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1 聞こえる声

 こちらはファンタジー要素ありの恋愛小説になります。完結作です。


 作品を目に留めてくださり本当にありがとうございます。


 人の心が読めたら楽だろうな。


 誰もが一度は願うことだろう。もし全人類がそんな能力に目覚めたら世の中から争い事が減って平和になるに違いない。子供の頃は何の疑いもなくそう思ってた。


 でも、実際そうできるようになったらどうだろう? 喜んでいられるだろうか? 答えは『否』。



 最初は信じられなかった。でも、たしかに俺には人の心の声を感じ取る能力がある。その力を〝発症〟したのは小5の頃だった。その時のことは高校生になった今でもはっきり覚えている。


 あれは、ガンで亡くなった父さんの通夜が行われている最中のことだった。身内のすすり泣く声だけが響く痛いくらい静かな静寂の中で、頭の中に突然母さんの叫び声が聞こえてきた。


『先にくなんて、なんて勝手な人なの! 私を置いて行かないで!!』


 何が起きた!?


 父さんを亡くした悲しみは一時的に吹き飛び、自分の身に起きたことを一生懸命理解しようとした。隣の母さんを見ると、お経を聞きながら静かにうつむいていた。


 そうだよな。こんな状況下。大声で叫ぶ人なんているわけない。ここのところ、長期入院していた父さんの見舞いも兼ねて家族で病院に泊まり込むことも多くゆっくり寝れない日が続いていたから幻聴でも聞いたのかもしれない。


 その時はそう思い忘れようとしたけど、それ以降、意図せず周りにいる人の心の声を聞いてしまうようになった。それも、相手は女性限定。


 そして、とても強力な想いであればあるほど正確に生々しく伝わってくる。弱い想いはあまり届いてこないらしい。同性の声は今のところ聞いたことがないから、この力が働くのは女性に対してだけなんだと思う。


 中学の頃、両想いなのが分かって付き合った同じ学校の天音あまね。高校生になる前に彼女と別れることにしたのも、この変な力があったからだ。


 天音とは高校で進路が別れることになった。それでも彼女のことが好きだったし学校が別になっても好きでい続ける自信があった。でも彼女の方は違った。


『高校入ったらつむぐと続ける自信ないや。今みたいにしょっちゅうは会えないだろうし、ただでさえ紡は冷静で何考えてるか分からないとこあるし……。同じ学校で好きな人作ったら紡とはテキトーに別れよっと』


 中学の卒業式を目前にした映画デートの後、笑顔で話しながらそんなことを思っている彼女に背筋が冷えた。


 いつか傷つけ合って別れるくらいならこっちから先に別れを告げた方が相手のためにも自分のためにもいい。そう思いサヨナラした。天音は泣いていた。




「ホントに声かけるの?」


「長めの黒髪で清楚系。今まで付き合ったことないタイプではあるけど、なんてったって白女しらじょ一カワイイってウワサだ。一度くらいしゃべってみたいだろ! あわよくば付き合いてえ! お前もそう思うだろ?」


「俺は別に……。そんな男の理想を描いたような女子現実にいるわけないって。いたとしても百二十パーセント相手にされないって」


「何言ってんだよ、ここまで来といて!」


 東高校に入って早一年。同じクラスの結音ゆいとに言われるがまま白鳥女学院高校の校門前にやってきた。


 さすが私立のお嬢様校。俺達の通う公立高校とは校舎の感じからして違う。下校のためぞろぞろと外に出てくる生徒達の放つ雰囲気も、なんて言うんだろ、安直な言い方になるけど金持ち感ハンパない。


 先週彼女と別れたばかりの結音は、早くも女の子との出会いを求め積極的に動いていた。見るからに軽いけど友達としていいヤツだ。


 でも、結音のことを知る東高の女子達は彼を敬遠し、同情により誰もが友達止まりである。誰とでも気軽に仲良くなれる結音は友達としてはノリが良くて楽しいらしいが、恋愛対象として審査すると手厳しい評価を受けるようだ。


 それもそうだよな。誰だって恋したらずっとその相手と一緒にいたい。浮ついた人とは安心して付き合えない。結音を敬遠する女子の気持ちも分かる。


 中学での失恋以来、恋や女の子に対してどうも二の足を踏んでしまう俺なんかは、結音の積極性が少しうらやましくもある。過去なんて引きずらないでどんどん前に進んでいく。時々こうして巻き込まれてウンザリもするけど、一緒にいて楽しい友達であることに違いなかった。


 四月。新学期が始まって早々の放課後、結音がこうして俺を引っぱって白鳥女学院高校へやって来たのは、今学校でもウワサのカワイイと評判の女の子に声をかけるためだった。


「でも、待ってても誰か分からないよ。その子の名前とか知らないしさ。部活とかやってたらもっと待たないといけない」


 早く帰りたい。でも、結音はそれを許してくれそうにない。ここへ来たのは自分の出会いのためでもあるが、残り半分は恋愛経験の浅い俺に特定の女の子を近づけるためらしい。余計なお世話だ。


