になる存在
深刻な顔で、美綾は言った。
「陽咲は昔、同い年の男にひどいことを言われたの。アタシもその場にいたからもちろんかばったし、それ以来変なことは言われなくなったけど、陽咲の心までは守りきれなかった」
それで美綾は今でもずっと陽咲のことを見守り続けている。そういうことか。俺達を尾行までした気持ちが、今やっと理解できた。
「それが原因で陽咲は二次元好きになったって…?」
「極論だと思う?」
「何とも言えない。言われた言葉にもよるし……」
「アンタを信用して話しておくよ。陽咲のこと」
なぜかめちゃくちゃ信頼感を寄せられている。
「気持ちは嬉しいけど、こういうの陽咲は嫌がるんじゃない? 自分の知らないとこで過去の話されるのとか」
「それはないよ」
「断言したな」
「アンタと絡むようになって陽咲は明るくなったから」
「それはまあ、学校で我慢してる二次元キャラの話を俺相手には気兼ねなくできるからじゃない?」
それ以外の理由なんてないだろう。俺はそう思うのだが、美綾は違うことを考えているみたいだった。
「たしかにアンタの言う通りかもね。でも、それだけじゃないよ。幼なじみだし、長い付き合いだし、あの子のことはだいたい分かる。アンタは信用できる」
「裏切られるかもって思わないの? 今聞いた話、他でしゃべるかもよ?」
「そんなことしたらボコボコにするよ? あ、こう見えて、中学時代に剣道の県大会三年連続で優勝したことあるから」
「見た目通りのスペックだなっ」
やけに冷ややかな笑顔でそんなことを淡々と言う美綾が恐い。
陽咲と違い美綾は根っからの好戦的なタイプだ。剣道って。お嬢様校でもそんなのやるんだな。そういえば運動神経がいいって陽咲が褒めてたっけ。
「言わないよ。信用され過ぎてちょっと困っただけでっ。ただでさえ彼氏役ですら上手くこなせてる自信ないから」
「上手くやろうとしなくていいよ。あの子を笑わせてくれる、それだけで充分」
美綾は言い、切なげに目を伏せた。
「……幼稚園に通ってた頃のことだよ。あの時は今みたいに女子校じゃなく男児もいたんだよ。どこにでもある普通の幼稚園」
当時同じクラスだった陽咲と美綾は、その頃から仲が良く毎日一緒に遊んでいた。すると必ず、ある男児が陽咲に絡んでいた。
絡むといっても普通に話しかけたりするのではなく、陽咲の髪飾りや仕草をからかっては泣かせるという困った絡み方だった。ひどい日は陽咲の髪を引っぱったり彼女の私物を隠すこともあったという。
「それって……。その園児、陽咲のことが好きだったんじゃない? いるじゃん、素直になれない不器用な男。特に子供とかに多いって」
「そうだね。今思えばそうだったんじゃないかって気がするよ。でもさ、あの頃は子供だしそんなこと分からないでしょ? で、陽咲はある日、その男児に強く言い返したの。『もうやめて! ヒロト君なんか大嫌い!』って」
ヒロト君は陽咲の思わぬ反撃を受け、感情的にこう返したそうだ。
『俺だってお前なんか大嫌いだっ! お前みたいに金持ちの家の子供は財産目当ての男にしか好かれないんだ、バーカ!』
そう。ヒロト君のその言葉が陽咲の心に深く突き刺さり、その後の恋愛観にまで絶大な影響を与えた。子供だったからなおさら。大人なら聞き流せたかもしれない言葉でも、子供には強烈に感じることってある。
私はお金目当ての男性からしか好かれない。そう思い陽咲は男性不信になった。小学校から女子校に入り男子との接触がなくなってしまったことも大きいだろう。
「それからだよ。陽咲がアニメやマンガの男しか見なくなったのは……」
「そういうことか……」
……ヒロト君も、陽咲を好きな気持ちや幼心に芽生えた男のプライドとかでぐっちゃぐちゃになっていたんだろう。普段おとなしい陽咲に言い返されてショックもあったのかもしれない。心ない言葉を陽咲に投げつけた後、彼は泣きながら教室を飛び出していったそうだ。
「その日、ヒロト君はそのまま園から脱走して先生達に叱られてたよ。一方で、陽咲もショックを受けてた。そうだよね……。でもまさか、高校に入るまでそれを引きずるなんて、あの頃は思ってなかった。だから心配で……」
