12
隼人は口元をひくつかせながら私の席から立ち上がった。
ああ……。そうだ、隼人がいる事を忘れていた。行きも一緒の車で来たのだ。だったら帰りも一緒になるに決まっている。
慌てて時計を確認すると、掃除が終わってからもう30分も過ぎていた。
「あ、あの隼人様。遅くなって申し訳ありません。あの、ちょっと、ええと」
全てが言い終わる前に、隼人が手をチョップの形にして振り上げた。え、殴られる!? と思った私は慌てて先輩と繋いでいない方の手で頭を守る。
が、振り下ろされた手は先輩と繋がっていた手をすっぱりと断ち切った。というより、先輩の手を強打し無理やり繋いでいた手をほどいてきた。
いきなりの行動に先輩はよろめき、隼人の顔を見て顔を青ざめる。
「……お、お前まさか、一ノ瀬 隼人……?」
「そーですけど。あんた誰ですか」
な、なんてぶっきらぼうな言い方! 先輩なのに! と隼人の俺様ぶり? にびっくりしていると、ぐいっと右手を引っ張られた。必然的に私は隼人の方によろめき、隼人は私の肩に手を回した。その力の強さに、少しだけ驚いた。
「あの、隼人様。この人は三城 司様で、私たちの一つ上の二年生で……」
「へぇ、だから何? 先輩だからと言って俺の婚約者に近寄る必要は無いだろ」
ちょ、隼人強気過ぎないか!? 先輩の反感を買ってはいないかハラハラしながらそちらを見てみると、
「うわぁ……、で、出た……」
先輩は私と出会った時のように顔を真っ青にしていた。
まぁ……、そりゃそうか。先輩はゲームの中の隼人を知っている。きっと頭の中ではゲイ野郎だとか俺様だとかピー(自主規制)ーでピー(自主規制)ーなピー(自主規制)ー野郎とか考えているのだろう。まぁ間違ってないけど。
「は、隼人様。あまりその態度は……」
「芽衣香こそ、なんでこいつと親しそうに手なんか繋いでたんだよ。こいつは芽衣香のなんなわけ? どういう関係?」
か、関係? ええと、同じ転生者で、同じように『俺蜜』のキャラクターに転生してしまっていて、どちらか一方が欠けると『俺蜜』の世界を堪能出来なくなる……(只今絶賛混乱中)
「運命共同体?」
「ほぉ、面白い事を言うな」
私の肩を掴む隼人の握力が強くなった。あ、あれぇ!?
「と、とりあえず婚約者がいれば安心だな! じゃ、芽衣香、俺帰るから」
「え! 司先輩!」
そんなのズルいよ! と手を伸ばすも、先輩はすたこらさっさとその場からとんずらしやがった。わ、私にお怒りモードの隼人を押し付けやがって!
「芽衣香」
「ひゃい!」
ドスの聞いた声が耳元で響いた。恐る恐る隼人の顔を覗き込むと、見事に眉間にシワが寄っている。
「な、何でしょうか、隼人様……」
「……お前、この学校には視野を広げたいが為に入学したんだよな?」
「そ、そう、ですけど……」
「本当は、他の理由があるんじゃねぇの?」
「そ、そんな事ありませんわ」
「……」
必死に嘘を突き通そうとする私と、嘘を見抜こうとする隼人。言えない。流石に言えない。『BL不足と腐女子仲間が欲しいが為』だなんて低俗な考えは……!
目を逸らさないよう、懸命に隼人を見つめ返すも背中にはじんわりと嫌な汗が伝っていた。
見つめ合う事10秒。先に目を逸らしたのは隼人だった。
「……もういい。帰るぞ」
「そ、うですね。きっと宮本さんも昇降口で待っていますわ」
思わずガッツポーズをしたいのをこらえて自分の鞄に手をかける。も、何時ものように隼人がそれを持って先に廊下に出てしまった。
こういう時、いつももどかしい気持ちになる。隼人はいつも私優先で、いつも私の側にいてくれる。それが嬉しくもあり、重荷になっているのではないかとか、あの町田さんの事件での事をまだ引きずっているのではないかと不安になる。
今日も私のせいで隼人は教室で待ちぼうけを食らったのだ。先を歩く隼人を追いかけつつ、私は隼人に謝った。
「あの、隼人様。隼人様をお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「……本当にそう思ってる?」
「勿論--……「じゃあキスしろ」」
……へ?
言われた意味が理解出来ず、私はぽかんとした顔で隼人を見上げた。振り返った隼人は私の前で仁王立ちをする。
「本当に悪いって思っているのなら、何でも出来るよな」
「え、ぇ」
「だったら、俺にキスしろよ」
ええええっ!? なんでそうなるの!?
思わず顔に熱が集まる。き、キスって、どうしてそうなったと是非問い詰めたい。思わず一歩下がる私に、隼人は私よりも大きな歩幅で一歩近づく。
「き、キスと言われても、その、経験が……」
「そんなもの気合いでなんとかなるだろ」
「で、でも、ここは廊下であって……」
「じゃあ教室ならいいよな?」
そう言うや否や、隼人は私の手を引っ張りまた一組の教室に入った。勿論人の気配は無い。そう意味でもないよ! と文句を言う前に、隼人はどっかと私の椅子に座ってしまった。
そのまま足を組み、私を見上げる。
「ほら、早くしろ」
え、ええええ!? 無理だよ、無理だって! なんでこういう時だけ俺様になるのさ!
転生者だとしても高校生の時に事故で死んでしまったし、残念ながら彼氏などという人がいたわけでもない。よって、キスすらしたことがないこの私が、は、隼人に自らキスをするなんてっ!! 玲君に怒られる!!
オロオロとする私に、隼人が更に追い討ちをかける。
「別に婚約者同士がキスするのなんか当たり前だろ」
「……は、隼人様は、嫌じゃないですか?」
「別に? ほら、宮本が待ってるから早くしろ」
尊大すぎるよ隼人!
だが、宮本さんが待っているのも事実。く……、何を迷っているの芽衣香! 前世も合わせればもう20歳は軽く越えているんだ。中学生に成り立ての子にキスするくらい何でもない。犬か猫とキスするのと同じものだ。
私は意を決して隼人の肩、そして頬に手を添える。行ける、ちょっと触れるだけ。無我の境地に行くんだ芽衣香。くっそめっちゃ顔整ってる緊張するっ!!
グッと目を閉じ、顔を近づけ、
ゴンッ!
「「っ~……」」
勢い余って頭突きしてしまった。
い、痛いってのより恥ずかしい! 20年以上生きていたはずなのにキスすら出来ないなんて、恥ずかしい! 涙が出ちゃう!
「……っ、あはははは!」
「な、何で笑うんですか隼人様!」
痛みやら恥ずかしさやらで思わずその場にうずくまる私に、隼人がおでこを撫でつつ笑った。ひ、酷いっ!!
「だ、大体、隼人様がいけないんじゃないですか! いきなりキスしろとか言って、そんな事、したことがない私に出来る訳がないのにっ!!」
酷い酷いと繰り返す私にごめんごめんっ繰り返す隼人。彼はクックックと喉の奥で笑いつつ、その場に座り込む私に手を伸ばした。
「からかって悪かった。ほら、帰るぞ」
「……もう」
もっと文句を言ってやりたかったけど、清々しいまでのその笑顔に何も言えなくなってしまい、私は隼人の手を取った。
まぁ、隼人のご機嫌が治ったのだからよしとしよう。