15
聖様は私たちから話を聞いた後、うんうんと頷きながら話を要約した。
「ふぅん、つまり、三人で劇をやりたいけれどどの劇をやるべきか困っている、ということでいいのかな?」
「はい、そうなんです」
ソファに座って優雅に足を組む聖様に相槌を打つと、聖様はにっこりと笑った。
「うーん、三人じゃちょっと少ないかな?でも、やれない事はないんじゃない?」
「本当ですか?」
「うん」
思わず声が出た私の頭を聖様が撫でる。
「演じやすいように、いっそのこと物語を自分たちで作ってしまえば?そうすれば役の数を制限できる。内容も王道で簡単なものにすれば、そこまで難しく感じないよ。ジャンルは決めているのかな?」
「恋愛ものにしようとおもっているのですが……」
「だったら、三角関係とかにしちゃえば?」
「なるほど……。貴重なご意見ありがとうございます」
「いえいえ。芽衣香ちゃんのお役に立てたなら光栄だよ」
三角関係だったら、司先輩がヒロイン、隼人がヒーロー、私が恋敵役という流れなら、私でも考えられそうだ。
「もういいだろ、芽衣香。お前はさっさと自分の部屋に戻れよ」
私の頭に乗せられた聖様の手を叩き落として、隼人は聖様にそうつっぱねた。
ぎろりと実の兄を睨み付ける隼人につい小言が出る。
「隼人様、実のお兄様にそのような言い方は……」
「いいんだよ。いつも俺にベタベタしてきやがって、鬱陶しい」
「ベタベタ?ちょっとその話詳しく」
思わず身を乗り出すが、それすらも私には話したくないらしい。隼人は私の手を握ると立ち上がった。
「あんたが出ていかないなら、俺が出ていく」
「隼人ってば、俺のことは聖兄ちゃんって呼べって言っているのに……」
「誰が呼ぶかっ!」
「出来れば恥ずかしがりながら言ってください」
「芽衣香も悪ノリするな」
空いた手でチョップされる。失礼な、悪ノリではなく本気で言っているのに。
「この話はまた今度だ。芽衣香、帰るぞ。家まで送る。先輩も帰るぞ」
目線が今まで空気と化していた先輩に向かう。司先輩はげんなりした様子を見せつつ立ち上がった。
「……お前年上に敬意を払う気はないのか?」
「敬意を払うに価する人物ならな」
「もうやだこの俺様……」
「いいぞもっとやれ」
「芽衣香悪ノリすんなよ!」
えー?だって先輩と隼人の絡みは美味しいからつい……。
まぁ、冗談はそこまでにして、確かにそろそろ家に帰らないとお父様を心配させてしまうだろう。私は聖様に頭を下げた。
「聖様、ご相談に乗っていただいてありがとうございました。名残惜しいのですが、そろそろ帰らないとお父様が心配しますので……」
「いいよ。こちらこそ楽しかったよ。よかったらまたお話しようね、芽衣香ちゃん」
「はい、是非っ!」
そのときは出来れば隼人との私生活部分を話してもらいたい。
聖様は優しく笑って、私たちを見送ってくれた。
玄関には既に車の準備が整っていた。待機してくれていた宮本さんが一礼をしてドアを開ける。司先輩の迎えも来ているらしく、もう一つ駐車してあった高級車に先輩はさっさと乗り込んだ。
「じゃ、俺帰るから」
「はい。司先輩、今日はありがとうございました。また明日学校で」
「了解」
先輩が力なく返事して、車が発車する。ずいぶん気疲れした様子だったけど、大丈夫かなぁ?
「では、私も帰りますわね、隼人様」
「ああ、宮本頼むぞ」
「かしこまりました、隼人様」
車に乗り込み窓を開ける。隼人は苦虫を噛み潰したかのような顔で、
「俺の兄貴には、あんま馴れ馴れしくしなくていいからな」
それだけ言って、車から離れた。私が何か言う前に宮本が車を発進させる。
何をそんなに嫌がっているのか聞く前に、車は一ノ瀬家を後にした。
翌日。
御昼の休み時間を狙ってこっそりと近づいてきた先輩に、私には呆れを隠せずにいた。
(顔は)かっこいい先輩に声をかけられたと何故か希美ちゃんたちがキャーキャー言っていたけど、正体を知っている私にとっては別段心踊る訳ではない。
次の授業に遅れないかと時間を気にしつつ、私は先輩と一緒に人気のない図書館へと移った。
出来るだけ人目を避けるように本棚の一番端へと入り込む。日射しが入らないここは少しだけジメジメとしていて、はっきり言ってあまり好きじゃないのだけれど。
「司先輩、もう少し堂々としていてもいいんじゃない?」
わざわ移動する理由はなんなんだろう。
勿論今までは隼人の逆鱗に触れないようにと、司先輩との距離をとっていたけれど、この前は一緒にいて怒られなかったんだから、もうコソコソしないでいいんじゃないかな?
