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2 彼女の秘密

 季節は新緑の綺麗な五月中旬。結音ゆいとと共に白鳥女学院高校(通称・白女しらじょ)へ行ってから早くも1ヶ月が経とうとしていた。


 結音はたくましくも次の彼女を見つけ、相手の子と仲良くやっている。伊集院いじゅういんさんに彼氏がいると知ったあの日はうっとうしいくらい落ち込んでいたのに、今ではそんなこと全く頭にないみたく新しい恋に浮かれている。少しでも心配したのがアホらしい。


 まあ、結音がそうなるのも当たり前かもしれない。あれ以来、伊集院さんに会うことはなかったのだから。


 俺達の通う東高と白女は目と鼻の先にある。当然、登校中や下校中に通学路の途中で白女の生徒を見かける。そのたび俺なんかは伊集院さんのことを思い出してしまうんだけど、そこは結音、気持ちの切り替えが音速並みに早かった。


「なあ紡、チエのことなんだけどさー」


 登校し席に着くなり、結音がニヤけ顔でこっちにやって来た。チエとはまさに今結音が付き合っている他校の彼女の名前である。


「来週チエの誕生日でさ。何が欲しいかいたら俺からもらえる物なら何でもいいって言うんだよ〜。可愛いだろ? かなり愛されてるよな、俺って」


 甘い。甘すぎる。ノロケるのは勝手だが、コイツは女の本性を知らなさすぎだ。


「んだよ、その冷めた目は! よかったね〜とか幸せにな〜とか、色々言う事あるだろ?」


「そりゃ良かったな。変なモンあげて振られないように気をつけろ」


「たとえ男向けのフィギュアをあげたとしたってチエは喜んでくれる! 自信ある!」


「それだけは絶対やめとけ。結音の感性疑われたくなければ」


「ええ!? 今のチョイスそこまでひどいか!? 何がダメなんだ!?」


 さすが結音。顔を青くしながら素でそんなことを言う。見ていて飽きない。


 ウチの姉二人を見てたら嫌でも分かる。男が女に何をプレゼントするか。それは男が思う以上に重要な項目だ。それで女の男に対する評価は大幅に左右されるのだから!


「ウチの姉さん、好きな男にアイドルの写真入りシャーペンもらって完全に冷めたって言ってた。それで告るつもりだったのをやめたって。高校の時の話だけど」


 今年大学生になった二人目の姉の話だ。結音はますます青くなる。


「じゃあさ、何あげたらチエは喜んでくれるんだよっ」


「ヒントは、日頃から彼女の話をよく聞くこと。『彼氏なら彼女が何に興味を持ってるか察して当然』多くの女子はそう思って期待値を上げる。本人は無自覚だろうけど」


 大学四年になった一番上の姉さんの口癖だ。彼氏とケンカするたびそんなことをグチってる。


「そんなこと言ったって、チエの話なんてそんなに覚えてねえよっ。やべえ、全然分からん!」


「それ、プレゼント以前の問題だな。諦めろ」


つむぐひどっ! 友達だと思ってたのにいっ」


「友達だからオブラートなしで言ってる。逆に考えてみれば? 話を聞いて察してあげる。それを難なくこなせるようになったら無敵ってこと。モテるのも時間の問題」


「おお! そういう考え方もあるな! 色んな子にモテたいっ!」


「おい、チエちゃんはどうしたよ」


「チエはチエ。モテることとは別次元の話だ。ナチュラルにモテるお前には分からない野望だろうけどなっ」


 分かりたくもない。ため息混じりに視線を外すことで、それ以上の会話は無駄だとアピールする。ちょうど始業のチャイムが鳴ったので助かった。


 モテる、か。たしかに昔から女子によく告白されてきた。それは認める。でも、それがいいことだなんて思ったことはないし、結音みたいに女子にがっつく気分も理解できない。


 だって、モテるということは恋愛の機会が増えるということで、それは悩みやトラブルに巻き込まれる回数も増えるということだ。実際、よく知らない女子に好かれて告白を断ったら必要以上に恨まれることもあった。


 結音みたく、女子に甘い幻想を持てるうちが花かもしれない。

 

 昔から姉さん達を見ていて知らず知らずのうちに感化されたのかもしれない。女子という生き物に過度な期待はしなかったし、見た目が可愛い女子を見ても性格までいいのだろうとは決して思わない。


