19 幸せリレイション
自称幽霊の父さんと話した翌日。
枕元で充電していたスマホを見ると陽咲からメールが来ていた。受信時間を見ると、俺が眠ってすぐの頃に届いたものだった。
《昨日の件、深くお詫び申し上げます。炎天下だったとはいえ美綾や学校の友達の手を煩わせるどころか紡君にまでご迷惑をかけてしまい……。深く反省し謝罪するべき事態なのは重々承知なのですが、理性とは裏腹に表情筋が緩んでしまうのを止めることができません。本当にどうお詫びしたらよいのか……。自分の情けなさに呆れています。》
つまり両想いを喜んでくれているってことだろうか。
文面は固く初対面の頃みたいな感じに戻っているが、込められた想いは出会いの時より縮まっている。
陽咲につられて表情筋を緩ませつつ、返信した。
《謝らなくていいよ。むしろ陽咲の心の声が聞けて嬉しかった。体調はどう?》
《なんとお優しいお言葉……! 甘えて自責の念が薄れてしまうね。体調はもう大丈夫だよ。軽い熱中症だったようで、家政婦さんのお手製レモネードを飲んで横になったら治っていました。》
クエン酸効果か。
《治ってよかった。》
陽咲の失神は健康体でも起こりうるから体調うんぬんってより精神的なものって気がするけど、そこはまあ突っ込まず流しておこう。
《心配してくれてありがとう。この先紡君と会うのが楽しみだよ。心の声を聞かれるのは時に恥ずかしいかもしれないけど、これからは何を聞かれても大丈夫だから。》
そこで、スマホをタップする指が止まってしまった。
俺の能力を丸ごと受け止めてくれる陽咲の気持ちはとても嬉しい。だけど俺にはもう女性の心を読む能力はない。
夢か現実か、昨夜目の前に現れた父さんがそんなようなことを告げた。でも、よく考えたらそれが本当かどうか確かめる術がない。実際に女性と会ってみるまでは……。
俺はもちろん家族みんな父さんに会いたがっていた。しかし、だからといって幽霊になった父さんに会ったなどと話したら本気で脳の心配をされそうだ。二次元に理解の深いミキもさすがに信じないだろう。母さんなんて呆れを通り越し哀れんでくるかもしれない。
よって誰にも話さないことにしたが、陽咲には能力のことも包み隠さず話してる。今さら隠し事はしたくない。
「陽咲なら信じてくれるかな。この話……」
意を決して陽咲を呼び出すことにした。
《そのことなんだけど、大事な話があるんだ。今日の放課後、会える?》
《もちろんだよ。私も紡君に会いたい。また倒れてしまわないよう、今日は涼しい場所で話せると嬉しいな。》
《了解!じゃあ、あの店の前で待ってる。》
陽咲と初めて行ったファーストフードでの待ち合わせを提案し、メールを終えた。
こうして気楽に会う約束ができるなんて嬉しい。会うのが楽しみだ。一方で、能力が失くなったのは本当なのだろうか? と、疑問も湧いた。
陽咲に会うのが楽しみであると同時に緊張もして、放課後まで落ち着かない気持ちを持てあました。
放課後、急くように教室を後にしようとしたら、目ざとく俺の変化を察知した結音がニヤニヤしながら寄ってきた。
「陽咲ちゃんと仲直りできたなー?」
「うん。なんとか。色々ありがと」
「これからは素直に行けよ〜」
「分かってる。また明日」
「おうよ。健闘を祈る!」
結音に片手を振り、颯爽と昇降口を目指した。足が軽い。早く陽咲に会いたい。
約束のファーストフードは白女を通り過ぎた所にある。陽咲宅の近くだ。
自然と小走りになる。昼間よりマシだが七月の夕方は暑い。陽咲の元に着く頃にはけっこう肌が汗ばんだ。
彼女は先に到着していたようで、店の軒下でかろうじて暑さをしのいでいた。
「ごめん、待った?」
「ううん。私もさっき着いたばかりだから」
心なしかみるみる頬を赤くし、陽咲はスカートのポケットからハンカチを取り出した。
「紡君、走ってきてくれたんだね。ありがとう。首筋に汗がっ」
手にしたハンカチをおずおず差し出し、陽咲は恥ずかしそうにうつむいた。この顔は何か妄想している顔だ。分かるのに、彼女の心の声はもう聞こえてこなかった。
前までなら、陽咲の心を読んでホッとしてた。でも今は読めない。なぜだろう、本来ならここで安心するはずなのに今は少し切ない。陽咲の心の声が聞こえないことに、想像していたよりも深く動揺した。
「ありがと」
陽咲からハンカチを受け取り首筋の汗を軽く拭った。陽咲はまじまじとその様子を見、真っ赤な顔でうつむいた。
「中入れば乾くとは思うけど」
「そ、そうだよね」
何を思ってるんだろう。赤面するなんてよっぽどだ。
体質なのか柔軟剤のおかげなのか、俺は今までいくら汗をかいても人から汗臭さを指摘されたことがない。幼い頃、近所で一緒に遊んでいた年下の子供達に甘い匂いがすると言われたことならあるが、喜んでいいのかどうか微妙なところだった。
注文して俺達は窓際のカウンター席に並んで座った。少し動けば互いの腕が当たってしまう距離。ドキドキする。
陽咲は会った時からあまり視線を合わせてくれないので、なおさら自分の匂いが気になった。
「もしかして俺汗臭い?」
こんなことを好きな子に訊くのは抵抗がある。でも、能力なき今、訊かずにはいられなかった。もし臭いなら速攻で汗拭きシートなり制汗剤などを調達して対策せねば!
