ライブまであと三日。
先輩は「貴女の声はとても綺麗なのだから」と、私にそう言い残して学校を去っていった。
ライブまで三日前。
「んで、なんでアンタたちが居るのよ」
軽音部の部室はサーフィン部にほぼ占領されていた。
軽音部員は私一人で、サーフィン部員は四人。圧倒的だ。
「今日は波が無いんだよねぇ、こういう時はココでのんびりするのがいっちばん~」
サーフィン部では結構いい線いってる行方ちゃんが部室のソファでぐだぁっとしている。どろどろだ。
「波がなくても自分たちの部室があるじゃないの、はぁ、早く帰ってくれない?」
「クーラーがあるのは軽音部だけなんよ、ウチんとこ部室と言いながら倉庫だってば、アレ」
行方ちゃんの彼氏が口を開く。
いや、彼氏じゃないと思うけど、なんか仲がいいからそう見える。
名前はわからない。
行方ちゃんと彼氏くん以外のあと二人はもう爆睡していて話の輪には入ってこないようだ。
良いことだ、面倒くさい話を更に大人数でされてはたまらない。
「クーラーは先生から許可を取らないと使っちゃいけないんだってば!」
18℃設定で絶賛稼働中なんですけどね。
「委員長はお固いねェ」
「うっさいハゲ、メガネかけてるからって委員長なのはアニメの中だけだぞコラ!」
「ハゲじゃねえ!オヤジはハゲてきたけど!」
はー、もういいわ。
なんかもう何もかもがダルい。
考える事がダルい。
ダルいダルいダルい。
なんかもう「ダルい」っていう三文字を思い浮かべるのもダルい。
数字のゼロになりたい。
「ねー、三日後のライブ出るの?」
「出ない」
「えー、楽しみにしてたのに」
行方ちゃんがソファで逆立ちしながら話しかけてきた。
何故に逆立ちなのか。
考えるの面倒くさい。彼女にはそんな理屈は通じない気がする。
「あー、やっぱり新藤先輩がいなくなったから?」
「そんなんじゃないよ」
そんなとこだけど。
新藤先輩というのは私の先輩で軽音部の部長だった人だ、家の都合で東京まで引っ越してしまった。
そこから軽音部は私一人のソロ部活動になった。
「まぁ、言わなくてもわかるよ、なんとなく。アンタと先輩のライブは凄く格好良かったし、わたしもテンション上がったしね」
行方ちゃんはポケットからチュッパチャップスを取り出すと私の口に突っ込んだ。
「…はひ?」
喋れない。
「まぁ、元気だしなよ、アンタ一人でも軽音部は軽音部だし、良い歌声だと思うよ、うん」
「はたひ、にゃぁせんはいはいはいほだへはほ…ほふほふ…」
「何言ってるかわからん」
行方ちゃんがチュッパチャップスを口に入れたからでしょ。
チュッパチャップスを手に持って、さっきの言葉を言う。
「私、先輩が居ないとだめなのよ」
「あ、百合ね」
「ちがうわい」
「出るか出ないかは、個人の自由だと思うし、出ることを強制するのも私の主義に反するし、まぁ自由にしなよ」
彼女は「わたしは楽しみにしてるけどね」と続けた。
「歌は歌いたいよ?」
「そうなの?」
「うん、でもね私が歌うってのは先輩のギターがあってこそなの」
私の担当はヴォーカルだったし、ギターもそんなに弾けるわけではない。
だから私だけではだめ。
「ふぅん、なんだかよくわからないけどそんなものなのか」
「行方ちゃん、この話は何も進展しないと思うし、私もういいからさ、やめにしよう」
「そっか、やめるか~」
私があまり乗り気じゃないのを察すると行方ちゃんはさっきのどろどろのテンションに戻った。
その後、三時間サーフィン部は居座った。
「まったく散らかし放題で帰っていくし、私が得したのってチュッパチャップス一本ぐらいじゃん」
そんな事を口に出して片付ける。
片付けをしてると一枚の写真がソファの下からはらりと顔を出した。
「これって…」
去年の文化祭でやったライブだった。
私も先輩も凄く生き生きしてるようにみえる、今の死んだ魚のような私なんかとは違う。
観客もいっぱい、まさに天国が写っている。
「はぁ、こんなこともあったのね」
この写真をとってくれたのは行方ちゃんだったけな、懐かしい。
「もう一度、あの風景を蘇らせることができるかな」
少なくとも行方ちゃんは来てくれるらしい。
ほかのサーフィン部の面子も来てくれるかな、来てくれたらたまらなく嬉しいだろう。
「決めるのは今だ」
誰かが言った気がした。
「よっし…やるか…」
呟いた。
こんなんじゃダメ。
「よっしャ!いっちょやってやるか!」
いやいやもっと大きな声で。
「いくぞお!待っててみんな!」
静かな部室に響く。
「くすくす…」
「へ?」
行方ちゃんがいた。
「待ってるよ、光ちゃん」
「…は、はずかしい」
先輩に教えて貰った下手くそなそれを弾く時が来た。