 唯一好きだと思った天音あまねともあんな終わり方をしたので、恋にいいイメージなんて持てないまま。まあ、天音のことは俺のせいでもあるから言いっこナシだけど。



 放課後、結音は楽しそうに教室を出て行った。


「チエと約束あるから先帰るわ〜!」


 色々突っ込みたいところはあるけど、なんだかんだでやっぱり結音のことが羨ましい。


 結音がというより、恋に熱中して楽しそうに笑う人達が、と言う方が正しいかも。


 このクラスにも彼氏彼女のいる人が何人かいる。スマホ片手に相手に連絡し合い一喜一憂している。みんな楽しそうだ。


 伊集院さんもそうなんだろうな。


 たった一度しゃべっただけなのに、こういう時にふと彼女の顔を思い出してしまう。そうすると、薄暗い心の中はふわっと柔らかい光に包まれるようだった。現実を知りすぎた俺にとって、伊集院さんはオアシスみたいな人。


 下校時刻を少し過ぎてから学校を出たせいか、東高と同じく白女の校門前も人気がなかった。その分、初めて目にする光景がとてもよく目立った。


「可愛いね〜! 名前教えてよ〜」


 第一高校の制服を着た男子校生が二人、一人の白女女子を囲んでいる。


 この前の結音を思い出した。第一高校は男子校だっていうし、可愛い子を狙っての計画的なナンパ中? にしてもすごいバイタリティーだ。白女に近い東高と違い、第一高校からここへは徒歩三十分はある。わざわざナンパのためだけにその距離を歩いてきたのか?


 男二人に阻まれ女子生徒の顔までは見えない。


『助けて!!』


 今、たしかに聞こえた。この声は伊集院さん……?


 どちらにせよ放っておいたらまずそうだし、思い切ってナンパしている男子高生達に声をかけた。


「彼女困ってるよ」


「ああ? 何お前」


 片方の男が振り向いた。いつの時代の流行りだよとツッコミたくなる派手な髪に着崩した制服。耳にピアスまで開いてる。そういえば、第一高校って昔はガラの悪い生徒が集まるって有名だったらしい。今もそうなのか?