「ううん、そんなことないよっ」
陽咲の声はうわずっていた。嘘だと分かる。
陽咲の顔を覗き込むように、俺は彼女の目を見つめた。
「本当?」
「ほ、本当だよっ。私こそ汗臭くないかな?」
「大丈夫だよ」
女子っていうのは不思議だ。男と同じ量の汗をかいても男子更衣室みたいな臭みを全く漂わせない。偏見かな? 男の知らない場所で消臭の努力をしてたりするんだろうか。
陽咲はやっぱりぎこちなく俺から目をそらす。
「せっかく会ったのに、目そらされてたら寂しい」
陽咲から視線を外すと、彼女は今にも沸騰しそうなほど頬を上気させた。
「ご、ごめんねっ。あの、今の気持ちを紡君に読まれてたら恥ずかしいと思って……。嫌いとかそんなことは絶対にないんだけど……」
「恥ずかしいこと考えてたんだ」
わざと意地悪な口調で言ってみる。陽咲は耳の先まで真っ赤にして。
「紡君の首筋に滴る汗がとてもその……。艶やかで……。今までは意識しなかった腕の筋にもドキドキしてしまって……。その上こんな至近距離で座ることになってしまったから、どう振る舞っていいのか分からなくなってしまって……」
言わせておいて何だがこっちまで恥ずかしくなってきた。陽咲は俺を見てそんなことを思っていたのか。
ツムグと恋愛してた時も夜通し話してたと言ってたし、陽咲は清純な見た目に反して肉食系なのかもしれない。なんて、冷静に分析することでドキドキを抑えようとした。頬が熱い。
「紡君に心の中を読まれたのだと思うとよけい恥ずかしくなって、ギクシャクしてしまったよ」
陽咲は自嘲気味に笑う。
「こんな風でごめんね。紡君は大事な話をしたいと言っていたのに。私は本当に未熟極まりないよ」
「そのことなんだけど……。もう、聞こえないんだ」
「そう、なの……?」
俺はゆっくりうなずいた。陽咲はみるみる目を見開き、ショックと動揺をあらわにした。
「では、今私が思っていたことも全て紡君は知らなかったと……」
「そういうことになるね。だから尋ねたんだけど」
「そんなっ……! 」
正直者の陽咲でも、さすがに俺の汗でセクシーさを感じたなんて打ち明けるのは相当勇気が必要だったみたいだ。それはそうだよな。逆だったら俺でも恥ずかしい。
「いかがわしい視線で見つめてしまったこと、どうか許してね。普段はそんなことあまり考えないんだけど、紡君を見てると脳内に妙な物質が分泌されてしまうようで……。って、私は何を言ってるんだろうね!?」
一人パニックを起こし早口になる陽咲。初めて見るそんな一面が、甘く柔く胸を締めつける。
「こんなこと言われたら紡君嫌になるよね?」
「ならないよ」
テーブルの下で陽咲の手をそっと握った。少しの衝撃で壊れてしまうんじゃかいかというほど柔らかい手触り。こっちからやっておきながらやめておけばよかったと思った。恥ずかしくて真横にある彼女を見れない。鼓動が速まる。
それに、手なんかつないだら陽咲がどうなるか分からない。昨日だってハグで倒れたばかりだ。もう少し慎重になるべきだった!
手を離そうか、離すまいか。陽咲の心身を思うなら離すべき。頭では分かっているのに、もう少しだけこの温もりに触れていたい。
陽咲はどう思ってるんだろう? お互いの気持ちが分かった翌日に手を握る男なんて軽いと感じ軽蔑してるだろうか。嫌になっただろうか。
こんな時、能力があったら……。
こうなって初めて、自分が能力にどれだけ頼っていたか思い知らされた。最初はいらない力だったのに、いつしか依存性が高くなってる。危ないな。父さんはそれを見越して俺から能力を消し去ったのかもしれない。
考えていると、無意識のうちに陽咲の手を握る力が強まっていた。
「っ……。紡君…?」
「ご、ごめん。痛かった?」
「大丈夫だよ。少しビックリはしたけど」
陽咲はやっと目を合わせてくれた。聖母みたいに何でも受け止めてくれそうな微笑を浮かべて。
「テーブル席が満席でよかった。おかげで紡君に手をつないでもらえたから」
「嫌じゃない?」
「嫌なわけないよ。勇気がなくて言い出せなかったけど、私もつなぎたかったから」
陽咲らしいストレートな物言い。気持ちが繋がったおかげか、これまでとは違う意味でそのストレートさが胸に突き刺さる。
「能力があってもなくても同じだよ。私はこれからも紡君に気持ちを伝えていくから」
「陽咲……」
「私も今日、紡君に大事な話があって会いに来たの」
改まってそう言われ、突然不安になった。悪いことを言われるのだろうか?
