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一ノ瀬 隼人。
一ノ瀬財閥の次男で、性格は俺様。成績優秀スポーツ万能。
正に『お金持ち』を絵に書いたような存在である。
主人公、神月 玲とは高校の入学式の時に出会い、自分を差し置いて主席を取った主人公を見て、『期待してた程じゃないな』と言い放ち喧嘩になる。
さっき彼が言った、『期待してた程じゃないな』は、主人公に向けた第一声と全く同じ。それで、私は全てを思い出した。
そして、隼人には婚約者がいる。柴龍 芽衣香だ。
儚げな風貌の彼女もお金持ちの家の一人娘であり、隼人とは幼少期から婚約を交わしている。
が、それは家が定めた婚約であり、芽衣香は隼人を慕っているものの隼人は慕っていない。
最終的には婚約を破棄して、隼人と主人公は、二人で駆け落ち。最後には芽衣香も諦めて、二人の中を応援するのがハッピーエンドである。
むっひょおおお!! 間近でBL見れるとか!! 婚約者ポジ美味しすぎるぅ~~!! と興奮し手を握った私を、隼人はびっくりしたからか足蹴にしてきた。
足は思いっきり鳩尾にクリーンヒットし、体制を崩して私は倒れた。
ベシャッと倒れ込む私。
真っ青になる隼人のお父様。
「芽衣香ーーーーーー!!!!」
身を引き裂かれたかのように叫ぶ私のお父様。
「いやだ、芽衣香、死なないでくれ!! 芽衣香ーー!!」
「お父様、大丈夫です」
足蹴だけで死ぬか。慌てて起き上がったのに、お父様は泣きじゃくって聞く耳を持たない。
「芽衣香。お父様の芽衣香が……!! 大丈夫、葬儀は派手に行ってあげるからね。芽衣香がいなくなっても、お父様は芽衣香の事忘れないからね!!」
勝手に死なすな!!
ぎゅうぎゅうと抱きしめるお父様から何とか逃げ出そうとする私の手を、誰かが握る。目線を上げると、そこには隼人のお父様がいた。
「うちの愚息がすまない。芽衣香ちゃん。怪我はないかい?」
黒髪に少し白髪が混じり始めてはいるものの、とってもダンディーなお父様だ。
わぉ、かっこいい。慌てて『大丈夫です』と言って、彼に起こしてもらう。ダンディーなオジサマも好物ですよ。デュフフ。おっと涎が。
「ほら隼人。芽衣香ちゃんに謝りなさい」
「……ふん」
隼人はこちらを眇めてから、ぷいっとそっぽを向いた。テンプレだ! テンプレ通りの俺様だ!! ご馳走様です!
「大丈夫です、隼人君のお父様。いきなり手を握ってしまった私にも非はありますから」
「そうだそうだ!! へんたい、近寄るな!」
な、に……!? 私は隼人の言葉に驚いた。
何故変態だとバレた。さてはお前エスパー持ちか。だがしかしBLにはBLの良さがあるのだ。それを分かって欲しい。
「な……!! 芽衣香が変態!? 失礼な、芽衣香は花とお菓子を嗜む淑やかで優しく美しい天使だというのに!!」
そいつ人間か?
お父様の言葉に小首を傾げつつ、私は隼人に頭を下げた。
「隼人様、いきなり手を握ってしまい申し訳ありません。隼人様と婚約出来るのが嬉しくて、つい」
婚約者として側にいる事が出来たら、きっと主人公の玲君とのいちゃラブシーンを覗き見る事が出来る筈。ああ、今から楽しみになってきた……!!
「……ふん、まぁ、許してやる」
隼人は私の態度に少し鼻白んだが、直ぐに尊大な態度に戻った。
「め、芽衣香!? 芽衣香はお父様が一番だよね? お父様しか見てないよね?」
「お父様、うるさい」
「芽衣香ーーー!!」
泣き叫ぶお父様を無視して、私は一歩隼人に近づいた。
「これから仲良くして下さいね、隼人様」
そして出来れば私にBLを見せて下さいね。
それが、私と隼人の出会いだった。
「隼人様はどんな食べ物がお好きですの?」
「……甘いもの」
そうだよねそうだよね!! バレンタインにわざわざ玲君に『甘いものが欲しい』って言ってたもんね!!