「万が一だ。何が隼人の逆鱗に触れるか分からないからな」
銀縁メガネをくいっと上げて、先輩は小声で囁いた。
「単刀直入に言う。お前、何を企んでるだ?」
「……何を、て?」
「いきなり劇をやろうとか言いだして、明らかにおかしいだろ。何考えてんだよ」
「なんだ、そんなことでしたの」
司先輩の眉根にシワがよる。これ以上気を悪くさせない為にも、私はさっさと説明をし始めた。
「私の目的は、最初から最後まで変わりません。全ては玲君のハーレムの為ですわ。そして、昨日先輩は言いましたよね。『物語の改ざん』が起こっていると」
「……だけど、それとこれになんの関連が……?」
「一ノ瀬隼人は、ゲーム開始時はもうすでにゲイでしたわ。今の彼にそのような傾向は見られない。ならば、私が目覚めさせてあげようかと思いましたの」
まだ意味が分からないとでもいうかのように、先輩は黙ったままだ。私は笑いながら答えを口にした。
「共同作業って、仲がより深まりますよね。だから、女装して可愛くなった先輩にあわよくば隼人様がドキドキしてくれたらなぁって。そしてその事がきっかけでゲイの道のりを歩んでくれたらなぁとか思っちゃったり」
「俺は生け贄かっ!」
ガッデム!と先輩が頭を抱えた。
「先輩、お願いですから協力してくださいっ!」
「なんでだよっ!俺は自分の身の方が大切だ!」
「少しっくらいいいじゃないですか!」
「嫌だね!だいたい、なんでお前はそこまで神月玲にこだわるんだ?」
いきなりの話題変換にペースを削がれる。な、なんでいきなり玲君の話に……?
「そ、それは、BLみたさに……」
「だったらこの学校の男子生徒で妄想でもなんでもすればいいだろ。いいかお前、もし神月玲のハーレムが完成でもしたら、お前はあの隼人に捨てられるんだぞ。それを分かっていながら、なんでそこまでするんだよ」
「そ、それは……」
上手く言葉が出てこなくて一歩下がる私に対して、司先輩は逃がさないとばかりに手を伸ばして私を捕まえた。壁に体を押し付けられてしまい、逃げることも出来ない。
司先輩は、ぐっと距離を詰めて私を見つめた。
「なんでそこまで神月玲に執着する。なんでゲームの中の『紫龍芽衣香』であろうとする。お前はお前だろ。なんで自分の人生を歩まない」
「っ……」
そのあまりの気迫に、私はとっさに言葉が出てこなかった。司先輩の瞳に映る私が不安そうな顔をしていて、思わず視線を下げる。
「……お前、もしかして……」
ドサドサドサッ!
……なんだ、今の音。
視線を上げて、音のした方へとずらす。丁度、私たちがいる通路に入って来ようとしたのだろう。床に本を撒き散らしたまま突っ立っている少女がいた。
髪を一つ縛りにしてメガネをかけているその少女は、顔を真っ赤にしながら一歩後ずさった。
「そ、その、お、お邪魔しました」
「ちょっと待って!」
慌てて逃げ出そうとする少女の手を掴む。びくりと体を震わせた彼女は視線を宙にさ迷いつつ、
「だ、誰にも言わないからごめんなさい!紫龍さんと三城君が図書館で不倫してたなんて絶対だれにも言わないから!」
「ち、違いますわっ!!」
やっぱり勘違いしてるじゃん!
「勘違いです!私は不倫なんかしていませんわ!」
「じゃ、じゃあ紫龍さんが言い寄られていて……?」
「誰がこんなやつを口説くかっ!」
こんなやつとは失礼なっ!
思わず反論しようとしたが、慌てていた彼女がぺこりと頭を下げてきたので保留となった。
「か、勘違いしてごめんね紫龍さん。その……、い、一体なにを……」
「いえ、こちらこそ驚かせてしまってすみません。ただ少し……、劇についてのお話をしていただけですから」
嘘は言っていない。だいたいの人は劇と聞いただけならお芝居かなにかだと思うだろう。ましてや、私や司先輩はお金持ちの部類。まさか演じる方だとは思わないだろう。
「な、なんだ!劇について話してただけなんだ。ビックリしたぁ」
ホッと肩を下ろした彼女は、落とした本を拾い上げながら司先輩を見上げた。
「私も手伝います」
「ありがとう紫龍さん。その、三城君は紫龍さんと仲いいの?」
「別に。ただ……、知り合いなだけ」
「そ、そっか。げ、劇に興味あるんだ?」
……お?
「俺はあんま興味ねぇけど、まぁ、成り行きで」
「ふ、ふーん……」
……おお?なんだか意味ありげな会話。
できるだけ邪魔しないようにしつつ、散らばった本を集める。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう紫龍さん」
「いえ。あの、お名前を聞いても宜しいでしょうか?」
「ああ、うん。若崎美保。三城君と同じクラスだよ」
ああ、先輩だったのか。なのによく私の名前知っているなぁーと感心していると、若崎先輩はまたぺこりとお辞儀した。
「お、お邪魔しちゃってごめんね。わ、私行くね」
「はい。また是非お話してください」
「うん!」
パタパタと駆けていく若崎先輩を見送る。
「……司先輩。私も次の授業がありますので失礼させていただきますわ」
「……分かった」
一気に重くなった空気から逃れる為に、私は足早にその場から離れた。