「紡君。私の事情に巻き込んで本当にごめんなさい。今まで本当にありがとうございました」
陽咲はまっすぐにこちらを見つめた。つないだ手をそのままに全身をこちらに向ける。彼女の膝が俺の足に軽く当たった。
「彼氏彼女の役割分担は今日でおしまいにしよう」
「え……?」
もう、陽咲には会えないってこと?
頭が真っ白になりかけた時、陽咲は木漏れ日のようにあたたかい笑みを浮かべて。
「もしよければ、私の正式な恋人になって下さい」
考えるまでもなく、答えは決まっている。
「喜んで。こちらこそお願いします」
陽咲は満面の笑みで俺の手を優しく握り返した。
「真面目な顔で改まった空気になったから、絶交されるかと思ったよ……」
「よく考えたらまだそういう話はしてなかったから……」
「陽咲らしいね」
「気になって夜も眠れなかったから」
「もしかして一睡もしてないとか?」
平然と陽咲はうなずく。
「ダメだよ寝ないとっ。そうなるのも分かるけど」
「私の一方的な恋ではないという証が欲しかったの」
寝れなくなるほど俺のことを想っていてくれたのは嬉しい。
「でも、意外だよ。陽咲が俺を好きになってくれるなんて」
ツムグと俺は全然性格が違うけどツムグの延長線上的な意味で好かれたのかもと考えたりもした。名前もそうだし、俺の声はツムグにそっくりらしいし。
「意外じゃないよ。紡君は優しい。その中に脆さもあって、だからこそ強くて頼もしくて……。いつも私のためを思って動いてくれてた」
「陽咲、褒めすぎ」
そんな風に思われていたなんて。
見つめ合い、互いに照れ、言葉が少なくなっていく。
店内の騒がしい雰囲気を抜け出して二人きりになりたかった。陽咲も同じ気持ちだった。
ファーストフードを出ると、そこからすぐの陽咲宅に行くことになった。家政婦さんの案内で陽咲の自室へ通された。
そこは、広いこと以外普通の部屋だった。シンプルな和室。間取りは初めて来た時と同じだがツムグの日常を再現した内装ではなくなっている。
「ツムグとの恋にケジメをつけたよ」
陽咲は部屋の中央に立った。
「紡君と出会わなかったらツムグを好きなままだったかもしれない。ううん、本当にそうだったのか、今となっては分からないんだ」
「陽咲……」
「二次元の男性しか好きになれないなんてウソだった。現実世界に生きる私は日常の中で男性のことも知ってみたかった。だけどそうするキッカケもなかったし、何より自分に変化を起こすことがこわかったの」
ヒロト君のこともあったから。
「私なんかに恋愛なんて無理って決めつけてた。その方が楽だった。紡君と出会うまでまともに男性と話したこともなかったから。美綾だけが私の本音に気付いてツムグとの恋に反対してた。私はそれを認めたくなくて、なかば意地になって……」
イグナイトでツムググッズを大量にもらえたのにあまり喜んでいなかったのはそのせいだったんだ。
「ツムグに傾けてきた想いも本物だった。でも、これからは紡君だけを見ていくよ」
決意に満ちた顔で陽咲はこちらを向く。
「私のことを好きになってくれてありがとう。紡君」
その曇りない眼差し。笑う瞳。柔らかそうな頰。はかなげな雰囲気に反して好きなことをとことん突き詰める芯の強さと情熱。
決してほだされたりしないと決めていたのに無理だった。それを証拠に今も陽咲を想って心が震える。熱く、柔らかく、まっすぐと。
目の前の彼女に、俺は恋をした。
「俺こそありがとう。こんなヤツ好きになってくれて」
「紡君は素晴らしい男性だよ。だから『こんなヤツ』なんかじゃ、絶対ないの」
「そうかな?」
素直な陽咲のド直球な褒め言葉に面食らう。そしていつの間にか笑顔になっていく。
「俺が『素晴らしい』のだとしたら、それは陽咲のおかげだよ」
陽咲が俺を認めてくれるから。全面的に信用して頼ってくれたから。
1年前より今の自分が好きだと思える。それは陽咲が惜しみなく優しさを注いでくれたから。
たとえ陽咲が別のリアル彼氏を見つけていたとしても、俺は彼女の人となりを尊敬するのをやめなかったはずだ。……と、両想いになれたからこんな余裕の思考を働かせられるんだろうが。
「私もそうだよ。紡君といると今まで知らなかった自分が見つかる。またひとつ知らない世界へ飛び出していけるような感覚がしてワクワクするの」
「もし俺以外の男に彼氏のフリ頼んでたらどうなってたんだろ。陽咲はその人のこと好きになったかもよ?」
つい、意地悪なことを言ってしまう。陽咲に好意を向けられて嬉しくて、だからつい魔が差した。
半分冗談、半分は本音。陽咲には他校の親衛隊やファンクラブが存在してる。美綾のガードが緩くなった今、陽咲に近付こうとするヤツだってたくさんいたかもしれない。そうでなくても陽咲は男の目を引く。