「そうだな。美綾の気持ちも分かる」
そばに居たのに何もできなかった。そう思い自分を責めてしまう美綾もつらいと思う。分かるけど……。
「でもさ、こればっかりは周りが色々言ってもどうしようもないんじゃない?」
「アンタはこのままでいいって言うの?」
「いいか悪いかは分からない。でも、少なくとも陽咲は楽しそうだよ。二次元の話してる時すごく楽しそうだし、キッカケはヒロト君に言われた言葉かもしれないけど、そういう嫌なことも忘れるくらい好きなことに夢中になってるのならいいことかも」
「それじゃあ一生あの子はあのままだよ?」
「そうかもしれないけど、何か問題ある? いいと思うけどな。好きなものが何もない人生より、何かひとつでも夢中になれるものがある人生って」
「そうかもしれないけど……」
俺の意見に美綾は納得していないみたいだった。そうだよな。美綾は陽咲にリアル恋愛をしてほしいと思ってるんだから。それは多分、陽咲に対する罪悪感を無くしたいと思ってのことかもしれない。陽咲の幸せを考えてるってのは大前提だろうけど。
「アタシ間違ってる……?」
「そんなことない。考え方は人それぞれだし、友達想いですごくいいと思う」
「べ、別にアンタに褒められたって嬉しくないからっ」
「安定のツンデレ具合だな」
「ツンデレ言うなっ!」
「ウソウソ。ホントすごいなって思う。友達のために色々考えてそこまで必死になるって、なかなかできることじゃないし」
美綾に比べたら俺なんて、結音に対して冷たいなぁと思う。
「陽咲は幸せだな。美綾みたいな友達がそばにいて」
「アンタさっきから何!? 褒め過ぎなんだけど! ハッ! もしかして口説いてる!? フリとはいえ陽咲の彼氏のクセにっ! 女なら誰でもいいわけ? ケダモノッ!」
「口説いてないっ! どうしたらそうなるんだ! 思ったこと言っただけだよ! ケダモノとか初めて言われたわ!」
「アタシだって男子にそこまで褒められるの初めてなんだからね!?」
なんか分かるかも。美綾って見た目ボーイッシュな感じでしかも女子校。剣道界でも大活躍みたいだし男子より女子にモテてそうだ。実際、陽咲も憧れてるし。
「知ってるだろうけどこっちは男子に免疫ないんだから言葉には気をつけてよね!? そっちにとってはたいしたことなくてもこっちには口説き文句に聞こえるんだからっ!」
「そんなこと言われても!」
女子校の女子難しいな…! サバサバしてそうに見えるけど、美綾は美綾で陽咲とは違う種類の妄想癖があるのかもしれない。
何て言えばいいか慎重になっていると、美綾はため息混じりにこっちを見た。
「……陽咲はアンタみたいに女たらしなヤツのどこがいいんだろ? 言っておくけど、アタシはまだアンタのこと完全に認めたワケじゃないからね? 陽咲に変なことしたらコロスよ?」
「ちょ! イメージ悪化が甚だしいんだけど!? 女たらしは撤回して? 身に覚えがない!」
「どうだか……。アンタんとこ共学だし」
「共学のイメージまで悪くなってるよ! あくまで勉強しに行ってるの、学校はそういう所!」
「いかにも今考えて言ったようなセリフ……」
美綾はジトッとした目で警戒をあらわにする。
「アンタのこと信用していいのか、やっぱり分からなくなったわ……」
「安心してよ。彼氏役は引き受けたけどそれだけで、陽咲のこと好きになるとかないから。変なこともしないしする気ない」
「え!? そうなの?」
心外と言いたげに美綾は目を丸くした。
「あんな可愛い子のそばにいて何も思わないの? ドキドキとかも? 陽咲は白女一モテるって有名なんだよ?」
「知ってる」
「アンタ本当に男……? 目ェついてる? それともその両目は節穴?」
「ひどい言いようだな! 陽咲のこと好きになってもならなくても悪く言われるなんて理不尽だっ」
「男と女の間に理不尽は付き物でしょ……」
「いやいやいや。サラッと名言ぽくまとめないで!?」
美綾は美綾でツッコミ出したらキリがない。陽咲の天然加減が易しいものに思えてきた。
内心グッタリしている俺とは逆に、美綾は楽しそうだった。目を輝かせこんなことを言った。