「お前さ、人生の大部分損してるぞ。何が悲しくて独り身貫いてんの? 女の子と遊んだりしたいって思わないわけ?」


「思わない。そういうのは結音だけやってればいいじゃん」


「お前、天音あまねと別れてから変わったな」


「天音は関係ないだろ」


「ある。あれからおかしいもん、お前。元からクールなヤツではあったけどさ、天音の件以来冷たさに拍車がかかったっつーか」


 こういう時、中学からの同級生ってのは厄介だなと思う。こっちが忘れたいことも簡単に思い出させてくるから。


 気まずい沈黙を、白鳥女学院高校の校門を見つめるフリをすることで無視した。



 できるものならもう一度あの頃みたいに恋してみたい。でも、分かる。女の子の心を読んでしまう自分はもうあの頃みたいな心には戻れないって……。


 今でも時々思い出すし夢に見る。天音と遊んだ時のこと。一緒に勉強した図書館の匂い。交わした会話。つないだ手のあたたかさ。同時に見上げた夕空。優しい声ーー。



「出てきた! あの子っぽい! 黒髪の清楚系!」


 興奮気味にバシバシ肩を叩いてくる結音のおかげで、回想は途切れた。


 白鳥女学院高校の校門から、他の子とは明らかに違うオーラを放った一人の女の子が出てきた。あれが俗に言うカリスマ性?


 黒くて綺麗な長い髪。白い肌。桜色の頬。凛とした顔立ち。おとなしそうな顔に反して堂々とした佇まい。他の子と同じ白いブレザー、紺色ベースのチェックスカート、青いリボン。なのに、その子の着ている制服だけ有名デザイナーの手がけた高級ブランドファッションに見えた。大げさな表現だけど、それだけでは伝え足りないほど圧倒的な存在感を放っていた。


 間違いない。結音が探していたのはあの子だ。


 無意識のうちにぼんやり見てしまう俺の腕を強引に引っ掴み、結音は彼女の前に飛び出した。


「あの、俺、工藤くどう結音です。君のこと待ってました。こっちは同じ学校の友達」


「え……?」


 突然他校の男子生徒に話しかけられ驚いたのだろう。彼女は目をパチパチとしばたかせ、結音から距離を取るみたくかすかにのけぞった。


「あの、待ってたとはどのような用件で……?」


 イメージに違わぬ話し方だ。お嬢様っぽい。それに、幼さが残るもののしっかり者っぽい口調だ。


 じゃっかん引いているであろう彼女。俺は黙って双方のやり取りを見ていた。


「君と付き合いたいなと思って。ダメかな!?」


 軽!! いきなり本題!? たしかに用件はってかれたけどもっと考えろよ!


 ツッコミたいのを必死に我慢した。彼女の様子をうかがうと同時に、あの能力が発動した。彼女の心の声がダイレクトに脳を揺り動かした。


『付き合いたいって、お出かけに同行するという意味ではなく、この場合男女交際の申し込みを意味しているんだよね? そうだとしたら絶対ダメ!! この人一生懸命頭下げてくれてるけど、私にその気はないの。だから断らなきゃ! ツムグが家で待ってる……!』


 はい!? 家で待ってるって、ええ!? 高校生なのに男と同棲してるってこと? それとも血のつながらない兄弟がいるっていうパターン? っていうかこの子の彼氏ツムグって。俺と同じ名前? 何か複雑だな……。


 彼女に向かって頭を下げる結音。困ったように視線をさまよわせる彼女。不本意ながら彼女の心の声を聞いてしまう俺。


 彼女の声はさらに続いた。


『でも、断るっていってもどうしたらいいの!? せっかくここまで足を運んでくれたのに即座に断ったらさすがに傷つけてしまうよね。男の人は女性よりプライドが高く繊細だというし……。嫌な気持ちにさせず丁寧に断るにはどうしたらいいのかな』


