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奪いかけたもの

隼人視点。話の内容が前話と被ります。




 最初に二人の姿を見たとき、はっきり言って頭の中が真っ白になった。




「いない?」

「う、うん。紫龍さんなら、さっき教室から出てったの見たけど……」

「……そっか、ありがと」

 芽衣香と同じクラスの男子にお礼を言ってから、もう一度教室を見回してみる。も、やはり彼女の姿は見当たらない。


 ……俺に何も言わないでどこ行ったんだ?

腑に落ちないまま芽衣香の席に座る。ここで待っていればすぐに戻ってくるだろう。するとすぐに何人かの女子が俺を囲んで喋り始めた。



「ねぇ、もしかして三組の一ノ瀬 隼人君?」

「……そうだけど」

「やっぱり! ねぇねぇどこの学校から来たの?」

「入学式に一緒にいた男の子は友達?」

「あの人はこの学校に来たんじゃないの?」

 ……こういうのは、本当にうざったいと思う。

 きゃいきゃいと甲高い声で騒いで、勝手に盛り上がって勝手に人の個人情報を根掘り葉掘り聞いてくる。こっちはただでさえ、金持ちと公立中学校のギャップの違いに気が滅入っていると言うのに。

 まさか、掃除や給食の盛り付けは生徒の仕事だったなんて。しかも楽器は一人一つじゃないなんて。バイオリンの練習もないのは驚いた。他にも、学校の設備のレベルの低さに驚かされてばかりだ。芽衣香も絶対気が滅入っているに違いない。




「ねぇ、放課後一緒に遊ばない?」

「悪いけど、人を待ってるから」

「え~もしかして、その席の子?」

「紫龍さんだよね? 知り合い?」

「婚約者だけど」

 率直にそう告げると、一瞬教室内が静まり返った。なんだ? 婚約者なんて別段珍しいものでもないのに。一般人にとっては珍しいものなのか?




「へ、へぇ~、そうなんだぁ……」

「ああ、だから構わないで欲しいんだけど」

「ぅ、うん……」

 素直にそう言うと、周りを囲んでいた女子たちは素直に引いてくれた。

 更に時間が経ってしまえば、まだ入学してから数日も経ってない新入生なんかはやる事もないからすぐに人はいなくなり、あっという間に教室には俺一人となってしまった。




「おっせぇなぁ……」

 もう夕暮れになってしまう。時計を見てみれば、もう芽衣香の教室に来て30分は過ぎていた。遅過ぎる。チリチリと胸騒ぎがし始める。

 もしかして、また町田の時みたいに連れ去られそうになっているのか……?

 校内は安全だからと決まった訳じゃない。それにここは俺が通う予定だった私立のように四六時中警備員が出入り口を見張っているわけでもない。



「やっぱり、探しに行くか」

 そう小さく呟いた瞬間扉が開き、そして、芽衣香の手を引く男子を見て頭の中が真っ白になった。



 銀縁メガネに黒髪で、ピシッと制服を着こなすそいつと芽衣香は、俺の顔を見た途端ビクッと体を震わせた。

 真っ白になった頭に最初に浮かんだ感情は、苛立ち。怒り。



「……おい芽衣香。その男どこのどいつだ」

 その感情にまかせたまま低く呟いたら、芽衣香は時計をチラ見しつつ言い訳をし始めた。とりあえず、繋いでいる手を無理やり解いて芽衣香を奪還する。

 その温もりに、安堵と更なる苛立ちが募る。



 こいつは、婚約者の俺がいるのに何勝手に他の男に触られてんだよ!



 男は男で、俺の顔を見て数秒したのちいきなり顔を青ざめさせていた。その二人の反応が、俺に何かやましい事を隠しているかのような反応でイライラする。ついつい返す言葉もキツくなる。



「は、隼人様。あまりその態度は……」

「芽衣香こそ、なんでこいつと親しそうに手なんか繋いでたんだよ。こいつは芽衣香のなんなわけ? どういう関係?」

 きつめに対応すると、芽衣香はあたふたしながら言葉を探した。

 右手がスカートを握りしめてしまっていて、シワになっている。こいつがテンパっている時は、いつも右手をギュウッと握り締める癖があるんだよなと考えつつ、芽衣香の言葉を待った。




「運命共同体?」

 運命共同体……一方がだめになると他方も必ずだめになる関係。



「ほぉ、面白い事を言うな」

 テンパっていたからといって、この言葉のチョイスは流石に認められない。何? つまり、こいつら俺の知らない所で浮気とかしてた訳? 芽衣香と、こいつが?

 怒りが頂点に達した時、勝手に男の方は逃げ帰った。




「と、とりあえず婚約者がいれば安心だな! じゃ、芽衣香、俺帰るから」

「え! 司先輩!」

 先輩。なんか、距離の短さを感じるのは俺だけか。それとも、怒っているからそう感じるのか。少なくとも、二人の中がただの知り合いだけじゃないということだけは理解出来た。




「芽衣香」

「ひゃい!」

 自分が思っているより、ずいぶん低い声が出た。恐る恐るこちらを見上げる芽衣香の顔には、明らかに『緊張』の二文字が見て取れる。



「な、何でしょうか、隼人様……」

「……お前、この学校には視野を広げたいが為に入学したんだよな?」

「そ、そう、ですけど……」

 そう。芽衣香は、この学校には視野を広げたいが為だと言っていた。



 でも、もしそれがただの口実だとしたら?