陽咲が俺以外の男に好意を持つ可能性だってあったはずだ。こうして彼女の部屋にいられる立場になったのも、俺のスペックどうこうってより運が味方したとしか言いようがない(だとしたら、先の長い人生に訪れるはずの運を使い果たしたと言える)。
それくらい、陽咲との出会いはかけがえのないもの。大切にしたい。
他の男に彼氏のフリを頼んでいたらどうなっていたか……。ひねくれ根性満載な俺のセリフを受け、陽咲はそれでもまっさらな表情を変えなかった。
「紡君以外の人とお付き合いを……? それはないよ」
即答だった。迷いのない声音。陽咲の瞳に浮かぶあたたかい想いが伝わってきて、なんか自分が恥ずかしくなってきた。なに子供みたいなこと言ってんだろ俺は。
「優しいな、陽咲は。ごめん変なこと言った。忘れて?」
頬が熱くなるのをごまかすため、いたずらっぽく茶化した。
両想いになれたことは嬉しいけど嬉しすぎて実感がない。だからなのか、陽咲を前にすると妙に素の自分が出てくるというか。彼氏のフリをしてた時のように演じたり取り繕うってことが難しくなってる。
この感覚を幸せっていうのかもしれない。
眠くなるような心地に一人ほわほわしていると、陽咲は硬い面持ちで切り出した。
「実は、私……。紡君にまだ話していないことがあって……」
「え!?」
まだ何かあるのか!? とはいえ、今さら何を聞いても驚かない自信はあるけども。二次元男子に恋をしてたことをはじめ母親の親友に誘拐されるなど、陽咲には濃ゆい秘密があったわけだし。
「大丈夫、ツムグ仕様の内装で大抵の免疫はできたから。何聞いても驚かない。多分。きっと」
両手のひらを陽咲に見せ彼女を落ち着かせた。っていうか落ち着かなきゃならないのは俺だ。陽咲は至って落ち着いてる。
陽咲の顔がこれまでにないくらい深刻だから、嫌な意味でドキドキしてしまう。取り乱さない自信はどこへいった。
「こんなことを言ったら気持ち悪く思われてしまうと思い今までは黙っていたんだけど……。これは美綾にも話していない、私の胸の内に秘めた事柄で」
「前置きが緊張感を増してるっ」
半殺し状態って一生なることないと思ってたけど多分こういうシチュエーションを指すんだ。頼む、焦らさないでバッサリ切ってくれ! 何でも打ち明けてる美綾にすら非公開ってよっぽどの内容だ。
「紡君のことをだいぶ前から知ってたの、私」
「へ?」
間抜けな反応をしてしまう。そりゃそうだ。全く予想外の答えが返ってきたのだから。
「なんだ、そういう話……」
とりあえずホッとする。
陽咲はこわごわと俺の様子を伺った。
「嫌な気持ちになってないの?」
無意識なんだろうけど上目遣いも可愛い。と、惚けるのはほどほどにして。
「お互いの高校近いし顔くらい知ってても不思議じゃないんじゃない? 言ってくれたらよかったのに」
「白鳥女学院高校に入学する前からの話だったとしても?」
「えっ、そんな前から!?」
それはさすがに驚く。結音なみに異性に興味津々ならもとかく、陽咲はそういう風に見えない。
たしかにその頃はもう東高にいたから、陽咲が高校近辺で俺を見かけててもおかしくない。でも、その頃陽咲は中学生。まだ白女の校舎に出入りできる立場ではなかったはずだ。白女は小学校からエスカレーター制の私立校だが、敷地の関係で小・中等部の校舎は隣町にある。近辺では言わずとも知られる話だ。
「やっぱり驚くよね。あれは、中学卒業を目前にした2月。制服や教科書の注文を行うため両親と共に高校の校舎へ行きました。初めて紡君のことを知ったのはその日でした」
白女の校舎は、陽咲の他にも高等部へ入学する女子達でごった返していた。その日東高の生徒は短縮授業で、下校時間にはたくさんの中学生が白女の校舎から出てきたのが見えた。
それは俺も覚えてる。普段静かな雰囲気のお嬢様校の周辺がガヤガヤしていたし、なりより一緒に帰宅した結音が「あの中に未来の彼女がいたりして! 俺に一目惚れして告白しにきてくれたりとかしないかな〜」など、過剰な恋愛アンテナを張り巡らせていたからである。
それに、あの日は……。
「制服の採寸をし、必要な手続きが終わると両親と共に学校の外へ出たの。そこに、とあるカップルの方がいて。お二人とも東高の制服だった」
覚えてる。そのカップルを俺も見ていた。見ていたというより、帰り際にたまたま目に付いたと言う方が正しいかな。
結音や俺と同じクラスの人達で、学年でもバカップルで通る有名な二人だった。彼らは中学の頃から付き合っていて、高校も二人で合わせて同じ所を選んだと話してた。
