0.手紙
――――――― Uへ
元気ですか。ってさ、そんなこと言わなくたって分かるよな。隣にいるんだから。
でも僕は(手紙でオレっていうと馬鹿っぽいから僕っていうよ)、こんな風にポストが出来て良かったと思ってるよ。
そうじゃなきゃさ、こんなに正直じゃないよ。まあそれは、そっちも良く分かってることだよね。
何にも書くことないけど、これからはメールじゃなくて手紙にしよう。消せないようにさ。
メールは残らないから嫌だし。僕は字汚いけど、手紙の方が良いと思ってる。
馬鹿みたいだよな。こうやって馬鹿みたいなところが手紙って良いのかもしれない。
見直しもしてないから、漢字とか間違ってるかもしれないけど気にしないで。
凄い右下がりになった。クセだな……
じゃあ、また後で会おう。返事はいつでも良いよ。
ただし、いつも喋ってる時に手紙の話題出すのはやめよう。
Yより
Yへ
元気だよ。それって凄く良いことだと思うけど。
それにしても「U」ってシャレだよね。ダジャレ。優って書けばいいのに。
随分丁寧だね? なんかあったの?
いや、手紙ってこんなものかな。私はいつもの私通り、だと思ってるけれど。
……ほんと、書くことないね。改めて書くと。あえて書くならやっぱりポストのことかな?
部屋のドアにポストがついてるなんて不思議な家だよね。でも楽しいよね、こういうの。遊び心があるっていうか。
リフォームした時つけたんでしょ? 面白い人だね、デザインした人。
私がここにいるのって、多分高校卒業までだけど(大学になったら1人暮らしするから)、よろしく。不束者ですが……っていうんだっけ。
居候させてもらったこと、本当に感謝してるよ。ありがとう。……これは叔母さんに言うべきかな。
じゃあまた明日ね。きっともう寝てると思うけど、今からポストに入れに行きます。
Uより
――――――――コトリ。
真夜中、ドアの外のポストに何かが入れられた。
遠くなっていく足音と、カチャリと遠くでドアの閉まる音が消えるまで、僕は息を潜めて必死に寝たふりをした。音が消えた後、裸足で感じた床の冷たさは驚くほどだった。一瞬全身が震え、焦る気持ちを懸命に抑えながら、手紙を回収して、ベッドへ戻る。うつ伏せになって、慎重に手紙を開く。
……ああ、優の字だ。
懐かしさに似たものが込み上げて止まらない。
封筒にも入っていない、一枚の手紙。それがどれだけ貴重で温かくて優しいものであるか。知っている。
僕の書いた汚い文字を、真夜中、優があの部屋の中で読んでいたのだと思うと、胸が高鳴る。細く丸い字で書かれた優の手紙は、今僕の手の中にあるのだ。彼女の筆跡にはくせがあった。僕は彼女の文字を間違えることは決してない。小さく丁寧に書かれた一文字一文字を人差し指でなぞりながら、あるいは見慣れたその文字を彼女自身のように愛しく思いながら、笑い、泣き、怒った彼女の表情を思い出す。
唐突に、何年か前に家族で行った、山の中のペンションを思い出した。
部屋の木目や、たくさんの虫、冷たい川。
箱の中から、鳥一匹も飛ばない水色の空を見ていた僕は、あの日初めて空そのものを見ている気がしていた。
彼女は僕にとって初めて感じた「女性」だったように思う。
優は僕の従姉だった。
誕生日から言うと僕が年下になる。しかし歳も学年も同じだった。
恋はあのとき優がいたときにだけ感じた。
だから、今はただ――――あの日の優の声が聞きたい。
はじめまして。蓮見麻衣と申します。これが私がこの名前で連載させて頂く初めての作品です。
諸事情で、一度生まれ変わりました。
これからもよろしくお願い致します。
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