表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 蓮見麻衣
3/4

2.海の記憶

         Yへ




 あの後曇っちゃったね。残念。せっかく、朝は綺麗だったのにね。

 そういえば今日、今まで話したことなかった先輩に話しかけられたんだ。なにかと思ったら、『田辺君の従姉ってもしかして優ちゃんのこと?』だってさ。

 有名なんだねえ、田辺君(笑)

 名字違うのに良く分かったな、って思ったら……あの先輩に私の話、したんだって?

 なんかちょっと複雑そうだったから、気になったんだけど。まぁ話したくないなら聞かないよ。ヨーコ先輩だったかな。名字は知らない。


 ……手紙って困るね。毎日会う人と、なんてさ。

 だって手紙って、普通遠くの人とするものじゃない? 姿の見えない人と。

 代わりに文字で会うんだよ。文字で、話すわけでしょ。こうやって手紙書くのって、なにか意味があるのかなあ……って考えると、メールって不思議だよね。毎日毎日会ってる人とメールしたって飽きない。どうしてなんだろう?

 あ、結構書けた。こんな風に質問しちゃったりとかしてもいい?

 まだ居候を始めて1ヶ月。この家のこと分かってきたつもりだけど、まだ分からないところもあるから。


 夜も遅いのでこの辺にします。おやすみー。



                                      Uより

 

                               P.S. Yの字は読みやすいよ。私より「楷書」って感じがするな。















         Uへ



 もう寝るのかよ。早すぎだろ。まあいいけどさ。

 陽子先輩に会った? じゃあまさかバド部見に行った? 吹奏楽部入るって言ってなかったっけ?

 陽子先輩とはちょっと色々あって。相談に乗ってもらったんだ、中学の頃に。ほら、今はやってないけど、前はバド部だっただろ。その時にさ。なんの話したかっていうのは……ちょっと。まぁもちろん優も出てきたんだけど、あんまり関係ないから気にしないで。まじで。

 

 何メートルか先に、お前の部屋がある。

 顔見て話せばいいだけの話なんだけどな。こっちの方がよほど面倒だし、紙だって勿体ないし。お前の使ってる便箋、高いんじゃないの? 俺のはそこら辺の文房具屋で買った安物だけどさ。……うん、やっぱ照れるな。これ。


 メールはもっと気楽じゃん? ちょっとした用事でもOKって感じがしてさ。手紙ってなんか大事なもののような気がするだろ。それなのに、どうしてこんな下らない事、手紙でやりとりしてるんだろう。


 じゃあ、そろそろ寝る。おやすみ。


                                      Yより



                               P.S. Uの字は女らしいよ、まるっこくてさ。俺には書けない。

















 翌日優は、朝起きて僕を見るなり輝くような笑顔になった。

「気色悪いな。どうした?」

「ひっどー。せっかく、今日すごく機嫌いいのに」

 彼女の唇に白いヨーグルトが吸い込まれていく。

「……お前の朝の習慣に俺を付き合わせるなよ」

 僕がいつものように夜明けを横目にぐったりとしていると、優はまた、空を見つめていた。その真剣な瞳に僕は映っていない。彼女の目に映らないのなら、ここにいる必要はないのに。

 夜が明けると、彼女は僕に向き直って「ごちそうさま」と言った。

 なんとなく、別の言葉を囁かれた気がした。……本当は、何と言ったんだろう。






  

∽∽∽※∽∽∽

 



 

 


 ――――黒に近い群青色をした海が見える。

 

 白いワンピースを着た細い女が、船の先に立っている。

 僕はその人に近付いて、ユウ、と呟いた。ユウ。ユウ? 誰の名前だっただろう。「ユウ」という名前はあまりにも近しい名前で、近いのに遠いような、奇妙な感じがする。どうして僕はこの女性を「ユウ」と呼ぶのだろう。

 波が揺れて、彼女が振り向いた。

 風が強い。彼女の前髪がぶわりと強引に巻き上げられ、僕は冷たい風に煽られながら必死で目を開いた。


 「ユウ」


 どちらの声だったのだろう。

 僕の声だったのか、彼女の声だったのか。

 

 「優!」

 

 これは僕の声だ。

 叫ぶと、彼女は目を伏せて微笑んだ。彼女は今いくつで、僕は今いくつで、何をしているんだろう? ここはどこなんだろう?  僕と彼女は従姉弟で、僕は――――。

 ……ダメだ。記憶がそこまでしかない。

 同じ屋根の下で暮らしたあの頃のことなら、いくらでも覚えているのに。

 二人で夜明けを見たあの日々。二人で手紙をやり取りした日々。


 初めて彼女と手を繋いだ日はいつだったろう?

 きっと二人とも何も知らない、ずっとずっと子どものときのことだ。

 

 やわらかい手。細い指先。

 彼女の香りの残るあの家を、僕はもう訪れることができない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