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『リリアンヌ!どうして俺を選ばないっ!』
隼人が辛そうな顔をしつつ右手を伸ばす。黒い髪が少し乱れ、その必死さが伺われる。さすがイケメンだけあって様になるな。私はグッと拳を握った。
『だって、私と結ばれても、あなたは幸せにはなれないもの……。でも、これだけは言わせて。私は、あなたを、愛して…………「おええやっぱ無理だこれ!!」
「ハーイカットー。司先輩、しっかりしてくださいな」
地面にうずくまって吐き気を堪える先輩。そんな吐くほどでもなかろーに。私は人差し指を先輩にビシッと突き出した。
「そんな事では一流のリリアンヌにはなれませんわっ!」
「全力でなりたくないと叫びたいっ!」
可愛らしいドレスに身を包んだ先輩は半泣きだった。
劇をやろうとは言ったものの、お芝居の経験がある人物など私たちの中にいるはずもなく、仕方ないのでミーティングとして放課後隼人のお屋敷に集まった。
久しぶりの隼人家に若干緊張しつつ、ソファーに座る。時刻も4時過ぎだし、アフタヌーンティーとして出されたミルクティーに手を付ける。
「あら、この紅茶の茶葉、ディンブラですか?」
「ああ、お前好きだろ」
よく知ってるなぁと感心しながらミルクティーを飲む。ディンブラはストレートでもミルクティーでも美味しくいただけるオールマイティーな茶葉で、最近の私のお気に入りだ。
「ディンブラって、スリランカのだろ?俺はルフナの方が好きだな~」
「ルフナは独特な味であまり好きじゃない」
「隼人様はキャンディの茶葉を使ったストレートティーの方がお好きですよね」
前世では市販のティーバックのものしか口にしていなくて、味や香りなんて気にした事は無かったけれど、種類が違うと結構味も違く感じる。
そんな紅茶談義に花を咲かせていると、ふと隣に座っていた隼人がこちらに目を向けた。
「芽衣香、今日調理実習あったろ」
「はい」
家庭科の先生が、『クラスの親睦を深めるため』と言って最初に計画したものだ。みんなで作って食べるってだけで楽しくて美味しかったなぁ。
「今日はパウンドケーキを作りました。とっても楽しかったですわ」
「……その、えと、だな。……ん 」
差し出された手のひらについつい首を傾げてしまった。
「え、と?」
「……俺の分、あるだろ?」
「あ、すみません隼人様。その、パウンドケーキは……」
「俺が食べた」
「先輩コロス」
「いだっ!!」
一瞬にして無表情になった隼人が司先輩を足蹴にする。おおう、そんなにパウンドケーキ欲しかったのか。絨毯に転がった先輩を見下ろす目は若干殺気だっているようにも見えた。
「まぁまぁ隼人様。パウ ンドケーキは置いておいて……。劇をやろうとは言いましたが、何やります?」
「とりあえず先輩の役柄は下僕で」
「おい!」
「いいえ、先輩の役柄はもう決まっていますの。先輩は……、ヒロイン役です」
「……は?」
「げっ!」
最初は隼人、その次は司先輩だ。自信満々に言った私に、二人が不平不満を言い始める。
「なんでこいつがヒロインなんだよ。普通は芽衣香がヒロインで俺がヒーローだろ」
「こ、こいつって、先輩の俺をこいつって……!」
「先輩お静かに。確かに普通は女性の私がヒロインでしょうけど、でもそれでは面白くないですわ。それに、私と隼人様が主役だと、どうしても婚約の間柄を見せつけているように見られてしまいますし」
モテない中学男子には、婚約者同士が舞台の上で、例え芝居だとしてもイチャラブしているのを見たら嫌でも『リア充爆発しろ』と叫びたくなるだろうし、隼人の事を好いている女子からしても面白くないだろう。
「だから、司先輩にヒロイン役、隼人様はヒーロー、そして私はその他の役ということで」
「こいつとぉ……?」
「無理無理、絶対無理!!」
「司先輩、言い出したのは司先輩なのですから頑張って下さい」
有無を言わさぬ笑顔で微笑みかけると、しょうがなしにと先輩は黙り込んだ。
「だとしても、なんの劇やるんだよ。登場人物が三人の劇って、なんかあるか?」
「そこなんですよね……」
一体なんの劇をやるべきか……。紅茶を飲みつつ頭を傾げる。何せみんなド素人なのだ。手探り状態で進めるしかない。
「皆さんの知り合いでこういった関連に詳しい人はいますか?」
「俺の知り合いはだいたい機械関連だからなぁ~」
「オペラとかは知ってる奴は多いが……。あ、」
「あ?なんだ、何か思い出したか?」
紅茶片手に隼人が固まった。と思ったら、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「隼人様?」
「……ヤバい。芽衣香帰るぞ」
「え?」
「は?」
カチャンと珍しく音をさせながら紅茶を置き、すぐに私の手を取る隼人。その視線はもう既に出口であるシックな木製の扉に向いている。
え?え?一体いきなりどうしたんだ?