中学の失恋経験があってか、俺はそんな二人を幻でも見るような思いで見ていた記憶がある。本当にそんな恋あるのかなって。しかし現にあるのだから、だったら壊れないで大人になっても続いていてほしいなとぼんやり思ってた。二人とは特に接点もなく席も離れてたし、彼氏の方とも体育の時に二言三言話した程度なんだけど。
2月になって二人の仲はギクシャクしていた。バレンタインに彼氏の方が他校の女子にチョコをもらったことが原因だった。
その日も、未来の白女生がたくさん行き交う通学路で、二人は周囲の目もはばからず言い争いをしていた。
「だから告白は断ったって。俺はお前だけだ」
「だったらチョコなんかつき返せばよかったじゃん! ちょっとはいいなーって思ったから受け取ったんじゃないの!? 下心ありすぎ!」
「わざわざ校門前までデカいチョコ持ってやって来た子を追い返すなんてできるかよっ。俺は鬼かっ」
「そういう優しさは相手に期待持たせるだけ。何で分からないの!? 私のために鬼にでも何でもなりなよねっ!」
「告白断るだけでも相手にとってはショックなことなんだから、受け取るくらいいいじゃんよ」
「かーっ! ぜんっぜん分かってないっ。女心を弄んで、やっぱり下心ミエミエ!」
「そんなんじゃないって! 何で信じてくれないんだよっ」
「信じてるけどそれとこれは別! 彼氏が他の女にチョコもらってムカつかない女はいないんだよっ」
どんどんヒートアップしていく。通りかかった東高の上級生が二人を止めようかと相談し始める始末。
「いいなぁ。俺も彼女とかできてあのくらい溺愛されてぇなぁチクショー」
結音は横でノンキなことを言ってる。まあほぼほぼ同感。愛されてるなぁ彼氏は。好きじゃなきゃ彼女もあそこまで怒らないって。まあいつかは仲直りするでしょ。
俺も俺でノンキにその場を通り過ぎようとした。しかし雲行きは怪しい方向にいき、ついには彼女の方が別れの単語を口にする事態となった。
「最近、平行線だよね私達。一緒にいても怒ってばっかり。もう別れた方がお互いのためかも」
「ちょ、なんでそうなるんだよっ」
「他の女にフラフラするからだよ」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
目の前で別れの光景なんか見たくないーー!
「好きだから言い合うんでしょ。冷静になりなよ。勢いで別れたら後悔するって」
気付くと、二人に向けてそんなことを口にしていた。
「あ、ごめん。部外者が口出しして」
「時永……」
二人は借りてきた猫のようにシュンと大人しくなった。急に気恥ずかしくなって、俺はその場を後にした。
まさか、それを中学生バージョンの陽咲に目撃されていたとは。
「あの時の紡君、とてもかっこよかったよ」
戸惑う俺に、陽咲は告げた。
「紡君の名前も住んでいる場所も何も知らなかったけど、あの日ひとつだけ確信したの。紡君は恋を大切にする人なんだって。絶対素敵な人に違いないって」
「だから彼氏のフリを?」
「紡君にだから、ああして勇気を振り絞れたんだと思う」
それもそうだよな。リアル男子を苦手とする女子が、ナンパから助けられたってだけで初対面の男にあんなことを頼めるわけがない。
こちらとしては、友達を超えて恋人になれたのは嬉しい誤算だけど。
「あの時のお二人は、今は……?」
「詳しい経過は知らないけど、翌日には仲直りしてたよ」
彼氏の方がお礼にと購買で一番人気のハムカツ入り焼きそばパンをくれた。
「よかった! とても激しく言い合っていたから心配で気になってた……。紡君のおかげだね」
「そうかな。俺が口出すまでもなく二人はいずれ仲直りしてたと思うよ」
「そうだとしても、紡君の言葉が届いたのもまた本当だと思うよ。私も夢中になると視野が狭くなるから分かるんだけど、人からの冷静な言葉にハッとさせられることってあるから」
「それはあるよね」
「紡君はカップルの救世主だね」
「そんなたいしたものじゃ。ただ、普段から教室で仲良い二人を見てたから目の前でケンカ別れされるのは寝覚め悪そうって思っただけで……」
「やっぱり紡君は優しいね。自分以外の人の幸福や不幸を自分のことのように考えられる。誰にでもできることじゃないよ。すごいね」
陽咲はキラキラと目を輝かせた。尊敬の念をこれでもかというほど放出している。優しいのは陽咲の方なのに、簡単にそうやって俺の心を持っていく。
「それから私は高校生になり、通学時間の範囲で紡君の動向を気にしていたの。花束を持ってどこかへ行く姿も見たことがあるよ。きっと素敵な恋人がいて毎日めくるめく愛の日々に身を投じているに違いない! 想像し、胸をときめかせていたよ毎日」
陽咲の妄想癖がそんなところにも及んでいたとは! 二次元限定じゃないんだな。って、毎日想像してたの!?
