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紺色のスカートをはいて、同じく紺色のブレザーを羽織る。
真っ赤なネクタイをつけ、メイドに腰まである黒髪を少しばかり複雑に編み込んでもらってから、私は玄関にある車の後部座席に乗り込んだ。
そこにはスーツ姿のお父様が。そして運転席には宮本さんが座っている。
「芽衣香、とっても可愛いよ!!」
「芽衣香お嬢様、とても似合っております」
「ありがとう、二人とも。それじゃあ宮本さん、出して下さい」
改築工事が済んでまだ一年の白亜の校舎を見上げ、思わずほうとため息をつく。
「やっと、これましたわ……」
普通の、公立中学校に。
じゃんけんの結果、私は六花第二中学に行ける事になった。
私が勝った後、散々隼人とお父様は文句を言いに来たけれど全て無視。宮本さんと協力して、制服を買いに行き説明会にも参加し、とうとうお父様も折れてこの学校に入学する事が出来た。
ただ一つ、私にとってはイレギュラーな事が起こったが。
校門まで歩いて行くと、一カ所だけ異常な密度の人だかりが出来ていた。お父様を置いてその人だかりに走っていくと、すぐにその人だかりの中から二人の男子が現れる。
「芽衣香、遅い」
「おはよー芽衣香ちゃん」
「おはようございます、隼人様、桃李様。隼人様、本当に入学されたのですね……」
「当たり前だろ」
ごく一般の中学生が着る学生服に身を包んだ隼人が、当然とばかりに胸を張った。
そう、何故か隼人まで六花第二中学に入学してしまったのだ。
これには私も驚いた。
私が心配だからって、わざわざ隼人まで六花に来る必要なんてない。むしろ、隼人の本当に行きたい学校に行って欲しかったのに、隼人は志望を六花に変えるとガンとして譲らなかった。
隼人のお父様、正人様まで賛成してしまい、結果私と隼人は同じ中学に通う事となったのだ。
「久しぶりだね芽衣香ちゃん。制服似合ってるよ!」
「お久しぶりです桃李様。お褒めいただきありがとうございます。桃李様の入学式は明後日ですよね?」
「うん。だから、今日は公立中学の見学しに来たんだ!」
私服も格好いい桃李はそう言って笑った。
桃李は予定通り、朱雀に通う事になっている。もしこれで彼も公立に行きたいと言い出せば、私の肩身は狭くなっていただろう。
「こら芽衣香!! 一人で走って行っちゃ駄目だろう!!」
「ごめんなさいお父様」
慌てて走ってきたお父様に謝る。お父様は隼人を見た途端、『うげ』という顔をした。
「なんでお前がここにいる!!」
「なんでって、俺も今年からここに通うんですよ」
「うわストーカー!! お父様の芽衣香にストーカーが!!」
「まぁ、お父様ったら。隼人様がストーカーな筈が……。
ハッ、そう言えばこの前、私の体操服が無くなって……!!」
「おまわりさーん! 俺の友達が体操服好きのストーカーにー!!」
「仲良いなぁお前ら!! そして俺は体操服なんか盗んでねぇ!!」
三人で体を寄せ合うと隼人様が叫んだ。やだな、ちょっとしたジョークだよ。
多分ここに運転手の宮本さんがいたらもっと面白い事になっていただろう。
「んな馬鹿な事やってないで、早く行くぞ芽衣香!!」
「はい、隼人様。では、お父様、桃李様、体育館でまた会いましょうね」
「じゃーなー!!」
「芽衣香、そいつには十分気を付けるんだぞ!!」
などという二人のエールを背に、私は校舎に入った。
クラス分けを見ると、私は一組、隼人は三組だった。
「あら、分れてしまいましたね」
「…………」
「隼人様、そんなに睨んでも結果は変わらないですよ?」
じぃっとクラス分けを見つめる隼人は悔しそうだった。やはり、慣れていない環境だから不安があるのだろう。安心させる為に私は隼人の手を握った。
「隼人様、大丈夫ですわ。休み時間は隼人様に会いに行きますから、そんなに心配なさらないでください」
「……いい。俺が会いにいく。移動中に誘拐でもされたらどうする」
一体どんな学校だそれ。
お父様化しつつある隼人に呆れて言葉も出なかった。
「いいか芽衣香。絶対他人からもらったものを口にするなよ。それから、一人で行動しない事」
「もう、そうやってまた子供扱いして。隼人様、束縛する人はモテませんよ?」
「……嫌なのか」
「いえ、私は今の隼人様のままが一番好ましく思いますけど。でも隼人様が束縛する人だとしても私は隼人様の事好きですわ」
玲君を縛り付けてヤンデレと化す隼人……。『お前は、俺のだろ』と監禁され怖がる玲君に囁く隼人……。うん、御馳走様です。
「……お前って、そういう……。ああ、くそっ!!」
「隼人様?」
「ほら行くぞ! 一組まで送る!!」
突然頭をワシャワシャとかきむしったかと思ったら、いきなり私の腕を掴んで歩き出した。一体どうしたのやら。
それに、わざわざ一組まで私を送らなくてもいいのに。なんだかんだ言って、優しいんだよなぁ隼人って。
「ありがとうございます隼人様」
お礼を言ったら、隼人は『ふん』とそっぽを向いた。
「桃李君はお父様の芽衣香の事どう思ってる?」
いきなり言われた言葉の意味が分からなくて、桃李は首を傾げた。
横に座る芽衣香の父親、柴龍 聡介は、主に精密機器を生業としている会社の社長だ。外国との繋がりも多く、一般人でも知っているような超有名会社の社長がここにいるなんて、教師以外誰も分からないだろう。
ましてや、その一人娘がこの学校に入学しただなんて。
「俺にとっては、ただの友達ですよ?」
「そうか良かった。危うくひねりつぶす所だった」
何を、とは言わない。だが、桃李には『会社を』と言っているように思えて苦笑いをした。きっと冗談だろう。
「隼人は、そうは思ってないみたいですけど」
「……あいつ嫌い」
駄々っ子のような声を出すものだから、思わず桃李は声に出して笑った。ムッとした顔で睨まれるが、如何せん先の言葉のせいで怖いとは到底思えない。
「嫌だという割には、芽衣香ちゃんの婚約者だと認めてるじゃないですか」
「それは、お父様の芽衣香が、あいつ以外は嫌だって……」
「相思相愛ですね」
「なっ!! 芽衣香は最終的にお父様を--……『新入生、入場』」
アナウンスの声が聞こえ、拍手が起こる。しぶしぶ聡介も口を閉じ、拍手をし始めた。
緊張した面持ちで体育館へと入ってくる新入生。多少ぎこちない動きの彼らの中に、落ち着いた雰囲気で入ってきたのは芽衣香だった。
さらさらの黒髪は編み込まれ、優しげに笑う彼女。動きは滑らかで背筋を伸ばして歩く姿は、明らかに育ちが違うのが分かる。容姿も相まって、確実に浮いているのが明白だった。
周りもそれが分かるからかチラチラと芽衣香を見つめるが、ガン見している人物もいる。隼人だ。
先に座った芽衣香を後ろからガン見している。隼人も容姿や雰囲気で目立ってはいるがあのガン見のせいで更に目立っている気がした。
笑うのを必死に堪える桃李の横では、今にも射殺さんばかりに隼人を睨む聡介がいる。
「あ~面白い。俺もここくれば良かった」
そうしたら、きっと二人のゴタゴタを傍観出来たのに、と桃李は笑った。