 もし、あの男の事が好きで後を追ってこの学校を希望したのだとしたら?

 もし、もう既に二人は両想いで婚約者の俺が邪魔な存在なのだとしたら?



 キリキリと、心臓が悲鳴を上げる。



「本当は、他の理由があるんじゃねぇの?」

「そ、そんな事ありませんわ」

「……」

 しっかりとこっちを見つめ返す芽衣香だが、未だに右手は握りしめられたまま。

 嘘かどうかを結局見破れは出来なくて、つい話を逸らした。



 いや、違うな。

 『実はもう隼人の事は好きじゃない』という言葉を聞きたくないが為に、わざわざ自分から逃げ出した。

 情けない。女々しい。芽衣香のカバンを持ってあげつつ、つくづくそう思った。

 あの時、『大好きな』と、『隼人様としか婚約したくない』と言っていた気持ちは、もう芽衣香の中から消えてしまったのか。

 気落ちする俺の背中に、芽衣香の声が投げかけられた。




「あの、隼人様。隼人様をお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」

「……本当にそう思ってる?」

「勿論--……「じゃあキスしろ」」

 いきなりの無理難題に、芽衣香はぽかんとした顔で俺を見つめた。

 だが、胸の中で広がるどす黒い感情は、留まる所を知らない。矢継ぎ早に卑劣な言葉が溢れ出る。



「本当に悪いって思っているのなら、何でも出来るよな」

「え、ぇ」

「だったら、俺にキスしろよ」

 熟れたトマトのように、芽衣香の顔が赤くなった。それを冷めた目で見下ろしつつ、芽衣香が作った距離を埋めていく。逃がすものか。



「き、キスと言われても、その、経験が……」

「そんなもの気合いでなんとかなるだろ」

「で、でも、ここは廊下であって……」

「じゃあ教室ならいいよな?」

 そう言うや否や、俺は芽衣香の手を引っ張りまた一組の教室に入った。勿論人の気配は無い。また何か文句を言われる前に、俺はどっかと芽衣香の椅子に座った。



「ほら、早くしろ」

 わざと冷たく言い放ち、更に追い討ちをかける。



「別に婚約者同士がキスするのなんか当たり前だろ」

 そう、は俺が芽衣香の婚約者だ。だから、芽衣香の唇を奪ったってなんにもおかしくはない。

 だったら、もしあいつと芽衣香が両想いなのなら、『婚約者』という立場を利用してぶっ壊してやる。何もかもを奪って、奪い尽くして。ただそれだけの為に、俺は長年焦がれてきた芽衣香の唇を求めた。




「……は、隼人様は、嫌じゃないですか?」

「別に? ほら、宮本が待ってるから早くしろ」

 いきなりの無理難題に、最初はオロオロとしていた芽衣香だが、意を決したのか俺の肩、そして頬に手を添えた。その指先は熱くて、震えていて。ずっと夢見てきたものが、もうすぐ手に入る。

 どんどん近づく二人の距離に俺はときめく訳でもなく、ただあの男に対して『ざまをみろ』と嘲り笑うことしか出来なかった。

 芽衣香の瞳が閉じられ、あともう数センチに近づいた時、




 ゴンッ!




「「っ~……」」

 勢い余ったのか、思い切り頭突きをされた。

 痛ってぇ……!! 芽衣香の奴、どんだけ石頭なんだよ!! と悶絶していると同時に、そのあまりのキスの下手さに思わず笑いが込み上げてきた。



「……っ、あはははは!」

「な、何で笑うんですか隼人様!」

 その場にうずくまる芽衣香は顔は更に赤くなって、涙目で。



 ああ、くそ、

 かわいい。




「だ、大体、隼人様がいけないんじゃないですか! いきなりキスしろとか言って、そんな事、したことがない私に出来る訳がないのにっ!!」

 酷い酷いと繰り返す芽衣香にごめんごめんと繰り返す俺。

 芽衣香は納得がいかないのか、涙目のまま俺を睨み付けた。



「からかって悪かった。ほら、帰るぞ」

「……もう」

 しょうがないなぁ、といった風に、芽衣香は俺の手を取った。もう、その手は震えていない。

 芽衣香の右手が添えられた俺の左肩の部分は握り締められてしわくちゃになっていた。それだけ必死だったんだなと、改めて笑いがこみ上げる。



 そうだ、こんなキスすらまともに出来ない芽衣香が、浮気なんて大それた事出来る訳がない。こいつは、一見淑やかなお嬢様に見えて意外とアホな奴なんだから。

 ああ、あんな感情のまま、芽衣香のファーストキスを奪わなくて良かった。キスしていたら、絶対後悔してただろう。


 あんなに顔を赤らめたのは、ただの恥ずかしさだけじゃないと確信しながら、俺は芽衣香の手を引いた。

 焦がれる芽衣香の唇は、また今度とおあずけにした。




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