「それ、父さんの墓参り用の花だよ。父さんの墓石がある墓地は東高から行くのが一番近いから家族代表で月命日に行ってるの。学校帰りに行けるし」
母さんの職場や姉さん達の大学は反対方向だしミキの中学も地元だ。なので、自然と高校生になってすぐ俺が花担当に割り当てられることになった。
「そうだったんだね。私、あらぬ想像をしてしまって失礼だったね。ごめんなさい」
「そんなことないよ。父さんもそういう話大好きだからかえって喜んでると思う」
もしかしたら側にいるかもしれない父さんを意識して言ってみた。
「陽咲にだけは話すけど、能力が発症したのも消えたのも父さんの想いが影響してたんだよ」
「そうなの……」
たいして驚くでもなく、陽咲はただ穏やかに耳を傾けてくれた。
「俺に大切な女性の気持ちを大事にしてほしかったんだって。父さんの気持ちもありがたいけど、その力があってもなくても陽咲とは知らず知らずのうちに知り合ってたんだよね」
人の縁ってやっぱり不思議だ。それに運命的。好きな子が相手だからこんなことを思いたがるのかもしれないけど。
「卒業まで白女とは無縁だと思ってたけど、陽咲の彼氏役頼まれたり美綾に訓練してもらったり」
「美綾も、口にはしないけど紡君のことをとても信頼してるよ」
たしかに最近は塩対応加減も粗塩からサラサラ塩くらいにはなったと思うけど。
「しかし、美綾にはずっと嫌われてると思ってた。初めからケンカ腰だったし」
陽咲は静かにうなずく。
「不器用なの、美綾は。頼もしいけど一方で寂しがりやな面も持ち合わせていて。それが時に心配で……」
美綾の父親は警視総監、母親は代議士だそうだ。多忙な両親を持つがゆえに、美綾は剣道や空手の師範にかまわれて育った。
この前も大きな車でいかつい男達と現れたのでてっきりヤクザの娘かと思った。ツツイさんと他二人のマフィア顔の男性はみんな刑事。彼ら三人は美綾の父親の後輩で、四人は昔から仲が良いとのこと。
河南さんによる誘拐事件は表沙汰にならなかったが、そうでなくても富裕層家庭の子供を狙う誘拐犯は多い。なので、ツツイさん達は勤務時間外も厚意でたまに陽咲宅の近辺を見回ってくれている。総出で俺達を迎えに来てくれたのもたまたまそういう日だったかららしい。
「美綾には感謝してもしきれないよ。でも、これからは私も一人で立てるね。きっと」
陽咲はそっと手を伸ばし、指先でかすかに俺の服の裾をつまんだ。俺の記憶だと陽咲から接近されたのはこれが初めてだ。遠ざかっていた甘い緊張感が舞い戻ってくる。
陽咲はうつむき気味に頬を染める。
「まだ直接触れるのは自信がなくて。でも触れていないままも寂しいからこうしていたい。いいかな?」
「うん。陽咲のペースでいこ。無理しないでいいから」
失神するほど好きでいてくれるのが嬉しい。ほんの少しもどかしい気もするけど、それすら胸をあたためてくれる。
ゆっくり進んでいこう。俺達のペースで。
「この先、紡君を好きになる人が現れても私は逃げない。正々堂々と戦うよ」
清々しいまでの笑顔。そこにどんな想いが隠れているのか、この先少しずつ教えてほしい。
「大丈夫。陽咲以外、見えないから」
「信じてるよ」
「俺も陽咲を信じてる」
シャツを通して伝わってくる陽咲の指先の温度。片恋関係は終わりを告げ、俺達は新たな関係へと一歩踏み出したのだった。
俺達のことは河南さんに真っ先に報告した。すると、約束通りあっさりアプリの存続が決まった。
予想通り一部ユーザーからは苦情の問い合わせが殺到しているらしいが、お詫びとして課金アイテムを大量に配布するという対応策で一応は乗り切り、ユーザーの反応は多少沈静化した。
陽咲は『恋に迷いしプリンセス』のアプリをアンインストールすることでツムグへの気持ちにケジメをつけた。
陽咲に避けられている期間中にうっかり落とした定期券は、意外な人が届けに来てくれた。終業式の前日のことだ。
「やっぱりアンタのだったか」
「ヒロト君……! どうして?」
「ウチの高校の前に落ちてたんだよ。定期に名前載ってるし。紡って名前、俺の周りにはあんまいなくて珍しいからアンタしか心当たりなかった」
「ありがとう。新しいの買い直そうと思ってたとこだしすごい助かったよ」
定期券を失くしたのは企業見学の日だった。2年は全員参加の課外授業で、クラス毎に割り振って近隣の会社や町工場に出向くものだ。
俺のクラスが行ったのは第一高校のすぐそばにある製菓工場だった。出来立てのポテト系菓子を試食させてもらえてわりと楽しかった。
「そっか、あの時に落としたんだ」
