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5 恋はしない


 天音あまねはそばにいる彼氏っぽい男のことなど放置で、気さくに俺を呼び止めた。


 高校も違うしもう会うことはないと思っていたのに、なんでよりにもよって今日このタイミングで会ってしまうんだ!


「紡君のお知り合いですか?」


「う、うん。この人とは同じ中学だったんだ」


 気まずさ満点で陽咲ひさきに答える俺を見て、天音は調子よく言った。


「知り合いっていうか元カノだよね」


「そ、そうなんですか!? このお方と紡君は、その……。男女交際をっ」


 あからさまに顔を赤くし驚く陽咲を見て、天音は意地悪な笑みを浮かべた。


「へー。紡、こういうコもタイプなんだぁ。意外。付き合ってるの?」


「ち、違っ……」


 否定しようとして、ハッとした。仮とはいえ、俺は今陽咲の彼氏ということになってる。天音は白女しらじょと無関係だが、ここで本当のことがバレたら陽咲の面目が立たない。本来の目的である陽咲のナンパよけもできなくなってしまうだろう。


「そ、そうだよ。彼女と付き合ってる」


 そこでなぜか、陽咲は驚いたようにこっちを見た。元カノの前で恋人のフリをするのは気が引けたのかもしれない。


「そっちこそ彼氏放置してていいの?」


「いいよ、少しくらい。久しぶりに会ったんだしさ」


 天音と一緒にいた男は、少し離れた場所から時折こっちを見ている。こっちはものすごく気まずいんだけど。


 天音はなにくわぬ顔で陽咲に話しかけた。


「その制服、白女だよね。一年?」


「は、はいっ。今年度入学しました」


「紡とは学校違うよね。今日はどっかで待ち合わせでもしたの?」


「はい。学校の最寄駅で待ち合わせをしました」


「紡、時間より早く来たでしょ?」


「……それはっ」


 陽咲は本当のことを言わず言葉をつまらせた。俺に気を遣っているのかもしれない。


「ごめん。思い切り遅刻したよ。結音ゆいとの代わりに掃除当番しなきゃならなくなって……」


 陽咲の代わりに答えると、天音はなぜか勝ち誇った笑みを浮かべた。


「そうなんだ〜。結音も相変わらずだけど紡もその子に誠意ないよね。私と付き合ってた時はいっつも約束の時間よりだいぶ早く来てたのに」


 それは本当だ。人を待たせるのが好きじゃない。なぜって、遅刻したらその日のデートは出だしから気まずくなるって想像できたから……。天音と付き合ってた時も時間は気にしていたし、今日の待ち合わせだって本当は遅れたくなかった。


 こっちの気を知ってか知らずか、天音は陽咲に詰め寄った。


「女待たせるとかありえないし。そんなことがあるとあんま大事に思われてないんじゃないかって不安にならない? そんな男でいいの? って、私が言うのも何だけどさ」


 うわ。容赦ない。初対面の他校生にそこまで言うなんて、天音は相当俺のこと嫌ってるな。分かってはいたけど、実際面と向かって言われるとキツイものがある。まあ、自業自得だから仕方ないけどさ……。


 ショックではあるものの妙に落ち着けている俺と違い、陽咲は戸惑っていた。天音に対し何て言っていいのか考え込んでいる。それもそうだよな。彼氏役を頼んだ男の元カノが登場ーー。こんな場面、陽咲のデート予想図にはなかったことだろうし。


「あのさ、天音」


 付き合ってた頃、色々気が回らなくてごめん。そう謝ろうとしたら、陽咲が天音に言った。


「たしかに紡君は遅刻しました。でも、彼との交際中不安に思ったことは一度たりともありません。なぜなら、紡君はポッキーの一般的な食べ方やおいしさを教えてくれましたし、ミルクティーまで買ってくれました!」


餌付えづけ…?」


「そっ、そういうことではっ」


 フォローがボケになってる気もするが、陽咲はいたって真面目でしかも必死だった。そんな彼女の顔は今まで見たどの顔より凛々しく、ナンパされている時の慌てようがウソみたいに思えた。


「紡君はいつも真剣に話を聞いてくれます。どんなにみっともないところを見せても呆れることなくこちらの心情をおもんぱかり和ませてくれます。遅刻に関しても前もってご連絡してくれましたし、困っていた時はいつもおくすることなく手を差しのべてくれました」


 揺るぎない瞳でまっすぐ天音を見つめる陽咲の横顔は、とても綺麗でかっこよかった。それに、なんだろ。天音にこだわってたことが小さなことに思えてきた。それに、天音と再会したのにこうも落ち着いていられるのはきっとーー。