 だからって関係ない。たとえ年上だとしても相手は同じ高校生なんだ。言いたいように言ってやる。女子に対して苦手意識がある反動なのか、同性にはひるんだことがない。


「何って、通りすがりの東高男子だけど」


 彼らに近付くと、ナンパされていた白女の子と目が合った。伊集院さんだった。さっき聞こえた心の声はやっぱり彼女のものだったんだ。


「久しぶり」


「紡君…!」


 わらにもすがる目で、伊集院さんはこっちを見つめてくる。よほど困っていたんだな。それに、初めて会った時に比べ、伊集院さんはやや元気がないように見えた。


「結音の件といい、こういうことしょっちゅうなの?」


「いえ、そんなしょっちゅうではないのですが、時々……」


「そう。時々でも嫌でしょ。彼氏いるのに」


「……はい」


 伊集院さんは顔を赤くしてうつむいた。俺が通りかかるまで、彼女なりに必死にコイツらを説得しようとしてたに違いない。結音の時みたく心の中で葛藤しながら。


 彼女に代わり、俺は第一高校の二人に言った。


「そういうことだから。彼女のことは諦めなよ」


「あー? 外野は口挟むんじゃねえよ」


 初めて口を開くもう一人の男を、最初に目を合わせてきたピアス男が止めた。


「もういい。他行くぞ。じゃあな」


 ピアス男、案外話の通じるヤツでよかった。見た目がインパクト大なだけに、引き際のアッサリ加減も強烈だった。


 彼らの姿が完全に見えなくなると、伊集院さんは気の抜けた声でお礼を述べた。


「ありがとうございます。お断りしても引いてもらえなかったので、ありとあらゆる断り文句を思索していたところでした」


「そうだったんだ。なんかしつこそうなヤツらだったもんね」


「紡君が来てくれて助かりました。本当に。お礼には足りないかもしれませんが、何かごちそうさせてもらえませんか?」


「そんなのいいって。彼氏に悪いし」


「でも……」


 このままでは気持ち悪いらしい。本当は俺ももう少し彼女としゃべってみたい気がした。心の声を聞いても分かるように、彼女は今まで出会ってきたどの女子ともどこか違う。


 とはいえ、このくらいのことで何かお返しをもらうなんてガメツイ気がした。


「たいしたことしてないし。じゃあね」


 そう言い背を向けた瞬間、後悔した。彼女の言葉をもっと待てばよかった、と。


『違う、そうじゃない!』


 また聞こえた、彼女の心の声。強い思い。


『紡君を引き止めるの、早く! 次いつ会えるか分からないんだから!!』


 なぜそうも切迫しているんだ!? 興奮気味な伊集院さんの声を聞いてドキドキしてくる。無言で俺は立ち止まった。


「待って下さい! お礼だけなんてウソなんです! 紡君にお願いがあって、なので話を聞いてほしいんですっ」


 そこでようやく彼女を振り向いた。


「分かったよ。そこまで言うなら」


「ありがとうございます!」


 安堵あんどに満ちた顔でほっこり笑う伊集院さんに、思わず惚れてしまいそうになる。ダメダメ。彼氏持ちなんだから。


「私の行きつけでもいいですか?」


 そう言い高級カフェに入ろうとする伊集院さんを必死に止めた。


「ちょっと待って! 普通のとこでいいからっ。そんなとこ落ち着いて話とかできないから」


 そうして、普段結音や学校の友達と行くファーストフードにやってきた。注文した品を持ってテーブル席に向かい合って座ると、伊集院さんは物珍しそうに周囲をキョロキョロ眺めていた。


「こういう所初めて? って、そんなワケないか」


「はい。友達と来たこともありますが、普段はほとんど来ないのでとても楽しくて。ワクワクします」


「そうなの? いつもはさっきみたいな高級カフェばかり?」


「両親の言いつけで学校の友達とはほとんど遊べないんです……。あのお店も両親としか行ったことがありません。あ、一人だけ、高校も同じで仲の良い幼なじみの女の子がいます。彼女とはこういう所に来ます。これ、とてもおいしいですね」


 ベーコンポテトパイを控えめにかじると、伊集院さんはおおげさなくらい喜んでいる。食べ方に品性が出るってホントだな。親の言いつけで学校の友達と自由に遊べないなんて、生粋きっすいの箱入り娘。ウチの姉さん達ですら女だからってそこまで過保護には育てられなかった。伊集院さんは絵に描いたようなお金持ちのお嬢さんなんだろうな。


 周囲の客達も、白女の制服を着た伊集院さんを見てチラチラ視線をよこしてくる。白女の生徒がこういう所へ足を運ぶこと自体珍しいんだろう。俺の都合で連れてきてしまったことが申し訳なくなった。


 周りの視線を気にしているのかいないのか、バニラシェイクを少し飲んでから、伊集院さんは微笑した。


「放課後のティータイムというものは、校内での時間とはまた違うおもむきがありますね。紡君はいつも学校の友達とこういう時間を過ごしているんですか?」


「うん。結音と一緒にしょっちゅう来てる」


「結音君、お元気ですか?」


 彼女なりに振ったことを気にかけているっぽい。やっぱりいい子だ。


「元気だよ。今、彼女できて毎日楽しそうにしてる」


「ホントですか? それなら本当によかったです。安心しました」


「ところで、お願いって……?」


 本題を切り出した。もう少し雑談していたかったけど、彼女の目的が気になって仕方ない。


 ためらうような間を置き、伊集院さんは視線をさまよわせた。シェイクがドロドロに溶けきってしまう頃、ようやく重たい口を開いた。


「彼氏のフリをしてもらえませんか?」


 ん? 突然だな。


「それはちょっと。即答ためらう頼み事だね。ワケを訊かせて?」


「非常識なお願いをしているというのはとてもよく分かっているんです。ダメでしょうか? あ! そうですよね、紡君にも大切な女性がいますよね? 私、何てことをっ! 忘れて下さいっ……」


 一人混乱している彼女を落ち着けるべく、冷静に話しかけた。


「ダメじゃないよ。彼女いないし。でも、伊集院さんには彼氏がいる。安易にそんなことするわけにいかない」


「はい。その通りです。そうなんですが……」


 彼女には彼女の引けない事情があるらしかった。


「ご存知かもしれませんが白鳥女学院高校は女子校です。高校から編入してくる子も多いですが、私の場合小学校からずっとエスカレーター式で、幼稚園以来男性と接触する機会のないまま高校生になりました。それが、最近になって突然、さっきのように男性に声をかけられることが増えました。結音君のように、先ほどの方達も私との男女交際を希望し会いに来られたようなのです」