学校から企業へは徒歩移動だった。試食させてもらった工場のことを思い出しつつ陽咲と一緒に体験したかったと思いながら歩いてた。かなりボンヤリしてたし、落としたことにも気付かなかったわけだ。
「お礼に飯くらいおごってよ。先輩」
「いつ後輩になった!? って、一個下だから後輩っちゃ後輩、かな?」
「あざーっす」
チャッカリしてる。でもいっか。こういうのも悪くない。助かったのも事実だしね。
ヒロト君と俺はその足で駅前の焼肉食べ放題の店に行った。ヒロト君の希望だけど俺も焼肉は好きなので楽しめた。
あまりよく知らないヒロト君と何をしゃべればいいのか最初は分からなかったけど、適当に話題を振ると向こうからもポンポン言葉が返ってきて、だんだん普通の友達といるみたいに楽しい時間になっていく。
陽咲のことを報告すると喜んでくれ、彼も自分の彼女の話をしてくれた。
「でさ、彼女の親友に告白されたんだよ。俺は彼女だけ好きって言って断った。でも彼女は今もずっと不満そうで。俺、何か間違ったかな?」
「ヒロト君は何も悪くないけど、彼女が不安になるのも当たり前というか。親友って言うくらいその子の良さとかも知ってるんだろうし、なおさら」
「それもそうだな。紡の言う通りかも。もっと彼女を不安にさせないよう頑張るわ」
いつしか恋愛トークに没頭。気心知れた友達みたいにヒロト君から呼び捨てにされている。俺も呼び捨てにしようかなと、タイミングを見計らう。
彼女とは長い付き合いらしいけど、それはそれでヒロト君も大変そうだ。
ボーイズトークを存分に楽しみ、帰りの時間を迎える。
「ごちでした。また遊ぼ。ああ、安心して。今度は割り勘にするから」
「当たり前だっ。毎回おごってたら破産するっ」
ツッコミつつ、ヒロト君と駅前で別れた。
幽霊になった父さんと話してから、女の子の心を読む能力は本当に消えた。それでもまだ能力を使えた時の感覚は体が覚えているので、それがなくなると落ち着かなかった。
終業式の日、美綾の自宅でパーティーが行われた。俺は別にいいと言ったのだが、やはり親友として陽咲の恋成就を祝わずにはいられないらしい。
「ひっろいなー」
美綾宅に来て第一声。外観より広く感じる和風家屋は築年数が古いわりに内装は綺麗で、そしてただただ広かった。一角には洋式のパーティールームがあり、昔ながらの日本家屋とは一見ミスマッチなのにしっくりきた。建築家の技術の賜物か。
陽咲の家が洋館だとしたらこっちは和の庭園。数人の庭師が広すぎる庭の手入れをしていた。定期的に呼んでいるんだろう。
「上がりなよ。一応アンタの席もあるから」
顔を合わせた瞬間、美綾は俺にだけそっけなくそう言い、
「陽咲、マカロン好きでしょ? 他にも色々用意させたから今日はたっくさん食べていきなよね」
陽咲には優しい親友の顔でパーティールームへ付き添った。もう慣れたけど、これ一応俺も祝われる側だよな? 軽く自信なくすぞ。
「わあ……!」
案内されると陽咲は感激に目を潤ませた。デザインティックに並べられた料理やスイーツに驚いたが、それだけではない。
パーティールームにいたのは、陽咲の白女友達だけではなかった。ヒロト君やツツイさんら刑事一同、そして、結音やチエちゃんも来てくれていた。ミキまでいる。
お互いの両親がいないだけで、これじゃまるで結婚式だ。嬉しいし恥ずかしいし嫌ではないけどくすぐったいしで、気持ちが忙しくなる。
「おめでとな。紡」
「結音、どうしてここに?」
「陽咲ちゃんがチエにメールくれたんだよ。それで」
「なるほど」
陽咲、チエちゃんともうそこまで仲良くなってたんだな。
「陽咲ちゃんち外出とか厳しかったけど最近は緩くなったじゃん。それでチエからも遊びに誘いやすくなったんだって」
「なるほど」
陽咲の口からはチエちゃんの話を聞いたことがない。こうして結音から聞かされてなかったら知らないままだったかも。
そういうことが俺達の間にはたくさんあるんだと思う。知ってそうで知らなかったこと。ささいな情報だけどとても興味深いこと。
これから時間をかけてお互いのことを知っていきたい。
美綾と談笑している陽咲を見て思った。
陽咲に初めて避けられた時に思い知った。
知り合ってから数ヶ月、俺はいつしか自分でも気付かないうちに陽咲の優しさに慣れてしまった。だから避けられてる理由に気付けなかった。
《慣れてしまわないように、いつもそばにいて俺を好きでいてよ》
結音から離れ、一人窓際でメールを送った。陽咲がこれを読むのはいつになるだろう。
さりげなく陽咲の様子を見ていると、ポケットに入れたスマホを取り出した。マナーモードの振動に気付いたのかもしれない。