「今日アンタ達をつけてて思ったんだけど、陽咲とアンタっていい感じの雰囲気だなぁって思ったんだよ。最近知り合ったとは思えないくらいお互いが自然体っていうか、巡り会うべくして出会った、みたいな。うまく言えないんだけどね。だからいつかは本当の恋人同士になるんじゃないかって、そう思っただけ」
「陽咲といるのは楽しいけど、今以上の関係になることはないよ」
「もしかして、さっき駅のホームでしゃべってた子が原因?」
「……!! 聞いてたの?」
天音と出くわしてしまったところも見られてたか。それはそっか、後つけてたんだし。やっぱり美綾は探偵になれる。
「尾行に気付かれないよう離れた所で見てたから話し声はよく聞こえなかったけどね。アレ、アンタの元カノ?」
「うん。そう」
隠したところで無駄だと思いうなずいた。黙っていてもいずれ陽咲の口から伝わるんだろうし。
「本気で人を好きになるなんて、もう俺にはできない気がする」
「…………」
「でも安心して。役目はまっとうする。ヒマ人だしね。それにこの先陽咲が本当の恋をする時が来たら彼氏役もやめて応援する。陽咲の幸せ邪魔するつもりはないんだ。本人にもそう伝えてある」
そろそろ帰らないと。話しているうちに空は真っ暗になっていた。
「もう帰ろ。家まで送ってく」
「うん……。ありがと」
珍しく素直な美綾にビックリしつつ顔には出さなかった。
帰りの道のり、会話はなかった。美綾は美綾で何かを考え込んでいる様子だったし、俺も特にしゃべりたい気分じゃなかった。初対面の相手なのに不思議と沈黙が気にならなかった。
「ねえ、訊いていい?」
自宅前に着くと、美綾はおそるおそるといった感じで尋ねてきた。
「もし陽咲がアンタを好きになったらどうする? それでも無理って言って断るの?」
「そのパターンは考えたこともなかった」
だって陽咲はツムグ一筋だ。たとえツムグに冷めることがあっても、三次元の俺を好きになったりはしないはず。
「じゃあね」
「送ってくれてありがと。意外と紳士なんだね」
「どういたしまして。って、意外とは余計!」
ヒラリと手を振り、美綾に背を向けた。
陽咲が俺を好きになったら、か。そんなことあるわけない。それは美綾が一番よく分かってるはずだ。陽咲はリアル男子を好きにはならないんだから。
美綾の打ち明け話には驚いた。陽咲にああいう過去があったなんて。
同性としてヒロト君が気の毒になる反面、陽咲が傷ついた理由も納得いく。
俺んちは中流家庭とまではいかずむしろ貧困層に入る。父さんの遺してくれた遺産や生命保険金、家はあるものの、母さんの収入だけで四人の子供を養っていくのはキツいものがある。実際二人の姉さんもそれぞれの大学で奨学金をもらってるし、俺も大学へ行くなら奨学金制度を利用するよう言われている。
そんな俺には分からない苦労や苦悩が陽咲にはあるのかもしれない。金が絡むと人は変わると言うし、財産目当ての結婚とかも世間ではよくあるみたいだし。陽咲みたく金持ちの家の子供は、昔から親にも厳しくその辺のことを説明されてきたのだろう。
そこへ、身近な人間に金目当ての男しか寄ってこないなんて言われたらショックで男不信になるのは当たり前だ。
でも、世の中には色んな男がいる。金目当てで女と付き合う男ばかりじゃないってことを体験から知ることができれば、陽咲の嫌な記憶も少しは癒されるのかもしれない。
とはいえ、何をしたら陽咲にそう伝えられるだろう? 口で説明するだけなら簡単だがそれで陽咲が納得するなら美綾もあそこまで心配しないだろうし、そもそもこの話を美綾から聞いたってことは陽咲には内緒にしなきゃいけないし……。
考えを巡らせている間に家へ着いた。
玄関から直でリビングに向かうと、ミキが制服のままソファーで寝ていた。テーブルの上には女性向け恋愛ゲームの情報雑誌が広げっぱなしの状態で置かれている。
「『制服シワになる』ってまた母さんに怒られるんじゃない?」
声をかけたが爆睡しているようで起きそうにない。
姉さん達も外に出てるみたいだし母さんも仕事で遅くなることがよくあるので、学校のある日は帰宅部中学生のミキと二人で夕食を摂ることが多い。今日みたいな土曜でもそう。