 伊集院さんは深刻な顔をした。


「しかし私は男性とお話をするのが得意ではありません。むしろ苦手です。今日、幼なじみの友達に相談したら、彼氏のいるフリをすれば無難にそれらの問題を乗り切れるとアドバイスしてくれました」


「さっき話してた幼なじみの女の子?」


「はい。彼女はいつも私のために親身になってくれます。でも、さすがに彼氏のフリをお願いするわけにはいきませんから、こうして男性である紡君にお願いしました」


 どんなアドバイスだ。テキトーにもほどがある。女子校にいながら彼氏役を探すなんて難題すぎるだろ。


 色々ツッコミたいが、最後まで黙って彼女の話を聞くことにした。


「こんな風に男性と食事をするのは本当に久しぶりで、緊張もしますがとても楽しいです」


「うん。俺も楽しいよ」


「こんな風にお話しできる男子、紡君だけなんです」


「彼氏と同じ名前だからじゃない?」


「え……?」


「そういうのは彼氏のツムグに頼んだ方がいい。俺が出て行く問題じゃない。頼ってもらえるのは嬉しかったけど」


 しばらくの沈黙。伊集院さんは目を丸くして俺を凝視していた。何か変なこと言った?


 ーー! しまった! 伊集院さんはまだ彼氏の名前を俺に教えたことはない! こっちが勝手に心の声情報で知ってしまっただけだ!


 まずい。この能力のことは秘密。言ったところで信じてもらえないし最悪不気味がられるだけだ。どうしよう。ごまかさないと!


「あ、いや、これは……」


「なんで知ってるんですか? ツムグの名前……」


 彼女の顔が見れない。うつむき、必死に言い訳を探した。けど、何を言っても墓穴を掘る気がして何も言えなかった。嫌われてもいいから本当のことを話すべき?


 嫌だ。嫌われたくない……!


「あ、分かりましたよ! もしかしてお姉さんか妹さんがやってます? 紡君のお家は女系家庭とおっしゃってましたし」


 何の話だ?


 おそるおそる顔を上げて伊集院さんを見ると、それ以上ないようなキラキラした目でこっちを見ていた。怒ってはいない? むしろなんか喜んでる!?


「『やってる』って何のこと?」


「恋愛アプリ『恋に迷いしプリンセス』のことです。人気が高じて最近ポータブルゲームとしても発売されたんですよ。女子中高生を中心にヒットし大人の女性にも注目されている恋愛シミュレーションゲームなんです」


 そういえば、今年中学二年になったばかりの妹ミキが母さんを誘ってそんなようなタイトルのスマホアプリをやってると言ってたような……。夕食の時に二人してその話で盛り上がっていた。


 てことは、え? 伊集院さんの彼氏って……。


「ツムグとはその世界の中で恋人同士になりました。色んな苦難を乗り越えようやく両想いになることができました。私の大切な人なんです」


「ツムグまさかの二次元!? 苦難って、ゲーム内の選択肢のこと?」


 ミキと母さんの会話を聞くともなしに聞いていたせいか、無意識のうちに恋愛アプリの予備知識がついていた。そんな自分にビックリだ。


「はい。何度も間違った選択肢を選んでバッドエンド行きばかり経験しましたが、今年の春にやっと想いが通じたんです。……このこと、他の人には内緒ですよ?」


 普通じゃない自覚があるのだろう。清々しいほどチャーミングな笑みでツムグのことを口止めし、彼女は言った。


「ツムグはリアルの人じゃないのでボディーガードは頼めないんです。お願いです。どうか彼氏のフリをして下さい……!」


 俺がうっかりツムグの名前を口にしたことなど、もう彼女の中ではどうでもいいらしい。それより、今後のことで頭がいっぱいなようだ。


 俺が彼氏役をやればナンパもされなくなるだろう。そしたら平和。そうかもね? でも……。


 俺は俺でひどく衝撃を受けていた。人には冷静だとかクールと言われやすいけど、これでも普通の高二。それなりに目の前の出来事に驚くしショックも受ける。


 そうか。ツムグは二次元の存在だったのか……。


 何とも言えない気持ちが込み上げてくる。彼女の必死の頼み事にすんなりウンと言えず、しばらくは呆然ぼうぜんくうを眺めていた。


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