メールを読んでいるのだろう。陽咲はじょじょに目を見開き、キョロキョロと辺りを見渡した。俺の顔を見つけ視線を止める。話し途中の美綾に小さく謝り、こちらへ小走りしてきた。頬がうっすら赤かった。
「紡君のこと、これからも大切にする。約束するよっ!」
口早に言うと、陽咲は右手の小指を俺の目前に差し出した。
「指切りげんまんしよう。針を千本飲むのは無理だけどポッキーなら千本食べられると思うから」
本当に針を千本飲む自分を想像しているのか、それともポッキーを千本食べることを想像し胸焼けしたのか、陽咲は青い顔で苦笑いし小指を震わせていた。必死な様子がおかしくてそれ以上に愛しくて。俺はつい笑ってしまった。
「今度はポッキーの印象自分で悪くしてるよ」
いつか陽咲が話した男女でやるポッキーゲームのことを思い出す。
「紡君への気持ちが揺るぎないものだと証明したくて、それでっ」
「分かってるよ」
俺は小指を差し出し、陽咲のそれに絡めた。
「指切りげんまん。ウソついたらポッキー千本のーます。指切った!」
離すのが惜しいと思いつつ、陽咲の指先をそっと解放した。
「何となく針の代用品になるかと思ってポッキーと申し出たけど、罰にしては甘かったかな? やっぱりこういうのは紡君に決めてもらった方がよかったのかも……」
「ポッキー千本は普通にキツいでしょ。当分チョコ系に拒否反応出るんじゃ」
もちろんやったことはないが。
「そ、それもそうだよね。でも、そんな罰を受ける日は来ないよ」
陽咲は凛としていた。
「だって、ポッキーは紡君と一緒に食べておいしさを分かち合いたいから」
「陽咲……」
優しく笑う。その笑顔が俺に向けられているものだと知り、とろけるような気持ちに沈んでいく。
夢みたいだ。だけど夢じゃない。
いつもはどこか人の視線を気にしていたけど、今は全く気にならない。陽咲の存在だけが全ての感覚に刻まれる。
「それ、ポッキー食べながらキスしていいって意味に取っていいの?」
「え!?」
そんなつもりはなかったらしい。陽咲は慌てて言葉を継いだ。
「私はただ、おいしいお菓子を食べる時にはいつも紡君がそばにいてくれたらいいなと思ったの。それだけでっ。別にそういうことは全く考えてなくてっ……」
「そうなんだ。少しも?」
距離を詰めて陽咲の顔を見つめてみる。陽咲の顔はこれ以上ないってくらいに赤かった。
「ごめんなさい、ウソをつきましたっ。本当は、少しだけ、ほんの少しだけ、顕微鏡で見ても分からないくらい小さく、気持ちの片隅に、紡君とそういうことをする未来を期待する自分がいるよ。今はまだ心の準備が整ってなくてこのセリフが精一杯なんだけどっ」
いじめすぎたかな。
「分かったよ。気長に待つから」
陽咲の頭を柔らかく撫でた。これで少しは安心してほしい。
「うん。待っててね」
恥ずかしそうに視線を泳がせ、陽咲は甘えるように俺に寄り添った。かすかに感じる彼女のぬくもり。甘い匂い。きっと俺の熱も陽咲に伝わっているんだろうな。
押したり引いたりしながら、これからも陽咲と楽しく過ごしていける。それは確信のように俺に幸せをもたらしてくれた。
《完》
全ての読者様へ。貴重なお時間を割いて最後まで閲覧して下さり本当にありがとうございました。更新が大幅に遅くなったにも関わらず更新をお待ち頂けたこと、深く感謝しています。
本作は最初、某女性向け小説のコンテストに応募する予定で書きましたが、結局応募はできませんでした。描き始めてすぐの頃、改めて応募規定を読み直してみたら女性目線の物語であることが条件とあり……。紡目線で書き始めて数日目のことでした。今さら主人公を変えられない。陽咲目線も書いてみたかったけど、それをしたら作品の雰囲気が変わってしまうような気がしてやはり変更できず、こういった形で完結するに至りました。
そういうこともあり、紡の心境を書きながら時々陽咲の目線に立ってみることもあったのですが、状況が同じでも立場によって見え方がこんなにも違うのだなと再発見しました。
ラブコメ自体も初挑戦だったので色んな意味でドキドキしっぱなしの創作期間でした。更新中はとても新鮮な気持ちで、かつ新しい世界を切り開いていくような心持ちでした。
恋愛は時に切ないけれど楽しさや幸せもある。本作のテーマでした。笑って落ち込んでまた笑って。読者様に少しでも幸せな何かがお届けできていたら本望です。
最後まで更新を待って下さり本当にありがとうございました。閲覧、ブクマ、アクセス数、全て原動力になりました。またひとつ作品を完結させることができてとても嬉しいです。感謝を込めて。
2017年2月10日(金)
蒼崎 恵生