ダルいけど仕方ない。何か作るかー。
適当にオムライスを作り終えリビングのテーブルに運ぶ。
反射的に昼間食べた陽咲の弁当の味を思い出した。お世辞じゃなくホントにおいしかった。ツムグのために料理の腕を上げるなんてたいしたものだ。
……でも、何だろう。感心すると同時に心のすみっこでモヤモヤしたものが湧いてくる。
「ミキ、ご飯できた。起きて」
「うーん……?」
まだ起きない。テーブルの上に広げたままになっている雑誌を片付けようとした時、ツムグという名前が目に入った。これって陽咲が攻略したキャラなんじゃ……。
ミキは寝てるし、少しならいっか。
両手に持ち見てみると、ツムグなる人物のプロフィールが載っていた。職業大学生。好きな物はコンビニスイーツ(特にミルクティー)。好きな女性のタイプは料理上手な人。
なるほど。コイツがツムグね。陽咲の言っていた通りのヤツだ。見た目も王子様キャラと言われるだけあって優しそうだし、キザなセリフを言っても様になりそうな感じだ。なんかムカつく。
「やっぱりお兄も興味あるんじゃん。お腹すいた〜」
両手で目をこすりながらミキがのっそり起き上がった。心臓が飛び出しそうになる。さっきまで声かけても気付かなかったクセに! そうか、オムライスの匂いで起きたんだな、きっと。
「片付けついでに見てただけ」
「見たいなら見てもいいよ。もう見終わったし」
「早っ」
背表紙を見てみると、発売日は今日の日付。もう読破したのか。
「やっぱりご飯は自分で作るより作ってもらう方がおいしいよね〜。お兄が料理上手でよかったぁ」
「そんなこと言ってたらツムグは攻略できないんじゃない?」
って、ヤバ。つい陽咲と話している時のノリで答えてしまった。
ミキは不思議そうにこっちを見てオムライスを食べ続ける。
「別にいいよ、ツムグは狙ってないもん。あ、もう食べてるけどいただきまーす」
「そうなの? でもこのゲームってツムグが人気あるんじゃないの?」
だって、陽咲があんなに好きになるくらいだし……。
「たしかに皆かっこいいけど、ツムグは優しすぎて物足りない! 優しいだけっていうか」
「そういうのがいいんじゃないの? 女子的には」
「分かってないなぁ。優しすぎてもつまんないんだよ。やっぱり私はタケルが一番好き! ユーザー投票でもタケルが一番人気だったんだよ。学校の友達にもツムグ推しの子いるけど少ないし、タケル好きな子の方が多いもん」
「タケルってどんなヤツなの?」
「一言で言えば俺様! でも肝心な時には優しくてキュンキュンさせてくれるの!『お前、俺の言うことが聞けないのかよ』って言いながら壁ドンしてくるの! そっからのキス! マジ夢のシチュエーション! 萌える!」
「へえ(うへぇ……)」
ミキは顔を真っ赤にして興奮していた。
好きな気持ちはすごく伝わるが、男だからか俺はただただ引いた。そんな男のどこがいいんだ。一歩間違えたら犯罪者だろ。自己評価高い傲慢男じゃないかっ。……とは、口が裂けても言わない方がいいだろうな。
「同じゲームやっててもユーザーによって男の好み分かれるんだな」
「それはそうだよ。だから色んなキャラがいるんだし。あ、お兄もこれ見て彼女作る参考にしたら?」
「ご心配なく。間に合ってるから」
「えー! 彼女できたの? 初耳なんだけど! どんな人!?」
「言わない」
「このリア充め! 黒魔術で呪ってやる!」
「現役の中二病を初めて見た」
「中二は合ってるけど中二病って言うな! 今占い雑誌で黒魔術流行ってるんだからね!?」
「こわいもんが流行ってるな。人に使うなよ?」
「大丈夫。練習してみたけどけっこう難しいからめんどくさくなってきたとこ」
「それは一安心」
雑誌を閉じてミキに渡し、オムライスを食べた。タケルのことはどうでもいいけどツムグのことはむしょうに気になる。ミキが起きなければもう少し雑誌に目を通したかった。
夕食後、シャワーを浴び自室に入ると、スマホにメールが来ていた。陽咲からだった。
陽咲の名前が表示されているのを見て、なぜかドキッとしてしまった。なんの「ドキッ」だ。