「隼人様はどんなスポーツが好きですの?」
「……サッカー」
そうだよねそうだよね!! 玲君がサッカー下手なのを見て、『こうやるんだよ』と教えていたもんね!!
「隼人様はどんな人が好きですの?」
「……お前以外だったら誰でも!! もっと、華奢じゃなくて元気で一緒にいて楽しい奴!!」
「そうですか安心しましたっ!!」
「っ!?」
隼人がびっくりした顔でこちらを向くが気にしない。そうだよねそうだよね。明るく活発な玲君が好みなんだよね。
ああ、良かった安心した。ここは間違いなく、『禁断の友情~俺と友達の蜜月~』の世界だ!!
私は胸をなで下ろした。
隼人との答え合わせも終了させて、私はひとまず紅茶を口に含んだ。 お父様は、隼人のお父様、正人様と一緒に部屋を出て行った。後はお若いお二人で、みたいな感じだ。お父様は、『うら若きお父様の芽衣香が男と密室で二人きりだなんて!!』と抵抗していたけれど。
「……お前は、好きなものあるのか?」
「私ですか? Bえげふんげふん。お花とお菓子が好きですわ」
危ない危ない。素で返事をする所だった。
「お前もお菓子好きなのか」
そう言いながら、隼人はひょいとお茶請けとして出されたクッキーを摘んだ。
「はい。私はチョコレートを使ったお菓子が大好きです」
「お前将来太りそうだな」「酷いっ!! 隼人様だって甘いものばっかり食べてたら太って、将来のお相手に嫌われてしまいますよ?」
特に、高校の時の着替えとかで、主人公にお腹についた贅肉を見られてしまったら大変だ。私は隼人×玲のCPが大好きなのだ。
「……将来の相手、てお前だろ」
「いいえ。世の中にはたくさんの出会いがありますから」
「その言い方だと、まるで婚約は意味ないみたいに聞こえる」
「え? 実際意味ないですわよ?」
「……え?」
何を仰っているのやら。私は首を降りつつ、隼人に言った。
「婚約など形だけですわよ。隼人様に本当のお相手が現れたら、私は喜んで身を引きますわ」
そして二人の蜜月にこっそりついて行ってハァハァします。
ああ、俺様な隼人に強引に迫られ、頬を真っ赤に染める玲君を早く見たい……。
そんな変態な妄想を繰り広げる私の横で、隼人は少々不満げに唇を尖らせた。
「じゃあ、婚約破棄したらお前はどうするんだよ」
「私? 私は他の殿方とご結婚しますわよ?」
「ぅ~~」
忌々しそうに隼人は私を睨みつけた。ちょっと可愛い。ショタ隼人は受けだなこりゃ。強気な俺様の受けも大変美味しいです。
「うふふ。隼人様、唇を尖らせてどうしましたの?」
早く引っ込めないとどこぞのショタ好きのお兄さんに食べられちゃうぞ?
「俺じゃ、駄目なのか!!」
「いえ? 隼人様が一番好きです」
「!!? じゃ、じゃあ、婚約破棄しなくていいだろ!!」
「でも、時が来たら切って貰って構いませんから」
「やだ!! 切らない!!」
「え~~。そんな~~」
「お前の言ってる事訳わかんない!!」
隼人はそう言って、口の中いっぱいにクッキーを詰め込んだ。リスみたい。可愛いなおい。その柔らかそうなほっぺツンツンしていいですか。
誘惑に耐えきれなくて、思わず私は隼人のほっぺをツンツンした。
「わぁ、ぷにぷに!!」
「むぐっ!?」
嫌がる隼人そっちのけで、彼のほっぺをぷにぷにしまくる。柔らかい~!! すべすべ~!! と堪能していたら、クッキーを水無しで咀嚼し終えた隼人に両頬をムニョーと引っ張られる。
「い、ひひゃい!! いひゃいれふわはやひょひゃま!!」
「うるさい!!」
「う、うう……。暴力は度が過ぎると嫌われますわよ?」
暴力的なシーンはあまり好きじゃない。思わず涙目になっていると、やり過ぎたと思ったのか、隼人が頭を撫でてくれた。
「お前は俺の婚約者なんだから、俺の側で大人しくしてろ!!」
亭主関白か。頑張れよ玲君。