「もういいよ、陽咲」


「よくありませんっ! これは紡君の沽券こけんに関わる大切なお話なんですから」


「そこまで重要!?」


 ついツッコミを入れてしまう。半分は照れ隠し。


「本当にもういい、充分だから。ありがと、陽咲」


「紡君……」


 心配そうに様子を伺う陽咲を下がらせ、俺は天音に言った。


「天音にそう思わせたの、俺のせいだよな。別れた後、いつも後悔してた。もっと天音の気持ち考えてあげればよかったって。うまくできなくてごめん」


「紡……」


「でも、今、幸せそうでよかった。じゃあな。行こ、陽咲」


 きっと天音はここで彼氏とバイバイして自宅に帰る。俺は陽咲を送り届けるため、ホームの少し離れた場所まで歩いた。陽咲も黙ってついてきた。


「ごめんね、変なことに巻き込んで」


「いえ、それはかまわないのですが……。もっとお話しなくてよかったのですか?」


「終わったことだから」


「…………」


 しばらくの沈黙。不思議と気持ちは穏やかだった。


 ちょうど目的の電車がやってきたので、俺達はどちらかともなく乗り込んだ。何かを考え込んでいたのだろう、陽咲は行きの様に電車とホームの間に出来た隙間を気にすることなく乗車した。差しのべようとした手を、気付かれないように引っ込めた。


「座ろっか」


「はい」


 また沈黙。さっきまであんなに会話が弾んでいたのに、天音の登場で空気が変わってしまった。何かを話そうにもうまく言葉が出てこない。


「私達は本当の男女交際をしているわけではないです。でも……」


 窓の外、綺麗な夕焼けがじょじょに夜に染まっていく。風景を眺めたまま、陽咲は言った。


「さっき天音さんに言ったことは本当の気持ちです。紡君は素敵な男性だと思います。あ! 餌付けされただなんて微塵みじんも思っていませんよ!?」


「ははっ。分かってるよ。むしろ餌付けされたのは俺の方、なんてね。弁当ホントおいしかったし」


 俺が笑ったことで、ぎこちなかった空気がようやく元通りになっていく。


「よかったです。紡君に喜んで頂けたのなら作った甲斐があります」


「本当のツムグに食べさせられないのが歯がゆいね。あんなにおいしいのに。すごいね、料理の腕」


「最初は全然何もできなかったんです。食事は家政婦の方が作って下さいますから。でも、ツムグが料理のできる女性が好きだと言っていたので、このままではいけないと自分を奮い立たせました。ツムグに食べさせるところを妄想しながら作っていたら楽しくて、いつしかその楽しさに目覚めました。そんなわけで家ではいつも作り過ぎてしまうんです」


「ツムグパワーすごいな」


「……私はこの通りツムグを想っていますので紡君と恋仲にはなれませんが、天音さんの発言は全ての女性に当てはまるとは限らないと思ったのです。なので、さっきはついムキになってしまって……」


「ありがとね。陽咲の言葉に救われた」


 気持ちが穏やかだった。


「今でも別れた時のこと思い出すし、天音に会ったらきっと普通でいられないと思ってたんだけど、意外に大丈夫なもんだね。陽咲のおかげだよ」


「私の、ですか?」


「うん。だからありがと」


 おかげで、あの日天音に言い残したことを、今日全部伝えられた気がする。


「……いつも私が話してばかりで、紡君の恋愛のお話は聞いたことがありませんでした。やはり紡君には素敵な恋人がみえたのですね」


「過去のことだよ。多分、もう恋はしない」


「そうなんですか……?」


 だって、もう傷つきたくない。……なんて、そんなこと、かっこ悪くて陽咲には言えないけど。陽咲は複雑そうな表情でこっちを見ている。

 

「でも、だからって一生懸命恋愛してる人を……。陽咲の恋を否定なんて絶対しないから。これからも応援したい。させて」


「……紡君」


「これからも安心して代役任せて。この通り自由の身だし気兼ねなく、ね?」


「はいっ」


 安心と不安が混ざった表情で陽咲はうなずいた。きっと、恋愛しないと言った俺に疑問符が湧いたのだろう。当然だよな。恋愛中の陽咲に、恋愛に冷めた男の心情なんて想像すらできないと思う。



 行きは長かった道のりも、帰りはやけに早く感じた。学校近くの最寄駅に着くと、陽咲は少しだけ寂しそうに定期券を返してきた。


「貸して下さりありがとうございました」


「どういたしまして」


「見知ったこの駅も、紡君の自宅の最寄駅も、私達が初めて出かけた思い出の場所になります。お弁当を一緒に食べた公園も、電車の中から見た景色も、全て」


「そうだね」


「紡君といると、世界が広いと感じるんです。ツムグでさえも知らない景色がたくさんあるんだと」


 脳内記憶のツムグがいるから、よけい新鮮に感じるんだろうな。初めて見るもの触れるもの全て。



 陽咲の自宅まで一緒に歩いた。


 こうして陽咲と歩いていると、一歩一歩知らない世界に入り込んでいく感じがする。この感覚は天音と付き合ってた時にも感じた。でも、それとはまた別の色をした感覚。


「送って頂きありがとうございました」


「土曜日だけど恋愛ゲームもほどほどにね」


「はい。ツムグが寝かせてくれるかどうかは分かりませんが、善処ぜんしょします」


 ドキッとした。陽咲はそんなつもり全くないんだろうけど、セリフがセリフだ。変な想像をしてしまいそうになる。純情の天然発言おそるべし!