《今日もとても楽しかったです。電車の旅にご同行下さり本当にありがとうございました。》
いつも通り業務連絡のような文体。メッセージはそれで終わるかと思ったら、その下にまだ文章は続いていた。
《あれから考えていたのですが、本当に良かったのでしょうか? 紡君のお気持ちはとても嬉しかったのですが、天音さんの前で私達が付き合っているフリをし続けたことが心苦しくて仕方ありません。
天音さんには本当のことをお話された方が良かったのではないでしょうか? 余計なことを言って気分を害していたら申し訳ありません。》
本当に真面目だな。そんなこと全然気にしていないのに。
《大丈夫。陽咲は何も心配しないで。天音とはもう会うことないだろうし会うつもりもないし。これからも楽しく彼氏彼女のフリしてこ。》
そう返信し、スマホを机に置いた。
無理はなかった。本当に。陽咲が楽しんでくれるなら、過去を忘れていられるなら、それでいい。
窓の外を見ると夜の街並みがとても綺麗だった。窓を開けると少しだけ夏の匂いがした。二駅分も離れているけど、陽咲も今頃自分の部屋でこの夜風を感じていたりするだろうか。
美綾に会って、またひとつ陽咲のことを知った。陽咲の持っている痛み、全部は分かってあげられないかもしれないけど、そういうの全部消え去るくらい楽しいことができたらいいな。
しかし、ヒロトっていう幼稚園児も可哀想になるな。好きなあまり陽咲にひどいことを言ったんだろうけど、そんなんで好意が伝わるのは成熟した大人の女性に対してだけだ。
美綾も美綾で陽咲のことで色々思うことはあるだろうけど、いつか楽になれるといいな。
思いを巡らせていると、結音から電話がかかってきた。
『今日はありがとな、掃除当番代わってくれて! おかげでチエと仲直りできたよ〜! チエもホントは俺と仲直りしたかったらしいんだけど意地張って無視してただけみたい』
「よかったな」
『でさ、今度、紡と陽咲ちゃんと俺達の四人で遊ぼうぜ』
「仲直りの報告からそんな話になるって突然だな」
『そういうの一回やってみたかったんだよ。紡が天音と付き合ってた時は俺に彼女いなくてダメだったしさ』
「遠慮しとく。そもそも本当に付き合ってるわけじゃないって言っただろ? 俺はただのナンパ避けなの」
『だからいいんじゃん! そういういかにも恋人同士みたいなことすれば陽咲ちゃんはホントに紡のこと好きになるかもしれないし』
余計なことを思い付いてくれる。そんなの俺は望んでないし陽咲からしても迷惑な話に決まってる。
『俺さー、考えてたんだけど。陽咲ちゃんって最初俺が声かけた時、好きな人がいるって言ってたじゃん? 紡と陽咲ちゃんがちゃんと付き合えないのってそのせいなんじゃないかって気付いてさ』
「ホント時々勘がいいな、結音は。そんなこともう忘れてると思ってた」
『そりゃ忘れたいよ。ナンパして振られたなんて不都合な記憶は今すぐ脳内メモリから消し去りたい。あ、チエにはそのこと内緒な?』
「内緒にしたいならなおさらこのメンバーで出かけるのは自殺行為なんじゃない? 俺か陽咲がウッカリナンパのことチエちゃんの前でしゃべるかもだし」
結音の計画を阻止したくてそう言ってみたが、なかなかに結音はしぶとく、そして変に楽観的だった。
『大丈夫だって。そこは紡と陽咲ちゃんが気を遣ってくれれば』
「めんどくさい。陽咲にそんな気遣わせたくない」
『お!? なんかヤケに優し〜!』
「そんなことない。普通。常識の範囲内の配慮」
この時、なぜか美綾に言われたことを思い出した。
ーーもし陽咲がアンタを好きになったらどうする?ーー
ないない。考えるだけ無駄だ。俺はツムグみたいに優しくないし王子様キャラでもない。
『四人で遊ぼーぜ?』
結音は強引だった。
断ろうかと思ったけど、ふと考えた。四人で遊んで結音と話せば、陽咲の男に対するイメージも良くなるかもしれない。結音だけならともかくチエちゃんも一緒だし。
男としては軽薄だけど友達としてなら結音はいいヤツだ。彼女のいる前で陽咲にデレデレすることもないだろう。
「分かった。陽咲に訊いてみる」
そう返事し、電話を切った。