 見た目のクールさに反してめっちゃ考え込んでる! なんていい子なんだっ……。


 女の子の心を読めるようになって以来、こんなに柔らかい気持ちになれたのは初めてかもしれない。


 言葉を探している彼女に代わり、言った。


「彼女には好きな人がいる。諦めなよ」


「何でそんなこと紡に分かるんだよっ」


「何となく。彼女見てたらそんな気がした」


 俺の言葉に納得できないらしい。結音は彼女に確かめた。


「そんなぁ。そうなの!?」


「は、はい……。ごめんなさい。私には大切な人がいるんです」


「そっか。それならしょーがないか。……いきなりゴメンね〜」


「いえ、こちらこそすみません。わざわざ出向いてもらったというのに」


「気にしないで〜。大丈夫だから」


 あからさまに肩を落としつつも、普段通りの元気なキャラで結音はその場を去るべくのっそり歩き出した。よほどこの出会いに賭けてたんだな。南無。


 結音には悪いけど、困っている彼女がホッと胸をなでおろす様を見てこれでよかったと思った。


 軽く頭を下げ結音の後を追いかけようとすると、彼女の指先が俺の着ている濃紺ブレザーの裾を軽くつまんだ。


「すいません、言いにくいことを言わせてしまいました。本当にありがとうございました」


 心の中と同じで、話す言葉にも健気さがにじみ出ている。久しぶりに女の子と目を合わせた。汚いものを一切映したことのなさそうな綺麗で純粋な目。


「ううん、こっちこそ急に押しかけてナンパみたいなことしてごめんね。って、ナンパみたいじゃなくどう見てもナンパだな。悪かったね。それじゃあ」


「あの……。私に好きな人がいること、どうして分かったんですか?」


「何となくだよ。女系家庭だからかな?」


 深く突っ込まれた時のため、あらかじめ用意しておいたセリフ。能力のことは誰にも言う気はないしこの言い訳もウソではない。父さんが亡くなって以来、ウチは母に姉二人、妹一人、と、女性率の高い家庭になった。


「そうなんですね。助かりました。本当にありがとうございました」


 彼女はほっこり微笑んだ。笑うとさらにカワイイな。結音がここまで押しかけた気持ちが今になって少し分かった。でも、結音に対しては引き気味だったのにそんな笑顔を向けてくれるなんて照れくさいし変な感じがする。それに初対面の男に向ける視線にしては好意的過ぎる気がした。


「私は伊集院いじゅういん陽咲ひさきといいます。今年高校生になりました。その制服、すぐそこの東高校のものですよね。あなたのお名前も教えてもらえますか?」


 名前もイメージを裏切らないな。


「うん、東高の二年。時永ときながつむぐだよ。結音とは中学からの付き合いなんだ」


「そうだったんですね、紡さんはそれでここへ……」


「『さん』いらない。慣れないし」


「でも、紡さんの方が年上ですし……」


 彼氏のツムグと比較してるんだろうか。彼女はジッと俺を見つめたまま何か深く考え込んでいる。そんなに見られると恥ずかしい。それに、こうしてる間に結音はどんどん駅の方に行ってしまう。俺達は電車通学してる身だ。


「そろそろ行くね、結音追いかけないと」


「あの、紡さん、じゃなくて、えっと、紡君は素敵ですねっ……!」


「えっ!?」


 突然何だ? どういう口説き文句だよ。っていうか彼氏いるんだよな??


「いえ、あの、素敵なのは声というか! えっと……。ごめんなさい、要領を得なくてっ」


 モジモジと下を向き、伊集院さんは焦るように言葉を探していた。


「さっき、フォローしてくれた時の紡君は素敵でした。その時の声がとても、あの……。私の好きな人に似ていたのでビックリしたんです。すみません……」


 よっぽど好きなんだな、ツムグのこと。なんかちょっと妬けるけど、一途な女の子は何より可愛い。伊集院さんの恋を見守りたいと思った。


「ありがとね。そんなこと初めて言われた。好きな人と仲良くね」


「はい。ありがとうございます。私のことも名前で呼んでもらっていいですからっ」


「分かった。今後会うことがあればね」


「あの……!」


 何かを言おうとしたものの遠慮したのか、彼女は思いつめた表情を一瞬だけ見せすぐに元の笑顔に戻った。


「紡君、帰り道気をつけて下さいね」


「そっちはまだ帰らないの?」


「当番で残ってる友達を待つ約束なので」


「そっか。じゃあね」


 手を振り、小走りで結音に追いついた。


「お前、あの子と何しゃべってたんだよっ。話しかけた俺より長くしゃべってなかった?」


「別に、これといって何も」


「ああいう子には紡みたいな草食系の方がウケるんかなー。あーあ。掃除当番サボってまで待機したのにガッカリだ」


 彼女に玉砕した結音は一人いじけていた。適当になだめつつ、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。ツムグの存在を忘れたわけじゃないけど。



 陽咲ちゃん。


 心の中で呼んでみた。


 なんか恥ずかしくて死にそうになった。誰かに聞かれているわけでもないのに。



 その後電車に乗り自宅の最寄駅を出て結音とバイバイした。家に帰って風呂に入った後も彼女の声がまだ耳の中に残っていた。すごく心地いい。なんだろう、コレ。 



 この能力のせいで知らず知らず女の子の気持ちを読めてしまうことが嫌だったしこわかった。密かなコンプレックスでもあった。


 それが、今日初めて人のためになった。単なる自己満足だけど、困っていた彼女の役に立てたのならこの変な能力も捨てたものじゃないかもしれない。


 ウチの高校と白鳥女学院高校は徒歩五分の距離にある。そのうちまた会えるかもしれない。会えるかな。もしもの時のために連絡先交換しておけばよかった。


 帰り際、結音が言っていたセリフを思い出した。


「可愛いけど彼氏いるんじゃ頑張るだけムダ! 次行くぞ、次!」


 賢明な判断だ。彼女には一緒に住むほど仲の良い彼氏がいるんだし。


 片想いへの第一歩を踏み出していることに、この時の俺はまだ気付いてなかった。


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