「紡君、お顔が赤いですが熱でもあるんですか?」


「純情な天然は破壊力が違うなと思って」


「どういった意味でしょうか?」


「なんでもないっ。じゃあ行くよ」


「お気をつけて。あ!」


 思い出したように、陽咲は自宅の門前で足を止めた。


「また今度、どこかへ出かけませんか?」


「いいよ」


「嬉しいです! さっそく今日のことツムグにも話してきますねっ」


 きっと、相手がツムグ(二次元)でも関係なく画面に話しかけたりしてるんだろうな。


「それはマズイんじゃない? 他の男と出かけたこと彼氏に話すのは」


「そっ、そうでした……! とても楽しかったので、ついっ」


「あははっ。ツムグならきっと笑って聞いてくれるよ。じゃあね」


「何から何までありがとうございます!」


 陽咲は慌てて門をくぐり自宅に入っていった。きっと、ツムグに色んな話をするために。


 楽しそうでいいな。


 陽咲と別れた帰り道、さっきより薄暗くなった道のりを一人歩いた。


 今日一日で半年分くらいの経験値が増えた気がする。陽咲と電車に乗って天音に会って。少し疲れたけど、それは嫌なものじゃなくむしろ心地よくて。


 陽咲との出会いは本当に偶然だけど、こういう関係も楽しいな。


「ちょっと待ちな」


 え?


 陽咲の家から数歩歩いたところで、後ろから女子の声がした。そっちを振り返ると一人の女子が立っていた。いつの間に。さっきまでは誰もいなかったはずだ。ショートヘアでカジュアルな格好。制服じゃないから分からないけど、彼女は多分同年代。


「何か用?」


「聞いてない? 白鳥女学院高校一年の鈴木すずき美綾みあや。陽咲の幼なじみなんだけど」


「ああ……!」


 今まで陽咲の話の中にしか出てこなかった美綾さん。まさかこういう形で顔合わせするとは思わなかったので、ちょっとビックリした。会うとしても陽咲を通して対面するものなんだとばかり思ってたから。


「そこアタシんちなの」


 美綾さんは親指を突き出し一方に向けた。示されたのは陽咲の隣の家。陽咲んちほどではないが一般的に言ったら豪邸の部類。こうして美綾さんに会うまでは、この辺は金持ち一家の集う住宅街なんだとしか思ってなかった。


「今日、アンタ達のことずっと付けてたの」


「マジか。全然気付かんかった……。美綾さん探偵になれるんじゃない?」


「それ褒めてんの? けなしてんの?」


「褒め言葉のつもりだけど、気に障ったならごめん」


「ま、いい。そういうことにしておく」


「わざわざ付けなくても、話しかけてくれたらよかったのに」


「仮の恋人とはいえデート中にそんな無粋なことしないの、アタシは。それに、陽咲に内緒でアンタに話しておきたいことがあったから」


 なんだかワケありみたいだ。尾行までするなんてよっぽどのこと。


「聞くよ、その話」


 黙って美綾さんの言うことを聞いた。彼女は、ここから少し行った遊歩道へ足を向けた。通学路からは外れるけど、夜景が綺麗な場所として近隣では有名な場所だとクラスの誰かが言っていた。川沿いに夜の街並みが見える。


「評判通りなかなか綺麗な眺めだな」


「勘違いしてないでくれる? 別に男と夜景見るためにここへ来たワケじゃないんだからね!」


 ツンデレか…!


「分かってる。陽咲に気付かれたくなかったんだろ?」


「分かればいい。陽咲からだいたいのことは聞いてる。ナンパから助けたり彼氏役してくれてるんだって? ありがとう」


「そういう美綾さんは、彼氏がいるフリを陽咲に勧めた張本人なんだって?」


「さん付けしなくていい。アンタの方が年上でしょ?」


「分かった」


「……本当ならね、ちゃんとした彼氏を作ってほしい、あの子には」


「二次元恋愛に反対だから?」


「それもあるけど、それだけじゃなくて……」


 手すりに背後からもたれ、美綾は空を仰いだ。


「あの子はリアル男子を好きになれない」


「それは二次元好きだから仕方ないんじゃ……。無理にやめさせるのもこくじゃない?」


「そうじゃない。この意味、分かる?」


 美綾の言葉は短いのに、深く重たいものをにじませていた。鋭く澄んだ瞳が、様子を伺うようにまっすぐ俺をとらえていた。


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