「お、おい、いきなりどうし……「失礼、入るよ」」
キィィ、と隼人が見つめていた出口である扉が開かれる。そこから現れたのは、青みがかった柔らかそうな黒髪に、少しだけ垂れた黒い瞳の男性。歳は20歳くらいいっているだろうか。女慣れしている雰囲気が分かる。ていうか、なんか、隼人と似てる……?
訳がわからず愛想笑いを浮かべる私の横で、隼人が大きく舌打ちをする。なのに、目の前にいる隼人と少し似た男性はにっこり笑って、私の手を掬いキスを落とした。
「始めましてだね、芽衣香ちゃん。俺は一ノ瀬 聖。これから宜しくね?」
にっこり笑う彼に、隼人の蹴りが発射された。
中学生とは思えないキレッキレの蹴りをひょいと簡単に避けつつ、聖さんは隼人の頭を撫でる。
「相変わらず乱暴者だなぁ」
「ここは俺の部屋だ、さっさと出てけ」
「あはは、実の兄に反抗期かな?」
「え、あに……?」
思わず一人言が口に出た。聖さんは視線をこっちに戻して、
「そう、俺は隼人の兄、一ノ瀬家の長男だよ」
「げぇっ!鬼畜が二人!」
司先輩が悲鳴をあげる。『誰が鬼畜だ』『鬼畜だなんて酷いなぁ』と隼人と聖さんの声が重なり、ますます顔を暗くさせた。まぁ二人が鬼畜だろうとは私も予想してるけどね!
でも、まさか隼人に兄がいただなんて。ゲーム内の設定に有ったっけなぁ……?覚えていない。
「始めまして聖様。紫龍芽衣香です」
「知ってるよ。弟の婚約者で、うちの会社のお得意様のご令嬢。うん、噂通りとても素敵な女性だね」
キラキラという効果音が聞こえて来そうな微笑み。そのあまりの完璧な笑みに思わず見惚れてしまう。
なんというか、うん、こういう人の事を『喰えない奴』というのだろう。
言葉と表情で巧みに人の心を掌握する、まさに人の上に立つものの雰囲気。どう言えばいいか分からないけど、なんというか、人を引き寄せる『カリスマ性』を感じさせる。
「……さっさと出てけ」
まぁ、隼人も同じような『カリスマ性』は感じるのだけど。
今にも飛びかかりそうな隼人の様子に首を竦めつつ、だが聖さんは部屋から出る気はなさそうだ。
「え、せっかく芽衣香ちゃんに会えたのにもう出てくわけないじゃん。ねぇ?」
「あ、はは……」
いや、そこで私に同意を求められても。
苦笑いを浮かべる私の手を取って、ソファーに座る聖さん。すぐさま隼人が聖さんの反対側に座り、私を囲む。
「でも、芽衣香ちゃんがこんなに可愛いだなんて知らなかったな。俺が婚約者になれば良かった」
「……おい」
「ああでも、今からでも遅くないか。どう?ただの俺様の弟より、俺の婚約者にならない?」
「……芽衣香がお前の婚約者になるわけねぇだろ」
い、板挟み!ひいい怖いよぉっ!
キラッキラな笑顔とドスの聞いた声に挟まれて、私は勿論緊張しっぱなしだ。
「す、すみません聖様。私と聖様はどうみても歳が離れていますし、これはもう決められた事ですので……」
お断りの言葉を告げると隼人が勝ち誇ったように鼻で笑った。聖さんは一瞬キョトンとした顔をするものの、すぐに余裕綽々の笑みへと戻る。
「そっかぁ。じゃあ、芽衣香ちゃんが大人になるまで待つとしようかな」
「そんな必要ねぇよ。今すぐ出てけ」
「えーでも、芽衣香ちゃんが家に来るのって本当に珍しいね。そちらの子は三城家の次男でしょ?」
「ええ、実はこの三人で劇を……「芽衣香!!」」
隼人が声を荒げた。だが、出てしまった言葉はもう元には戻らない。聖様がにこりと笑う。
「へぇ、お芝居の話?俺も交ぜて欲しいなぁ」